< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボソンフェルミオン変換始まっています。」

 

「エステバリス、宜しいですか?」

 

『了解』

 

「耐圧エステ降下。」

 

 

 ゴォォォォォォォォォ・・・ 

 

 

「フィールド拡大。」

 

「光子、重力子、パイ中間子、増大中。」

 

「エステのモニター、順調に作動中。」

 

『まもなく・・・ジャンプ・フィールドに接触!!

 センサー作動、開始します!!』

 

「センサー異常無し。」

 

『フィールドに接触!!

 更に突入!!』

 

 

 フォォォォォォォォォンンンン・・・

 

 

 

 

 

 

  ・・・グシャ!!

 

 

 

 

 

 

「生体ボソンジャンプ実験は、いずれも失敗した。」

 

 ふん、頭の固い学者が揃って偉そうに・・・

 ちょっとは世間に出てみたら?

 そうすれば違った発想も生まれるわよ?

 

 と、いう愚痴は頭の中だけにしておいてと。

 

「・・・ナデシコが火星から月軌道に現われるまでに、約半年余り。

 クロッカスも地球で消滅した後、火星に現われたのです。

 ボソンジャンプは、テレポートとは異なる現象なのかもしれません。」

 

 ナデシコの半年余りの不在を考えるならば。

 ボソンジャンプとは・・・テレポート等とは違う事が解かる。

 なら他の可能性は? と聞かれても私には答えられないけどね。

 それはフレサンジュ博士に任せているしね。

 

「いずれにせよ。

 CCがボソンジャンプのキーになるという仮説は、否定された訳か・・・」

 

 そう判断する訳?

 少なくとも私は、生体ボソンジャンプの成功例をこの目で見てるわよ。

 それにテンカワ君は自分の持っていたCCを使って、火星から地球に跳んだはず。

 CCがボソンジャンプのキーだというのは、私にとって確定事項だった。

 

「そうでしょうか?

 私がナデシコで集めたデータによれば、生体ボソンジャンプの可能性はまだあります。

 ネルガルに損はさせません。

 チャンスを・・・頂けますか?」

 

 こんな事で私の夢を潰させはしない・・・

 私が目指している場所は遥かに遠いのだから。

 まだ、立ち止まりはしない。

 ・・・例え、それが彼を危険な目にあわせる事だとしても。

 そう・・・後悔なんて・・・しない。

 

 そう、自分に言い聞かせている事に、私は気付いていなかった・・・

 

 

 

 私の左に見える大型モニターには、圧壊するエステバリスの様子が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アカツキさんから誘われるなんて思わなかったな〜」

 

「そうよね〜、でも戦艦でクリスマスパーティが出来るなんて思わなかったわ!!」

 

「何着てく〜?」

 

「でも私、ナデシコに乗って良かったな。」

 

「そうよね・・・だって。」

 

 ・・・ホウメイガールズの視線の先。

 そこにはエプロンを付けて、野菜をリズムよく刻むテンカワ君の姿があった。

 

 

 トトトトトトトトトトト・・・

 

 

 流石に手際が良いわね。

 ・・・一応、コックの名目で雇ったんだから当たり前か。

 こんな人と結婚したら家事は楽かもね。

 

 な、何を考えてるんだろう私は!!

 

「ホウメイさん、キャベツの刻みはこれ位でいいですか?」

 

「ああ、ご苦労さん。

 テンカワも誰かの為に何か作るかい?」

 

「ははは、今は良いですよ。

 それに皆に食事を作るのは俺への罰らしいですから。」

 

「まあ、出向からやっと帰って来たと思ったら、三人も新しい娘を連れて帰って来るんだからな。

 そりゃあ、あの子達も怒るって。」

 

「は、はははははは・・・」

 

「テンカワ、昨日からずっと苦笑ばかりしてるね〜」

 

「・・・」

 

 ナデシコに帰って来た次の日には、ナデシコ食堂で働くテンカワ君だった。

 少しは休暇を取っても誰も文句は言わないのに。

 まあ、それがペナルティだと言うなら私も何も言わないわ。

 ・・・それに私の気も晴れるし。

 

 そう言う私も、あの会議の席からとんぼ返りでナデシコに帰って来ていた。

 ・・・あの馬鹿会長は何か怪しい事に夢中みたいだけど。

 ちょっとは仕事をしなさいよね。

 

「ほ〜ら、ほら、手が止まってるよ!!

 真面目に働かないと、テンカワと一緒にクリスマスパーティに出れ無くなるよ?」

 

 

「は〜い!!」 × 5

 

 

「は、はははは・・・」

 

 ここからでも冷や汗をかいてるテンカワ君が見える。

 ・・・もう、こんな雰囲気だったらテンカワ君を連れ出せ無いじゃない。

 

 私は食堂の椅子に腰掛けて珈琲を飲みながら、不貞腐れていた。

 せめてテンカワ君が自室にいてくれたら、ね。

 私の権限でドアロックを外せるのに。

 

 ふと、横手に視線を向けると・・・

 

「メリ〜クリスマ〜ス、素敵な夢は来る!! っと。

 うん、綺麗綺麗!!」

 

 はあ・・・まあ、今に始まった事じゃないけど。

 どうして、この艦長はこうなのかしら?

 

 食堂の壁にポスターを張り続ける艦長が私の目に入った。

 

「え〜、でもちょっと曲がってるよ。」

 

「ふ〜ん。」

 

「ほ〜。」

 

 ・・・何処から出て来たの、このパイロット三人娘は?

 

「へ〜、クリスマスパーティか。」

 

「うん、たまにはパーッとするのもいいかなって!!」

 

 リョーコさんと艦長の会話を聞きながら・・・

 艦長、このナデシコがパーッとしてない日なんて数える程でしょうが。

 

 と、私は心の中で突っ込んでおいた。

 

 ・・・後、イズミさんが小声で何か呟いて、一人で笑っていたけど。

 この子も謎の多い子よね。

 

「あ、でも私達はアカツキさんのパーティに呼ばれているんだけど?」

 

「そ、それでこっちの面子は誰なんだよ?」

 

 ヒカルさんと、リョーコさんの質問に。

 艦長は・・・

 

 

 ニヘラ〜〜〜〜

 

 

 と、笑って応えた。

 ・・・それだけで答えが解る私も、結構ナデシコに馴染んでるのかもね。

 

「・・・アキト君は艦長の方か〜」

 

「テンカワは艦長が出ているパーティか。」

 

「ど、どうして解かったんです!!

 ・・・でも、ルリちゃんとメグちゃんも一緒だよ!!」

 

 慌てた表情をする艦長。

 あんた・・・馬鹿?

 

 

 

・・・本当に(ふぅ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふふ、完璧だ!!

 見よ!! この豪華な会場を!!」

 

「・・・だからって仕事を放り出すのは、駄目なんじゃないかと。」

 

「無駄ですよジュンさん。」

 

「スーパーラブアタックゲームに、ネルトンマシン・・・ぐふふふ。」

 

「こんなの作っても、テンカワが来たら意味が無いのに・・・」

 

「それ、禁句ですジュンさん。」

 

 

「さ〜来たれや乙女達〜〜〜〜〜!!」

 

 

「本当に来るかな?」

 

「アキトさんの行動によりますね。」

 

「・・・やっぱり?」

 

 ・・・ちょっと覗いた事を後悔した。

 はあ、もし戦闘になったらどうするのよそのセット?

 あのホシノ ルリがここにいる事も意外だけどね。

 

 でもアオイ君、こんな所にいたんだ。

 ブリッジで姿を見ないはずだわ。

 ・・・ちゃんと給料分の仕事してるのかしら?

 でもちょっと明るくなってるわね?

 テンカワ君が帰って来てから落ち込んだ表情をしてたのに。

 何かあったのかな?

 

 

 

 

 

「うふ♪

 う〜〜〜〜〜ん。」

 

「ミナト・・・」

 

 ・・・何やってるのよゴート ホーリとハルカ ミナト。

 これじゃあブリッジに入れ無いじゃない!!

 

 覗いてる私も私だけど。

 

 ちょっと!! そのスクリーンが邪魔よオモイカネ!!

 

「何これ?

 私にナデシコを降りろ、って言うの?」

 

「ああ、本社勤務の辞令だ。」

 

「何よ、まさか同じ職場にいるのが嫌だ、って言わないわよね。」

 

 何時の間にそんな関係になったの貴方達?

 ・・・まるで美女と野獣ね。

 我ながら何て的確な表現。

 

「勘違いするな、ナデシコはより危険な任務に・・・」

 

「ふ〜ん、どう言う事?」

 

「ナデシコが正式に徴兵されれば、そう簡単に降りる事は出来ん。」

 

「じゃあ、これがクリスマスプレゼント?」

 

 ・・・馬鹿な男ねゴート。

 あのハルカ ミナトがそんな手でナデシコを降りるもんですか。

 それに彼女はホシノ ルリの事を何時も気に掛けてる。

 ホシノ ルリがナデシコを降りない限り、彼女が一人でナデシコを降りる事は無いわね。

 

 私は結局、ブリッジに入る事を諦めた。

 

「あ〜あ、男って馬鹿よね。」

 

 私も人の事は言えない、か。

 仕事と私情に揺れてるもんね・・・

 昔の私なら迷わず仕事を取ってたのにね。

 ・・・どうしてかな、彼の悲しそうな目が忘れられない。

 

 

 

 

 

 

 

「わ〜〜〜〜〜〜!!!」

 

「ナデシコの寄港を許すな〜〜〜〜〜!!!」

 

「我々は断固拒否する!!」

 

「ナデシコは出て行け〜〜〜〜!!」

 

 

 ヨコスカベイ地球連合宇宙戦艦ドックに入るナデシコを出迎えたものが、それだった。

 

「私達が戦わなければ誰が戦うのよ。

 身勝手よね、自分達は安全な所から文句を言うだけなんだから。」

 

 何となく、潮風に当りたくなった私は。

 ナデシコの艦橋から外に出ていた。

 

 強い潮風に髪が翻弄されている。

 そして私の視界の先には派手な色に染められた横断幕。

 

『ナデシコは帰れ!!』

 

『我々はナデシコの入港を拒否する!!』

 

etc、etc・・・

 

「ふうん、でもナデシコが不在の時にこの基地が攻撃されたら。

 あの人達は何て言うのかしらね・・・」

 

「・・・人間は身勝手な生き物ですよ。

 きっとその場にいなかったナデシコを責めますね。」

 

「あら、何時の間に?」

 

 動揺を何とか隠して、後ろから声を掛けて来た人物を見る。

 私の予想通り・・・それはテンカワ君だった。

 

「なら、テンカワ君はあの人達をどう思うのかしら?」

 

「別に・・・普通の人達です。

 朝起きて、仕事や学校に行って、友人と遊んで、夜は家族と団欒する。

 そう、普通の人達ですよね。」

 

 私はテンカワ君の言葉に羨望を感じた・・・

 今の連合軍で彼に憧れない人はいない、とまで言われる程の人物の言葉とは思え無かった。

 既に彼の二つ名は生きた伝説となっている。

 

「可笑しいですか?

 俺が彼等を羨ましがる事が?」

 

「ええ、かなり意外だったわ。」

 

 テンカワ君の質問に私は正直に応える。

 

「・・・子供の時は家族で暮らす事が夢でした。

 そして今は静かな生活を送りたいと思っている。

 けど、世間がそれをもう許してはくれないでしょうね・・・」

 

 そしてこの戦争が・・・

 

 アキト君の最後の呟きを私は聞き逃さ無かった。

 別に聞きたくもなかったけど、ね。

 

 私の心の中のテンカワ君が、また寂しく微笑んだ。

 

「なら、私の提案に乗ってみない?」

 

「お断りします。」

 

 ・・・ちょっと、まだ何も言って無いじゃない!!

 

「・・・生体ボソンジャンプ。

 実験はやるだけ無駄でしょう。

 確かに俺ならジャンプは可能です。

 しかし、今の俺には実験に付き会う時間の余裕はありません。

 何より、俺は実験の被験者という立場が嫌いなんです。」

 

「だ、だからって!!

 生体ボソンジャンプを解明できれば地球は木星蜥蜴に勝てるのよ!!」

 

 そう言い返してから私は愕然とした。

 

 ・・・ちょっと待って!!

 どうしてテンカワ君が、生体ボソンジャンプの事を知ってるの?

 

「だから実験は無駄です。

 それにこの戦争に勝者はいりません。

 いや、勝利者を作ってはいけないんです。」

 

 テンカワ君から放たれるプレッシャーに、私は押し潰されそうだった。

 しかし、テンカワ君の目は悲しそうな色を湛えていた・・・

 

「・・・色々と聞きたい事はあると思いますが。

 その疑問にも、もう直ぐお答えしますよ。」

 

 そう言い残して、テンカワ君はナデシコの中に戻って行った。

 ・・・私は呆然とした表情で、遠ざかるテンカワ君の背中を見詰めていた。

 そう言えばあの謎のエステバリスの事も、まだ詳しく聞いてなかったわね。

 あんなエステバリスを開発してるなんて、私は報告を受けていない。

 じゃあ、その謎のエステバリスを平然と操るテンカワ君は・・・

 

 一体、彼は何者なんだろう?

 私は遠ざかるテンカワ君に恐怖を抱いた。

 

 

 

 

 

 そしてナデシコは宇宙戦艦のドックに入港した。

 私達を待ち構えていたのは・・・

 

「何時までも軍艦のクルーが、民間人という訳にはいくまい。」

 

「本来なら全員お払い箱だけど。

 この私が、私のナデシコの為に。

 皆を軍人に取り立ててくれる様にお願いしてきたわ。」

 

 ・・・誰のナデシコですって?

 一度軍にクレームを付けないと駄目みたいね。

 

誰が頼んだ訳?

 

 ホシノ ルリ、そんな的確な事は言っちゃ駄目よ。

 大人の事情よ、大人の。

 

「あ〜、心苦しいのですが・・・

 あのオモイカネの暴走で、地球連合軍に与えた損害ですがね。

 テンカワさんの出向のおかげで80%をカットする事が出来たのですが。

 残り20%でも・・・皆さんのお給料が、3分の2になってしまうんですよ。」

 

 それを考えると、テンカワ君の出向でどれだけ荒稼ぎをしたのか解かるわね。

 本当、芸は身を助ける、って事かしらね。

 

 こんな事は絶対にテンカワ君には言えないけど。

 

「二週間前、月の軍勢力下で謎の大爆発があった。

 月面方面軍としてナデシコを再編成する事も考えられる。

 我々には時間が無いのだ。」

 

「この艦を降りても不愉快な監視が付くだけですし・・・

 どうでしょう皆さん? このままナデシコに残られては?」 

 

 どれだけの人が残るのかが問題だけど。

 ・・・それよりテンカワ君よね。

 彼、凄く軍人を毛嫌いしてるから。

 

 私は横目でテンカワ君を盗み見る。

 

 ・・・って、苦笑してる?

 どうして?

 

 そして他のナデシコクルーもテンカワ君を見詰めている。

 良くも悪くも、彼はナデシコの中心人物だった。

 

「じゃあ、希望すれば俺はナデシコを降りてもいいんだな。」

 

「君を手放すほど軍に余裕は無いんだよテンカワ アキト君。

 そう、『漆黒の戦神』と呼ばれる程の逸材をね。」

 

「・・・逸材、ね。」

 

 テンカワ君が発言している間・・・

 ムネタケは怯えていた。

 まあ、彼とコイツとでは人間的にも実力的にも天と地の差があるからね。

 

「それと軍から一人補充のパイロットが来る予定だったが。

 事務の手続きで間違いがあったらしく、少し時間がかかるそうだ。

 まあ、今日か明日中には来るだろう。」

 

 新しいパイロット、ね。

 ・・・何を考えてるのかしらね連合軍は?

 

 

 

 

 

 

 そして連合軍の士官が帰っていった後・・・

 ナデシコのクルーは珍しく無口になって、それぞれが自分の考えに耽っていた。

 

 こんな姿のナデシコクルーの姿が見れるなんて、ね。

 あの艦長ですら何かを一生懸命考えているみたいね。

 

 ある者はナデシコに戻り。

 ある者は基地内に出掛けて行った。

 

 そして、残った者の視線は自然と一方に集まる。

 その視線の先にいるのは・・・

 

「何だい、皆して俺を見てさ?」

 

 何時もと変らない微笑をしたテンカワ君がいた。

 

「アキトは・・・本当に軍に入っちゃうの?」

 

「俺の意見を聞いてどうするんだよユリカ?

 これは自分の将来の事なんだろ?

 なら、自分で考えて自分で決めるんだ。」

 

 テンカワ君の言葉を神妙に聞いてる艦長とナデシコクルー。

 さて、どう言う結果が出るのかしらね?

 でも、テンカワ君は軍から離れる事は出来ないだろう。

 その余りの実力故に・・・

 世の中って不思議よね。

 戦う力が欲しいという人より、不要だと考える人の方が実力があるんだから。

 あのムネタケとテンカワ君みたいに。

 

 

「おい、アキトお前にお客だぞ。」

 

 この前入ったばかりの新しいクルーの一人、オオサキ副提督。

 彼がテンカワ君に来客を告げる。

 ・・・彼とテンカワ君って、不思議と仲が良いのよね。

 何だか親子みたいな関係に見えるし。

 

「俺にですか?

 ・・・誰だろう、こんな所に知り合いなんていないし。」

 

「また女じゃね〜のか、テンカワ?」

 

「そんな事ありません!!

 だいたい何が、またなんですかウリバタケさん!!」

 

 ウリバタケ班長のからかいに真剣に怒るテンカワ君。

 そんなテンカワ君とウリバタケ班長のやり取りを見て、一斉に笑い出すクルー達。

 

 はあ、やっぱりナデシコはナデシコか。

 

「・・・おい、アキト。

 とうとう、お客さんの方から来ちまったぞ。

 俺は知らないからな。」

 

「へ?」

 

 そして、彼女と彼は現われた・・・

 そう更なる混乱を引き連れて。

 

 

「パパ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 

「お父さ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」

 

 

「何ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十三話 その6へ続く

 

 

 

 

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