< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺がナデシコに乗船して次の日・・・

 

 俺は与えられた自室で物思いに耽っていた。

 

 

『アキトさん・・・貴方の犠牲の上に、平和を作ろうなんて思わないでね。

 そんな事は私も・・・あの子も望んでいません。』

 

 

 生き延びて下さい・・・

 

 

 ミリアがアキトにさせた約束の内の一つがソレだった。

 もう一つの約束は既にアキトは叶えている。

 

 あの晴れ渡った青空の下。

 花束を持ってアキトは墓地に向った。

 俺は野暮な事はせず、ミリアの隣にずっといた。

 

 ・・・墓地で何があったのかは、解らない。

 だが帰って来たアキトの表情は明るかった。

 

 そして俺に一つ、頼み事をした。

 

「日本に・・・行ってもらえますか?」

 

 それがアキトの頼みだった。

 

 

 

 俺は悩んだ。

 アキトには俺が本当に必要なのだろうか?

 あらゆる面においてアキトの実力は、俺を遥かに凌いでいる。

 そんなアキトに、俺が何の手助けを出来るのだろう?

 それに今の俺には・・・

 

「ナオさん・・・私の事はいいから、アキトさんを助けてあげて。」

 

「何を言いだすんだよミリア。

 ・・・アキトには、俺の手助けが無くても大丈夫だよ。」

 

 俺はベットに横たわるミリアの頬を撫でながら、そう返事をする。

 

「そうね、確かにアキトさんは強いわ。

 でも・・・あの子を守りきれなかった。」

 

「・・・」

 

 俺にはミリアに返す言葉なんてなかった。

 

「私にはナオさんとの約束があるわ。

 だから耐えられる。

 ナオさんはアキトさんが自由に動ける様、手助けをしてあげて。」

 

「・・・だが。」

 

「もう・・・あの子と同じ運命を辿る子を見たく無いの。

 それに、アキトさんが約束を破らない様に見張っていて。」

 

 ・・・俺は優しくミリアを抱き締めた。

 解かったよ、それが君の願いなら俺は全力でアキトをサポートしてやる。

 

「・・・明日、アキトに返事をするよ。

 俺がグラシス少将に頼んでおくから、ミリアは安全な所でゆっくりすればいい。」

 

「ええ、そうさせてもらうわ。」

 

 ミリアの左手が俺の首筋にまわる。

 その指にはあの指輪が・・・

 俺とミリアを繋ぐ約束の印がある。

 

「絶対に君を迎えに行く。」

 

「待ってるわ・・・」

 

 

 

 

 

「・・・そうですか、本当に済みません。

 ナオさんしか頼める人がいなかったんです。」

 

「お世辞を言っても何も出んぞ。」

 

 俺の返事を聞いて、アキトは心底済まなそうな表情をした。

 

「実は時間が無いんです。

 俺は今日にもナデシコに向います。

 ナオさんは・・・」

 

「日本、か?」

 

「ええ、そこで二人の子供をネルガルの研究所から連れ出して下さい。」

 

「はぁ〜〜〜〜〜?」

 

 いや、流石にその頼み事の内容には驚いたね。

 

「それって、下手・・・しなくても誘拐じゃないのか?」

 

「大丈夫ですよ、一人は公には存在していない子供ですし。

 もう一人の子の保護者とは、合流した当日に俺が話しをつけます。」

 

 ふ〜ん、まあアキトを疑っても仕方が無いか。

 

「それに・・・二人に会えばそんな考えは吹き飛びますよ。」

 

「へ〜、へ〜、ところでその子供って何才だよ?」

 

「確か二人とも6才から7才だったかな?」

 

 おいおい。

 俺は幼児誘拐で捕まるのは嫌だぞ?

 

 

 

 

 何て事を思いつつ。

 結局俺は、日本のネルガルの研究所に来ていた。

 

「・・・時間通りに待ち合わせ場所には来たけど。

 どうやって二人を呼ぶんだ?」

 

 二人の子供の特徴はアキトから聞いている。

 一人の名前はラピス ラズリ、薄桃色の長い髪と金色の瞳をした少女らしい。

 そしてもう一人は、黒く短い髪と金色の瞳をした少年。

 

 金色の瞳、ね。

 

 確かにその容姿通りだとすると、間違いはしそうにないな。

 

 そして俺の手元には一通の書類が・・・

 どうして保護者の申請書類が必要なんだアキト?

 俺にはお前の考えている事が全然解らんぞ。

 しかも既に記入済みだし。

 ・・・どうやってこの公共書類を作ったんだ?

 この手の書類は、確か本人が作成しないと駄目な筈だが・・・

 アキト本人は今頃海の上、だよな?

 

 

 クイックイッ・・・

 

 

「ん? 何だ?」

 

 誰かが俺のズボンの裾を引いている。

 視線を下に向けると、二対の金色の瞳が俺を見詰めていた。

 

「あ、もしかして・・・」

 

おじさんがナオさんでしょ?」

 

 ・・・その少女の言葉に、俺は少なからずショックを受けた。

 俺、まだ28才なのに。

 

 さめざめと泣く俺を不思議そうに見る二人。

 ああ、君達は若いよね。

 どうせ俺なんて・・・

 

「あの〜、早くここから逃げた方がいいですよ?」

 

「え、それはまたどうして?」

 

 俺は不思議に思って(多分)ハーリー君に聞いてみた。

 

「・・・ハーリー、追っ手が来ちゃった。」

 

 どうやらハーリー君(確定)らしい。

 しかし・・・追っ手?

 

「は〜〜〜〜?」

 

 二人の視線の先を見ると・・・

 殺気だったガードマン達と、白衣を着た研究員達の姿があった。

 全員で13名か。

 彼等は目の前の研究所から走ってくる所だった。

 

「ナオさん・・・やっちゃって。」

 

「おいおい。」

 

 ラピスちゃんの言葉に俺は肩を竦める。

 が・・・何だか好きになれない顔だな、アイツ等。

 

 そんな事を思ってるうちに、彼等は俺の目の前に辿り付いた。

 

「おい!! 貴様、その実験体を返せ!!」

 

 威圧的な態度で俺に話しかける研究員の一人。

 ・・・ほう。

  

「実験体、だと?」

 

「煩い、貴様は知らなくていい事だ!!

 大人しくそのガキを返してここを立ち去れば・・・ブギャ!!」

 

 もうこんな下劣な奴の話しを聞く気は無かった。

 俺の上段蹴りを顔面にくらって、吹き飛ぶ白衣の男。

 

「ラピスちゃん、全員やっちゃっていいんだな?」

 

「うん、アキトもナオさんなら解ってくれる、って言ってた。」

 

 そうなのか。

 しかし、通信で俺の事をアキトが話したのか?

 まあいい、今はこの気に入らない奴等にお仕置をしてやるだけだ!!

 

「貴様、ここを何処だと思って・・・グギャ!!」

 

「はいはい、ガードの人なら真面目に仕事をしましょうね。」

 

 不用意に近づいて来たガードマンの鳩尾を、右の突き蹴りで貫く。

 

「貴様〜〜〜〜!!」

 

 

 ガァァァァァァンン!! 

 

 

「ふう、銃は御法度でしょ?」

 

「じゃあ、どうしてナオさんは持ってられるんです?」

 

「それは自己防衛の為だよハーリー君。」

 

「はあ。」

 

 ガードマンの一人が抜きかけたブラスターを、俺が懐のブラスターで抜き撃ちをした。

 これで実力差が解かってくれれば・・・

 俺の説明を聞いたハーリー君は頭を抱えているが。

 ・・・若いくせにノリの悪い子だな。

 

 いかんいかん、思考が老年化してるぞ、俺!!

 

「全員でかかれ!!

 実験体を絶対に逃すな!!」

 

 ・・・研究者だからと言って、生きる上で頭が良いとは限らないか。

 まあ、その命令に応えるガードマンもガードマンだけどな。

 俺との実力差が解らないのかね?

 それならそれで、こちらも・・・

 

「面白い、だったら徹底的にやらせてもらうぜ!!」

 

 走り寄って来た、先頭のガードマンの男の顎先にフックを一発。

 崩れる男の背後に回り込み、背中を蹴って右側から来るガードマンの牽制に使う。

 

「ギャ!!」

 

 その結果を見る事もなく、前方にいる男に左のローキックを放つ。

 

「くっ!! これ位の事で・・・ぐわっ!!」

 

 蹴った左足は降ろさず、円弧を描く様に男の首筋に叩き込む。

 

「ふう・・・これで3人。

 まだ、やるかい?」

 

 白衣を着た研究員が3人、ガードマンが残り7人か。

 

「くっ、くそ〜〜〜〜〜!!」

 

「素人かお前は?」

 

 警棒を振りかざして突進して来た男を軽く右に捌き。

 

 

 ガァァァァンンン!!

 

 

 その後ろでブラスターを構えていた男の腕を、俺の撃った弾丸が貫く。

 

「ぎゃあああああ!!」

 

 大げさな奴だな〜

 人を撃とうとしたんだ、自分も撃たれる覚悟をしろよな。

 

 残りは6人。

 研究員達は既に怖気付いて震えている。

 

「さて・・・まだやるかい?」

 

 それから2分後。

 残りのガードマン6人も地に伏せていた。

 まあ、アキトに比べれば手加減してやった方だ感謝しな。

 怒ったアキトが相手だったら、こんな軽傷で終らなかったぞ。

 

 俺は確信していた。

 あの研究者に実験体と言われて身体を竦ませたラピス。

 それを見てあのアキトが黙っているはずが無い事を・・・

 

「さて・・・じゃあ行こうかラピスちゃんにハーリー君。」

 

「もうちょっと待って、もう直ぐ花火が上がるから。」

 

 はあ?

 

 俺がラピスちゃんにその意味を聞こうとした時・・・

 

 

 ドゴォォォォォォォォンンンンン!! 

 

 

「おわ!!」

 

 俺の背後で研究所の一部が爆発した!!

 

「おいおい・・・」

 

「くすくす・・・」

 

「あ〜、すっきりした。」

 

 ・・・この子達が仕掛けたのか?

 マジかよ?

 

「あ、死人は出ませんよ。

 誰も居ない事を確認してから爆破する様に、ダッシュに言っておきましたから。」

 

「そ、そうか・・・なら、いいんだ。

 さ、車に乗ってくれ。」

 

 ・・・ダッシュって誰だよ?

 

 

「は〜い!!」 × 2

 

 

 元気に車に乗り込む二人を見ながら。

 俺は別れる前のアキトの言葉を思い出していた。

 

『それに・・・二人に会えばそんな考えは吹き飛びますよ。』

 

 確かに吹き飛んだよ、アキト・・・

 しかも、物理的にな。

 

 車をナデシコが寄港する予定の、ヨコスカベイ地球連合宇宙戦艦ドックに向けながら。

 俺はこの子達の実力に心底恐れを抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・カーラジオから臨時ニュースが流れている。

 

『本日の昼頃、ネルガル重工の研究施設で謎の爆発があり・・・』

 

 考えたら、今の俺は幼児誘拐に銃刀法違反に傷害罪・・・

 それに施設の爆破も俺の仕業だと勘違いされていたら、器物破損。

 

「これでナオさんは立派なテロリストね!!」

 

「・・・ははははははは。」

 

 ラピスちゃんの言葉が俺に追い討ちをかけた。

 ・・・アキト、本当に大丈夫なんだろうな?

 

「ふう・・・でもあんな事が出来るのなら。

 あの研究所を、二人で脱走する事も可能じゃなかったのかい?」

 

「ええ、それは可能です。」

 

「じゃあどうして今まであの研究所に?」

 

 俺の疑問にはラピスちゃんが応えてくれた。

 

「だって・・・私達が軍の施設に行っても、誰も相手にしてくれないもん。」

 

 ・・・そりゃそ〜だ。

 見た限り二人とも6才位だからな。

 俺もアキトの頼みじゃなければ、信じられない現実だ。

 この子達は一体何者なんだろう?

 

「君達はアキトと・・・どう言う関係なんだい?」

 

「恋人。」

 

「恋敵。」

 

 

 キキキキキィィィィィィィィ!!! 

 

 

「馬鹿野郎〜〜〜〜〜〜!!

 眠ってるのかテメー!!」

 

 し、死ぬかと思った。

 ハンドル操作を失敗して、もう少しで対向車のトラックに衝突する所だったぞ・・・・

 

「お、お前等な〜〜」

 

「嘘じゃないもん。」

 

「嘘じゃないですよ。」

 

 ・・・最早何も言うまい。

 流石、テンカワ アキトが欲しがる人材だよ。

 

「う〜〜〜〜、でもアキトにはお仕置しないと駄目なんだよね。」

 

「ああ、あのサラさんとアリサさんの事かい?」

 

 どうして君達があの二人の事を知ってるのかな〜?

 もう驚くのも疲れたよ・・・俺は。

 

「何か良いアイデアは・・・」

 

「だから至近距離でグラビティ・ブラストを・・・」

 

 それは死ぬって、ハーリー君。

 いくらアキトでも。

 

「・・・肉体的な罰は却下。

 もっと精神的なお仕置じゃないと駄目。」

 

 アキト、マジで恐いぞこの子・・・

 

「じゃあ、俺に一つアイデアがあるぞ?」

 

「え、本当?」

 

「どんなアイデアですか、ナオさん?」

 

 取り敢えず、こんな楽しい子守りを俺に任せたアキトに復讐する事にする。

 ふふふふふふふ・・・

 覚悟しとけよ、アキト〜〜〜

 

 

 

 

 

 で、俺のアイデアが採用されたわけだ。

 まあ、楽しかったからいいか。

 あの子達も実際良い子だしな。

 

 

 

 俺もこのナデシコは気に入ったぜ・・・アキト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピッ!!

 

 

『ヤガミさん、これから新クルーの歓迎会とクリスマスパーティを開催しますが。

 どうされますか?』

 

 突然開いた通信ウィンドウには・・・

 あのルリと言う名の少女が映っていた。

 ナデシコに乗船が決まった時に、俺にはコミュニケが支給されていた。

 

 ・・・この子が。

 昨日はゆっくりと話す機会が無かったよな。

 

「ああ、喜んで参加させてもらうよ。

 ・・・君がホシノ ルリちゃんだよね?」

 

 一応、確認をしてみる。

 

『はい、そうですけど何か?』

 

「あ、俺の事はナオって呼んでくれ。」

 

『はあ。

 じゃあ、私もルリでいいですよ。』

 

 こうやって見てると普通の女の子だよな。

 ラピスとハーリー君。

 そしてルリちゃん。

 この三人の事情はアキトから先程聞いた。

 

 遺伝子操作で生まれたマシンチャイルド

 

 この子達が背負っているモノは俺には想像すら出来ない。

 しかし、俺には・・・アキトやナデシコクルーには、等身大の子供に見えるのだろう。

 俺はあの研究者を殴り倒した事を後悔してはいない。

 いや、その話しを聞いてからは手加減をし過ぎたと思うくらいだ。

 

 子供達を戦争や実験の道具に使うなど・・・

 

「ああ、実は俺には妹がいてね・・・

 ちょうどルリちゃん位の年でさ。」

 

『そうなんですか。』

 

 ルリちゃんは、訳が解らないという表情をしている。 

 それもそうだろうな。

 ・・・でも、本当の事は絶対に言えない。

 いや、言ってはいけない。

 だが・・・

 

「ルリちゃんは・・・アキトが好きかい?」

 

『ええ、勿論です!!』

 

 そうか、それは良かったよ。

 あの子の替わり・・・と言えばルリちゃんに失礼だけど。

 あの子の心を救ってやってくれ。

 身勝手な大人の考えだけどな。

 

「俺の妹もアキトの事が大好きでね。

 ・・・でも諦めたんだ、いろいろとあってさ。

 で、俺としては泣いていた妹の代わりに、ルリちゃんを応援したいな〜、って思ってね。」

 

 ただ、罪悪感から逃れたかっただけかもしれない。

 俺の不注意であの子は巻き込まれたのだから。

 でも・・・だからこそ。

 

『そ、そんな・・・

 何があっても私はアキトさんを諦めませんよ!!』

 

 良い表情だよルリちゃん。

 ・・・メティちゃん、君の応援はもう出来ない。

 だから俺はルリちゃんの応援をするよ。

 馬鹿な考えかもしれないけど、ね。

 

「OKOK、その心意気だよルリちゃん。

 周りの女性に負けるなよ?

 さて、それでパーティ会場は何処だい?」

 

『あ、それはですね・・・』

 

 俺はルリちゃんに聞いたパーティ会場に向った。

 少しは軽くなった心を抱いて・・・

 

 

 

 今度こそ・・・守ってみせる!!

 

 

 

 

 

 俺が到着した時、パーティ会場は凄い盛り上がりを見せていた。

 ・・・まあ、アキトの悲鳴が聞えるのはお約束だろう。

 

「ナオさ〜〜〜ん!!」

 

「お、ハーリー君・・・って。

 何だよその格好は?」

 

 ハーリー君は何故かハリネズミのヌイグルミを着ていた。

 いや・・・似合ってはいるがな。

 

「今日はコスプレパーティらしいんですよ。」

 

「あ、そ。

 ・・・だからアキトが化粧室に連れ込まれているのか?」

 

「ええ、そうです。」

 

 アキトが本気になれば逃げれない事は無いだろう。

 要するに付き合いでやってるんだよな?

 ・・・なら、俺には関係無いな。

 

「で、ラピスちゃんは何のコスプレをしてるんだ?」

 

「えっとですね、確か昔のTVアニメのヒロインの・・・」

 

 ところで、どうしてそんな衣装がこのナデシコにはあるんだ?

 軍艦だろ、一応?

 ・・・奥が深いな、ナデシコ。

 

 別の意味でもナデシコの凄さを俺が実感している時。

 艦長の声が会場に響き渡った・・・

 

 

「皆さ〜〜〜〜ん、注目!!」

 

 

 何だ、何だ?

 

 クルーの視線が集まる中。

 艦長(何故かエステバリスのコスプレ)の後から一人の女性が出て来た。

 

 

 

「おおおおおお!!!」 (男性陣)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十三話 その8へ続く

 

 

 

 

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