< 時の流れに >
コンコン!!
私は緊張しながら目の前のドアをノックした。
これから私が会う人物は、本当なら私程度の階級の軍人では絶対に会う事が無い人だったからだ。
「入りたまえ・・・」
威圧感のある声が扉の向こうから聞える。
「失礼します。」
ガチャッ!!
私はドアを通り抜け。
目の前の大きな木製の机に座る人物に敬礼をした。
「イツキ カザマ命令により出頭しました!!」
目の前の人物・・・
ミスマル提督を見ながら。
目の前の男性から強烈なプレッシャーを感じる。
・・・これが連合宇宙軍第三艦隊提督、ミスマル コウイチロウ
「ああ、余り緊張をする必要は無い。
実は君は来週から、ある部隊に転属してもらう事になった。」
「え?」
・・・聞いてませんよ、そんな事。
「急な話しで済まないが。
エステバリスの操縦の腕と、私の目的に一致する人物は君しかいなかったのだよ。」
「はあ・・・」
あの〜、全然話しが見えませんが・・・
「君が向う出向先は・・・戦艦ナデシコだ。
詳しい資料はここにある、目を通しておいてくれたまえ。」
そう言って一束の書類を机の上に置いた。
戦艦ナデシコ・・・
それはもしや軍内部で有名な、あのナデシコ!!
勿論、良い噂ばかりではない。
悪い噂も多々あるけれど。
その話題には興味が尽きない。
曰く、一隻で敵勢力下の火星に向い、無事に帰って来た。
曰く、連合軍が連敗したナナフシを一隻で攻略した。
曰く、無敵のエステバリが所属している。
曰く、木星蜥蜴と一緒に共闘していた連合軍を壊滅させた。
曰く、軍の爪弾き者の溜まり場。
等など、本当か嘘かよく解らない話題もある。
でも、私が興味があるのは・・・
「あ〜、それでだね君に一つ頼みがあるんだが。」
「は、はい!! 何でしょうか?」
危ない危ない、上官の前で我を忘れる所だったわ。
「うむ・・・実はあのナデシコには娘のユリカが艦長を務めておる。」
「はい、知っています。」
ミスマル提督の雰囲気が変わった・・・
更に巨大なプレッシャーが私に襲いかかる!!
「そのユリカが・・・
事もあろうにナデシコのコックと、恋仲という情報が入っておる!!」
「は、はあ。」
私は一気に脱力した・・・
だって、今まで強烈なプレッシャーを放っていた男性が。
滂沱の涙を流しながら、写真立ての娘の写真に頬擦りしだせば・・・ねえ?
「そこでだ!!」
「はい!!」
突然真面目な顔に戻るミスマル提督。
私はここからが本番、と気を引き締めた。
「コックと軍人は・・・相性がいいと思うかね?」
「そんな事は知りません!!」
は、つい怒鳴ってしまった!!
「まあまあ、軽い冗談だよ冗談。」
・・・もう、帰りたい。
軍を辞めちゃおうかな。
こんな人が軍のお偉いさんだなんて。
現実って奥が深いのね。
「実はそのコックに問題があってな・・・」
マイペースなのも高官の条件なのかしら?
私の事は半分無視されてる様な気がする・・・
「・・・レポートを見る限り、この男は複数の女性と付き合っておる。」
「えっと、3人位ですか?」
軍の養成学校にも、そんな軟派な男がいたわよね。
私も嫌になる程声を掛けられたものだわ・・・
「いや、確認した限り合計で14人だ。」
ちょっと待って下さいよ。
何ですかその桁外れな数字は?
「・・・冗談ですか?」
「いや、マジだ。」
シィィィィィィィィンンンン・・・
ミスマル提督の執務室に静寂が訪れる。
「上は28才から下は12才まで。
まさに手当たり次第だな。」
「・・・そんな男に、騙される方も問題があるのでは?」
何者ですか、その男性は?
人間技とは思えませんよ。
「騙された私の娘が悪いと言うのかね君は!!」
「ああ〜〜〜、御免なさ〜〜〜〜〜い!!!」
鼓膜が破れそうなミスマル提督の大声に、私はノックアウト寸前だった。
・・・迂闊に喋ると命に関わるわ、これは。
それにしても、あの人が・・・
「はあ、はあ、はあ・・・まあ、よかろう。
そこでだ、君はナデシコに乗船した時にこの男の実態を調査して欲しい。」
「・・・それって、女性の私では不利なのでは?」
「女性だからこそ、その男も本性を出すんだよ。」
ニヤリ、と笑って私の質問に応えるミスマル提督。
ミスマル提督を殴って・・・そのまま軍を辞めてやろうか?
私は本気で転職を考えた。
「まあ、コックの冗談はこれくらいにしておいて。」
「冗談だったんですか?
本当に? 全部!! 冗談だったんですね!!」
私はこの瞬間、転職を決意した。
帰りに就職情報誌を買わなきゃね。
私は執務室を出る為にドアに向った。
「君が監視する男の名前はテンカワ アキトだ。」
しかし、ミスマル提督の言葉に私の足が止まる。
テンカワ アキト・・・
この戦争に突然現われた稀代の英雄。
その二つ名である『漆黒の戦神』は、私達エステバリスライダーにとって絶対だった。
そんな彼にも悪い噂はある。
極度の女たらし。
しかし、そんな彼になら騙されたいと言う女性が多い事もたしかだ。
これはミスマル提督が心配性なだけでは・・・多分無いと思う。
女たらしのコックには興味なんてないけど・・・
テンカワ アキトには興味が尽きない。
そして、私は好奇心に勝てなかった。
「その任務、喜んでお受けします。」
この時、私のナデシコの乗船が確定したのだった。
始めの会話に出てきたコックの正体を、私は知らなかった。
・・・知ってたら、こんな任務受けてなかったわよ。
「ふ〜ん、各分野のエキスパート・・・ね。」
私はナデシコのクルーの各プロフィールを、自室で見ていた。
三日後にはナデシコに乗船する予定のはずなのに・・・人事部からは連絡がまだこない。
多分、あのミスマル提督が無理を言って私を推薦したのだろう。
だって、本当なら私は月の守備部隊に配属される予定だったんだもの。
・・・まあ、ナデシコの方が面白そうだから嬉しいけどね。
ベットに寝転がりながらプロフィールの続きを読む。
まず目に付いた人物はアオイ ジュン副長。
・・・特記事項無し。
普通、何か一言あるんじゃないの?
これじゃ、個性が全然掴めないわ。
ある意味、凄く貴重な人物なのかもしれない。
次にアカツキ ナガレ。
・・・ん? この人も目立った経歴が無いわね。
ここまでくると逆に作為的なモノを感じるわ。
以下、続々と強者の紹介が・・・
あ、頭が痛くなってきたわ。
改造癖やら、熱血馬鹿とかアニメオタクに・・・
本当に軍艦のクルーなの?
そして問題のテンカワ アキトのプロフィールには・・・
これにも目立った事は記入されていなかった。
何故?
ここ最近の戦果は、ネルガルの意向により秘匿されている。
しかし、それ以前のモノすらも・・・白紙に近かった。
(火星生まれの火星育ち)
(IFS体質)
(地球に移民してからはコックを目指す)
本当にこんな事しか記入されていない。
じゃあ、彼の活躍は捏造されたモノなの?
いや、西欧方面軍に配属された、養成学校時代の友人は言った。
私は『漆黒の戦神』を見た、と。
記録に残る物は、何も無い。
あくまで人の口から噂話として、『漆黒の戦神』の異名は広まっている。
一体、彼の正体は?
「やっぱり、食えない人ねミスマル提督・・・」
私の好奇心を利用して、彼を監視させるつもりなのね。
西欧方面軍からもナデシコに乗る軍人がいるらしい。
しかも、あの『白銀の戦乙女』までもが・・・
ナデシコに巨大な戦力が集まりつつある。
それを軍が見過ごすはずは無い。
そして、そのナデシコの中心人物こそ・・・
「テンカワ アキト・・・さて、どんな男性なんでしょうね?」
私の想像は尽きなかった。
そして、もう一人の人の事も・・・
12月の空は晴れ渡っていた。
しかし、私の心は曇りきっていた。
「・・・普通、乗船予定日の次の日に通知がきますか?」
ナデシコの寄港している、ヨコスカベイ地球連合宇宙戦艦ドックに向って私はバイクを走らせていた。
もちろん、ナデシコクルーは私の乗船の事を知っている。
それが予定日の次の日に来るなんて。
私の第一印象は最低だろう。
・・・先輩も乗ってるのに。
私の気になるもう一人の人物。
それはミスマル提督が心配していた、ユリカ先輩だった。
軍の養成学校を訪問された時に、一度だけ話しをした事がある。
簡単な挨拶だけだったけど、士官候補生の威圧的な感じは受けなかった。
美人で、優しくて、頭も良い・・・
地球連合大学の戦略シュミレーション実習を、女性で初めて主席で卒業された才媛。
そして名門ミスマル家の長女。
まさに完璧を絵に描いた様な人だわ。
しかし!!
そのユリカ先輩を弄ぶ男性がいるなんて!!
それがあのテンカワ アキトだったとは!!
昨日の書類を読んでいて最後に気が付いた事。
それはテンカワ アキトの職業欄だった。
イメージが先行していて、私は彼の職業はパイロットだと信じていた。
しかし、その欄には・・・
職業 コック兼パイロット
だった。
一瞬、自分の目を疑った。
だが、何度見てもその文字に変化は無かった。
最後には自分のボールペンで訂正線を引いたが、虚しい自己満足だけが残った。
私は自分から進んで、極度の女たらしの元に行く事を望んだのだ。
・・・さすがはミスマル提督。
連合軍にその人有りと言われる人材ですわ。
私、すっかり騙されてしまいましてよ。
お〜〜〜、ほっほっほっほっ!!
・・・現実逃避はもう止めておこう。
これで事故を起こしたら笑い話にもならないわ。
それに、私の目のにはヨコスカベイ地球連合軍基地が見えてきているし。
もう、後戻りは出来ないのだ。
ならば、ユリカ先輩をあの男の魔の手から救い出し。
私も綺麗な身体で軍に戻れるように、努力するだけだわ。
「負けないんだから!!」
バイクのスロットを開けながら、私は自分に気合を入れた!!
ナデシコへの乗船は意外と簡単に出来た。
いや、簡単過ぎた。
軍艦とは思えない気軽さだった。
・・・まあ、ここは軍のドックだから別にいいけど。
外でもやはり同じなのだろうか?
「だからって、カード一枚で乗船出来る軍艦なんて初めてだわ。」
まず、一番先に気になったのは自分の乗るエステバリスだった。
これから先、自分の命を預ける機体だもの。
挨拶はしておかないとね。
・・・噂のウリバタケ整備班長にも会ってみたいし。
格納庫には直ぐに辿り付けた。
しかし、中を覗いて見ても誰も居ない?
幾らなんでもこれは無防備過ぎない?
「こんにちわ〜〜〜〜〜!!」
大声で叫びながら、私は格納庫内に入っていった。
シィィィィィィインンン・・・
だが、本当に誰もいないみたいだ。
まあ、エステバリス自体はIFSが無いと動かせないから盗難は無理として。
その他に貴重な部品は・・・
そして、私はその機体を見付けた。
白銀と赤、黄色と翠、そしてピンクと青。
それぞれのパーソナルカラーに染まったエステバリスを左右に従え。
その漆黒の機体は・・・そこに在った。
存在感が違う。
標準のエステバリスより大きい事は確かだけど。
何かが違う。
そう、このエステバリスに乗る者の意志。
そんなモノをヒシヒシと感じる。
これはエステバリスライダー特有の感覚だけど。
勝てない、このエステバリスが敵ならば・・・
多分、私が戦場でこのエステバリスに出会えば一瞬にして倒されるだろう。
そしてこの漆黒の機体を操る者こそ。
「テンカワ アキト、一筋縄ではいかないみたいね。」
私は暫くの間、その機体から目を離す事が出来なかった。
もしかすると、この時に私はテンカワ アキトに魅了されたのかもしれない。
そして、私は遂にナデシコクルーと遭遇した。
・・・そう、多分ナデシコのクルーだ、と、思う、けど。
「君は何者だ?」
「あ、私は・・・ってソレ何です?」
「気にするな、それより軍の関係者かね?」
気にするなって・・・
私が出会った男性は。
身長2m程の大男。
顔もいかつく体格も凄い。 ・・・何故か頭にトナカイの角が生えてるけどね。
身体もヌイグルミを被ってるし。
あ、思い出した。
確かネルガル社員のゴート ホーリさんだ。
プロフィールではそう書いてあったはずよね。
「ええ、今度このナデシコに乗船する事になったイツキ カザマです。」
「ふむ・・・それならこっちに来てもらおうか、艦長に会わせよう。」
「はい。」
ユリカ先輩に会わせるのは理解出来るわ。
でも、その両手で抱えているローストチキンは何なの?
ナデシコって一体・・・
そして、ゴートさんに連れられて、私はある部屋に辿り付いた。
部屋の入り口の扉の横には・・・
クリスマスパーティ & テンカワ アキト復帰記念 & 新人歓迎会!!
と、達筆で書いてある垂れ幕があった。
最早、何も言う事はありません。
「さあ、入りたまえ。」
「ええ、解かりました。」
もう、どうにでもして・・・
そして、私は憧れの先輩と再会した。
・・・そうユリカ先輩と。
「ほえ? その子誰ですゴートさん?」
「新人のパイロットだ。」
「ああ!! あの連合軍士官さんが言ってた!!」
何故、エステバリスの格好なんです?
私の中でイメージされたユリカさんは・・・
こんな、こんな、こんな!!
「さあ、皆さんに紹介しましょう!!」
「・・・はい。」
この時、私はショックの余り呆然自失状態だった。
「皆さ〜〜〜〜ん、注目!!」
ユリカ先輩の声が遠くに聞える・・・
「おおおおおお!!!」 (男性陣)
男性の叫び声も聞える・・・
けど、私の意識は戻らなかった。
いっそ、この場の雰囲気に流されれば楽になれるのに。
生真面目な性格の自分が怨めしい。
「えっと、今度新しく入ったクルーの方です。
名前はイツキ カザマさん。
所属はパイロットになります、パイロットの方は仲良くして下さいね!!」
「おお、任せとけ!!」
中国の服を着た女性が、ユリカ先輩がした私の紹介にそう返事する。
スバル リョーコ・・・彼女も凄腕のエステバリスライダーだったわね。
「こちらこそ宜しく〜♪」
「・・・ちょっと、ヨロシク!!
ぐふふふふふふ。」
・・・アマノ ヒカル、マキ イズミ
まあ服装については、もう深く考えるのは止め様。
「よ、宜しくお願いします。」
私は取り敢えず返事を返す事が出来た。
「お、可愛い子だね。」
アカツキ ナガレ
この人は注意をした方がいいわね。
少しずつ私の理性は戻ってきた。
「今後、お互いに頑張りましょうね。」
アリサ=ファー=ハーテッド
何故貴方ほどの人物がこのナデシコに?
興味が湧くわね。
「はい、足手まといにならない様に頑張ります。」
私は無難に挨拶をこなす。
そして・・・次が本番だろう。
テンカワ アキト
さあ、私の前に姿を現しなさい。
貴方が全ての元凶なのだから・・・
そして、彼は現われた。
「あ、あの〜今後とも宜しく。」
「は、はあ・・・」
「じ、じゃ!!」
そのままスカートの裾を持ち上げて逃げ出すテンカワ アキト。
その後ろを楽しそうに、薄桃色の髪をした女の子が追いかけている。
そう、彼は女装をしているのだった。
ふっ、あれがテンカワ アキト・・・
『漆黒の戦神』と呼ばれる。
私達エステバリスライダーの羨望を一身に受ける。
私はその場に座り込んでしまった。
今後、私がナデシコでやっていくには、開き直るしかなさそうだ。
ビー!! ビー!! ビー!!
非常警報・・・敵、なの!!
丁度良い、この鬱憤を晴らせてもらうわよ!!
私の闘志は激しく燃えていた。