< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、テンカワさんの頼み事は、この時間で良かったんですよね。

 

 私は深夜に格納庫に来ていた。

 何故かと言うと、今夜大切な話しがしたい。

 と、テンカワさんに言われたからです。

 

 さてさて、彼は何を私に話してくれるのでしょうね?

 

 

「ミスター?」

 

「おや、ゴートさん。

 ・・・貴方もですか?」

 

「ああ、テンカワに呼ばれた。

 しかし、俺だけではなさそうだな。」

 

「そうだね〜」

 

「そうみたいね。」

 

 これはこれは・・・

 ネルガル関係のクルーを全員集合させましたか。

 アカツキさん・・・会長の事も気が付いているんでしょうね。

 

「・・・役者が揃ったみたいだし、始めますか。」

 

 そして、主役が格納庫へと入って来ました。

 さて、どんな劇が始まるのでしょうかね?

 

 

 

 

 

「まずは・・・こんな時間に集まってくれた事を感謝します。」

 

「ああ、良いよ別にそんな事くらい。

 何でも凄い情報を教えてくれるらしいからね。」

 

 口調は軽いが・・・目は笑ってませんね会長。

 

「まあエリナさんは大体予想がついてるみたいだけどね。」

 

「そうね、この機体と・・・ボソンジャンプについてでしょう?

 それと、ラピス ラズリとマキビ ハリ・・・」

 

 あの漆黒のエステバリスを見上げながら、そう返事をするエリナ女史。

 

 そのエリナ女史の口調にも緊張が感じられますな。

 まあ、私もその話しをこんな所で聞けるとは思いませんでしたが。

 

「半分、正解ですよ。

 まずはネルガルの現状を確認して下さい。

 ・・・ラピス、ルリちゃん、ハーリー君。」

 

 

 ピッ!!

 

 

『はい、解かりました。』

 

『了解、アキト。』

 

『解かりました。』

 

 テンカワさんの声を合図に三つのウィンドウが開き。

 私達にある情報を見せる。

 

「・・・これは!!」

 

「まさか!!」

 

「む、う・・・」

 

「ほう。」

 

 私達はそれぞれの方法で驚きを表現した。

 いや、これはもう驚くしかないでしょうな。

 

「そこに表示してある物の意味は・・・解りますよね?

 現在アカツキさんが持ってるネルガルの株は45%しかない。

 しかし、この表示している株の名義を一瞬で、俺の名前に変更出来るとしたら?」

 

 そこに表示してあるネルガル株の合計は、全体の51%に及びます。

 つまり、テンカワさんが筆頭株主になるわけですな。

 

「こんな・・・馬鹿な!!」

 

「アカツキ会長・・・貴方が思っているより、遥かにルリちゃん達の実力は凄いんですよ。

 ルリちゃん達が本気を出せば世界経済を三日で破壊する事も可能です。

 この株主達も架空の人物に過ぎない。

 全てはネルガルの監視の目を逃れる為のダミーなんですよ。」

 

 これはまた・・・恐ろしい事を平気な顔で言いますね。

 架空の人物とは思えないプロフィールと履歴ですな・・・

 ここまで見事に隠されると、私達では発見出来ないでしょう。

 

 そして、本当に恐るべき人物はそのルリさん達に命令が出来る、テンカワさんですね。

 彼女達はテンカワさんの言う事しか、聞かないでしょうからね。

 ・・・世界経済ですら、支配下に置きますかテンカワさんは。

 

「そんな事、本当に可能だと思ってるの!!」

 

 エリナ女史が堪らず大声で叫びます。

 自分の信じていたモノが、余りに脆いと解ったからでしょう。

 

 かく言う私も、かなりのショックを受けてますがね・・・

 

『・・・私達、三人が揃えば出来ます。

 実際にネルガルの株の買収と、このブラックサレナの極秘開発は。

 ラピスとハーリー君の二人だけで、実験の合間にやった事です。』

 

 ルリさんが何時もの表情で、信じられない事を言います。

 

「そ、そんな!!

 この子達はまだ6才なんでしょう?」

 

『時間さえあれば、ネルガルなんて一日で潰せるよ。』

 

 子供故の無邪気さ・・・

 だけでは済まされない話しの内容ですね。

 

『もっとも、そんな気は僕達には全然無いですけどね。』

 

 マキビ君がそうフォローをしますが。

 

「だからって・・・

 実際は6才の子供達に、私達の会社の命運は握られているんでしょ。」

 

 力なく呟くエリナ女史。

 彼女の野望を知っている身としては・・・辛い言葉ですな。

 

『私達は企業に興味なんてありません。

 ただ、アキトさんの頼みだからこそ実行したまでです。

 そして、私達はアキトさんを信じていますから。

 それだけが・・・私達の行動基準です。』

 

 最後はルリさんがそう締めくくりました。 

 しかし・・・衝撃的な話しですな。

 

「そ、それでどうするつもりなのよテンカワ君?」

 

「別にネルガルを乗っ取るつもりはありません。

 世界経済にも別段興味は持てませんしね。

 ただ、この戦争が終るまでナデシコのバックアップを優先的にしてもらいます。

 後はルリちゃんとラピスとハーリー君を自由にする事。

 ・・・ついでに、ナオさんがラピス達を連れ出すときに起きた爆発を、事故扱いにする事くらいかな?」

 

 欲が無いですな〜

 巨大企業の会長になれる権限を持つと言うのに。

 いや、その気になれば地球を支配する事すら、可能なのでしょうな。

 

「・・・僕達にはまるでメリットが無いね。」

 

 髪をかきあげながらテンカワさんに皮肉を言う会長。

 私には、この場では発言する権限が無いですしね。

 傍観させてもらいますよ、会長。

 

「そう言わないで下さいよ。

 俺の両親を殺しておいて。」

 

「そ、それは!!」

 

 テンカワさんの言葉にエリナ女史が過敏に反応する。

 ・・・その事を御存知なのですか、テンカワさんは。

 

「別にアカツキさんやエリナさんを恨みませんよ。

 もう、それは過去の事ですしね。

 メリットは一つあります・・・

 生体ボソンジャンプのサンプルデータをお渡ししましょう。」

 

「何!!」

 

 とうとう会長も仮面を脱ぎ捨てましたか。

 確かにテンカワさんの話しは魅力的ですな。

 

「論より・・・証拠をお見せしましょう。」

 

 

 シュィィィィィィィンンンン・・・

 

 

 私達の目の前で、虹色の輝きにテンカワさんが包まれ・・・

 その場から消えた!!

 

「そんな!! 生体ボソンジャンプなの!!」

 

 エリナ女史が叫び。

 

「馬鹿な!! CCも使わずにか?」

 

 会長も驚いています。

 ・・・もっとも私も驚きで声が出ないのですが。

 

「何処だ、テンカワ!!」

 

 ゴートさんの声に・・・

 

「ここですよ。」

 

 テンカワさんの返事は、彼のエステバリスの左肩から返ってきました。

 

 私達の視線の先には、漆黒のエステバリスの肩に立つテンカワさんの姿があった。

 

 あそこの位置まで一瞬で昇る事は不可能・・・

 これは本物のボソンジャンプですか。

 彼の御両親が夢にまで見ていた。

 それを息子の彼が実現するとは・・・

 世の中は皮肉と言うか、不思議に満ちていますな。

 

「CCはジャンプフィールドを張る為の触媒に過ぎません。

 そのフィールドを解明すれば、フィールド発生装置は作成可能です。」

 

「じゃあ、テンカワ君はその装置を!!」

 

「ええ、持ってますよエリナさん。

 ただし、ボソンジャンプは瞬間移動ではありません。

 ジャンプを可能にするには多くの条件があり、また資格がいります。

 一言で言えばエリナさんやアカツキさんには無理です。」

 

 ここに居る誰よりも、ボソンジャンプに詳しいのでしょうテンカワさんは。

 彼の御両親を思い出しますね・・・

 

「その条件とは・・・何だいテンカワ君?」

 

 幾分、落ち着きを取り戻した会長がテンカワさんに質問をする。

 

「・・・今は言えません。

 しかし、いずれは教えます。

 ですから、今は木星蜥蜴・・・いえ、木連の人達との和平を実現する手伝いをして下さい。」

 

「何故そんな事まで君が知っている!!」

 

 再び取り乱す会長。

 ・・・私の知らない情報も結構多いと言う事ですかな?

 木連の人達とは一体?

 

「それも秘密です。

 今はまだ全てを話しても信じてもらえないでしょう。

 ただ、俺がこれからする事の邪魔だけはしないで下さい。」

 

 

 シュタッ!!

 

 

 今まで立っていたエステバリスの左肩から飛び降り。

 殆ど音も立てずに着地してみせるテンカワさん。

 う〜ん、見事な体術です。

 

「このブラックサレナやラピスにハーリー君。

 疑問に思われている事は多いでしょう。

 ・・・でも、これだけは信じて下さい。

 俺はこのナデシコが好きです、クルーの皆さんも好きです。

 だから、この馬鹿げた戦争を止めたいだけなんです。」

 

 そう宣言するテンカワさんの瞳は・・・決意に彩られていました。

 いやいや、漢の目ですな。

 

「・・・今日の所はそれで終りなのアキト君?」

 

「ええ、これで今日の説明は終りですよイネスさん。」

 

「ドクター!! 貴方まで?」

 

 さすがに私も驚きの声を上げました。

 

 私達の視線は、コンテナの裏に隠れていたイネスさんに向けられてます。

 イネスさんは・・・ボソンジャンプの関係者だから呼んだのですな。

 こうも先手先手を打たれては、敵いませんね。

 

「後でサンプルデータはイネスさんに渡しておきます。

 そのデータをどう活用するかは、イネスさん次第ですね。」

 

「それは楽しみだわ、アキト君。

 ・・・ところで艦長達にはこの事を話さないの?」

 

「ユリカにはナデシコの艦長として頑張ってくれるだけで、今は十分ですよ。

 他の皆も、それぞれの仕事がありますしね。

 その時がくれば、俺から皆に話します。

 ・・・今は必要な人だけに知っていて欲しいんです。」

 

「そう・・・結構、皆の事を考えてるのね。

 手当たり次第女性に手を出すから、考え無しかと思ってたけど。」

 

「・・・誉め言葉だと、思っておきますよ。」

 

 呆然とした表情をしている会長と、エリナ女史を残して。

 イネスさんとテンカワさんの会話は続いていた。

 

「全てを話すには・・・時が足りません。

 この戦争が終わった時に全てを話しますよ。」

 

 私達の方を向いてテンカワさんがそう言います。

 

「ああ、頼むよ。

 ・・・僕達には選択権が無いみたいだしね。」

 

「そんな、会長!!」

 

 承諾する会長に反論をするエリナ女史。

 ・・・もう切り札は全てテンカワ君に握られているんですよ?

 

「まあまあエリナさん。

 落ち着いて考えて下さいよ。

 テンカワさんはネルガル重工の株を51%所持されています。

 本気になれば命令一つで、貴方を首にできるのですよ?」

 

「くっ!!」

 

 私の言葉を聞いて、少し大人しくなるエリナ女史・・・

 やれやれですな。

 

「それで、今後の方針はどうするんですかな、テンカワさん?」

 

「今はまだ動きません。

 軍の命令に従って無人兵器を倒すだけです。」

 

 今は・・・ですか。

 時期が来れば確実に動く、と言う事ですか。

 では、その時期とは何時なのでしょう?

 

「さ、もう夜も遅い事ですしそれぞれの部屋に帰りましょうか。」

 

「テンカワ君、君は本当に御両親の事を・・・」

 

「・・・忘れましょうよ、アカツキさん。

 それはお互いの親の問題でした。

 だから、息子の俺達がいがみ合う必要は無い筈ですよ。」

 

 会長の言葉を受け、そう返事を返す。

 思っていたより大人ですな。

 

「さて、もう護衛はいいですよナオさん、シュンさんにカズシさん。」

 

 格納庫の入り口の扉に向って、突然声をかけるテンカワさん。

 

 その声を合図に、入り口付近の物陰から三人の人物が出て来る。

 彼等もいたのですか・・・

 

「ちゃ〜、やっぱ気付かれてたか。」

 

「まあ、解かっていて注意をしなかったんだ、俺達にも聞かせるつもりだったんだろう?」 

 

「・・・護衛対象が強過ぎる、と言うのもつまらないものだな。」

 

 ばつの悪そうな表情で、テンカワさんに話しかける。

 

「心配してもらえるだけでも嬉しいですよ。

 でも、この話しは他の人には秘密にしておいて下さいね。」

 

「だが、何時かはバレるぞ?」

 

「まだ、時期が早いんですよ・・・ジャンプの事も、木連の事もね。」

 

「ちょっと、テンカワ君!!

 彼等にまで木連の事を教えているの!!」

 

 テンカワさんとオオサキ副提督の会話に割り込むエリナ女史。

 ・・・まあ軍に所属しているオオサキ副提督に、ネルガルの本当の目的を知られた訳ですからね。

 焦りもするでしょうな。

 

「・・・木連の事は、新クルーは全員知ってます。

 そしてボソンジャンプについては、この場に居る者だけが知っています。」

 

 テンカワさん、ルリさん、ラピスさん、マキビさん。

 それにネルガル関係の私達と、この場にいる新クルーの方々ですか。

 

「サラちゃんと、アリサちゃん、それと彼女達の祖父も木連の事までは知ってます。

 だからこそ、俺に西欧方面軍のバックアップが付いたんですよ。」

 

 サラさんとアリサさんの祖父・・・

 西欧方面軍総司令のグラシス少将ですか。

  

「結構、実りの多い出向でしたよ。

 ・・・いろいろな意味でね。

 それを考えればムネタケ提督のやった事も、少しは許せます。」

 

 少しは・・・ですか。

 ムネタケ提督もテンカワさんからは逃げ続けていますし。

 まあ、提督がテンカワさんに正面から話しをする事はもう無いでしょうな。

 ・・・格が違い過ぎます。

 

「ふう、ルリちゃん、ラピス、ハーリー君、お疲れ様。

 もう警戒体勢を解いてもいいよ。」

 

『解かりました。

 それでは、お休みなさいアキトさん。』

 

「ああ、お休みルリちゃん。」

 

『アキト〜、早く部屋に帰ってきてね〜』

 

「はいはい。」

 

『じゃ、先に寝てますねシュンさん。』

 

「早く寝るんだぞハーリー君。

 子供の夜更かしにしては時間が遅すぎる。」

 

 

 ピッ!!

 

 

 そして、彼女達の映っていたウィンドウは閉じました。

 

 最後のマキビさんだけが、オオサキ副提督に挨拶をしましたが。

 ・・・まあ、微妙な子供心のせいでしょうな。

 

 オオサキ副提督も苦笑されてますし。

 

「それじゃあ、俺は朝が早いので帰ります。

 ・・・出来れば俺の言った事を、信じて欲しいですね。」

 

 そう言い残して、テンカワさんは格納庫を去って行こうとして・・・出口で立ち止まりました。

 

「ああ、そうだエリナさん。

 月の俺は元気ですか?」

 

「何の事よ?」

 

「・・・いえ、解らないのならいいですよ。

 それじゃあ。」

 

 不思議な言葉を残してテンカワさんは格納庫を去って行きました。

 

 彼の背中には、どれだけの人の想いが乗っているのでしょうか?

 多分、私には想像がつかない事なんでしょうな。

 しかし、それもまたあれ程の実力を持つ者の運命かもしれません。

 

 私は消えて行くテンカワさんの姿を見送り続けました。

 

 

 

 残された者達はそれぞれ複雑な表情をしています。

 まあ、明かされた真実があれで全ては無い様ですが。

 それでも私達には衝撃の事実でした。

 

「・・・それで、オオサキ副提督はこの事を軍に報告されるのですか?」

 

「別にそんな面倒な事はしませんよ。

 俺はアキトのやる事を見届けたいだけです。」

 

 私の質問にそう応える副提督。

 確かに、テンカワさんの言動には惹き付けられるモノがあります。

 その気持ちは解りますよ。

 

「さて、会長。

 今日はもうこれ位にしておきましょう。

 少なくとも流れはネルガルにありますしね。」

 

「そうだね。

 まったく、テンカワ君には驚かされる事ばかりだよ。

 エリナ君が惚れる訳だ。」

 

「ちょっと、会長!!

 何を馬鹿な事を言ってるんですか!!」

 

「あれ? そうじゃないの?」

 

「私はテンカワ君の事なんてなんとも思っていません!!」

 

「でも、顔が真っ赤だよ?」

 

「!!!!!」

 

 

 最後は相変らずの冗談で終らせましたが・・・

 会長の目には困惑の感情が見て取れました。

 彼もまた悩むべき事が多い人物ですからね。

 

 そして、私達も格納庫を後にしたのでした。

 

 

 やれやれ、随分と刺激的な劇でしたね・・・ 

 そう言えば明日はクリスマスパーティの予定ですね。

 ルリさんや皆さんも、楽しみにしていましたね。

 

 テンカワさんが守りたいのは、そんな人達の笑顔かもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

「フィールドジェネレータ破壊!!」

 

「チューリップ内部より巨大なディストーション・フィールド発生!!」

 

「ボース粒子、大量に検出!!」

 

「まさかこの研究所を直接潰すつもりか!!」

 

「・・・来るぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 ドガァァァァァァァァァァァンンンンンン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十三話 その10へ続く

 

 

 

 

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