< 時の流れに >
「済みません、アキトさんの事聞いても宜しいですか?」
エステバリスパイロットの控え室で、私は待機中のヒカルさんに話し掛けた。
今、私達は戦闘待機中です。
早くアキトさんを迎えに、月に行きたいですね。
「ん? どうしたのアリサちゃん?
・・・まあ、別に良いよ。」
ヒカルさんは眼鏡を拭く手を止めて、私に笑いながら快諾してくれた。
「では、アキトさんとヒカルさん達が一緒に戦われたのは、何時からなのですか?」
アキトさんの戦闘は・・・
同じエステバリスライダーとして、学ぶ事は多い。
敵の攻撃の見切りに始まり、周囲の状況の把握もとても正確です。
私も駐屯地での戦闘時に、どれだけ助けられた事か。
攻撃に関しては・・・想像の域を超えてますよね。
私達には、DFSを完全に制御する事は無理ですから。
もっとも、レベルが高過ぎて見落とす事も多いです。
でも、それを見付けるのも勉強の内ですよね。
それと・・・やっぱり好きな男性の事は、詳しく知りたいじゃないですか?
ただでさえ、ライバルは多いのですから。
「う〜ん、初めて一緒に戦ったのは・・・
確かサツキミドリで、木星蜥蜴に乗っ取られたエステバリスを倒した時かな。」
「どの様な戦闘でした?」
「戦闘も何も、ライフルの一掃射で終りだよ?
私達なんて、敵の動きを目で追うだけで精一杯だったのにね。」
苦笑しながら過去の話しをするヒカルさん。
私もその場にいたのなら・・・苦笑するしか無かったでしょうか?
「・・・その後は、火星の突入時に戦艦を単独で落したり。
火星でも獅子奮迅の活躍をしたよ。」
「あ、それは私も報告書を見て知ってます。」
今まで沈黙をしていたカザマさんが突然、私達の会話に混ざります。
・・・話す切っ掛けを、覗っていたのでしょうか?
「でも、本当にあれ程の戦果をテンカワさんが一人で?」
「そうだよ〜、ナデシコの皆はもう見慣れちゃったけどね。
でもアキト君の戦闘能力って、やっぱり・・・桁外れなんだよね。」
ヒカルさんが何か考え事を始めます。
「初めてアキト君がDFSを使った時の、あの光景を・・・私は忘れない。
あの時、アキト君は誰よりも強く、そして誰よりも儚く感じた。
今でこそ、その影はなりを潜めているけど・・・消えた訳じゃ無い。」
ヒカルさんのその言葉は重く・・・私の心に圧し掛かります。
私もその影の一端を見たのですから。
あの時・・・取り調べ室に向うアキトさんは、別人の様でした。
ナオさんも恐かったですが、アキトさんの放つ殺気は別次元でした。
睨まれただけで、私達は声一つ出せなくなったのですから。
もし、あの殺気を普段から放っていれば・・・
誰一人として、アキトさんの心に近づく事は無理でしょう。
そして、そんな獣をアキトさんは心の内に飼っています。
何時か・・・その獣すら、屈服させるのでしょうか?
そして、その為の手伝いを出来る存在は・・・
「じゃあ、普段のあのテンカワさんの姿は・・・演技、なのですか?」
私の物思いは、カザマさんのその質問によって中断されました。
「それは違うよカザマちゃん、あれもアキト君の普段の姿だよ。
いや、どちらかと言うとあれがアキト君の、本当の姿かもね。」
「それは私も同感です。」
カザマさんの質問に、私とヒカルさんは反論する。
あの駐屯地での、短い安息の時間・・・
アキトさんは自分の時間を全て、料理に費やしていた。
その調理中のアキトさんの姿は楽しげで。
出来た料理を食べる駐屯地の皆さんを見る目は、とても嬉しそうだった。
そんな私達の言葉を聞いて、困惑した表情になるカザマさん。
「私には解りません・・・軍の報告書の内容と、余りにかけ離れています。
一体、テンカワさんは何を望んで、このナデシコに乗ったのでしょうか?」
首を振りながら、そう力なく呟くカザマさん。
「あ、カザマちゃんはナデシコに乗って、まだ日が浅いからね。
多分、その質問はナデシコのクルー全員が答えを知ってるよ。」
カザマさんのその言葉を聞いて、ヒカルさんが笑いながら返事をする。
「アリサちゃんは・・・解ってるみたいだね?」
「勿論です!!
私もアキトさんの恋人候補の一人なんですよ?」
そう、アキトさんが願っている事は、皆が思っている事。
そして、もっとも困難な事。
でも、私はアキトさんになら出来ると・・・信じてる事。
私はその手伝いをする為に、このナデシコに乗ったのですから。
「おお!! 言うね、アリサちゃん!!
まあ、それ位の勢いが無いと、あの艦長には勝てないよね〜」
「ユリカ先輩は渡しません!!」
突然の絶叫に・・・
シィィィィィィンンン・・・
静寂が部屋を支配する。
「も、もしかして・・・カザマちゃんて、ソッチ系の人なのかな?」
後退りながら、カザマさんにそう話し掛けるヒカルさん。
・・・私も後退してますけど。
「あ、いえ、ちょっと興奮しちゃって・・・てへ♪(はーと)」
可愛い仕草で反省するカザマさん。
しかし、私とヒカルさんのカザマさんを見る目は・・・変ってしまいました。
「・・・逃げましょう、ヒカルさん。」
「うん、私も同感だよアリサちゃん。」
私達お互いの意見を小声で話し合い。
「あ、ちょっと!!」
カザマさんの言葉を合図に、同時に控室から飛び出します!!
プシュ!!
ダダダダダダダダダダ!! × 2
「ご、誤解なんですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
背後から、そんな声が聞えてきましたが・・・
私達は無視する事にしました。
・・・今後は気を付け無いと駄目ですね。
「あ、イズミを忘れてた。」
「そう言えば・・・控室の隅におられましたよね?」
そのまま、私達は疾走から歩行に変り・・・
やがて足を止め。
「「まあ多分、イズミ(さん)なら大丈夫(でしょう)。」」
ここでも、私達の意見は同じだった。
ポロン・・・
「・・・ふっ、寂しい。」
「誤解なのに〜〜〜〜〜(シクシク)」
「・・・何をしてるんだか。」
「・・・私も、近づくのは止めておこっと。」
「僕は・・・はい、関係無いですよね(汗)」(二人に睨まれる)
今、木星蜥蜴達に大きな動きは無いみたいね。
でも早く月に付かないかな。
考えてみれば・・・私は月に行くのは初めてなのよね。
アリサは軍の無重力訓練で二、三度、来た事があるらしいけど。
・・・後で、アキトに案内でもしてもらおっと♪
と、その前にアキトの情報を聞いておかないと。
いろんな意味で私達は、ナデシコの女性クルーより不利な位置にいるんだしね。
「ねえ、ミナトさん。
アキトってどんな経緯でナデシコに乗船したんですか?」
私はブリッジで一番大人の考えをする女性。
ハルカ ミナトさんに質問をする。
・・・同じ通信士のメグミさんと、オペレーターのルリちゃんとラピスちゃんは。
あらゆる意味で危ないと、私はナオさんから情報を得ていた。
でも、ちゃんと情報収集以外の仕事をしてるのかしら、ナオさん?
その問題のメグミさんやルリちゃん達は、私がアキトの質問をミナトさんにした瞬間。
ギッン!! × 3
・・・視線で人が殺せたら、という感じの眼で私を睨む。
あの、本気で恐いんですけど。
でも、今は残りのライバル。
艦長とエリナさんがブリッジに居ないだけ、まだマシなのだけど。
・・・もし艦長達までいれば、私も二の足を踏んだかもしれないわね。
「あら、アキト君のパーソナルデータならルリルリかラピス・・・は、無理みたいね。
じゃあ、ハーリー君に頼めば出してくれるわよ?」
苦笑をしながらも、私にそうアドバイスをくれるミナトさん。
ルリちゃんや、ラピスちゃんにとってミナトさんは、唯一頭が上がらない女性らしい。
・・・これも、ナオさんの情報だけどね。
やっぱりお爺様の命令、『婿養子どのゲット作戦』のサポート役ですからね。
これからも暗躍してもらわないと。
「・・・後でお仕置ですね、ナオさんは。」
「・・・(コクコク)」
「・・・結構、不憫な人かも知れないな(汗)」
「じゃ、ハーリー君お願い出来るかな?」
私は微笑みながらハーリー君にお願いをすると。
「は、はい!! ちょっと待って下さいね。」
顔を赤くしながらハーリー君は快諾してくれた。
でも・・・
「あ、あれ? プロテクトが?
あううう、ログインが弾かれる・・・
オモイカネ、僕の事を無視しないでよ〜
・・・はっ!! まさか!!」
隣の席の二人を、恐る恐る見るハーリー君。
その顔は既に泣き顔になっている・・・
「何ですかハーリー君?」
「何、ハーリー?」
そしてその視線は、絶対零度の二対の視線に撃墜された。
「・・・う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
・・・あれがナデシコ艦内で近頃有名な、ハーリー泣きですか。
なる程、一見の価値はあるわね。
そして、ハーリー君はブリッジを退出してしまった。
う〜ん、私はどうすればいいんだろ?
「あらあら、駄目じゃないルリルリにラピスちゃん、ハーリー君を泣かしたら。
ほら、迎えに行ってあげなさい。
大切な弟なんでしょう?
それに、今は索敵範囲内に敵影はないしね。」
「・・・解りました。」
「・・・は〜い。」
トテトテトテ・・・ × 2
プシュ!!
ミナトさんの言葉を聞いて、大人しくハーリー君の後を追う二人。
本当にミナトさんの言う事は聞くのね。
・・・艦長より貫禄が有る様に見えるのは、私の気のせいかしら?
「さ・・・あの子達も出て行ったし。
私が質問に応えてあげるわよ、サラちゃん♪」
そう言って私にウィンクを一つ。
やっぱり、大物よね・・・ミナトさんて。
「あ、有難う御座います。」
「いいのよ、私は恋する女の子の味方なんだから♪」
そして、ミナトさんと私の会話は始まった。
暇なので、その会話にメグミさんも混じってきたのは・・・警戒心からだろうか?
まあ、その推測は大当たりだけど。
「アキト君と初めて会ったのは、ナデシコの初戦闘の時ね。」
「そうですよ、アキトさんは一人で囮役をしてくれたんです!!」
ミナトさんとメグミさんが交互に、私に説明をする。
「囮?
・・・アキトの実力なら、ノーマルのエステバリスでも無人兵器の殲滅くらい簡単でしょ?」
私は疑問に思った事を聞く。
簡単に私はそう言ってるけど、普通のパイロットならその囮役でさえ困難でしょう。
・・・それだけ、アキトの実力が桁外れなのよね。
「う〜ん、多分だけどね。
アキト君は自分の実力を、余り見せたくなかったんでしょうね。」
「そうかも知れませんね、だって初めて実力の片鱗を見せた理由は、ヤマダさんを助ける為ですしね。」
・・・それなら確かに、アキトは実力の出し惜しみはしない。
知り合いを、仲間を助ける為ならば我が身を省みない。
アキトらしい判断だもの。
「それからのアキト君の活躍は・・・『凄い』の、一言ね。
隠していた実力が露見してからは、逆に最低限の被害で勝てる様に努力していたわね。
そうね、私達には見守る事しか出来なかったわ。」
他に言い様が無い・・・と目で語るミナトさん。
「私はそんなアキトさんに惹かれていきました。
・・・誰よりも強く、誰よりも優しいアキトさんに。
でも、アキトさんもまた悩みを持つ人間でした。」
顔を伏せ、そう言い募るメグミさん。
「アキトは・・・何を悩んでるんだろう?」
私は一番知りたかった事を言葉に出した。
もし、この質問の答えをメグミさんや、他の女性が知っていれば。
・・・私は、その人に勝てない。
「さあ、ね?
でも、その質問に応える事が出来る人は、ナデシコにも存在しないわ。
だって・・・そうでしょ?」
クスクス・・・
と、笑いながら私に話し掛けるミナトさん。
私の考えを見抜いたのだろうか?
「悔しいですけど、私達とサラさん達のスタートラインには、それ程差がないんです。」
苦笑をするメグミさん。
「だからって、負けるつもりは全然ありませんよ?
昔は、格好が良くて優しい人・・・としか思ってませんでした。
外見だけを見ていた、ミーハーだったんですよね。
でも今は・・・アキトさんの支えになりたいと、思ってますから。」
そう宣言して、誇らしげに微笑むメグミさん。
どうしてこう、手強い相手ばかりなんだろう?
・・・それだけ、アキトに魅力があるのよね。
でも、それは私も同じ。
アキトの辛そうな表情も、嬉しそうな表情も知ってる。
あの笑顔を、自分だけに向けて欲しいと思う。
そして、私は負けるつもりは無い。
あの戦場で、家族から取り残された私を叱咤し、その後の生き方を示してくれた人。
アリサの危機を救い、お爺様にすら屈さなかった、誰よりも強い人。
そして、あの子を失いミリアさんに怪我をさせ、悲嘆に暮れていた人。
まだ私は・・・アキトに何も返してはいない。
でも、それは自己犠牲の為じゃない。
私は私の幸せの為に行動をする。
だからこそ、願う・・・
「私も想いは一緒です。
・・・アキトに隣で笑って欲しい。
ですから、負けません。」
私とメグミさんは、視線でお互いを値踏みする。
その黒い瞳に、私はどう映っているんだろうか?
私には・・・彼女が一途な女性だと思えた。
パンパン!!
ブリッジ中に響く拍手の音
「はいはい、今日はそこまでね。
もう直ぐルリルリ達も帰ってくるでしょうし。
続きはプライベートな時間で、ね?」
そして、私達の闘いを止めたのは、やはりミナトさんだった。
・・・この分では私も近い将来には、ミナトさんに頭が上がらなくなりそう。
「ふう・・・じゃあ、私はお昼休みに入ります。」
そう言って私はブリッジを出る。
「了解♪」
「・・・解りました。」
ブリッジから立ち去る私を、二人が見送ってくれた。
「ハーリー君、少しは考えて行動して下さい。」
「そうだよハーリー!!」
「ぼ、僕が悪いの?」
食堂の入り口でアリサと出会った。
どうやら、アリサも昼食を食べに来たらしい。
「あら、アリサじゃない。」
「あ、姉さん。
姉さんも今からお昼なの?」
「そうよ、久しぶりに一緒に食べましょうか?」
「はい。」
そして、私達は食堂へと入っていった。