< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やれやれ、テンカワは今度は月に出向いているらしいし・・・

 お陰で、この子達も元気が無いね。

 

 私は厨房の中で働く彼女達を見ながら苦笑した。

 

「ほらほら、もう直ぐ月に付くんだからね。

 あんまり暗い顔してるとテンカワが心配するよ!!」

 

 

「は〜い!!」 × 5

 

 

 私の活を受けて、少し元気が出た様だ。

 ま、そこまで慕われているくせに、風来坊みたいなテンカワが一番悪いんだけどね。

 

 私がそんな事を考えていると。

 サユリが私に話し掛けてきた。

 

「ホウメイさん・・・アキトさんはやっぱり、コックよりパイロットの職務の方が大切なんでしょうか?」

 

「・・・どうして、そう思うんだい?」

 

 悲しそうな瞳で、私に疑問をぶつけるサユリ・・・

 そう言えばこの子が皆の中で一番、テンカワを慕っていたね。

 

「だって・・・あの出向から、やっとナデシコに帰って来れたのに。

 一週間も経たないうちに、今度は月に行ってるんですよ?

 パイロットとしてのアキトさんが必要な事は知ってます。

 ・・・でも、アキトさんはコックでもある筈です!!

 どうして、アキトさんばかりが戦わないと駄目なんですか!!」

 

 色々と言いたい事が溜まっていたんだろう。

 最後には叫ぶ様に、サユリは話していた。

 この子は・・・テンカワに普通の人生を歩んで欲しいのか。

 

「ホウメイさん・・・それは私も同じ考えです。」

 

 ミカコもサユリの意見に同調してくる。

 

「私も・・・どう考えても、テンカワさんを頼り過ぎてると思います。」

 

 ジュンコも・・・そう言ってくる。

 

「パイロットの増員が、二名もあった筈なのに・・・

 どうしてまた、テンカワさんだけが居なくなるんですか?」

 

 エリも小声でそう呟いている。

 

「また・・・帰って来てくれますよね、この食堂に。」

 

 ハルミも私にそう聞いて来る。

 ・・・不安なんだね、この子達も。

 無理も無いか、私も戦闘中のテンカワには驚かされる。

 普段の厨房での姿との違いに。

 だけど、私は厨房での姿こそがテンカワの本質だと思ってる。

 

 ・・・いや、パイロットもテンカワが持つ本質の一つだ。

 そうでなければ、今までナデシコは生き延びる事は出来なかった。

 けど、この子達はパイロットとしてのテンカワに、今は疑問を持ち出している。

 

「・・・じゃあ、他のパイロット達の気持ちを考えた事はあるかい?」

 

「え!! ・・・それは。」

 

 私の突然の質問に、皆黙り込んでしまう。

 

「リョーコちゃんがこの前言ってたよ。

 『何時までも足手まといは嫌だ。』 ってね。

 知ってるかい? パイロットの皆は通常勤務以外に、自主的にトレーニングをしてるんだ。

 少しでもテンカワの負担を減らす為に、ね。

 間近でテンカワに接している分、余計に悔しいんだろうね。

 無駄な努力だとは思わない、その気持ちが大切だから。

 ・・・ただ、テンカワはリョーコちゃん達のずっと先を、一人で走ってるだけなんだよ。」

 

 それでも・・・テンカワに追い付ける様なパイロットは、存在しない。

 覚悟が違う。

 単純に、『才能』の一言で終れない何かが、テンカワの内には有る。

 その事はパイロット全員が気が付いているだろう。

 今はせめて、テンカワの足手まといにならない様に、自分達を鍛えているのだ。

 

 でも、それをこの子達に察しろと言うのは・・・酷かね?

 

「でも、この戦争が終った時・・・アキトさんは軍を辞められるのですか?」

 

 サユリが心配そうに私に聞いて来る。

 

「私達は、戦争が終ったらホウメイさんと一緒に、食堂を開きたいんです。

 ・・・出来ればアキトさんも一緒に。」

 

 おやおや、何時の間にそんな事を?

 嬉しいけど・・・皆にはまだ色々な可能性が有る。

 私と一緒に引き篭もるのは、まだまだ早いよ。

 

 でも、それも・・・

 

「無理だね。

 この戦争が終れば、テンカワを野放しにする為政者はいないさ。

 多分、一生軍で飼い殺しか・・・下手をすれば・・・」

 

 それ以上の言葉を私は口にしなかった。

 いや、出来なかった。

 

 しかし、この現実だけは避けて通れない。

 

「そんな!!

 テンカワさんはあんなに頑張ってるのに!!」

 

 ミカコが怒りの声を上げる。

 

「そんなもんさ、為政者なんて奴は。

 喉元を過ぎれば、自分の権力を脅かす者を許さない。

 でもね、そんな事はテンカワも百も承知なのさ。」

 

「え!! それは本当なんですか?」

 

 ジュンコが驚いた表情をする。

 

「ああ、月に行く前日にこの厨房で聞いたからね・・・」

 

 私はその時の事を思い出しながら・・・皆に話した。

 テンカワも許してくれるだろう。

 これだけこの子達は、テンカワを心配してくれているのだから。

 

 

 

 

『しかし・・・テンカワ、あんた、もしこの戦争が終れば今後はどうするんだい?』

 

『終れば・・・じゃ無いです、俺は終らせてみせますよ。』

 

 ジャガイモを剥きながら、簡潔に私の問いに応えるテンカワ。

 だが、それは私の質問の答えじゃない。

 

『まあ、例えが悪かったけどね。

 でも、このままこの戦争が終れば。

 テンカワ・・・あんた、料理人にはなれないよ。』

 

『・・・』

 

 

 シャリシャリ・・・

 

 

 テンカワのジャガイモを剥く音だけが、厨房に響いていた。

 その姿はとてもあの『漆黒の戦神』と呼ばれる、同一人物とは思えない。

 

『あんたは強過ぎた。

 まあ、待っているだけの立場の艦長達からすれば、強いにこした事は無いけどね。

 ・・・最強は、いただけないよ。』

 

 皮肉な・・・話しだった。

 強くなければ戦闘で死に。

 強過ぎれば仲間に疎まれる。

 そして、テンカワの実力は・・・個人のレベルを超越していた。

 

『・・・戦争の後の事は何も解りません。

 でも、俺が大切に思ってるモノを守る為には、この力は捨てられない。

 平和な世界では、俺は異端児でしょう。

 ですが・・・』

 

『ですが・・・何だい?』

 

 ジャガイモを剥いていた手を止め。

 テンカワは私を正面から見る。

 

『俺は何処ででも、生きて行ける自信があります。

 そう、未開の土地でもね。

 そして、俺にとって距離は障害になり得ない。

 ・・・未開の深宇宙を探検するのも、面白いと思いませんか?』

 

 それが、テンカワの冗談だったのか。

 それとも本心だったのかは、私には解らない。

 ただ、テンカワは自分が疎まれる事を覚悟していた。

 それでも・・・ナデシコの皆を守る為に、力を出し惜しみするつもりが無い事は確かだった。

 

『まあ、その腕前なら何処ででもコックをやっていけるさ。

 私が保証するよ。』

 

 私の励ましの言葉を聞いて、テンカワは本当に嬉しそうな顔をした。

 

『ホウメイさんのお墨付きなら、安心ですね。

 料理店のコック、か・・・

 

 テンカワの最後の呟きを、私は聞こえない振りをした。

 私に何が言える?

 コックを諦める必要は無い?

 とてもじゃないが、そんな無責任な事は言えないよ。

 テンカワの覚悟は本物だ、コックの事に関しては割り切っている。

 悲しい事に、世間はテンカワを逃しはしないだろう。

 テンカワの生きて行く道は・・・軍で隠者になるか、見知らぬ星に行くか、しか無い。

 そう・・・沢山の人達の為に、料理を作る機会は無くなる。

 そう言う意味では、このナデシコの食堂はテンカワの憩いの場なんだろう。

 

 しかし、世の中は・・・皮肉で出来てるもんだね。

 

 

 

 

 私の話しを黙って聞いていた皆は・・・泣いていた。

 

「ほら、そんな顔するんじゃないよ!!

 私やあんた達に出来る事は、笑ってテンカワを迎える事だろ!!」

 

「ううう、本当にテンカワさんはそれでいいんですか?」

 

 エリが目に涙を溜めながら、私に質問する。

 

「さあね、結局テンカワの幸福はテンカワにしか解らないよ。

 ・・・最近のテンカワには、迷いが無くなってきている。

 何か、吹っ切れたのかもしれないね。」

 

 出向から帰って来たテンカワは、精神的に変っていた。

 良い意味でタフになっていた。

 それが・・・コックを諦める引き金になったのか?

 私には解らない。 

 

「でも、アキトさんは・・・自分自身の幸せを、軽く思ってませんか?」

 

「なら、サユリがテンカワを幸せにしてやりな。」

 

 私の発言にサユリが顔を真っ赤にする。

 いやいや、若いね〜

 

「な、な、何を言うんですかホウメイさん!!」

 

「冗談じゃ無いよ?

 テンカワを支える事が出来る程の、女性になりな。

 それだけの価値は確実にある男だろ?

 だからこそ、艦長もルリもメグミもサラやアリサ達もナデシコにいる。

 それとも遠くから見守るだけかい?」

 

 私の言葉を聞いてサユリは・・・

 

「サユリには任せられないわ!!

 テンカワさんは私と幸せになるのよ!!」

 

 意外な事に、一番に名乗り出たのはジュンコだった。

 う〜ん、焚き付けすぎたかね?

 

「な、何を言うのよジュンコ!!

 それ、私の台詞でしょ!!」

 

 横から自分の言葉を取られてしまい。

 ジュンコに怒り出すサユリ。

 

「なら、私も頑張らないとね♪」

 

「え〜、私も負けないんだから!!」

 

「・・・私も。」

 

 ハルミ、ミカコ、エリもそれに続く。

 

「あ〜〜〜〜!!

 もう、こうなったら皆、敵よ!!」

 

 サユリが絶叫している。

 うんうん、大分元気になってきたね。

 

「何を今更言ってるのよ?」

 

「そうそう。」 

 

 そんなサユリを皆がオモチャにしている。

 私はその光景を目を細めて見ていた。

 

 テンカワ、早く帰ってきなよ。

 アンタを待ってる奴は、ここには沢山いるんだ。

 未来では憂鬱な事が多いかもしれない。

 でも、楽しい時をわざわざ捨てる事もないだろう?

 私はこの厨房で、お前を待っててやるよ。

 

 

「ほらほら、早く仕事をする!!

 何時まで経っても終らないよ!!」

 

 

「は〜〜〜〜い!!」 × 5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、僕はオモイカネとアクセスをするのに必死だった。

 ・・・もうちょっと『C』に乗っていた頃のオモイカネは、素直だったのに。

 これも、ルリさんの影響なのかな?

 ラピスが調整したダッシュはアレだったしね。

 

「・・・ハーリー君、失礼な事考えてませんか?」

 

「と、とんでも無い!!」

 

「そうですか。」

 

 ・・・近頃ルリさんの勘が鋭いよ。

 理由を聞いたら、『女の勘』を養う特訓をしてるって。

 どんな特訓なんだ?

 だいいち、そんなあやふやモノに頼るなんてルリさんらしくない。

 僕に相談してくれれば、どんな事だってしてあげるのに。

 

「ハーリー君、考えてる事を口に出す癖は治りませんね。」

 

「そうですね・・・え!!」

 

 冷や汗をかきながら後ろを振り返ると・・・

 冷たい瞳が待っていた。

 

「は、ははははは・・・これが『女の勘』ですか?」

 

「そうです、特にアキトさんとハーリー君には効くみたいですね。」

 

 ・・・僕に関しては何が効くのか、聞く勇気は無かった。

 もしこの場にラピスがいれば、僕の援護をして・・・いやルリさんの援護射撃をするな、絶対。

 

 近頃、達観してきた僕だった。

 

「で、相談したらどんな事でもとは・・・何です?」

 

「あ、いや、ほら・・・ふ、風呂掃除とか?」

 

 

 シィィィィィィンンン・・・

 

 

 し、しまったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

「どういう・・・意味ですか?」

 

 ほ、本格的に怒ってるよ!!

 

 

「・・・人生経験が足らないな、ハーリー君。」

 

「隊長、それを六歳児に求めるのは無茶では?」

 

「いやいや、アキトの事を考えて見ろ。

 あの頃には、もう艦長を落していた筈だろう?」

 

「ああ、そう言えばそうですね。」

 

 

 の、呑気に話してないで助けて下さいよ〜〜〜〜〜、シュンさ〜〜〜〜〜ん!!

 それにあの天性の女たらしと一緒にしないで下さい!!

 あの人は僕の天敵なんですから!!

 

 僕は同室の副提督にそう言って、助けを求めた・・・内心で。

 言葉に出しても意味がないからね。

 

 ・・・内心で求めても、もっと意味は無いけど。

 

 

「で、ハーリー君覚悟はいいですか?」

 

「あうあうあうあうあうあうあうあうあう・・・」

 

 だって、好きな人の事を想うのは当たり前じゃないか!!

 それがちょっと、ルリさんは水の音が好き → 水はシャワー → シャワーはお風呂になっただけで。

 他意は無いんですよ〜!!

 

 

 ・・・そりゃ、ウリバタケさんから秘蔵画像は貰ったけどね。

 

 

「・・・ほう。」

 

「あ。」

 

 また、考えが言葉になっていたらしい。

 いや、だってルリさんの顔を見ればそれくらい僕にも理解出来るよ。

 ・・・そんな事、理解したくなかったけどね。

 

 

「・・・ただの間抜けじゃないんですか?」

 

「・・・俺もそんな気がしてきた。」

 

 

 そんなオオサキ副提督とカズシさんの会話を最後に。

 僕の意識は途絶えた。

 

 ルリさんそのスタンガン、いったい誰に貰ったんです?

 

「やっぱり、レイナさんの改造スタンガンは効きますね。」

 

 ・・・納得しました、はい。

 

 

 

 

 

 気が付くと、交代の時間だった。

 現在ナデシコは、ルリさんとラピスと僕でオペレーターをしている。

 一日6時間のサイクルでね。

 残りの6時間は、深夜や早朝だったりするのでオモイカネに任せている。

 そして大体は、予定の時間の20分から30分前に僕達はブリッジに入るんだ。

 

 考えてみると、過去ではルリさんが一人でこのナデシコAを操っていた。

 ・・・大変な重労働だったんだろうな。

 だからかな?

 このナデシコのクルーは、ラピスや僕を喜んで迎えてくれた。

 普通、こんなお子様を戦艦に迎える?

 確かに僕達の乗船で、ルリさんの仕事の軽減は出来た。

 まあ、いざとなればオモイカネをオートパイロットに出来るけどね。

 やっぱり緊急事態に対処出来るのは、人間だけだし。

 そう考えると、クルーの皆の反応に納得出来た。

 

 そう、僕でも・・・ルリさんの役にたってるんだ。

 ・・・ついでにラピスも。

 

 そんな感慨に、僕が耽っていると・・・

 

「で、ハーリー、何時までブリッジにいるの?」

 

「ラ、ラピス!! 何時の間に!!」

 

『・・・ハーリーが気が付く一時間前から、隣に座ってました。』

 

 じゃあ、ラピスは気絶してる僕を一時間も放置してたんだな!!

 酷いや!!

 

「どうして、私がハーリーの事を心配しないといけないの?

 どうせ、またルリを怒らせたんでしょ。」

 

「ぐっ!!」

 

 く、悔しいけど言い返せない・・・

 僕の身の潔白は、僕自身が信じていなかったから。

 

『ラピス、これがハーリーの気絶した理由。』

 

 そしてオモイカネが一枚の映像を映し出す。

 

 

 ピッ!!

 

 

 その映像は・・・

 例の秘蔵画像だった。

 

「は、はははははは。」

 

 乾いた僕の笑い声がブリッジに響く。

 ・・・オモイカネ、後で覚えてろよ。

 

「・・・最低だね、ハーリー。

 これだからルリに嫌われるんだ。」

 

 僕の(防弾)ガラスの心臓に、ラピスの(チタン合金製)ナイフが突き刺さる!!

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんん!!」

 

 

「近頃逃げるのが上手いね、ハーリー。」

 

『彼も学習してるんだよ。』

 

 くそっ、この手も最近は効き目が薄いな。

 僕はその足でウリバタケさんの部屋に直行する。

 某組織の幹部の地位にいる僕は、優先的に隠し撮り画像を購入できるのだ!!

 ちなみに僕の地位は情報部長だった。

 

 そう、僕の隠しライブラリにあるルリさんの秘蔵画像が消去されている事は、予想が付くからね。

 

 

 ・・・今度の隠し撮り映像は3時間後に消去された。

 オモイカネ、完全に僕を敵にまわしたね?

 

 

 

 

 

「ハーリー君一人で何ができます?」

 

「さあ?」

 

『まったくです。』

 

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁんんんん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十五話 その4へ続く

 

 

 

 

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