< 時の流れに >
「それじゃ、後の整備はお願いします。」
俺はそう言い残して、ブラックサレナを運び込んだ格納庫から抜け出した。
別にブラックサレナ自体に傷は無い。
ここでする事は、弾薬その他の補給と整備くらいだろう。
「何処かに行かれるんですか?」
「ああ、昔世話になった人の所にね。」
話し掛けてきた整備員に、片手をあげて挨拶をしながら俺は先を急いだ。
オヤジさんに、おばさん、それに久美ちゃん・・・元気かな?
ここの世界では俺とは面識が無いけど、顔を出すくらいはいいだろう。
ただの感傷だと解っていても、な。
足を食堂に運ぶ途中・・・
俺は月面フレームと、ナデシコシリーズ四番艦シャクヤクを見付けた。
未だシャクヤクは建造中だが、別段作業を中止させるつもりはない。
だが、Yユニットは今後の戦いで必要になるだろう。
・・・後で、エリナさんとアカツキに連絡を入れておくか。
その為には、なるべく疑われ無い様に、月臣にココを破壊して貰うしか無いな。
しかし・・・月臣、か。
俺は理想を裏切られ、親友をその手にかけた男を思い出した。
そして、俺に復讐を遂げる為の牙を与えた男でもある。
これは、恩返しになるのかな?
月臣、今度は俺がお前を止めてみせる。
俺は自分にそう誓いながら、廊下を食堂に向けて歩いていた。
「キャッ!!」
俺の直ぐ目の前で、一人の女の子が誰かと衝突した。
「おいおい、気を付けてくれよな〜
お気に入りの服なんだぜコレ。」
「そうそう、月じゃ地球の服は高価なんだからな。」
「まったく、もっと端を歩けよな!!」
奇妙な服を着た三人の男が、その少女に文句を言っている。
・・・あれが地球の服?
俺には最新のファッションなど無縁だが。
あの服は着たく無いぞ、絶対に。
「ご、御免なさい。」
「別に謝らなくてもいいけどさ〜
俺達丁度暇だったんだ、一緒に遊びに行かない?」
「そうそう、罪滅ぼしを兼ねてさ。」
「俺達って、この工場の役員の息子なんだ。
何処にでも、遊びに連れて行ってやるぜ?」
「わ、私は家の手伝いがあるから・・・」
少女は断ろうと必死だ。
ん? 待てよあの子は良く見ると・・・
「おい、その子は嫌がってるじゃないか。
それに、別段たいした被害も無かったんだろ?
許してあげたらどうだ?」
俺の記憶の中の少女と、その少女の顔が一致した時。
俺はこのナンパ野郎共から、久美ちゃんを助ける為に動いていた。
「何だよアンタ?
俺はこの子と話しをしてるんだよ、余計なお節介は止めろよな。」
「このプラントで俺達に逆らう奴がいるなんてな。
お前、何処の部署だ?」
・・・整備班と間違えられてしまった。
まあ、今はパイロットスーツではなく普段着だからな。
しかし、親の教育が悪いのか随分態度が悪いな。
俺なんかは・・・両親はもういなかったな、この頃には。
「何、笑ってるんだよ?
いいから早く部署を言えよ、さっさと首にしてやるからよ!!」
「そんな!! この人は全然関係無いじゃないですか!!」
「うるせー!!」
バシッ!!
久美ちゃんを叩こうとした手を俺が掴む。
まったく、短気な奴だ。
だが、それ以前に女の子の顔を手加減も無く、叩こうとした事が許せなかった。
「は、放せよこら!!
俺達に逆らうと・・・ギャフ!!」
俺の右膝が男の腹にめり込む。
腹筋もろくに鍛えられていない、柔らかい腹だった。
そして、鳩尾に俺の膝をくらい、男は苦悶の声を上げながら廊下に倒れる。
「貴様!! 自分が何をしたのか解ってるのか!!」
「・・・煩い奴だな。
別に自分に恥じる様な事はしてないぞ。」
俺は声を掛けて来た、二人目の男の方に顔を向けながら返事をする。
「あ、危ない!!」
「くらえ!!」
そして、俺の背後から三人目の男が殴りかかって来る。
しかし、俺は手に取る様に男の動きを理解していた。
ガシッ!!
「がっ!!」
「まあ、馬鹿をするにしても程々にしておけよ。
世の中、自分の思い通りにならない事の方が多いんだからな。」
襲い掛かって来た男は、俺の足刀をカウンターで顎にくらい。
崩れる様に廊下に沈んだ。
「さて、お前はどうするんだ?」
「き、き、貴様!! 俺達を誰だと思ってるんだ!!」
「あ〜、そうだな、思い上がった馬鹿な餓鬼だな。」
ドスゥ!!
踏み込みながら、拳の一撃を腹に叩きこむ。
最後の男もその場に崩れ落ちた。
まあ、少しは良い薬になっただろう。
「あ、あの・・・助けてくれて嬉しいのですが・・・」
「あ、大丈夫だよ。
コイツ等の言う様な事には、絶対にならないから。
そうそう、俺の名前はテンカワ アキトって言うんだ。
君は?」
取り敢えず・・・名前を聞いておかないと、下手に名前を呼んでボロを出すのは、止めておきたいしな。
「私の名前は久美って言います。
この工場の食堂で、両親と一緒に働いているんです。
それにしても、アキトさんってお強いんですね!!」
「コイツ等が弱過ぎるんだよ。
そうそう、俺も食堂に行く途中だったんだ。」
俺の話しを聞いて、久美ちゃんが嬉しそうに笑う。
「じゃ、私が案内しますね!!」
俺の前を歩いて、道案内をする久美ちゃん。
変らないその姿を見ると・・・自分の変化を痛感する。
あの頃の俺は、本当に無力だった。
何時も愚痴ばかりを誰かに漏らしていた様な気がする。
しかし、今は・・・
「着きましたよ、アキトさん!!」
「ああ、ここがそうなんだ。」
考え込んでいた俺は、久美ちゃんの声で食堂に到着した事を知った。
さて、挨拶をするだけして、直ぐに引き上げるか。
月臣の襲撃に備えなければいけないしな。
しかし・・・
「おやおや!! アンタが娘を助けてくれたのかい?
近頃はね、地球から配属された役員が幅をきかせて、大変だったんだよ。
その役員の息子を張り倒すなんて、漢だね!!」
「気に入ったぜ若いの!!
これは俺からのサービスだ、美味い料理を作るから食べていきな。」
「あ、いやそれ程でも。」
・・・帰してくれなかった。
まあ、過去でも義理人情の厚い人達だったしな。
そうだからと言って、好意を無下には出来ないし。
「アキトさん、別に用事は無いんでしょう?」
久美ちゃんの無邪気な笑顔に・・・負けた。
「はい、じゃあお言葉に甘えて・・・」
「よっしゃ!! おい、今日は腕によりをかけて作るぞ!!」
「はいよ、あんた!!」
相変らず仲がいいんだな、この夫婦は。
久美ちゃんが良い子に育つはずだよ。
・・・俺も、ラピスの今後の教育を考えておかないとな。
あのままじゃまずいだろ、さすがに。
一時間が経過して・・・
「御馳走様でした。」
手を合わせて、オヤジさんにお礼を言う。
「どういたしまして・・・美味かったかい?」
「ええ、最高でしたよ!!」
その後、俺は食後のお茶を飲みながらオヤジさんと久美ちゃんと、談笑をしていた。
昼食時が終った頃なので、落ち付いた雰囲気に包まれて俺達は話しをしていた。
「ねえねえ、アキトさんって学生?」
「いや、一応社会人だけど。」
突然、俺にそんな質問を久美ちゃんはしてきた。
「おや、学生じゃないの?
じゃ、このプラントには仕事で来たのかい?」
テーブルを拭いていたおばさんも、俺に聞いてくる。
「う〜ん、本業はコックなんですけどね。
副業でパイロットをやってます。」
正直に話す必要は無かったが。
嘘を付く必要も無い。
俺は自分のやっている仕事を、そのまま説明した。
「何だか相反する仕事の選択だな。」
「ははは、俺もそう思います。」
オヤジさんの突っ込みに、俺は苦笑で応えた。
俺としては、ただの戦闘マシーンに成り下らない為のコックだ。
その必要性までを、この人達に話すつもりは無い。
俺はただ一度だけ、この食堂に寄り道をした男でいいんだ。
辺り障りの無い会話を楽しんでいると。
食堂に突然大勢の人間が入って来た。
大体、20人位かな・・・
そして、その先頭に立つ男達に俺は見覚えがあった。
別に顔を覚えるつもりは無かったが。
「何だいアンタ達は!!」
おばさんの声が食堂に響き渡る。
「・・・見付けたぞ!!」
「こんな所にいやがったのか!!」
「今更謝っても遅いからな!!」
・・・お決まりの台詞だな。
もう少し工夫を凝らした、恫喝の言葉を聞いてみたいものだ。
俺も今後の参考になるしな。
何処で使うかは秘密だが。
「おい!! 何を無視してるんだよ!!
この人数に驚いてるのか!!」
「ああ、驚いた。」
俺が返事をしてやると・・・
「はっ!! だったら土下座でもして謝りな!!
そうすれば半殺しで済ましてやるぜ!!」
「いや、暇人が多いんだな、と驚いたんだ。」
得意げに話す男に、呆れた口調で話す。
・・・どう見ても、職員にしか見えない男達も混じっているからな。
職場放棄じゃないのか?
「そ、そこまで言うんなら後悔させてやる!!」
「俺達を怒らせると・・・ガハッ!!」
カランカラン・・・
いい加減、馬鹿な言葉に耳を貸すのも飽きてきた。
俺は手元にあった空き皿(アルミ製)を、手首のスナップだけで男の顔に命中させる。
男の顔にめり込んだ皿は、そのまま床に落ちて甲高い音を発した。
俺の突然の行動に、男達と周りの取り巻きが黙り込む。
どうやら、反抗をする筈が無いと思っていた様だ。
・・・ここは、徹底的に教育を施してやるか。
「ここじゃあ、迷惑が掛かるからな。
廊下で相手になってやるよ。」
「お、おお、いいぜ・・・後悔させてやる!!」
呆然としていた男が俺の声に我を取り戻し、強気な発言をする。
まあ、その強気が何時まで持つかな?
俺の思考が好戦的なものになっていく・・・
どうやら、久しぶりの穏やかな会話を邪魔された事に、俺自身が怒っている様だ。
手加減は・・・それ程するつもりは無かった。
「アキトさん!! 幾らなんでも無茶ですよ!!
20人位いるんですよ!!」
心配そうに・・・久美ちゃんが俺の顔を見詰めながら引き止める。
俺にとっては、それ程脅威では無いのだが。
「う〜ん、まあ相手は素人の集まりだしね。
一応、パイロットとして戦闘訓練も受けてるし。
それに・・・大丈夫だよ、ただの喧嘩なんだからさ。」
「でも、怪我はしますよ?」
泣きそうな声で、俺に話し掛ける久美ちゃん。
「その時は・・・久美ちゃんに手当てをしてもらおうかな?」
う〜ん、我ながら恥ずかしい台詞だ・・・
俺としては、怪我をするつもりなんて全然無いんだし。
まあ、久美ちゃんを安心させる為の言葉だな。
「は、はい!! アキトさんが怪我をされたら、私が看病しますね!!」
「おいおい、可愛い一人娘を親の前で口説くなよ。
良い度胸してるよな、アキトさんよ。」
「あんた!! こんな良い人なかなか見付からないよ!!
ほら久美も、もっと積極的にアタックしなきゃ駄目だよ!!」
・・・お〜い、話しがズレてませんか?
「そんな、お父さんもお母さんも茶化さないでよ!!」
赤い顔をして、久美ちゃんが必死にオヤジさん達を怒鳴っている。
仲が良い親子だよな、見ていて微笑ましいよ。
「おい!! ふざけるのもいい加減にしろ!!」
我慢出来なかったのが、完全に無視されていた男達。
そして取り巻き達は話しに付いて行けず、戸惑った表情をしている。
もうそろそろ鬱陶しいからな・・・
さっさと片付けるか。
「おい・・・確かアイツ、パイロットで戦闘訓練を受けてるって。」
「だからどうしたんだよ!!
こっちは20人もいるんだ!!」
取り巻きからの言葉に、怒鳴り声を上げる男。
「知ってるか? このプラントにあの男が来てるって話し?」
「ああ、俺は見たぜ・・・あの機体をな。」
「何を・・・言ってるんだよ?」
不穏な雰囲気を肌で感じたのか、男の声に不安が混じる。
「・・・ここのプラントに、テストパイロットはいない。」
「そして、目の前の男はIFSを付けている。」
男達と取り巻きの視線が俺の右手に集中する。
う〜ん、男に注目されるのはやっぱり気分が滅入るな。
「あの女の子は・・・アキト、と呼んだよな?」
「・・・確定、だな。
俺達は仕事に戻りますよ、坊ちゃん達。」
「何でだよ!!
俺の親父が恐くないのかよ!!」
「お前達、全員首だぞ!!」
突然の叛乱に取り乱す男達・・・
アクシデントに弱い、温室育ちの坊ちゃんタイプを地でいく奴等だな。
見ていて面白いぞ。
「どうぞ、ご勝手に。
一つ忠告しておきますがね、その人に手を出すと冗談で済まない事になりますよ。」
「な、何でだよ?」
「テンカワ アキト・・・『漆黒の戦神』と呼ばれる、地球連合軍最強のエステバリスライダー
俺達が束になって喧嘩しても、かすり傷すら付けられませんよ。」
「彼の背後には、西欧方面軍がついてるらしいし。
その上、ネルガル最強の戦艦ナデシコもね。
まあ、相手が悪かったな。」
ゾロゾロ・・・
取り巻きが全員立ち去り。
その場には、放心した表情の男達が残された。
「で、どうするんだ?」
ビクッ!!
俺の一言に過剰に反応する男達。
う〜ん、面白い。
「・・・こ、これ位で勘弁してやる!!」
ズルッ!!
「・・・おい。」
・・・いや、さすがにその場で足を滑らしたね。
こんな反撃を貰うとは思わなかったぞ。
笑いを堪える、俺と久美ちゃんとオヤジさん達を睨み。
男達は気絶している仲間を担いで、食堂を出て行った。
「ぷっ・・・」
「あはははははははは!!」
「わははははははは!!」
笑い出したのは誰だか解らないが。
朗らかな笑い声が、食堂に長い間響き渡った。
「しっかし・・・あの英雄が、こんな優男だったとはな〜」
「失礼だよアンタ!!
アンタは何時も男は見た目じゃ無い!! って言ってるじゃないか。」
そう言えば・・・過去でもそんな事を言ってな。
「でもでもでも!! アキトさんが本当にあの『漆黒の戦神』だったなんて!!
私ずっと気になってたんです、パイロットだって聞いてから!!」
キャーキャー言いながら、久美ちゃんが騒いでいる。
う〜ん、出来れば知られたく無かったんだけどな。
俺は苦笑しか出来なかった。
まさかこんな形で、俺の正体がバレるとはね。
「それで、ナデシコはアキトを迎えに月に向ってるのか?」
「ええ、明日には着くでしょうね。」
俺の正体を知っても、オヤジさん達の態度はそれ程変わらなかった。
それは・・・とても嬉しい事だった。
「じゃあ、今日はもう遅いし泊まっていきなよ。」
その後、いろいろな話しとかをしている間に。
何時の間にか夕飯時になり・・・そのまま、俺は夕御飯も奢ってもらった。
何だか帰り辛かったんだよな。
特に久美ちゃんの、”帰らないで!!” 視線攻撃とかが・・・
「えっと・・・じゃあ、お言葉に甘えてそうします。」
過去でもオヤジさん達と寝ている時に、月臣は襲撃をしてきた。
なら、時間的に丁度いいだろう。
程良くシャクヤクを破壊してくれそうだしな。
「だからと言って!!
・・・娘に手を出すなよ。」
「そ、そんな事しませんよ〜!!」
「いや、テンカワ アキトの女癖の悪さは有名だからな。」
・・・どんな噂だよ。
「・・・私は別に。」
「頑張るんだよ!! 久美!!」
・・・だから、俺はそんな事しないって。
はあ、何だか変な噂も広まってるみたいだな。
今度、ルリちゃんとラピスに調べて貰おうかな。
そして、月臣の襲撃があった。
それは史実通りの事・・・俺の心の準備は万全だった。
しかし、俺は忘れていた。
今の歴史は、既に俺によって大きく変更されている事を。
その為に、予想も出来ない事件が起きる事を。
それは、ラピスの悲鳴となって俺の脳裏に届いた。
「アキト!! アイツが・・・アイツが来た!!!!」