< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、俺は信じられない状況にいる。

 艦から出撃した時には、絶対に想像も出来なかった状況だ。

 

 そう、それは・・・

 

「レイナちゃんてさ、もしかして状況を楽しむタイプ?」

 

「あ、解りますか〜♪」

 

 ・・・後ろで談笑をされている、二人の女性。

 何故、俺はこんな状況に陥ったのだろうか?

 

「ねえ、白鳥さん。

 そんな窮屈な格好をしてないで、座ったらどうです?」

 

 

 ドキッ!!

 

 

「そ、そんな!! め、滅相も無い!!

 女性の方の座席こそ、最優先です!!」

 

 うう、これ以上会話が出来ん・・・緊張してしまう。

 

 足、震えてるし・・・

 

 どうして、こう脱出装置のコクピットは狭いんだ!!

 ・・・一人乗りだもんな、これ。 

 

「え〜、いいじゃない〜・・・座ろ?」

 

 ツンツン・・・

 

「き、気軽に男性に触れるものではありません!!」

 

「も〜、お堅いんだから〜」

 

 こ、これ以上のセクハラは・・・

 あ、駄目、止めて・・・

 

「可愛い〜♪」

 

「あ、面白そう〜、私も加わろうかな〜

 でも、テンカワ君に悪いかな?」

 

 その一言で・・・

 俺は、背筋に氷を押し付けられた様な気分になった。

 

「あの男が・・・テンカワ アキトですか。」

 

「そうよ、格納庫であの不気味な男の部下達を倒していたでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 ・・・ミナト殿とレイナ殿を連れ、俺はダイマジンの脱出装置に向かっていた。

 自分達の背後を、北辰の部下が三人付いて来る。

 何と口で取り繕うと、それは監視の為の要員だ。

 

 ・・・何とか、彼女達を無事に逃がしてやりたいが。

 相手があの北辰の部下が三人では。

 かなり・・・分が悪いな。

 

 そして格納庫に到着し、俺がダイマジンの脱出装置に乗り込むと・・・

 

「放しなさいよ!!」

 

「お前達はこちらに来い!!」

 

 ミナト殿とレイナ殿の腕を掴み、違う場所に連れて行こうとする北辰の部下達。

 それを見て、俺はコイツ等を倒す事に決めた。

 

 男子たるもの、目の前の婦女子の危険を黙って見過ごす訳にはいかん!!

 

「お前達・・・!!」

 

 

 ギュワァァァァァァァ!!

 

 

 それは見慣れた光景だった。

 突然、格納庫の一角に虹色の光が現れる。

 自分達が跳躍に使用している、次元跳躍門と同じ光。

 

 ただ、実体化するモノはダイマジンや戦艦ではなく、人だったが・・・

 

 

 トン・・・

 

 

 そして、彼は俺達の前に軽やかに舞い降りた。

 

「・・・格納庫、か。

 イメージの伝達を焦りすぎたな。」

 

 そう呟き、驚きの表情で見詰めているミナト殿や、北辰の部下を確認し。

 

「貴様等その格好・・・そうか、北辰の手下か!!」

 

 

 ダッ!! 

 

 

 消えた!!

 いや、移動の速度が速すぎて、自分の目では追い切れないのか!!

 そして、それは北辰の部下達も同じだった!!

 

 

 ドゴッ!!

 

                              バッ!!

 

           ガッ!!

 

 

「が・・・!!」

 

「なっ!!」

 

「ぐっ!!」

 

 自分の目の前で、北辰の部下達が同時に吹き飛ばされる。

 彼等の腕前はかなりのものだ・・・でなければ、あの北辰の部下にはなれない。

 では、その三人を同時に倒す事が可能なこの男性は?

 

「・・・ミナトさん、敵は?」

 

「ブリッジよ、アキト君。

 早く行ってあげて!!」

 

 ミナト殿の言葉に頷くと、彼はその場を後にした。

 

 ・・・彼女達と俺を残して。

 どうして、俺を無視したのだろうか?

 彼が俺の存在に気付いて無いとは思えない。

 

 一瞬だが、彼は俺を睨んだのだ。

 

 そう、そして、あの一瞬・・・確かに俺は殺気を感じた。

 しかも、圧倒的なまでの鬼気を含んだ。

 

 その視線に囚われ、俺は身動きが取れなかった。

 だが、彼は北辰の部下を倒すと、俺を無視しブリッジへと向かった。

 

 ・・・修羅

 

 その単語が俺の頭に浮かぶ。

 そして、その修羅が向かう先にいるのは外道。

 

 その対決を見てみたい・・・これは武人としての純粋な思いだ。

 だが、今の俺は敵からの逃亡の途中。

 ここは、早く脱出をするべきだろう。

 

「ほらほら!! 早く脱出しなさいよ!!」

 

「は?」

 

「も〜!! これでしょ、発進ボタン。」

 

 

 ポチ!!

 

 

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 

 ゴォォォォォォォォォォォ!!

 

 

 ブースター点火

 

 これで発進準備は終了

 後は、射出口のゲートを開くだけだ。

 

 そして、あまりの事態に呆然とする俺・・・

 どうして彼女達が、この脱出装置に乗り込んでくるんだ?

 無事に北辰の部下達から、逃げる事が出来たのに!!

 

 そうこう考えていると・・・レイナ殿が腕の機械を操り、何かをしている。

 

 

 ピッ!!

 

 

 すると突然!! 俺の目の前に、一人の男が映った画面が現れる?

 な、何と面妖な・・・

 

「ウリバタケさ〜ん、射出口のゲートを開いてくださ〜い!!」

 

「私達この人に脅されているんです〜!!」

 

『・・・その割には、口調が軽いじゃね〜か(怒)』

 

 額を押さえながら、そう返事を返す男性。 

 

「だって〜、理由がいるでしょ、この人を逃す為には。」

 

『あ〜、はいはい、解ったよ。

 こっちはテンカワと俺達に任せな。

 そいつの仲間が仕掛けた爆弾の処理で、手が放せね〜んだよ。

 ま、ゲートのオープンくらいなら、俺の権限でもオモイカネに頼めるからな。

 ・・・それとアンタ、俺はまだ信じてやれないが。

 彼女達の信頼を裏切るなよ。』

 

 鋭い眼光で俺を睨む男性・・・

 それはこちらも承知している、これ程の恩を受けたのだからな。

 

「確かに、言葉で信じてくれと言うのは簡単です。

 ・・・ですから、彼女達の安全は自分が絶対に守ります。

 無事に、この艦に帰してみせます!!」

 

『・・・そうか、その言葉信じるぜ。

 それと、彼女達が無事に帰ってこなければ、テンカワの逆鱗にふれるぞ。

 これは忠告だ。』

 

 

 ピッ!!

 

 

 そう言い残して、目の前の男性の映像は消えた。

 ・・・テンカワ アキトの逆鱗、それは一体どれ程のモノなのだろうか?

 

 

 ゴゥンゴゥンゴゥン・・・

 

 

 目の前のゲートが重々しい音を上げながら開かれ。

 

 そして、俺と彼女達は宇宙に飛び出した。

 

 

 

 

 

 俺は、ナデシコを脱出するまでの出来事を思い出していた。

 邂逅は一瞬だったが・・・テンカワ アキトの姿は、忘れる事は出来ない。

 あれが・・・『漆黒の戦神』と呼ばれる・・・

 

 報告書にある戦果は、優人部隊の誰よりも優秀だった。

 いや、比べる気にもなれない。

 ・・・俺達は一人で次元跳躍門を破壊する事など、絶対に不可能なのだから。

 そして、あの北辰の部下を圧倒した武力。

 確かに素手による格闘戦も、只者では無い。

 

 しかし・・・

 

「しかし・・・あの北辰に生身で勝てるのか?」

 

「あら、敵の心配ですか?

 大丈夫ですよ、テンカワ君ならね。」

 

「そうそう、生身でも強いのよ彼。」

 

 何時の間にか考えが口に出ていた様だ。

 

「信頼・・・されてるんですね。」

 

「ま、ね。

 期待を裏切られた事は無いから。」

 

「あ〜ら? そうかしら?

 何時も皆と集まって、愚痴を言ってるのはの事なのかな〜?」

 

「ミ、ミナトさん!!

 それはそれ、これはこれです!!」

 

「はいはい、もうちょっとアキト君が器用だったら、良かったのにね。」

 

「・・・それはそれで、困ると思います。」

 

「我侭ね〜、まあ恋する乙女はそんなモノかな。」

 

 ・・・あ〜の〜、話に混ざれないんですけど?

 と言うか、俺の存在を忘れてません?

 

「大体ですね!! テンカワさんは、無意識かどうか知りま・・・」

 

「え〜、でもあれは絶対に意識的に・・・」

 

 

 ぎゃ〜、ぎゃ〜!!

 

 

 ・・・ふっ。

 大人しく運転に専念しよう。

 木星の格言に、こんなのがあったな。

 

 

『喋りだしたら止まらないぜ!! 彼女は暴走列車さ〜♪』

 

 

 ・・・身に染みました、はい。

 

 

 そして一時間後・・・無事に俺は自分の戦艦「ゆめみづき」に到着した。

 心は疲れ果てていたが・・・

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、一番初めの侵入者の人ですけど、誰かに似てませんでした?」

 

「あ、そう言えばそうだよね?」

 

「・・・あ、私解った!! ほら、ヤマダさんに似てたんだ!!」

 

「ほう・・・そう言えばそうですな。」

 

「でも、彼は医療室で治療中だったのでは?」

 

「甘いですな〜、副提督。

 彼は美味しい場面を演じる為なら、敵方にさえ付きますよ。」

 

「・・・問題、大有りじゃないか? それ?」

 

「でも、それが納得出来ちゃうのがヤマダさんだし。」

 

「そ、そう納得されると・・・何も言い返せないな。」

 

 

 後日、ヤマダ ジロウ(自称 ダイゴウジ ガイ)にスパイ容疑が懸かったのは・・・

 歴史(?)の必然であった。

 

 

 

 

 

「久しぶりに一人で言います。

 ・・・馬鹿ばっか。」

 

 

 

 

 

「私達・・・人と戦っていたんだね。」

 

「テンカワの奴・・・あんまり動揺してなかったよな。」

 

「そうね、テンカワ君はもしかして、その事を知っていたかもしれない。」

 

 私達は溜息を付きながら、自分達の部屋で転がっていた。

 部屋の中にはリョーコ、イズミ、私・・・そしてアリサがいる。

 

 アリサは怪我をした私達の、身の回りの世話をする為にお願いして呼んだの。

 ・・・イツキさんは何だか怖いから、という意見の一致をしたしね。

 

 それにしても、どうしてあんなに元気なんだろう、イツキさん?

 私達と同じくらい攻撃を受けていたのに。

 もしかして、結構武術の達人なのかな?

 実際、急所は全部避けていたし・・・

 

 まあ、アリサは結構気が利く娘だから。

 そう言う意味でも有り難いわ。

 

 何故か、一般生活の技能が破綻した人が多いから、ナデシコのクルーって。

 

「・・・どうして、そう思われるのですかイズミさん?

 アキトさんが、そんな事を言いましたか?」

 

 アリサがイズミに質問をする。

 

「あの木星蜥蜴が乗っていた兵器・・・何故、テンカワ君は完全に破壊しなかったのかしら?

 彼の実力なら、一撃で真っ二つに出来たはずよ。

 そう、何時ものチューリップと同じようにね。

 でも実際に破壊したのは、両腕と首の部分だけ。

 それも、戦闘能力を奪う事だけを優先としてたわね。」

 

 イズミのその洞察力に驚く一同。

 ・・・真面目な事も考えられたんだ、イズミ。

 

「考えられるのは・・・テンカワ君はあの兵器に、人が乗っている事を知っていた。

 この時点では謎の木星蜥蜴だけどね。

 ・・・でも、もしかしたら木星蜥蜴の正体すら、テンカワ君は知っていたのかもしれない。」

 

「そんな、じゃあテンカワは今まで俺達が、人間と戦っている事を知ってたのかよ!!

 あのテンカワが、そんな大事な事を俺達に黙ってるはず無いだろう!!」

 

 リョーコがベットに上で叫んだ。

 

「そうだよイズミ、アキト君がその事を黙っている理由が無いよ。」

 

 しかし、イズミは私達の反論を聞いていなかった。

 

「じゃあ・・・アリサ、何故貴方はこの話を聞いて動揺をしないの?

 貴方は結局最後まで、木星蜥蜴の侵入者に会ってないわよね。

 普通、それなら疑問に思わない?

 それに、テンカワ君が私にそんな事を言ったか、と聞いたわね。

 ・・・それは逆に、貴方はテンカワ君に真相を聞いてたんじゃないの?」

 

 静寂が室内に満ちる。

 そしてその沈黙が、イズミのアリサへの質問の答えとなっていた。

 

「・・・知っていた、としたら。

 皆さんは木星蜥蜴と本気で戦えましたか?」

 

「!!」

 

「あの戦艦には、本当は人が乗っているかもしれない。

 あの兵器は無人では無く、人が操っているかもしれない。

 ・・・それでも、武器を向ける事が出来ましたか?」

 

 淡々と・・・アリサは話を続ける。

 

「手加減・・・して勝てる相手ならいいです。

 でも、私達はアキトさんじゃない。

 戦場でそんな事をするのは命取りです。」

 

「それは・・・そうだけど。」

 

 私は返事に困る。

 確かに・・・あの木星蜥蜴の乗った兵器を、完全に破壊せず止める事は困難な事だ。

 そんな事が可能な人は限られている。

 

「真相は・・・アキトさんに直に聞くべきでは無いですか?

 私に聞いた所で、アキトさんの真意は解らないじゃないですか。」

 

 それは正論だった。

 そして、今アキト君は月に向かうひなぎくの中。

 

 答えは月までお預け、か・・・

 

「それに、今は怪我を治す事が第一でしょう。

 いくら名誉の負傷だとしても、何時までも寝てられないんですからね!!」

 

「はいはい、解ったよ。」

 

「う〜、もう少し優しくしてくれてもいいじゃない。」

 

「そうよね。」

 

「じゃ、イツキさんと変わりましょうか?

 きっと、優しくしてくれますよ。」

 

 

「・・・」 × 3

 

 

 私達の返事は沈黙だった。

 

 それを見て笑いながら、アリサは持参してきた小説を読み出す。

 暫くの間、アリサの本をめくる音だけが室内に響く・・・

 

 

「なあ、アリサ・・・」

 

「何ですか、リョーコさん?」

 

 小説を読むのを止め、リョーコの方に顔を向けるアリサ。

 

「テンカワは・・・・人を・・・殺せるのか?」

 

 リョーコが不安げにアリサに質問をしている。

 そうだよね、アキト君は優しいから・・・

 今は手加減できるからいいけど、もしどうしても敵を倒さなければいけない状況になったら。

 

 アキト君はどうするんだろう?

 

「・・・アキトさんの本当の姿、見た事無いんですね。」

 

 

「な、何だよそれ!!」

 

 

 アリサの痛烈な返事に、リョーコが激昂する!!

 

「落ち着いて下さい、リョーコさん。

 傷に響きます。」

 

 

「そんな事より、さっきの言葉の意味を教えろ!!」

 

 

 アリサの忠告にも、全然耳を貸さないリョーコ。

 かなり興奮してる。

 怪我をしてなかったら、アリサに掴みかかっていただろう。

 

「そうだよアリサ・・・私達はアリサより先に、アキト君と会ってるんだよ?」

 

 そう、いろいろなアキト君を私達は見てきた。

 ・・・正直に言うと、怖いと思った事も多々ある。

 でも、私達はそんなアキト君を受け入れてきたんだ。

 

「確かに、アキトさんとの付き合いは・・・リョーコさん達の方が長いですよね?

 でも、あのアキトさんを皆さんが見ていれば・・・」

 

 そこでアリサの言葉は止まる。

 何だか・・・顔色も悪く見える。

 

「見ていれば?」

 

 私がアリサにその先を促す。

 

「そんな質問は絶対に出来ません。

 まだリョーコさん達は、アキトさんの全てを知らないだけです。」

 

 それっきりアリサは黙り込んでしまった。

 リョーコも力尽きたようにベットに沈む。

 

 そして、また静寂の時間が部屋に満ちる。

 

 今度は、誰もその静寂を破ろうとはしなかった・・・

 

 

 

 本当のアキト君?

 私達はまだ、アキト君を完全に理解していないだろうか? 

 

 

 

 そして、ナデシコは月に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

第十六話 その5へ続く

 

 

 

 

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