< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今まで生体が通れなかったチューリップを。

 通れる様になった・・・そう言う事ね。」

 

「蜥蜴変じて、人ですか。

 笑えませんな。」

 

 イネスさんの呟きに。

 プロスさんが応えています。

 

 私は自分の席から、そんな人達を伺ってます。

 

「降下のち、ネルガル地下ドックに着陸。」

 

「あ、もう月に着いたんだ。

 あれ? 予想より随分と・・・早過ぎるよね?」

 

 頭を捻っているユリカさん。

 これでも記憶力は抜群ですからね・・・到着時間の事は覚えていたんでしょう。

 そう、予想到着時間は・・・

 

 考えられている通り、早過ぎるんですよユリカさん。

 ・・・気付くのが遅いですけどね。

 私は相転移エンジンが気になって、仕方が無かったです。

 

「ええ、相転移エンジンの出力限界で飛びましたから。」

 

 

「え?」 (ブリッジ全員) 但しエリナは除く

 

 

「ル、ルリちゃん、それ本当?」

 

 ユリカさんが驚いた顔で私に確認をします。

 

「はい、エリナさんが御自分で操ってられましたし。

 私に出力限界まで出すように、頼みましたから。」

 

 それに、私もエリナさんと同意見ですしね。

 

「エリナ女史が?」

 

「ええそうよ、お陰で相転移エンジンの調子が変だわ。」

 

 エリナさんはプロスさんの台詞に、とんでもない返事を返します。

 

「そんな・・・さらりと言う台詞ですか?」

 

 ユリカさんが珍しく、呆れた顔をしています。

 ・・・本当に、珍しいですよね。

 

 そして、エリナさんは・・・

 

「プロスさん・・・貴方、テンカワ君が一人で月に向かったのを、知ってるでしょ?」

 

「はあ、まあ(実際は一人ではないですけどね。)」

 

「彼が先行して月に行く・・・何か陰謀の匂いがするわ。」

 

 その言葉に反応する三人の女性(サラさん、ユリカさん、イネスさん)

 あ、私は既にエリナさんの同士ですから。

 

「そんな理由が有ったのなら、仕方が無いね。」(ユリカ)

 

「そうよね、まあ必然だったのかな。」(サラ)

 

「理屈に適うわ。」(イネス)

 

 三者三様の同意をしてくれました。

 これで、今回の件はうやむやになりますね。

 

 ・・・まあ、整備班の人にはゴメンナサイ、ですけど。

 

 

 

「何処が・・・理屈に適うんですかね?」

 

「ま、仕方が無いな。

 全てはアキトが理由も言わずに、月に行ったせいだからな。」

 

「まったくです。」

 

 

 

 そして、ナデシコは予想よりも(かなり)早く、月に到着したのでした。

 

 

 

 

 

 

「ほぉ〜〜〜、これがシャクヤクですか〜」

 

 私は目の前にある、ナデシコと似たようなフォルムを持つ戦艦に、感嘆の声を上げた。

 しかし・・・よく似てますな〜

 まあ、基本設計でドクターの考えられたモノを使用すれば。

 おのずと似てくるのでしょうな。

 

「敵は我々の意図に感づいた様だ。

 明らかに狙いを、相転移エンジンや、ボソンジャンプの研究施設に絞っている。」

 

「そうですな〜、人間でしたら・・・そう考えますな。」

 

 相手も人間・・・ならば、私達と同じ事を考えるでしょうな。

 

「拗ねるのは止めなさい。」

 

 エリナ女史が困った顔で私に言います。

 う〜む、昔なら自分の立場を利用して、頭ごなしに命令をしていましたが。

 ふむふむ、柔らかくなったものです。

 それも・・・

 

「はいはい、私もいい年ですからね。

 何時までも拗ねてませんよ。

 ・・・しかし、あの時の格納庫での言葉の意味は、この事だったんですな〜」

 

 私は苦笑をしているテンカワさんの顔を、頭の中で想像しました。

 彼には・・・こんな表情の方が似合いますな。

 

「今の急務はシャクヤクを飛ばす事よ。」

 

「第三回・・・火星団、か。」

 

 さてさて・・・それはネルガルの方針ですよね?

 肝心のテンカワさんの考えは、どうなんでしょうね?

 

 一言で言えば、テンカワさんの参戦しないナデシコに勝算はありません。

 

「ネルガルと軍の連携によって、ここまで盛り返した以上。

 火星の解放は私達の任務でしょう?」

 

 エリナさんが私に、提案をする様に話し掛けてきます。

 ま、解ってはいますがね・・・

 

「そうだぞ、君の仕事は何だと思っているのかね?」

 

「ナデシコクルーの把握をしているだけでは、駄目なのだよ。」

 

「私達の目的は、ボソンジャンプ実験に必要な、火星の極冠にあるCCの確保だ!!」

 

 ・・・おやおや。

 

「会社会社会社・・・この人達には、貴方の考えを伝えてないのですか?」

 

 そう言いながら私は振り向き・・・

 ドアの入り口に、何時の間にか現れていた人物に声をかけます。

 

「ねえ、テンカワさん?」

 

「ま、俺としては余計な人にまで、自分の存在を知られたくなかったんですよ。」

 

 やはり、苦笑をしながらテンカワさんは、私にそう言いました。

 

 

 

「テンカワ君、いったい何時の間に?」

 

 エリナ女史が驚きの声を上げてます。

 ・・・何だか嬉しそうに聞こえるのは、私の気のせいですかね?

 

「つい先程に、ね。

 まあ、本当は口を挟むつもりは無かったんですけど。」

 

 そうですね・・・実際、何時からその場所におられたのかは、知りませんが。

 私に察知出来るように、気配を出されたのは話が火星奪還の辺りですね。

 

「貴様!! たかがパイロット風情が、この場所に何故いるんだ!!」

 

「そうだ!! 早く出て行け!!」

 

「思い上がりもいい加減にしておけよ!!」

 

 口々にテンカワさんをなじる、お偉方々・・・

 貴方達は誰のお陰で、ここまで盛り返せたと思ってられるんですか?

 

 少なくとも、安全な場所で数字と睨めっこをしている、貴方達だけではないでしょうに。

 それが前線で、己を命を賭けて戦っている者に言う言葉ですか?

 

 しかも、その者は・・・

 

「止めないのですかな、エリナ女史?」

 

 何時の間にか、私の隣に立っていた彼女に質問をします。

 

「そうね・・・テンカワ君の器量を見るには、良い機会かもね。」

 

 私の提案に、意外と冷静に応えるエリナ女史。

 単純に惚れている訳ではない・・・そう言いたいのですかな?

 

「もし、エリナさんがテンカワさんの立場ならば・・・どうしますかね?」

 

「私なら迷わず・・・コレ、ね。」

 

 私の首に向けた人差し指で、真横に線を引くエリナ女史。

 まあ、貴方ならそうでしょうな〜 

 

「でも、テンカワ君なら・・・」

 

 

 

 

 

 

「・・・さて、一つ悲しい話をしましょうか。」

 

「何だ、急に?」

 

 彼等の声が尻すぼみになっていきます。

 それは・・・テンカワさんから放出される気に、圧倒されたからです。

 

「先程、三人の青年の死体が発見されました。

 ・・・首を切られた、他殺死体です。」

 

「!!」

 

 その話に驚きの表情を作る役員達。

 

「心当たり・・・ありますよね?

 敵の襲撃などで忙しくて、確認が出来てないんでしょう?

 御子息の無事を。」

 

「ま、まさか・・・」

 

「あの子達・・・なのか?」

 

 青い顔でテンカワさんの話の続きを待つ。

 テンカワさんの真意は解りませんが、その青年がこの人達の息子である事は・・・

 

「彼等は・・・唆された、とは言え大変な事をしました。

 俺としても、何時までも追及するつもりは無かった。

 だが、逆恨みだとしても、考え無しだとしか思えない事を彼等は実行した。」

 

 淡々と、言葉を続けるテンカワさん。

 

「だから・・・何だ!!

 お前に、息子を失った私達の気持ちが解るのか!!」

 

「そうだ!! 戦う事しか出来ない貴様に!!」

 

「貴様こそ何様のつもりだ!!」

 

 

「それはこっちの台詞だ!!」

 

 

 テンカワさんの一喝に、雷に打たれた様に動きを止める役員達。

 

「・・・彼等が盗んだモノは、小型相転移エンジン。

 俺が操るブラックサレナの心臓部だ。

 あの時、俺の出撃が間に合わなければ、このプラントは壊滅していたんだぞ。

 沢山の作業員と、貴方達の命と一緒にな!!」

 

 その言葉に、驚いた表情をする彼等。

 そこまで、想像が追い付かなかったみたいですね。

 

「それに、ナデシコでは最悪の敵の侵入を許していた。

 こちらも、もう少しでナデシコを失いかねない所だった。」

 

「な、何故お前がそんな事を知っている?」

 

「そうだ、お前は月で木星蜥蜴と戦っていたではないか。」

 

 その矛盾に気が付き、口々に喚き立てる役員達・・・

 まったく・・・煩い人達です。

 

「ふん、それがどうした?

 今は貴方達の息子の事を言ってるんだ。

 貴方達の教育が悪いだけ、とは言わない。

 だが、それも要因の一つだろうな。

 今になっても、自分の息子達の過ちを認めず、俺を責め立てるあんた達のな。」

 

「ぐっ!!」

 

「貴様!!」

 

 そのテンカワさんの言葉に、醜い顔で怒りを表す彼等・・・

 

「・・・醜いわね、私もこんな顔をしてたのかしらね。」

 

「大丈夫ですよ、今は綺麗な顔をされてますから。」

 

「あら、有難う。」

 

 しかし、もうそろそろですかな?

 

「テンカワさん、もうそろそろこの部屋に来た理由を、教えてくれませんかな?」

 

 私の言葉に、テンカワさんの気勢が少し治まる。

 どうやら、これ以上彼等を問い詰める気は無い様ですな。

 

「ああ、そうですね・・・実は、シャクヤクに取り付ける予定のYユニット。

 あれをナデシコに取り付けて欲しいんですよ。」

 

 ほう?

 

「それは・・・どうしてなのテンカワ君?」

 

「これから先は、ナデシコ・・・つまり俺を目標に敵は攻めてくるでしょう。

 そこで俺のウィークポイントでもある、ナデシコを・・・」

 

 

 ドンッ!!

 

 

「私達の事を無視するとは良い度胸だ!!

 貴様なんぞ戦争が無ければ、ただのゴミだろうが!!」

 

 少ない理性を無くした彼等が、大声で叫びながらテーブルを叩く。

 ・・・まったく、親がコレでは息子の事も想像が出来ますな。

 

「その言葉・・・そのままお返ししますよ。

 貴方達こそ、その肩書きが無ければゴミじゃないですか。

 ・・・人間としてね。」

 

 テンカワさんの声に、危ない響きが混じります。

 これは・・・危険ですね。

 

 しかし、興奮している彼等にはそれが解らないみたいです。

 

 

「な、何だと!!」

 

 

「・・・テンカワ夫妻の暗殺命令。

 これを承認したのは、その時のネルガル会長。

 しかし、その案を考えたのは・・・」

 

 テンカワさんのその言葉を聞き、彼等の醜い顔が凍りつき・・・

 

「自分達の利益が損なわれるのを恐れた、貴様等役員だろうが。」

 

 怒鳴るでもなく

 

 凄むでもなく

 

 ただそこに佇んでいる、一人の・・・まだ、少年と青年の間の男の気迫に。

 

 百戦錬磨の古狸達は、身動きを封じられた。

 

「・・・今更その事で、文句を言うつもりは無かった。

 しかし、これから先俺達が目指すものは、木星との和平だ。

 その為にナデシコの活躍が必要なんだ。

 貴様等がどう思おうと、な。

 俺の名声と、ナデシコの名声・・・

 この二つを使えば和平の意思を、木星の側も地球の側も無視は出来ない。

 その為には、ナデシコの強化は優先事項なんだ。」

 

 前半は役員達に向けて、後半はエリナ女史に向けて

 

「解ったわ・・・でも電装系が全然違うから、かなり時間がかかるわよ。」

 

「いいんですよ・・・間に合いさえすれば、ね。

 

 テンカワさんの最後の呟きは、小声の為に私達には聞こえませんでした。

 

「何の事?」

 

「さあ?」

 

 お互いに肩を竦める私と、エリナ女史。

 ま、テンカワさんの不思議な言動は、今に始まった訳ではないですしね。 

 

 

「・・・無駄な事は止めた方がいいよ。

 君達の目の前にいるのは、『漆黒の戦神』と呼ばれる人物なんだからね。」

 

「あら、本当の意味でも重役出勤ね。」

 

「いや〜、キツイね相変わらずエリナ君は。」

 

 そう言いながら部屋に入って来たのは、アカツキ会長だった。

 

「か、会長!! しかし、こいつはあの事を!!」

 

 その手に持つブラスターを震わせながら、その役員はアカツキ会長に同意を求める。

 

「あ・の・ね、このテンカワ君は君達の解雇権限を持ってるんだよ?

 何しろ我がネルガル重工の筆頭株主だからね。

 君達に復讐を考えていたのなら、こんな回りくどい手を使う必要はないんだよ。」

 

「そ、そんな馬鹿な!!」

 

 アカツキ会長の言葉に、青い顔を白くさせる彼等。

 いやはや、見ていて飽きませんな。

 

「・・・まあ、そう言う事だ。

 別に貴様等に復讐をするつもりは無い。

 早く自分の息子達に会いに行ってやれ。」

 

 もう、興味は無い・・・とばかりに、彼等に後ろを向いたままテンカワさんが言い放ちます。

 しかし、見事に成長をされてますな。

 出会ったばかりのテンカワさんなら、問答無用で彼等を殴り倒していたでしょうに。

 

 そして、彼等は打ちのめされた表情で部屋を出て行きました。

 

 ・・・因果応報

 

 そんな単語が、私の頭の中に浮かびました。

 

「さてと・・・つまらない事で時間を使ってしまったな。

 で、アカツキの方はどうだった?」

 

 暗い雰囲気を吹き飛ばす様に、テンカワさんが明るい声でアカツキ会長に話し掛けます。

 

「ああ、準備OKさ。

 何時でもブラックサレナB(ブースターユニット)は発進可能だよ。」

 

 それに返事をするアカツキ会長の声も、何時もの調子ですね。

 

「ちょっと何よ、そのブラックサレナBって言うのは?」

 

 また私に隠し事?

 

 顔と態度でそう表現をするエリナ女史・・・こう言っては何ですが、可愛いですな。

 

「それは・・・まあ、秘密かな。」

 

「そうそう、今は秘密だね。」

 

 二人して意地の悪い笑みを浮かべる。

 う〜ん、何だか似てきましたなお互いに。

 

 ・・・まあ、アカツキ会長は余裕を持てるようになりましたし。

 テンカワさんは逆に、物事を冷静に受け止める様になりましたな。

 それぞれに、ちゃんと成長をされていると言う事ですか。

 

「それで、今後の話なんだけど・・・」

 

 

 シュン!!

 

 

 突然、部屋のドアが開き・・・

 

 

「きゃぁはぁはっはっはっ〜〜〜〜〜!!」

 

 

「ちょっとウォンさん、それにテンカワ。

 何とかしておくれよ〜、アンタ達に会わせろと煩くって。」

 

 酔っ払ったムネタケ提督に、肩を貸したホウメイさんが部屋に入ってくる。

 そのホウメイさんの後ろには、ラピスさんがホウメイさんの服を掴んで立っています。

 どうやら、ラピスさんはホウメイさんの所に、預けていた様ですな。

 

「ふう、やれやれ・・・」

 

 アカツキ会長は溜息をつき・・・

 

「ねえ、今度はどんな悪巧みをしてるのよ?

 私にも聞かせてもらいたいもんだわね〜

 ゲヘヘヘヘヘヘヘヘ〜〜〜〜!!」

 

 かなり・・・酔ってられますな、これは。

 

「・・・いいでしょう、聞かせてあげるわ。」

 

「いや、俺が話そう・・・もうそろそろ、皆にも話す時期だと思うからな。」

 

 エリナ女史の台詞を遮り、そう言ったのはテンカワさんでした。

 

 

「はぁ? テンカワどうしてアンタあココに?」 

 

 

「酔いを醒ましてから、ブリッジに来てください提督。

 全てを話しますよ、俺達がどれだけ過去の負債に泣かされているかを、ね。」

 

 そう言い残して、ラピスさんを連れて立ち去るテンカワさんでした。

 後には呆然とした表情のムネタケ提督と・・・

 

「いや、頼もしい限りですな。」

 

「そうね、これなら会長も勤まるわ。」

 

「・・・いや、困ったね。

 部下の方から見限られるなんてさ。」

 

 苦笑をしながら頭を掻くアカツキ会長。

 

「でも、確かにいいかもね。

 君臨すれども統治せず・・・僕には出来ない事だよ。」

 

 そして、今度は真顔でそう発言をします。

 確かに、その意見には賛成ですな。

 ・・・優秀な人材が、テンカワさんの元には集まりますからね。

 これも一種の才能ですな。

 

「問題は・・・ネルガル会長くらいでは、収まる器じゃないって事かもね。」

 

 そしてエリナ女史の最後の言葉。

 

 それもまた・・・真実

 

 

 

 テンカワ アキト、彼はこの戦争の果てに何を見出すんでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十六話 その6へ続く

 

 

 

 

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