< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、アキトさん。」

 

「や、ルリちゃんお疲れ様。」

 

 ブリッジに待機していたのは、ルリちゃんだけだった。

 

「今日は何の用事ですか。

 ・・・それとも、また悪巧みを考えてませんか?」

 

「な、何故そう思うのかな?」

 

 俺は苦笑をしながら、ルリちゃんの追及に応える。

 

「・・・久美さん、でしたっけ?

 実に見事なナンパの手際でしたね。」

 

「うぐっ!!

 ちょっと待ってよ、ルリちゃん!!

 俺はナンパなんてしてないぞ!!」

 

 久美ちゃんとは別に何も無いぞ!!

 そうだよ、ただ話をしただけじゃないか!!

 

 ・・・何処で久美ちゃんの事を知ったんだ?

 

 この時、俺の後ろにいるラピスが薄く微笑んだ事を、俺は知らなかった。

 

「ルリちゃん?

 それ本当?」

 

「ア〜キ〜ト〜!!」

 

「あ、艦長にサラさん。

 ええ、確実な情報です。」

 

 何時の間にか、俺の退路は塞がっていた。

 ・・・おいおい。

 

 

 暫しの時間が流れ・・・

 

 

 

「じゃ、艦内放送を始めますね。」

 

「ああ、お願いするよ・・・」

 

 放送を流す前に、俺の気力は底を尽きかけていた。

 ・・・あの事件は俺が、悪いのか?

 ちょっと、もうこの世にいないアイツ等を恨んだ。

 

「さてと・・・皆さん揃った事だし。」

 

 俺の視線はブリッジ上部・・・

 そこにいるユリカを始め、プロスさん、シュン隊長、エリナさん。

 そして、ムネタケ提督を見ていた。

 

「始めるよ、ルリちゃん。」

 

「はい。」

 

 そして、俺は通信ウィンドウに向かって100年前の真実と・・・

 木星蜥蜴の正体を話し出した。

 

「皆、これから話す事は全てが真実なんだ。

 何故この俺が、この真実を知っているか・・・それはまたの機会に話すとしよう。

 そして、この話を聞いた後、皆がどうするかは皆で考えてくれ。

 じゃあ、まずは全員が疑問に思っている、木星蜥蜴の正体だが。

 結論から言おう、木星蜥蜴は100年前に追放された・・・」

 

「追放・・・された?」

 

 俺の言葉を聞いて動揺をするムネタケ提督。

 

「・・・地球人だ。」 

 

 ムネタケ提督の顔が驚愕に歪んだ。

 

 

 

 

 

 

「ゲキガンガー!!」

 

 

 ・・・まあ、あのアニメのテープに執着してたからね。

 このアニメが好きな事は知ってたわよ。

 だけど・・・ねえ。

 

「ミナトさ〜ん、結構美味しいですよこの料理。」

 

「あ、そうなの・・・

 ちょ〜っと、私は食欲湧かないな〜」

 

 苦笑をしながら、レイナちゃんにそう話す。

 だって・・・純和風なんだもんね、この部屋って。

 ・・・すっごく意外。

 

 ・・・それと大画面で流れている、このアニメがまたミスマッチで。

 

「如何ですか?

 何か御不満があれば、お申し付け下さい。」

 

 その時、白鳥さんが私達の部屋に入ってきた。

 う〜ん、この学生服の様な制服を着てると、結構凛々しいわね。

 

「でも、私達捕虜なんでしょ?」

 

「捕虜である前に、女性です。

 それに女性は慈しむべきものなり。」

 

 

 バッ!!

 

 

「は、はぁ・・・」

 

突然の敬礼に、思わず答礼をする私達だった・・・

 

「それに、お互い接吻をした間柄だしね〜」

 

「ちょ、ちょっとレイナちゃん!!」

 

 何て事を、何て場所で言うのよ!!

 

「白鳥少佐!! それは一体どういう事でありますか!!」

 

「あ、いや、あれは事故であって・・・」 

 

 部下からの詰問にタジタジの白鳥さん。

 それを見て楽しんでるレイナちゃん。

 ・・・本当に良い性格をしてるわ。

 

 

 

 その後、私達は白鳥さんに艦内を案内してもらった。

 驚いた事に、艦内は殆ど無人兵器で運営されていた。

 レイナちゃんは興味深そうに、その無人兵器達を見ていたわ。

 

「ねえ、どうして艦長が自分で出撃したの?

 ロボットに乗って?」

 

「え、テツジンの事ですか?

 我々木連では、戦艦の艦長とはあらゆる技能に優れた、正義の戦士が選ばれます。

 当然、エースパイロットを兼ねる訳でして。」

 

 そんな事を言っていると、私達に無人兵器が近づいて来た。

 

「あ、ジュースを運んでくれたんだ。

 ・・・こうやって見ると、ちょっと可愛いかも。」

 

 そう言いながら、無人兵器の頭を撫でる。

 

 ・・・私は貴方のその楽天さに驚きだわ、レイナちゃん。

 

 

 

 

 そして、場所は移り・・・

 道場の様な所に私達は案内された。

 中央に大きく掲げられた「優人」の文字。

 そして、その意味を誇らしげに語る白鳥さん。

 

「チューリップ・・・通り抜けられる人は、まだ少ないんだ。」

 

「ええ、我等優人部隊は生体跳躍実験の結果生み出された、最高傑作です!!」

 

 ・・・戦争の為に作られた人、か。

 何故だろう、アキト君の事を思い出しちゃったわ。

 

「そうか・・・これがテンカワ君が言ってた。」

 

「レイナちゃん?」

 

 私はレイナちゃんの呟きを怪訝に思い、問い正そうとした。

 

 

「貴様等!! 何故ここにいる!!」 

 

 

 それは誰かの怒声によって遮られた。

 

「元一郎!! 無事だったのか!!」

 

 白鳥さんが喜びの声を上げ。

 そこには白鳥さんと同じ制服を着た、長髪の男性の姿があった。

 

「やあ〜、慌てたぜ。

 二週間前の月に飛ばされた時にはよ。」

 

 元一郎と呼ばれた男性は、笑いながら白鳥さんに返事をした。

 

「貴方達が最初に、火星にチューリップを落としたんでしょ?」

 

 私がその事を追求すると・・・

 

「チューリップ?

 ・・・何だそれは?」

 

「次元跳躍門の事だ、元一郎。」

 

 白鳥さんが、私の言葉をフォローしてくれた。

 

「だ、だったらそう言え!!

 変な言葉使うな、こんちくしょ〜め!!」

 

 ・・・この人も、エリートなんでしょうね服装からすると。

 木連の優人部隊って・・・

 

「変なのはアンタだ、アンタ。」

 

「そうそう。」

 

 私とレイナちゃんの言葉に、顔を真っ赤にして怒る元一郎さんだった。

 何だか、馬鹿正直な人が多そうね。

 

「二年前、我々が火星に侵攻したのは。

 ・・・貴方達が木星を狙ったからです。」

 

「私達・・・が?」

 

 それは、初めて聞く事実だった・・・

 

 

 

 

 

「月の独立運動の人達は・・・地球連合の干渉によって、独立派と和平派に内部分裂をした。」

 

「つ、月の内戦に地球連合は無関係よ。」

 

「・・・しかし、実際には地球連合の干渉はあった。

 そして、最後まで連合との共存を拒否した独立派を、半ば追放。

 彼等は火星、小惑星帯、木星へと消えていった。」

 

「そんな・・・そんな馬鹿な!!」

 

「しかも、そんな彼等を執拗に追い詰めたのは・・・」

 

 

 

 

 

「・・・我々が逃げこんだ火星。

 しかし、連合の人間はその火星に核を打ち込んだ!!」

 

 その事実を聞いて、私は声も出せなかった。

 

「全ては口封じ・・・地球の平和の為。

 そして、火星すら追い出された私達は・・・木星にてアレを発見した。」

 

 悲しそうな表情で、自分達の歴史を話す二人。

 私達の敵は・・・こんな人達だったんだ。

 

「アレ・・・って何?」

 

 そして私は、白鳥さんの言葉に引き摺られる様に質問をした・・・

 

 

 

 

 

 

「プラント?」

 

「ええ、彼等は木星でそのプラントを発見しました。

 さしずめ、相転移エンジンの工場ですね。」

 

「そんな、じゃあ・・・」

 

「そうです、彼等はそのプラントを利用してバッタやジョロを作りだした。

 そして、そのプラントを発見していなければ、全滅していたでしょうね。」

 

「じゃ、じゃあ彼等は・・・」

 

「正真正銘・・・地球人です。

 この戦争は、過去の過ちが形となって現れたのです。」

 

 

 

 

 

「そう、それが・・・木星蜥蜴の正体だったの。」

 

 話し終えた白鳥さんに、私は何も言えなかった。

 何を・・・言えばいいのよ。

 

「本人を目の前にしては・・・何も言えないよミナトさん。」

 

「それもそうね。

 でも、余り動揺してないみたいね、レイナちゃん?」

 

 この子・・・もしかして神経が無いんじゃないの?

 私が疑いの目でレイナちゃんを見る。

 

「何かな〜、その眼差しは。

 私はね心の準備が出来てたの。」

 

「準備が出来てた?

 ・・・どう言う意味よ。」

 

 私は不思議に思い、レイナちゃんに質問をする。

 

「う〜〜〜〜〜〜ん。

 ま、もう話してもいいかな。

 実はね、テンカワ君にこの話を聞いてたんだ。」

 

 

「何!!」 × 2

 

 

 レイナちゃんの台詞に、驚きの声を上げる白鳥さんと、元一郎さん。

 

「あのテンカワ アキトが、俺達の歴史を知っていたと言うのですか?」

 

「いや、待て九十九・・・実は俺も月でテンカワ アキトと戦ったのだが。

 ・・・何故か、俺の名前と顔を知っていたぞ。」

 

「そう言えば・・・彼は俺の目の前に、生体跳躍らしきもので出現した。」

 

「何だと!! では人間サイズの生体跳躍を、地球人は可能にしているのか!!」

 

 一気に・・・話題がアキト君に集中したわね。

 それだけ、アキト君の事を木連の人達も、注目しているという事かな。

 

「しかし・・・あのテンカワ アキトの使う技。

 どうして木連式柔に、通じるものがあるんだ?」

 

「お前もそう感じたか、元一郎?

 俺も一度だけ見たのだが・・・いや、見えたと思ったのだが。

 北辰の部下三人を一瞬で倒した技。

 あれには木連式柔の流れを感じた。」

 

 ああ、あの時の事ね。

 ・・・私には全然見えなかったけど。

 

「「何者ですか(だ)? あのテンカワ アキトは?」」

 

 同時に私に質問をする、白鳥さんと、元一郎さんだった。

 

 

 

 

 

「これが、俺達の戦争の相手。

 木星蜥蜴の正体だ。

 最後に、この言葉だけは言わせて欲しい。

 ・・・この戦争は、過去の亡霊達の戦争じゃない。

 俺達の戦争だという事だ!!」

 

 

 最後の台詞を言い終えると。

 俺は通信ウィンドウを閉じた。

 

 ブリッジは静かだった・・・

 

「アキト、その話って・・・」

 

「全部本当の事だ。

 木連・・・木星蜥蜴の軍隊の本当の名前だがな。

 この木連が、生体跳躍を可能な人間を作り出した以上。

 俺達の敵は無人兵器ではなく、人間になったんだ。」

 

 俺の言葉を聞いて、再び黙り込むユリカ。

 

「だからですかな?

 地球であの巨大な無人兵器を、最後まで破壊されなかったのは。」

 

「まあ、そう考えて下さい。」

 

 プロスさんの言葉に、俺は軽く応える。

 ・・・意味はそれだけではなく、白鳥さんを失う訳にはいかなかったからだが。

 

「しかし、その木連の事を知っていた、としても・・・

 あの無人兵器が、有人になった事を何処で知ったんだ?」

 

「・・・まあ、企業秘密だと思って下さいよ隊長。」

 

 俺は苦笑して、そのシュン隊長の疑問から逃げた。

 確かに、この交代の時期を知っているのは俺達だけだろうな。

 

「まだ何か隠してるのか?

 いい加減、全部話してしまえよ。」

 

 シュン隊長も・・・苦笑しながらも、俺の逃げを許してくれた。

 

 済みません、俺達の正体までは明かせないんです。

 そう、遺跡を確保して、草壁の手の届かない所に隠すまでは。

 このアドバンテージを、失う訳にはいかない。

 

 だが、既にこの世界は、俺の知っていた世界と大きく変わった。

 俺達の持つアドバンテージに、最早意味は無くなってきてるのかもしれない。

 しかし、それでも俺は・・・

 

 まだ、迷っている。

 自分の血塗られた本性を皆の前に晒す事を・・・

 

「私・・・私の正義は・・・」

 

 痴呆の様に、同じ事を呟いているムネタケ。

 

「正義なんて言葉は何処にも無い。

 ・・・あるのは生き延び様とする、お互い意思のぶつかり合い。

 憎悪と憎悪、怒りと怒り、追放された者と奪われた者。

 それがこの戦争の真実だ。」

 

 ムネタケに最後の台詞を言って。

 俺はブリッジを出るために、出口に向かって歩き出す。

 

 そして、去り際にユリカに向けて一言。

 

「ユリカ、お前ならこの戦争をどう終わらせる?」

 

 ブリッジに立ち竦むユリカに、俺は質問をする。

 

「え!! 私なら・・・」

 

「お互いの恨みの根は深い。

 片方は存在すら、歴史から抹消された人達。

 片方は無差別に、無人兵器で殺された人達。

 同じ地球人でありながら、まったく違う時間を100年間生きてきた。

 この愚かな戦争を・・・お前ならどうする?」

 

 俺の視線から逃れられず・・・考え込むユリカ。

 

「まだ、何も考えられ無いよ・・・

 この事実だけでも、私には凄い衝撃なのに。」

 

 正直な感想を述べるユリカ。

 ・・・まだ、その時期ではないか。

 だが、手遅れになる前にお前が皆の柱にならなければ。

 俺では皆の指針にはなれない。

 

 いざとなれば・・・荒治療をしなければならない、か。

 

「そうか・・・だが残りの時間は少ないぞ。

 相手は待ってはくれない。

 いこうか、ラピス?」

 

 

 シュン!!

 

 

 最後に、ユリカに今後の課題を持たせ。

 俺はラピスを連れて、ブリッジを出た。

 

 

 

 

 

 

 そして、廊下を歩いているとウリバタケさんと出会った。

 

「よう、テンカワ。

 Yユニットの取り付け、もう少しで完了するぜ。」

 

「そうですか、無理を言って済みませんね。」

 

 俺は微笑みながら、ウリバタケさんに感謝をした。

 

「な〜に、俺達としてもやりがいのある仕事だったぜ。

 ・・・それにしても、お前いろいろと知ってるんだな。」

 

「つまらない事や、知りたくも無い事ばかりですよ。

 辛いですね、戦争って。」

 

 俺の言葉を聞いて、ウリバタケさんは俺の背中を強打した。

 

「何を弱音を吐いてるんだよ、『漆黒の戦神』ともあろう者が!!

 それに、そんな事ではあの機体を操れね〜ぞ!!」

 

「ははは、そうですよね。

 確かに・・・俺には戦いながら、前を進むしかないですよね。

 ユリカの指針に従って。」

 

 そして、ウリバタケさんは俺の両肩に手を置いて。

 

「お前だけじゃない、艦長を含め全員で戦って前に進むんだ。

 整備班は全員、お前の言葉を信じた。

 そして、俺達の意見は一致していた。

 このナデシコで・・・自分達の出来る限りの仕事をしよう、ってな。

 後は、艦長の指針に従うのみだ。

 こんな馬鹿げた戦争は、早く終わらしてしまおうぜ。」 

 

「・・・」

 

 俺は黙って頭を下げ。

 食堂に向かって歩いていった。

 

「俺は整備班の総意を艦長に伝えにいくぞ。

 それと・・・お前も少しは肩の荷が下りたのか?」

 

「少しは・・・ですけどね。」

 

「そうか・・・何時か、楽になれたらいいな。」

 

 背中越しに返事を返し。

 俺とウリバタケさんは別れた。

 

 

 

 

 

 

「アキト君の秘密ね〜?」

 

 解る?

 と、私は視線でレイナちゃんに尋ねる。

 

「私が聞きたいくらいですよ〜

 次から次へと、秘密が出てくるんですもの。」

 

 私達の返事に、白鳥さん、元一郎さんは憮然とした表情をしている。

 どうやら、アキト君には並々ならぬ興味を持ってるようだ。

 

「・・・正直に言いますと。

 自分達の実力を遥かに超える領域に、テンカワ アキトはいます。

 その上、我等木連の内部事情にも詳しい。

 今の我々にとって最大の脅威は、テンカワ アキトだと言えます。」

 

 苦しげにそう語る白鳥さん。

 実物を見たし、地球では一度戦って負けたからね。

 

 でも、どうしてアキト君は白鳥さんと元一郎さんの乗るロボットを、破壊しなかったんだろう?

 何時ものアキト君なら、容赦無く切り伏せていたのに。

 

 アキト君は、白鳥さんがロボットに乗ってる事を知っていた?

 そんな、馬鹿な・・・

 

「スパイなどいない、と思いたいのだが。

 ・・・どう考えても、内通者がいなければ説明が付かない事ばかりだ。」

 

 スパイ・・・

 そうか、それなら納得がいくわね。

 でも、本当にそれだけかしら?

 何故か・・・納得しきれない。

 

「白鳥少佐!! 月臣少佐!!

 無限砲の準備整いました!!」

 

 その時、入り口に現れた兵士が、そんな事を白鳥さんに報告する。

 

「そうか・・・情報が少ないが仕方が無い。

 行くぞ、元一郎!!」

 

「おう!!」

 

 そして、二人で出口へと向かう。

 

「ミナト殿、レイナ殿、付いて来て下さい。」

 

 そして、白鳥さんに呼ばれ、私達も出口に向かう。

 

「はいはい、了解。」

 

「解りました〜」

 

 ここでもアキト君は謎の存在だった。

 ・・・でも、それは私達にとっても同じ。

 

 

 私達ナデシコの事情にも詳しく

 

 敵であった木連の人たちの、内情にも詳しい

 

 

 

 アキト君、君は本当に何者なの? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十六話 その7へ続く

 

 

 

 

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