< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テンカワ、ちょっといいか?」

 

「何だい、リョーコちゃん?」

 

 俺が通路を歩いていると。

 アリサちゃんに支えてもらいながら、リョーコちゃんが俺に話し掛けてきた。

 何処か、思いつめた顔をしている。

 それにしても・・・一人で動けないのなら、大人しく寝ていないと駄目だぞ。

 

 しかし、そんな身体を引きずって来てまで、俺に聞きたい事があるとは・・・

 もしかして、俺の過去について不審を抱いたのか?

 

「う〜、聞き難い事なんだが・・・

 え〜い、俺らしくもねぇ!!

 一言で言うとだな、お前は艦長が好きなのか?」

 

「は?」

 

 時間が止まった・・・

 アリサちゃんとリョーコちゃんが、俺を射抜く様な視線で見ている。

 そして背後では、ラピスが思いっきり俺の背中を抓っていた。

 

 

 

 

 

 取り敢えず・・・リョーコちゃんの質問には、否定をしておいた。

 そうか、近頃は俺のユリカへのお節介が目に付くのか。

 でもそれは、俺に出来ない事をユリカに求めている為であり・・・

 今更、俺個人がユリカを求める事など・・・

 ・・・

 ・・・

 馬鹿げた事を、今から実行する荒治療を考えれば。

 俺はクルー全員から、排斥される可能性もある。

 

 だが、これは必要な事なんだ。

 だから敢えて俺は、この憎まれ役を引き受けよう。

 それが、今まで皆を甘やかしてきた、俺の罰なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「無限砲!! 掘削準備!!」

 

 

 ゴォォォォォォ!!

 

 

「質量弾、製造を開始します。」

 

 

 男性のオペレーターが、俺達に現状報告をする。

 ・・・この無限砲で、アイツを倒せるとは思わん。

 だが、当初の目的でもある相転移エンジンを積んだ戦艦の破壊。

 これだけは、必ず成し遂げなければならない。

 

 これ以上、我等木連の不利になる様な材料を、増やす訳にはいかん!!

 

 

「ねえ、白鳥さん。

 この無限砲って何?」

 

「あ、これはですね。

 月の岩盤を掘削して、適当な質量の岩石を生成。

 これを弾として、レールガンから加速して発射をするんです。

 事実上、弾丸は無制限ですし火薬を使用する訳では無いので、連続して発射が可能なんですよ。」

 

「ふ〜ん。」

 

 ふ〜ん・・・じゃない!!

 おい、九十九!!

 お前は敵の捕虜に、何を親切に我軍の武器の説明をしてるんだ!!

 

 え〜い、色香で九十九を惑わしよって!!

 テンカワ アキトとは別の意味で強敵だな、この女性は!!

 

「でも、岩の弾丸でナデシコのディストーション・フィールドを貫けるの?」

 

「ディストーショ・・・何です?

 もしかして、歪曲場の事ですか?

 あの歪曲場は、光線系の攻撃には強いのですが弾丸には弱いのです。

 もし、この無限砲を防ぐとなると、並みの戦艦の倍以上の出力が必要になりますね。」 

 

「へ〜、そうなんだ。」

 

 へ〜、そうなんだ・・・では、済まんだろうが九十九よ!!

 

 もう少し冷静になれ!!

 何時もの沈着冷静なお前はどうした!!

 だいたい、暴走をするのは何時も俺の役目だろうが!!

 

「ねえ、月臣さん。」

 

 それにだな、どうしてその女性をブリッジに連れてくる必要がある?

 

「ねえっ、てば!!」

 

 あ〜!! 九十九も九十九だ!!

 我等優人部隊のモットーは・・・

 

 

「えい。」

 

 

 ギュッ!! 

 

 

「いたたたたたったたたたたたた!!

 人の髪を気安く引っ張るな!!」

 

 俺の自慢の長髪を、もう一人の敵の女性が引っ張っていた。

 

 それも・・・手加減無しでだ!!

 禿げたらどうしてくれるんだ!!

 

 俺は憤怒に燃える瞳で、その女性を睨みつける。

 

「・・・むう、人がせっかくお客様が来た事を、教えて上げてるのに!!」

 

「客、だと?」

 

 俺は視線の先に・・・

 

「お久しぶりです、月臣少佐、白鳥少佐。」

 

 苦笑をしながら挨拶をする、一人の男性を見つけた。

 

「そうだな、三郎太。」

 

 俺は久しぶりに見る後輩に、笑って返事を返した。

 

 

 

 

 

 

 ドゴォォォォォォ!!

 

 

 ・・・来たか。

 

 俺はその振動により、白鳥達が攻撃を開始した事を知った。

 厨房で談笑をしていたホウメイさんに、視線で急を告げる。

 

「おやおや、早速敵さんの登場かい?

 まあ、怪我はしない様に気をつけなよテンカワ。」

 

「はい、気をつけますよ。」

 

 そう言い残して、俺は格納庫に向かおうとする・・・

 

 

「ちょっと待ちな、テンカワ!!」

 

 

 そんな俺を、ホウメイさんが大声で引き止める。

 ・・・何だ?

 

 不思議に思いながら、俺がホウメイさんの方を向くと。

 ホウメイさんは満面の笑顔で・・・

 

「テンカワ、お前が何を考えてるのか知らないけどね。

 私はアンタが不器用で優しい男の子だという事、よ〜く知ってるよ。

 アンタが否定しても、皆が否定しても、ね。」

 

 ・・・返す言葉は無かった。

 

 俺はその場でホウメイさんに頭を下げ。

 無言で格納庫に向かって走り出す事しか、出来なかった。

 

「何時でも、私やあの子達はこの食堂で待ってるからね!!」

 

 背後からの、暖かいホウメイさんの声援が、俺を後押ししてくれていた。

 

 

 

 

 

 

「でも、どうして九十九の艦に来たんだ三郎太?」

 

「いや〜、実は自分に不本意ながらスパイ容疑がかかりまして。」

 

「なっ!!」

 

 俺の気軽な質問に、予想外な返事が返ってきた。

 本人は苦笑をしているが。

 ・・・その可能性は先程、俺と九十九が話していた。

 

 まさか、この三郎太が?

 いや、まさかな・・・

 

 俺は心に浮かんだ猜疑心を、何とか押し殺し。

 三郎太にもう一度、この艦に来た訳を聞く。

 

「それで、結局この艦に何の用事なんだ?」

 

「それが、上からの命令でして・・・」

 

「そこから先は私が言うからいいわ、三郎太君。」

 

 突然、三郎太の発言に横槍をいれる人物が現れる。

 しかもその人物は、俺も良く知っている人物だった。

 

 長い黒髪を後ろに流した、美しい女性・・・俺達の同期であり指揮官。

 

「お久しぶりですね、東殿。」

 

「あら、ここでは舞歌でいいわよ元一郎君。」

 

 その返事に思わず体勢を崩す俺。

 ・・・だから苦手なんだ、この女性は。

 

「・・・自分としては、その名前で呼んで欲しく無いのですが。」

 

 ポン、ポン・・・

 

 俺の肩を後ろから叩く九十九。

 その頭を左右に振って、悟った様な表情をしていた。

 

 ・・・まあ、その気持ちは解らんでもないが。

 

「何よ、九十九君まで。

 そんな態度に出るのなら、ユキナちゃんに九十九君が女の人に手を出してた。

 って、報告してやるんだから。」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!!

 自分が何時、女性に手を出したなど・・・」

 

 そのまま、舞歌殿の独壇場に入る・・・

 そして、九十九は何時もの如く、完全に遊ばれていた。

 

「あら白鳥さん、ユキナちゃんて何方?」

 

「ミ、ミナト殿!! 誤解しないで下さい、ユキナは自分の妹です!!」

 

「あらら、そんな必死に弁解しないでもいいのにね。」

 

 俺達は今、何をしてるんだろう?

 確か、決死の覚悟で敵の新造戦艦を、破壊しようとしてたんじゃないのか?

 

「あ、そうそう貴方達、あのナデシコのクルーなんですって?

 ならテンカワ アキトの事に詳しいかしら?」

 

「ほほほほ、その質問には応えられないわ!!」

 

「むっ!! 小娘が生意気な!!」

 

 ・・・レイナと呼ばれていた少女と、突然口喧嘩を始める舞歌殿。

 もう、勝手にしてくれ・・・

 

「ミナト殿!! 木連の男性に、そんな軽い男はおりません!!」

 

 そうだ、その通りだ九十九!!

 

 ・・・最早、お前がそれに該当するとは思えんがな。

 

「じゃ、そこでお腹を抱えて笑ってる人は?」

 

 

「はっ?」 (白鳥、月臣、レイナ、舞歌)

 

 

「あ、終わりました?」

 

 そこには、壁に持たれかかった状態で三郎太が、ジュースを飲みながら笑っていた。

 

 ・・・変わったな、コイツ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあな、ユリカ。

 月の都市の防御はナデシコに任せる!!」

 

「了解!! 伊達にナデシコがパワーアップしていない事を、見せるんだから!!」

 

 俺はユリカに、月の都市の防御を任すと。

 自分の愛機に乗り込んだ。

 

 

 ドゴォォォォォォォォ・・・

 

 

 今は敵の砲弾を、ナデシコのディストーション・フィールドは完全に防いでいた。

 流石に相転移エンジン4基分の出力。

 桁違いの強度だ。

 

 そして、愛機の計器類のチェックをしている俺に、ウリバタケさんから通信が入る。

 

 

 ピッ!!

 

 

『テンカワ、BSBの初戦闘だ。

 派手に決めてこい!!』

 

「了解、なるべく壊さないように気をつけますよ。」

 

 俺はウリバタケさんの激励に、苦笑をしながら応える。

 

『何を馬鹿な事を言ってるんだ!!

 お前のBSBは、戦艦並みのディストーション・フィールドを張れるんだぞ。

 それこそ、お前がDFSで切らない限り、かすり傷一つ付くかよ。』

 

「まあ、その分機体が大きくなってますからね。

 それに機動戦になる時は、ブースターオプションを切り離さないと駄目ですし。」

 

 俺はBSBの基本スペックを見ながら、ウリバタケさんに感想を話す。

 

『それは今後の課題だな。

 ・・・しかし、リョーコちゃん達のカスタムエステバリスの完成は、結局間に合わなかったな。

 それは、このBSBのエンジンもだがな。

 後は地球から部品さえ届けば、完成版の小型相転移エンジンが出来るってのによ!!』

 

 悔しそうに、格納庫のある一方を見ながら話すウリバタケさん。

 

「そこまで贅沢は言いませんよ。

 どちらにしろ、リョーコちゃん達は怪我で動けませんし。

 アリサちゃん、イツキさん、アカツキにはナデシコの警備をお願いしてますしね。

 ・・・今回の戦闘は、俺一人でいきます。」

 

  ピッ、ピピ、ピッ!!

 

 パネルを操作して、俺の好みに合った設定をする。

 IFSの同調率から、シートの位置まで、いろいろだ。

 こんな細かな設定は、やっぱり本人にしか出来ないからな。

 

『お前・・・また、何か抱え込んでるだろ?

 さっき頼まれた通りに、整備班全員で周囲を調べたけどな。

 別に怪しいモノなんて無かったぜ。』

 

「・・・」

 

 ホウメイさんと言い、ウリバタケさんと言い・・・

 俺は表情では、何も出してないつもりなんだがな。

 

 しかし、やはり爆弾の話はハッタリか。

 ライザ・・・かなり焦っているな。

 何の準備もせず、俺の前に立つなど・・・

 

『ま、今回の戦闘でそれも解るってか?

 ふう、相変わらずだよな・・・お前はよ。

 ・・・ん? ゲートのオープンが終わったか?

 よっしゃ!! しっかりと実戦データを取ってこいよ!!』

 

「了解・・・テンカワ アキト、ブラックサレナB出撃する!!」

 

 俺の気合の声と共に、弾かれた様に大柄な機体が、ナデシコから月面に飛び出す。

 

 

 ドゴォォォォォォォォォ!!!!

 

 

 二つのテールダンパーをなびかせ・・・

 あの世界での俺の愛機は、エンジンが不完全ながらも復活を果たしたのだった。 

 

 

 

 

 

 

「では、三郎太に敵基地の襲撃をさせろ、と?」

 

「そうよ、一番手っ取り早い方法でしょ。

 少なくとも・・・戦う相手は間違い無く、テンカワ アキトなんだからね。」

 

 やはり・・・戦闘時のこの女性の思考は、怖いな。

 

 もし、三郎太が裏切り者だと判断した場合。

 確実に後ろから止めを刺されるだろう・・・味方によって。

 そして、この疑惑が出鱈目だった場合。

 三郎太は自分の行動で、信頼の回復をさせられる訳だ。

 少なくとも、三郎太の行動に何か疑いを抱かせる事があったのだ。

 その汚名を返上する為にも、テンカワ アキトとの対決は免れない。

 

 ・・・もっとも、我等優人部隊。

 汚名を着て味方に殺されるよりは、敵の前で散る事を選ぶ!!

 三郎太もきっとそうだろう!!

 さあ、自らの手で汚名を跳ね返せ三郎太!!

 今回の見せ場は、お前に譲ってやる!!

 

「確か、リョーコって名前のエステバリスライダー、いませんでしたか?」

 

「あら、リョーコちゃんの事を知ってるの?」

 

「ははは、これでも情報通なんですよ自分は。」

 

 ・・・おい。

 

「でもでも、リョーコちゃんてガード固いよ〜?」

 

「あ、やっぱり?

 でも・・・その方が燃えるじゃないですか!!」

 

 

 プチ・・・

 

 

「何に対して燃えてるんだお前は!!

 さっさと出撃しろ!!」

 

 

「りょ、了解であります!!」

 

 

 ダダダダダダダダダ!!

 

 

 俺の一喝に・・・

 大急ぎでテツジンに向かう三郎太。

 

 ・・・本当に、三郎太かあいつは?

 

「ね〜、ちょっと変でしょ?

 一年前に会ったときは、もっと硬派だったのにね。」

 

 ちょっと・・・か?

 あれが?

 

「じ、自分も同感です。」

 

「・・・九十九、お前は最早あの三郎太と同類だ。」

 

 この後、俺達は久しぶりに全力の喧嘩に突入した。

 

 

 

「ねえ、レイナちゃん。

 この人達って親しみがもてるわね。」

 

「それは同感ですけど・・・もうそろそろ格納庫に帰りたいです、私は。」

 

「あらあら、色気が無いわね〜」

 

「いいんです!! テンカワ君さえ見てくれていれば。」

 

「はいはい、ご馳走様。」

 

 

 

 

「自分はあんな軟派では無い!!

 訂正しろ元一郎!!」

 

「煩い!! この軟派野郎!!」

 

 

 バキッ!! ドカッ!!

 

 

 

 

『あの〜、出撃していいですか?』

 

「あ、いいわよ三郎太君。

 私が許可します、さっさと出撃しちゃいなさい。

 ・・・あ、クロスカウンター!! う〜ん、これはダブルKOかしらね。」

 

『・・・三郎太、テツジンで出撃します。』

 

 

 ゴォォォォォォォォォォォォ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵、無限砲の攻撃を全て歪曲場で防御しています!!」

 

「何だと!!」

 

「それは本当か!!」

 

 俺達はその報告に驚愕の声を上げる。

 

 ちなみに、喧嘩は両者KOで幕を閉じた。

 やるではないか、九十九。

 ・・・軟派のくせに。

 

 と、この思考は今は忘れておいて。

 

 もし、この報告が本当ならば。

 ・・・敵の歪曲場は単純に考えても、我等の戦艦の二倍以上の出力を持つ計算になる。

 

「・・・これは、やられたわね。

 敵の目的は新造艦の確保ではなく、現在の戦艦のパワーアップだったみたいね。」

 

 腕を組み、画面を睨みながらそう呟く舞歌殿。

 

 ・・・そうか、それが敵の狙いだったのか。

 

「三郎太君に帰還命令を!!

 このままでは、敵の戦艦と機動兵器に、挟み撃ちにされてしまうわ!!」

 

 しかし、舞歌殿がその命令を出した瞬間・・・

 

『遅いですよ、舞歌殿・・・目の前に敵機を確認!!

 信じられないスピードです!!』

 

 三郎太の報告と同時に。

 俺達の乗る戦艦のレーダーも、その機影を捉えた。

 

「後、5秒後には敵がこの艦に到達します!!」

 

「弾幕を張れ!!」

 

「無駄よ、元一郎君。

 ・・・気付くのが遅すぎたわ。

 いえ、敵の移動速度が常識外れなのよ。」

 

 舞歌殿のその台詞と同時に。

 

「敵、重力波砲を発射!!

 無限砲の掘削シャフトに直撃します!!」

 

 

 ドゴォォォォォォォォォ!!

 

 

 くっ!! やってくれたなテンカワ アキト!!

 

 俺は、この敵機を操っているのがテンカワ アキトだと、確信をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十六話 その8へ続く

 

 

 

 

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