< 時の流れに >
「僕は軍人だ・・・だから、相手が民間人であった場合には、無闇に暴力は振るいたくない。」
「・・・まあ、ジュンなりの正論だな。」
「じゃ、アキトの事は?」
「・・・僕は軍人だ、が!!
軍人である前に、一人の男なんだ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「・・・言い残したい事は、それだけかしら?」
「イ、イネスさん!! その紫色の怪しい薬は、何ですか〜〜〜〜〜!!」
「大丈夫、素直になれる薬よ。」
「絶対に嘘だ〜〜〜〜〜!!」
プスッ・・・
「あ、う・・・」
・・・艦内、何処を見ても木星蜥蜴の正体の話で一杯ね。
そう、あの憎たらしい小僧のせいで、私は!!
先程の会議の事を、私は思い出していた・・・
『・・・不手際だな、ムネタケ中佐。』
「し、しかし!! あれはあの男が勝手に行った演説です!!」
そうよ!! 私も木星蜥蜴の正体なんて、全然知らなかったんだから!!
『我々は、君がナデシコに乗船する前に言ったはずだよ?
「テンカワ アキトの動向を見張れ」と、ね。』
だ、だけどそれじゃ!!
「わ、私は軍人よ!! スパイじゃないわ!!」
『そうだな・・・せめてスパイの真似事くらいは、出来ると思っていたのだが。』
『やはり、親の七光りが無ければ、何も出来ないみたいだな。』
「・・・くっ!!」
何よ・・・何よ何よ何よ何よ何よ!!
私はそんなに無能だと言いたい訳!!
私は私なりに、自分の職務を忠実にこなしてきたわ!!
ただ、あの小僧があらゆる意味で、桁外れ過ぎるのよ!!
『・・・おって、君の処遇の沙汰を出す。』
『以上だ。』
ピッ!!
・・・私の周りから、通信ウィンドウは全て消えた。
そして、暗闇に部屋は閉ざされ。
「そんなの・・・そんなの理不尽よ。」
本部でも、あの小僧の存在を理解不能と判断したくせに。
どうして、私が今回の不祥事の責任を、一人で負わないといけないのよ?
あの小僧は大分前から、既に真実を知っていたのよ?
なら、罰するなら真実をナデシコクルーに告げた、あの小僧にするべきよ!!
・・・ははは、解ってるわよ。
本部は私より、あらゆる意味で貴重なあの小僧の方を、大切にしてる事くらいはね。
片方は、一人でこの戦争に多大な貢献をした英雄。
片方は・・・その英雄が乗る戦艦に同乗して、戦闘報告書を書くだけの存在。
・・・くくくくく!!!
比べるまでも無いわね!!
私でも同じ判断を下すわ!!
でも!! 私はこんな所で終る気は無いわ!!
そうよ!! その英雄を踏み台にしてでも、上に昇ってやるわ!!
ユラリ・・・
私は熱病に冒された病人の様に、自分の部屋から抜け出していた。
・・・行く当てなんて、何処にも無いけどね。
「・・・これが、俺達の!!」
「そう!! 専用武器はテンカワとラピスちゃんが考案して、俺が作成!!
フレームその他の制御系は、ルリルリとイネスさん、そしてレイナちゃんの合作!!
そして、俺が作った新型エンジンを搭載!!
このエンジンはな、小型相転移エンジンの技術の流用により、従来の10倍の性能を示すぜ!!」
「おおお〜〜〜〜〜!!!」
その声に、何となく興味を抱いた私は・・・
フラフラと、ウリバタケが自慢そうに話す格納庫に到着した。
格納庫の入り口から・・・見た事の無い形のエステバリスが、八機見える。
それぞれのパーソナルカラーに染まった、そのエステバリスには。
私でも何か巨大な力を感じた。
もっとも・・・格納庫の中央に鎮座している、あの小僧の機体程じゃないけどね。
あれは・・・異質だわ。
「まずはリョーコちゃんの機体、パーソナルカラーは勿論、赤。
・・・これは、近距離を主体にした機体だ。
だから、機動力を通常の機体より上げてある。
拳に纏うディストーション・フィールドの収束率も、他の機体より高い。
そして、メイン武器は・・・これだ。」
そう言って、ウリバタケが指差したのは・・・
赤い機体の側に立て掛けてある、細長い筒だったわ。
「これは・・・日本刀!!」
「そう!! リョーコちゃんの居合を、完全に再現出来る武器だ!!
銘は『赤雷』!!
しかも、刃が初めから存在している為、DFSの刃を上乗せする事が容易になっている。
つまり、居合のタイミングとDFSのタイミングが合えば・・・」
「戦艦レベルのディストーション・フィールドなら、簡単に切り裂ける。
今のリョーコちゃんの実力なら、十分に使いこなせるはずさ。」
・・・あの小僧が微笑みながら、そう言ったわ。
「へっ、嬉しい事言ってくれるじゃね〜かよ。」
赤い顔で、小僧にそう返事をする小娘の一人。
何をやってるんだか。
「そして、これがアリサちゃんの機体・・・パーソナルカラーは白銀。
オールマイティに戦えるアリサちゃんだけど、今回は遠距離と近距離に絞らせてもらった。」
「あら、どうしてですか?」
銀髪のパイロットが、不思議そうにウリバタケに質問をしているわ。
「中距離と遠距離はヒカルちゃん、イズミちゃん、イツキちゃんが担当する予定なんだ。
そして、逆に近距離はリョーコちゃんと、熱血馬鹿しかいない。
アカツキの奴は、本当にオールマイティな指揮官として、戦場に出て貰うつもりだしな。
こう考えると、どうしても近距離が弱くなる。」
「そこで、アカツキと同じくオールマイティなアリサちゃんを、前衛に配置するんだ。」
ウリバタケの長々とした説明を、小僧が最後に締める。
「まあ、納得は出来ますけど・・・
私は、近距離に強い武器はフィールド・ランサーしか扱えませんよ?」
「そ・こ・で!!
この『ヴァルキリー・ランス』の出番ってわけだ!!」
そう言いながら、今度は床に置いてあった、巨大な白銀の槍を指差すウリバタケ。
その槍は、まるで中世の騎士が使うような形をしているわ。
それにしても・・・説明するのが楽しそうね。
「『ヴァルキリー・ランス』?」
結構気に入ったみたいね。
微笑ながら、銀髪のパイロットはその巨大な槍を見ているわ。
「そう、リョーコちゃんの『赤雷』と同じで、DFSの刃を纏う事が可能だ。
威力はフィールド・ランサーの約5倍!!
コイツを使用した単独での突撃力は、この新型エステの中でトップだろうな。」
「その他に、遠距離用のグラビティ・キャノンのライフル形式を装備する予定だよ。
場合によっては、前衛と後衛を入れ替えて活躍して欲しいんだ。」
気に入らなかった? と顔で表しながら、銀髪のパイロットに話し掛ける小僧。
その小僧の視線を受けて、こちらも赤い顔になるパイロット。
ここは戦艦なのよ!!
どうして、こう、恋愛小説みたいな事をしてるのよ!!
「勿論、気に入りましたよ。
頑張って、上手く扱える様になりますね!!」
「ああ、そうだね・・・
でも、皆に一つ言っておきたい。」
小僧の声に何か別の力が宿った?
・・・その声に、格納庫で働いていた整備員達が作業の手を止める。
「まず、自分が生き残る事を優先してくれ。
巨大な力を持てば、確かに可能な事は増えていく。
けど、何事にも限界はある。
その時の自分には無理でも、他の人には可能な事も多々ある。
一人では無理でも、二人なら可能な事もある。
本当に必要と思った時に、助けを求める事は恥ではない。
力不足で嘆くのは簡単だ、だけど生き残らなければそれも出来ない。
・・・実際、俺も万能じゃない限界はあるんだ。」
そう言って、パイロットの顔を見渡す小僧。
そして、全員の顔を見終わると上を向いてしまったわ。
ここからでは、表情は見えないわね?
「その時になって、悔やんでも仕方が無い。
最後には後悔を胸に・・・生きていくしかないんだ。」
「アキトさん・・・」
銀髪の髪のパイロットが心配そうに話し掛けてるわ。
「・・・北斗。」
ピクッ!!
小僧が呟いたその名前に、パイロット全員の表情が強張ったわ・・・
私もあの戦闘場面を記録で見たけど。
あの小僧と互角の戦いをするなんて、信じられない奴がいたものね。
「皆はもう解ってると思うけど。
奴を止めるのに、俺は全力を尽くさないといけない。
これからは、俺のサポートは期待出来なくなる。
・・・敵も活発に動いている。
きっと、木連も新しい兵器を持ち出してくるだろう。」
確か・・・小僧の戦闘機のデータを盗まれたり。
小型相転移エンジンとやらを、盗まれたりしたらしいわね。
はっ!! いい気味だわ!!
何でも自分の思い通りに行かないって事よ!!
「これからは、激戦を繰り返す事になると思う・・・
俺に出来るのは、皆を鍛える事と強力な武器を与える事くらいだ。」
「でも、十分心強いよアキト君。」
「今の装備だと、不安だったのも確かだしね。」
「これだけの装備ですもの、テンカワさん達の心遣いは十分に伝わりました。」
「そうだぜ!!
ここまでお膳立てをしてくれたんだ!!
俺達の実力、木連の連中に見せてやる!!」
「私は・・・私達はそう簡単に負けません。」
「ま、僕も死にたくはないんでね。
有り難く使わせてもらうよ。」
あらら、皆して盛り上がってるわね。
ふん、人間死ぬ時は案外簡単に死ぬものよ。
そこの小僧だって、不死身というわけじゃないんだから。
しかし・・・この新兵器は使えるわ。
これを上手く上層部に売り込めば・・・私の失点は回復できる!!
よし!! ここはウリバタケに命令をして・・・
「ちょっ・・・」
「俺のゲキガンガーVは何処だ!!」
・・・私の記憶はそこから欠如してるわ。
何が起こったの、一体?
次に気が付いたとき・・・
私は整備班の休憩室にいたわ。
どうやら気絶した私を、誰かがこの部屋に運んだみたいね。
私が周りを見渡すと・・・ウリバタケが何か書類を見ながら、唸っている姿を見つけたわ。
丁度いい!! ここであの新型機の量産を、命令するべきよ!!
「ちょっと、ウリバタケ整備班長!!」
「あ? 何だ気が付いたのかよ、提督さんよ。」
凄く嫌そうな顔ね。
・・・私も貴方なんかと、本当は話したくないわよ!!
「まあ、アンタの事なんてどうでもいいわ。
提督として命令するわ!! あの新型エステバリスを量産しなさい!!」
「・・・本気で言ってるのか?」
馬鹿にした顔で、私に聞き直すウリバタケ!!
コイツ!! 私を誰だと思ってるわけ?
「本気に決まってるでしょうが!!
私はあの新型エステバリスで、自分の重要性を上層部にアピールしなければ駄目なのよ!!
・・・それとも、何か作れない理由でもあるわけ?」
「アンタの保身の為に作れ、ってか?
それに作れない理由?
そうだな〜、簡単に思いつくだけでも、3つはあるぞ。」
「へ?」
ウリバタケの即答に、私は自分でも間の抜けた声を出したわ・・・
「一つ、個人の特性に合わせた機体だからな。
常に最高の整備班が調整をしないと駄目だ。
ま、俺とレイナちゃんレベルのメカニックが、そうそういるとは思えないがな。」
「・・・そんなの、訓練次第でどうにかなるわよ!!」
私には後が無いのよ!! もう崖っ淵なのよ!!
それなのに!!
解ってないな・・・そんな顔で私を見るウリバタケ!!
くっ!! 自分の腕をそんなに自慢したいわけ!!
「二つ、本人達は自覚が無いがな。
今のアイツ等は間違い無く、超一流のエステバリスライダーだよ。
比べる相手がどうしてもテンカワになっちまうのが、不幸と言えば不幸だよな。
ま、簡単に言うと普通のパイロットじゃあ、あの機体は操りきれね〜よ。」
「・・・」
それじゃあ、作っても意味が無いって事なの?
「最後に・・・専用のソフトウェアが必要だ。
それぞれのパイロットに合わせた、シビアな制御と複雑な処理が必要だからな。
俺には絶対に作れね〜レベルの、プログラムだぜ。
そんなプログラムが作れるのは、限られてるだろ?
あのルリルリとラピスちゃんが、テンカワの了承無しにプログラムを作成すると思うか?
勿論、あの子達レベルのプログラマーは、地球に存在はしないぜ。」
あ、ハーリーの事を忘れてたな・・・そんなウリバタケの呟きが、最後に聞こえたわ。
私はあまりの現実に、呆然とした表情で立ち尽くしていた。
「結局、テンカワの意思がなければ、あの新型の量産なんてできね〜よ。
俺も作る気は無いしな。
まあ、馬鹿な夢を見たと思って忘れちまいな。」
そう言い残すと、ウリバタケは休憩室から出て行った。
私は・・・絶望に包まれた未来を思って、その場に膝を付いた・・・
熟練の技を持つ整備班・・・ナデシコは、腕は一流と呼ばれる人達の集まりだわ。
超一流のパイロット・・・あの小僧自らが鍛え上げたのよ? それは超一流にもなるわよ。
専用のソフトウェア・・・あの子供達は、今では禁止されたマシンチャイルドよ。 代わりなんて存在しないわ。
・・・全部、あの小僧の手の内と言う事ね。
・・・
・・・
は、ははは、はははははははははは!!
嫌になるわね、本当に!!
何処まで私の邪魔をすれば、気が済むのよ!!
アンタさえ存在してなければ!!
私は!! 私は!!
「・・・貴方、どうして木星蜥蜴の正体を知っていたの?」
「別に・・・今、そんな事は関係無いでしょう。」
食堂で、あの小僧を捕まえた私は。
今までの疑問を、思いっきりぶつけてみたわ。
「それに!! エステバリスライダーとしての、桁外れの実力!!
マシンチャイルド達の慕い様!!
ネルガル関係者さえ、貴方には腰が低いわ!!
貴方は一体何者なのよ!!」
「・・・ただのコック兼パイロットですよ、俺は。」
「ふざけないでよ!!」
バァン!!
手の平をテーブルに叩きつけて、私は叫んだ!!
しかし、そんな私を冷めた目であの小僧は見詰める。
その目には怒りの感情も、嘲りの感情も・・・何もなかった。
「昔、俺もある人に、似たような質問をしました。
その時、こんな言葉を返されましたよ。
『何も話す事は無い、真実は一つだ』、ってね。
そして・・・その人にとっての真実と、俺の考える真実は違っていた。
今の提督と俺の真実もそうだ。
俺には俺の真実があり・・・それが提督の知りたい真実と、違っていたとしても。
俺には同じ事を言うしかない。」
そう言い残して、小僧は厨房に帰っていったわ。
・・・私の・・・真実?
「あの〜、そろそろ看板なんですけど?」
・・・何時の間にか周囲は暗闇に閉ざされていたわ。
あの小僧との対峙の後、どうやら自分の殻に閉じ篭っていたみたいね。
「私にもあったのよ・・・」
「はぁ?」
「正義はあると信じていた・・・あったのよ。」
私にも、正義を信じていた時はあったわよ・・・
でも連合軍では、そんな事を言ってられなかった。
父親の偉大さに負けないように、頑張れば頑張るほど私は自分の無力さを思い知ったわ。
そして・・・
今は、自分の保身をするだけで精一杯よ。
そうよ、正義なんて自分の保身の為に捨てたのよ。
そんなものあったって、私の能力には何のたしにもならないわ。
そして、遂に縋っていた連合軍にも騙され、捨てられたわ。
私の真実は・・・・負け犬で結構よ・・・
あれから2週間が経ったわ。
私の足元には、降格の通知が落ちている。
今、私達は新型エステの稼動テストの為に、月からかなり離れた宙域にいるわ。
・・・月に帰れば、私はこのナデシコから降ろされる訳ね。
結局、あの小僧の言いたい事なんて解らなかったわ。
まあ、所詮何処まで考えても現実は変わらない。
そうよ、何も変わらないのよ。
結局、アンタと私では出来が違うって事ね・・・そうでしょ、テンカワ アキト。
プシュ!!
手に持つナノマシンの注入注射が、軽い音をたてた・・・
ピッ!!
『アキトさん、大変です!!
提督が新型エステに乗って、ナデシコから発進しました!!』
「馬鹿な!!
あの新型エステは、専用パイロットのIFSにしか反応しないはずだ!!」
ピッ!!
『御免テンカワ君!!
実は予備の八台目は、IFSがあれば誰でも操縦出来る仕組みなの!!』
「そうだったの、レイナちゃん?
・・・くっ!! 専用性に拘り過ぎたか!!」
「テンカワ!! 早く連れ戻さないと、大変な事になるぜ!!
基本性能だけでも、あの新型エステは大変なものなんだからな!!
しかし、パイロットのミューティング中を狙いやがるとは・・・
変な所で頭が回りやがる!!」
「とてもじゃないけど、あの提督が新型エステを操縦出来るとは、思えないよ。」
「・・・この小惑星帯で、あの新型エステに素人が乗るなんて。
まるで、自殺行為ね。」
「案外、そうかもね。
提督の降格の通知が、今日届いたらしからね。」
「・・・アキトさん。」
『アキトさん・・・』
『テンカワ君・・・』
「・・・それでも、見殺しには出来ない。
出るよ、二人共。
ユリカに伝えてくれ。」
ピッ!!
『許可します!!
お願いアキト!! 提督を止めて!!』
「・・・ああ、解った。
俺としても、もう少し話をしてやるべきだったかな。」