< 時の流れに >

 

 

 

 

 

第十七話.それは「遅すぎた再会」

其之五 力、とは・・・

 

 

 

 

 

 

 ・・・時間が止まったブリッジ。

 俺は自分が場違いな場所に居る様な、気分になった。

 しかし・・・俺は副提督として、何時までも呆けている訳にはいかん。

 

 それに、そんな事をアイツは望まん。

 俺は大きく息を吸い込み・・・

 

 

     「喝!!」

 

 

       ビクッ!!

 

 俺の大声に、ブリッジのクルー達が自失状態から復帰する。

 悪いが今は、悲しむ時でも嘆く時でも無い。

 

「カズシ!! 現在の戦況を報告しろ!!」

 

 俺の命令に、カズシが素早く返事をする。

 ここらへんは、現場の叩き上げの強さだ。

 立ち直りが早くなければ、戦場では生き残れない。

 

 そう・・・これは戦争なのだから。

 

「はっ!! 九機中、一機が大破、一機が行動不能。

 残りは依然、敵機と機動戦を展開中であります!!」

 

「よし、解った。

 艦長!! 何時まで呆けている!!

 戦場は常に変化をするものなんだぞ!!」

 

 

     ビクッ!!

 

 俺の怒鳴り声に、艦長が弱々しく反応を返す。

 ・・・流石に、そこまで割り切れんか。

 

 仕方が無い、気は進まんが頬を張ってでも・・・

 

 

『それに・・・私はあの人を信じてます!!』

 

 

 その時、アリサの声がブリッジに入って来た。

 

 ふっ、最近は、付きっ切りでパイロット達全員を鍛えていたからな。

 アキトの本当の強さは、やはり良く知っている。

 

 俺は隣にいる艦長に 質問をする。

 

「さあどうする、艦長?

 君のアキトへの想いは、アリサ君の想いに負けるのか?

 勿論、俺もアキトが死んだとは思わない。

 今は行方が解らなくても、そのうち笑いながら帰ってくるさ。

 ・・・それに、君達の方がアキトとの付き合いは長いんだろ?」

 

 俺が最後に話し掛けたのは、ブリッジのクルー全員だった。

 アキトが信じたクルー達だ、これ位の事で潰れてもらっては期待外れだ。

 

「・・・ルリちゃん!!

 救難信号、その他は出てる?」

 

 艦長が顔を上げ、ルリ君に叫ぶ様に聞く。

 

    フルフル・・・

 

 しかし、ルリ君は言葉で返事を返せず。

 ただ、頭を左右に振るのみだった・・・

 

「そう・・・

 一時、テンカワ アキトの事は忘れます!!

 皆さん、今は生き残る事を考えましょう!!

 ・・・目の前には、危機に陥ってる味方機がいます!!

 そして、このナデシコを単独で落とす事が可能な敵もいます!!

 まず生き残って・・・全てはそれからです!!」

 

 全てを振り切り。

 艦長としての行動を取るユリカ嬢。

 

 ・・・ふっ、良い指揮官になれるな。

 

「・・・感謝します、副提督。」

 

「何、職務を遂行したまでさ・・・

 それに、本当の敵は目の前にいる。」

 

 俺と、艦長は同時に目の前のスクリーンを見た。

 そこには、北斗の機体と対峙する二台のエステバリスの姿があった。

 

 ・・・死ぬなよ、リョーコ君、アリサ。

 

 しかし、馬鹿な事をしたなムネタケ提督。

 ある意味、お前が一番の被害者かもしれんが・・・

 自分の正義を公言する前に、まず己を磨くべきだったな。

 

 

 

 

 

 

「『フルバースト!!』」 

 

 

 アリサさんと、リョーコさんの声がブリッジに響く・・・

 そして、二人の天使が戦場に現れた。

 

 私達には、目の前の戦闘を見守る事しか出来ません。

 ナデシコからの攻撃なんて、まず命中はしないから。

 だから、離れた位置でリョーコさん達の戦いを見守るしか出来ない。

 

「ねえ、ルリちゃん。

 あの『フルバースト』ってどんな機能なの?」

 

 私は心配で潰れそうな心を紛らわせる為に、隣に座っているルリちゃんに話し掛ける。

 

「・・・」 

 

 でも、ルリちゃんは何も答えてくれなかった。

 ・・・仕方が、無いよね。

 私も本当なら、この場から逃げ出して自室で泣きたい気分なんだもん。

 

 ピッ!!

 

『・・・私が説明するわ、メグミさん。』

 

 私の質問に返事を返したのは、意外な事にレイナさんだった。

 イネスさんが出て来ると思って・・・あ、そうか今は月にいるのよね。

 

『フルバーストは、新型エステの奥の手なのよ。

 急激なエネルギーの増大に、機体が長時間の行動には耐えれない。

 あの背中の『光翼』は、余剰エネルギーの塊でもあるわ。

 それに、パイロットに掛る負荷も、信じられないモノになるわね。』

 

「じゃ、じゃあ短時間だけ使用可能なの?」

 

 私は疑問に思った事を、レイナさんに聞く。

 

『そうよ・・・せいぜい5分が限界ね。

 それ以上は、機体もパイロットも動けないわ。』

 

 正に、背水の陣なのね・・・

 

 私の視線の先には、信じられないスピードで北斗の機体を攻撃する、リョーコさん達の姿がある。

 確かに、あのスピードはアキトさんのブラックサレナに近い・・・

 でも、それだけパイロットに負担が掛っているのよね。

 

 そして・・・

 

 最初は、北斗の機体に掠る事も出来た攻撃が・・・

 今は完全に北斗に避けられ。

 二人掛りの攻撃も、まったく相手にされなくなっている。

 

 お互いに睨み合った状態で、三台のエステバリが通信を開く。

 

『・・・だが、俺達はアイツを信じる!!』

 

『私達にとって、目標でもあるのだから!!』

 

 二人が、北斗の嘲笑に対して返した言葉・・・

 それは私の心の言葉でもあり・・・ 

 

『なら・・・希望という名の絶望を抱いて、死ね!!』

 

 全てを否定するのは北斗だった。

 

 

 

 

 

 私の隣では、ルリルリが俯いたまま震えている。

 ここまで弱々しい姿の、この子を見るのは初めてだわ・・・

 それだけ・・・彼の状況は絶望的なのね。

 

 そんな事を冷静に判断してしまう、自分が嫌になった。

 でも、オオサキ副提督の言う通り・・・今は、目の前の敵に専念しなければ。

 艦長も言っていたけど、まず私達は生き残らなければならないのだから。

 

「ルリルリ!! しっかりしなさい!!

 まだ、アキト君が死んだと、決まった訳じゃないんだから!!

 それに、彼には不思議な力があるんでしょ?」

 

 そう、確かアキト君は瞬間移動に近い能力を持っていた。

 なら、彼ならば見事に脱出しているかもしれない。

 

 今までも、絶望的な状況から彼は、見事に生還してきたのだから!!

 

 しかし、私のそんな励ましにもルリルリは首を振りながら・・・

 小声で返事をした。

 

「・・・艦内に、ボース粒子の反応が無いんです。

 それに北斗の言う通り、ジャンプイメージが間に合うタイミングではありません。

 もし、ジャンプが出来たとしても・・・それは、ランダムジャンプです。

 この広い宇宙に、生身で放り出されて・・・

 もしかしたら、また過去や未来に跳んだのかもしれません。」

 

 ランダムジャンプ?

 過去? 未来?

 

 ・・・何を言ってるの、ルリルリ?

 ここまで錯乱した、この子を見るのも初めてなら。

 その発言は、更に私には理解出来ない内容だった。

 

「・・・置いていかれるのは、もう嫌です。

 どうして、どうして、また私を残して消えるんですか?

 今度こそ、ずっと一緒にいるって・・・」

 

     ポタ、ポタ・・・

 

 泣いていた・・・あのルリルリが。

 両手を強く握り締め、何かに耐えるように。

 

 この子と、アキト君の間には何か深い繋がりを感じていた。

 アキト君もこの子を常に気遣っていた。

 二人の絆がどの様なモノなのか、私は知らない。

 

 けど・・・

 

「しっかりしなさい!! ルリルリ!!

 あのアキト君が、そう簡単に死ぬ訳ないでしょ!!」

 

「どうして、そんな事が言えるんです!!

 私には、アキトさんが生きている可能性を見つける事が・・・出来ません!!

 それに、アキトさんは人間なんですよ!!

 宇宙空間に放り出されたり、太陽に飛び込めば死んでしまうんです!!」

 

 私の励ましに、顔を上げたルリルリは・・・

 私を睨みつけながら、そう言った。

 

 ・・・落ち込んでいられるより、マシよね。

 

「それ位、解ってるわよ。」

 

「いいえ!! ミナトさんは解ってません!!

 アキトさんがどれだけの苦悩を背負って、今まで戦ってきたのかを!!

 その心に、どれだけの傷を負っているかを!!」

 

 爛々と光る金色の瞳・・・

 

 ここまで激昂するとは・・・思ってもいなかったわ。

 でも、文句を言う元気は出たみたいね。

 

「確かに、私はアキト君の事をそんなに知らないわ。

 でもね、ルリルリ。

 何事も確率だけで、理解出来るモノなの?」

 

「え?」

 

 私はルリルリの肩に手を置き、その金色の瞳を覗き込みながら話す。

 

「確かに、ルリルリはアキト君の生存を確認出来なかった。

 でも、それは生存の確率が下がっただけ。

 まだ、アキト君が生きている可能性はあるのよね?

 もしかしたら、そのランダムジャンプとかで、地球に跳んでるかもしれない。

 以前の様に、月に跳んでるかもしれない。

 ルリルリの知らない場所に、跳んでるかもしれないわね?

 偶然に頼る様だけど・・・本当に、アキト君が死んだと言い切れるの?」

 

 私の真剣な声に・・・段々と、ルリルリは落ち着いた表情になっていく。

 

「・・・確率で言えば、絶望的です。

 でも・・・」

 

「奇跡を信じる事も、大切な事だよルリルリ。

 それに、そんな頭でっかちな事ばかり言ってると、素敵な女の子になれないわよ♪」

 

 そう言って、明るく話し掛けた私を見て。

 ルリルリは、やっと顔を綻ばせた。

 

 さて・・・このお代は高いわよ、アキト君。

 払って貰う為にも、ちゃんと生きて帰って来なさいよ!!

 

「さ、アキト君を迎えに行く為にも。

 今は、この戦闘を乗り切らないとね。」

 

「そう・・・ですね。

 有難う御座います、ミナトさん。」

 

         ペコリ・・・

 

 そう言って、私に頭を下げるルリルリ。

 うん、素直なルリルリが一番可愛いわね。

 

「そうですよ・・・奇跡は一度起こったんです。

 アキトさんなら、もう一度その奇跡を見せてくれます。」

 

「・・・意味は解らないけど。

 ルリルリがそう信じてるなら、私は何も言わないわ。」

 

「はい!!」

 

 そして、目の前の戦闘は佳境に入っていた。

 

 貴方達も・・・死ぬんじゃないわよ、リョーコちゃん、アリサちゃん!!

 

 

 

 

 

 

 

 

『ムーン・ストライク』!!』

 

 

 ドゴォォォォォォォォォォオオオオオオンンンンン!!

 

 

 

 アリサが放った攻撃が、北斗の機体を捉え・・・束縛する。

 

 私には理解出来ない戦いだけど・・・

 この攻撃が通じなければ、北斗を倒す事は不可能だという事は、解っている。

 ちょっと前にアリサに聞いた話では、あの『フルバースト』は本当に奥の手らしい。

 使えば、機体は30分は行動不能。

 パイロットも多大なダメージを受ける。

 

 ・・・なら、その『フルバースト』状態の二台の機体を相手に、戦いを有利に進めるあの北斗とは?

 そして、その北斗が唯一認めるアキトは?

 

 多分、別次元の強さなんだろう。

 それだけは、解る・・・

 そして、私達はそのアキトを今現在・・・見失っている。

 

 そう、見失っているだけ。

 決して、死んだとは思わない。

 私はあの時、アキトに命を救われた。

 それは、今までの人生を一変させるものだった。

 

 アキトは、誰よりも一生懸命に生き様としていた。

 自分で考えて、それを実行して・・・

 挫けても、立ち直り。

 邪魔をされても、それを跳ね除け。

 真っ直ぐに、自分の信じた事を実行してきた。

 

 どれだけ、その為に傷付けられようとも・・・ 

 そんなアキトだから、私は惹かれた。

 

 ・・・私は両親の言いなりだった。

 アリサはそんな両親の元から飛び出し、自分を示した。

 だけど私は・・・

 

 変る事が怖かったのか、両親に嫌われる事が嫌だったのか・・・

 薦められた通りに、お嬢様学校に通い。

 行儀作法を習い。

 幸せな庇護の元で育ってきた。

 

 あの時までは・・・

 

 突然の両親の喪失。

 戦場の真っ只中に置き去りにされた孤独。

 襲い掛かってくる、無人兵器の恐怖。

 全てが・・・初めて体験する事ばかりだった。

 そんな状況の中で、私はアキトと出逢ったのだ。

 

 そう、強い人だった。

 始めは、こんな完璧な人もいるのだと、ただ感心をした。

 そして、憧れ慕い私も軍に身を投じた。

 彼の強さを知りたくて・・・

 

 けど、彼もまた・・・人間だった。

 

 その心は傷つき易く・・・

 既に幾多の傷を負っていた。

 でも、その場に立ち止まらず進む勇気を持っていた。

 単純な力じゃない。

 本当の意味での『力』を持っている。

 

 ・・・そんなアキトが、簡単に死ぬわけは無い。

 きっと、私達を助ける為に現れる。

 

 そう、きっと・・・

 

 

 

『いくぞ!!

 一の太刀 『飛燕』!!』

 

    

      シュパァァァァァァァァンンンンンン!!

 

 

 目の前では、アリサとリョーコさんの最後の賭けが行われている。

 ・・・これで、北斗を倒せなければあの二人は。

 

 いや、ナデシコもろとも私達は全員殺されるだろう。

 

 そして・・・

 

 

『・・・『羅刹招来』』

 

 

    ゴワァァァァァァァァァァ!!

 

 

 

 真紅の翼を纏った堕天使に・・・二人の天使の技は破れた。

 

 

 

 

 

 ここまで・・・なの?

 

 いや、まだ終ったと思わない。

 絶望的な状況だけど、皆はまだ生きている。

 私も諦めたりはしない!!

 

 きっと、アキトは生きていると思うから。

 そう、信じれるだけの強さを持ってるから。

 ルリちゃんも落ち着いてきたし。

 サラちゃんも、メグちゃんも、ミナトさんも信じている。

 それに、プロスさんやオオサキ副提督も。

 

 誰も、アキトが死んだと思っていない。

 なら、その思いを裏切る人じゃない・・・アキトは!!

 

「ルリちゃん、他の味方機はリョーコちゃん達のフォローにいけるかな?」

 

「・・・難しいです。

 ヤマダさんが予想以上の粘りを見せていますが。

 本来なら、三人で行うフォーメーションを、アカツキさんと二人でカバーされてますし。

 アカツキさん一人では、前衛役には不足です。

 それに、ヤマダさんが前衛から抜けると、後ろにいる三人も危険です。

 とてもじゃないですが、リョーコさん達のフォローまでは・・・」

 

 皆が予想以上に、レベルアップしていたのは嬉しいけど・・・

 敵も、その実力と装備を上げている。

 あの、北斗さえいなければ、まだ他に手もあるんだけど。

 

 ・・・つくづく、アキトの存在の凄さが実感できるわ。

 

 そして、二人の攻撃を打ち破り。

 北斗が静かに・・・二人に宣告する。

 

『・・・死ぬ覚悟は、出来たか?』

 

 北斗は・・・本気だ!!

 動けない二人を、迷う事無く殺すつもりなんだ!!

 

 ・・・そんな事は、させない!!

 

「くっ!! ルリちゃん当たらなくてもいいから、援護射撃をして!!

 それと、アカツキさん達を呼び戻して、リョーコさん達を回収させて!!」

 

「援護射撃は既に始めています!!

 ですが、アカツキさん達は駄目です!!

 敵の攻撃を凌ぐだけで、精一杯みたいです!!

 先程、ヤマダさんのエステバリスが相討ちで、一台の敵機動兵器を倒しましたが。

 そのヤマダさんも、戦線を離脱しました!!」

 

 相手は、北斗を除けば七名。

 こちらも、アキトを除けば七名。

 

 しかし、アリサちゃん、リョーコちゃん、ヤマダさんが既に動けず。

 相手は一名のみリタイア・・・

 

 四対六

 

 殆ど同じ技量と装備同士。

 この二名の差は・・・大きい。

 しかも、背後にはあの北斗も控えている。

 その心理的圧迫感は計り知れないモノがある。

 

 何か、何か手は無いの?

 

 焦燥感で身を焦がれながら。

 私は、必死に策を模索していた。

 

 その時・・・

 

 ピッ!!

 

 突然通信ウィンドウが開き。

 一人の6歳くらいの女の子が現れた?

 

 長い黒髪を背中に伸ばし、顔立ちはルリちゃんやラピスちゃんに、何処か似ている。

 何より、その金色の瞳・・・

 何者なの、この子は?

 

『へっへ〜

 もうそろそろ、あたしの出番でしょ、ルリ姉?』

 

「ディア!!

 貴方、どうしてここに!!」

 

 謎の女の子発言と、ルリちゃんの発言に・・・

 ブリッジの皆は固まった。

 

 一体、何なの?

 

 

 

 

 

 

 

 

第十七話 その10へ続く

 

 

 

 

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