< 時の流れに >
第十七話.それは「遅すぎた再会」
After 罪、とは・・・
戦闘に疲れている皆を、先にナデシコに帰還させて・・・
俺はムネタケの回収に向かっていた。
それも、ディアの探査能力からすれば発見をする事は容易い。
そして直ぐにムネタケの乗る、新型エステの位置は特定出来た。
「アキト兄、そのまま真っ直ぐ行って。」
「ああ、解った。」
ディアの探査した結果では。
どうやら、小惑星の一つに張り付いているらしい。
バシュウ・・・
バサ、バサ!!
俺はディアによって発見された、ムネタケの乗った新型エステの側に降り立つ。
その新型エステは・・・酷い状態だった。
ブラックサレナの、小型相転移エンジンの爆発に巻き込まれたのだろう。
手足は砕かれ。
右腕は半ばから消し飛んでいる。
しかし、コクピットは無事の様だ。
弱々しいが、微かに生体反応があると、ディアが俺の頭の中で語っている。
ピッ!!
その時、俺の前に通信ウィンドウが開き。
・・・ムネタケが話し掛けてきた。
その顔色はかなり悪い。
どうやら、内蔵をやられているみたいだな。
『いい加減・・・しぶとい男ね、アンタも。』
「昔から諦めは悪い方でね。
さあ、ナデシコに帰りますよ。」
これは、早く治療をしなければならないな。
俺がそう判断して、半壊した新型エステを掴もうとすると・・・
ジャキッ・・・
辛うじて残っている左手に、レールガンを持たせ。
ムネタケは、俺に狙いを定める。
『帰る? 何処へよ?』
「それは、ナデシコに決まっているでしょうが。」
俺がそう言うと、ムネタケは顔を歪ませ・・・苦しそうに笑う。
そしてブロスは、何時でも『フェザー』を展開出来るように、スタンバイをしている。
不意打ちは二度と食らわない。
第一、レールガンでは瞬時に展開できる『フェザー』の、結界を貫く事は不可能だ。
それに、ムネタケの腕ならば、俺は至近距離でも避ける自信はある。
だから俺は無防備に、ムネタケの乗っている新型エステに接近していった。
『あんな艦に帰るつもりはないわ。
それに、連合軍にもね。』
「・・・そうやって、逃げるつもりか?
何時かは、現実と向き合わなければ駄目なんだぞ。」
自分の仕出かした事は、理解している様だな。
なら・・・俺を背後から狙ったのも、半ば正気だったのか!!
『解ってるわよ、そんな事。
ただね、私は否定したかったのよ・・・一人の人間によって、戦争が操られる事を。』
何が・・・言いたい。
俺は視線でムネタケに先を促す。
『アンタの存在は危険だわ。
まるで、全てを予見してるかの様に、先手先手を打つ・・・
その新型も、随分前から開発してたんでしょ?
・・・本当に、用意のいい事ね。』
ガハッ!!
台詞と同時にムネタケが血を吐く。
これは・・・肺もやられているのか!!
「文句は医療室で聞いてやる、今は自分の身体を心配しろ!!」
『そうはいかないわ・・・これは、私が生まれて初めて通す意地なんだから。
それに、もう助からない事位、自分でも解るわ。』
そう言うムネタケの顔には・・・確かに死相が現れていた。
『遺言と思って聞きなさいよ・・・
アンタの存在により、連合軍は勝利を収めるかもね。
だけど、木星蜥蜴達が和平の条件に、貴方の身柄を要求したら?』
「・・・」
『考えられない事じゃ、無いでしょう?
和平を唱えている以上、アンタはその要求を跳ね除ける事は出来ない。
そして、あの連合軍の上層部なら喜んでアンタを、体一つで木星蜥蜴に売るわ。
幾らアンタでも、生身で軍隊とは戦えないしね。』
考えていなかった訳ではない。
だが、今はその和平の場を作る事で精一杯だったから・・・
『・・・強すぎたのよ、アンタは。
戦争には英雄が必要だわ、でもアンタはその英雄すら凌駕した存在。
一人の人物に、戦争は左右されてはいけないのよ。
団体の意思と意思が、ぶつかり合うべきなの。
個人対国家なんてもっての他。
お互いに傷付かなければ、戦争の怖さなんて解らないのよ。
でなければ、同じ事を繰り返すわ。』
「・・・だが、俺にはこの方法しか思い付かなかった。」
俺が、ムネタケの言葉に反論をする。
・・・ムネタケの意見も、一つの真実だろう。
俺の存在により、この戦争は連合軍に有利に進んでいる。
だが、連合軍は本当に木連の事を理解しているのか?
実際に木連の人間と戦火を交えたのは、未だナデシコだけだ。
それに北斗と出会った艦隊は、全滅している。
あれ以来、北斗の目標は俺に絞られ。
木連の連中も、クリムゾンからの情報で俺とナデシコにのみ、警戒をしているようだ。
サブロウタから聞いた情報だから、これは間違い無いだろう。
そう考えると・・・連合軍は、対岸の火事の様に感じているのかもしれない。
しかし、俺は自分の知っている人達を・・・
大切な仲間を・・・亡くしたくは無いんだ。
ただ・・・それだけだったんだ。
『苦しいでしょ、他人の思惑まで考えて動くのは?
だから・・・私が楽にしてあげようと思ったのに。
本当、しぶとい男ね。』
「それこそ、余計なお世話だ。」
俺は憮然とした表情で、ムネタケに返事を返す。
自分の死に場所くらい、自分で選ぶ。
そして少なくとも、今の俺は死ぬつもりは無い。
『私はね・・・何時も、他人の顔色を伺って生きてきたわ。
アンタみたいに、強くなかったからね。
連合軍に入った時も、父さんの恥にならない様に、常に上官の機嫌を取ってきた。
・・・何時からかしらね、目的もなくただ自分の地位にだけ、固執しだしたのは。』
ムネタケの目が虚ろになっていく・・・
もう、俺の事も見えてはいないだろう。
『下らない・・・人生だったわ。
誇るモノも、忘れられない思い出も、無い・・・
もう、疲れたのよ・・・今更、何かを始めるつもりにはなれない。
カラッポなのよ・・・私の中は・・・
それでも・・・アンタ達のいたナデシコは、一番印象に残ってる。
皮肉よね・・・一番、否定したかったアンタ達なのに。
皆、笑って・・・お互いに・・・優しい・・・』
ナデシコが・・・お前の最後の思い出の場所、か。
ならば、俺には最早何の言葉も無い。
『もっと早く、あんな船に・・・アンタ達に出会っていれば。
私も、変な意地を張らずに・・・』
「馬鹿だよ、アンタ・・・」
俺にはそう呟くしか無かった。
今は、何を言っても意味が無い。
死に逝く男のこの独白に、何を言えるだろうか?
俺には、他人の人生に口を挟める権利など無い。
・・・そして、その他人の人生を弄ぶのが『戦争』なんだ。
『最後に・・・私をここで消しなさい。
アンタなら可能でしょ?
地球で父さんに、会わす顔・・・無いし。
ナデシコで、葬式なんて・・・笑っちゃうわ・・・
綺麗に・・・跡形も無くココで・・・』
それが・・・ムネタケの最後の台詞だった。
もしかすると、俺の存在がムネタケを追い詰めたのかもしれない。
コイツの意見も、正しいと言えば正しいのだ。
そうだ、俺は自分の感情に従い・・・この戦争を、確かに操っている処もある。
ならば・・・ムネタケもまた、被害者なのだろうか?
俺は、そんな事を考えながら・・・
ブロスに命令をする。
「・・・ブロス、『ラグナ・ランチャー』を出せ。」
『・・・了解』
バシュ!!
背後に控えていた、飛行形態の『ガイア』から巨大なライフルが射出される。
『ガイア』と『ブローディア』の主砲である、『ラグナ・ランチャー』
その威力は・・・
「初弾は?」
『ラグナ・ランチャー』を受け取りつつ、ブロスに質問をする。
『もう充填済み。
でも、次のチャージまでは30分は掛るよ。』
「アキト兄・・・本当に、ココで埋葬しちゃうの?」
ボゥ・・・
ディアがホログラム状態で現れ、俺の隣に浮かび。
そう質問をしてくる。
「ああ・・・それが望みらしいからな。
それに、ナデシコのクルーは、自分の望む形式で葬式を行って貰えるんだ。」
・・・ムネタケはネルガルが雇ったクルーではなく、軍からの派遣だけど、な。
だが、ナデシコのクルーである事に間違いは無かった。
同じ艦で、同じ時を過ごした仲間である事は・・・
キュワァァァァァァァァァ・・・
新型エステから離れつつ、俺は『ラグナ・ランチャー』の銃口をロックする。
「・・・あばよ、ムネタケ。」
別れの言葉は・・・これで十分だ。
お互いに、最後まで理解出来なかった者同士には・・・
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!
・・・ジュワッ!!
マイクロブラックホール弾が撃ち出され、新型エステとその背後にあった小惑星を完全に破壊する。
そして、マイクロブラックホール弾は虚空に消えて行った。
その場には、何も残されてはいなかった。
そう・・・本当に塵も残さず、ムネタケはこの世から消えた。
・・・最後まで、俺の心に重い事実を突き付けて。
「もう帰ろうよ〜、アキト兄。
ラピ姉達も、ナデシコに向かってるし。
ルリ姉も待ってるよ・・・」
「ああ、そうだな・・・」
かなりの間・・・俺は自分の思考に、埋もれていたらしい。
そんな俺を現実に引き戻したのは、ディアの言葉だった。
「ブロス、高機動形態に変形後、『ガイア』を装着・・・
ナデシコに帰還する。」
『解ったよ、アキト兄』
ムネタケ・・・お前があの世の何処に行ったかは知らん。
だが、また会う事があれば・・・
お互い、少しは理解出来るかもな。
ゴゥゥゥゥォォォォォォォォォォォォォォ!!!
高機動形態である、飛行形態になった『ブローディア』を操り。
俺はナデシコに向けて加速を開始した。
自分の意志を再確認しながら・・・
「それでも俺は・・・自分の生き方を変えん。」
例え、それが愚かと言われようと。