< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと・・・白い天井が目に入った。

 

「お、気が付いたのか?」

 

 耳元で、男性の話し声が聞こえる。

 僕に話し掛けているのだろうか?

 だが・・・まるで人事の様に感じる。

 

「もしもし〜、意識はありますか〜?」

 

   ブンブン!!

 

 今度は女性の声が聞こえ・・・ 

 僕の目の前で、掌が幾度も往復する。

 何か、リアクションを返さないと駄目かな?

 このまま眠りたい気もするけど・・・

 そう、僕はこのまま眠りたいんだ・・・

 眠って彼女と・・・

 

 彼女?

 

 彼女って誰だ?

 

 僕が一番気にしている女性・・・ミスマル ユリカ。

 何時も太陽の様に明るくて、皆の指針になる人。

 僕が憧れている人。

 

 ・・・違う、彼女はそんな名前じゃない。

 彼女はもっと寂しそうで、辛そうな顔で僕を見ていた。

 でも、僕の話を聞いて笑い、羨ましいと言ってた。

 そのか細い笑顔だけは、僕の記憶から消えない。

 

 彼女は・・・

 

 彼女の名前は・・・

 

「チハ・・・いや、彼女の名前はアヤノだ。」

 

「どうやら、お目覚めのようね。

 意識もはっきりしてるし、記憶も大丈夫みたいよ。」

 

 僕に話し掛けてきたのは、黄色いワンピースを着たサラちゃんだった。

 僕は頭を振りつつ、ベットから起き上がろうとした。

 

「・・・つう!!」

 

 身体を動かした瞬間、全身に激痛が走る。

 

「あ、駄目よジュンさん。

 全身を激しく打ってるから、今は無理に動かない方がいいわ。」

 

「まあ、追いかけてた女性には逃げられちまったけどな。

 身を挺してまで救うとは、気合が入ってるじゃないか。」

 

 先ほど僕に話し掛けていた男性は、ヤガミさんだった。

 今は笑いながら僕に話し掛けている。

 それに良く見ると、何時ものスーツ姿だが所々に包帯が見えている。

 

 僕の視線に気が付いたのか、ヤガミさんは苦笑をしながら事情を話してくれた。

 

「半分はクリムゾンの諜報部との戦闘の傷。

 で、残りはアキトの奴のとばっちりだ。」

 

 包帯を見て、頭を左右に振りながらそう教えてくれるヤガミさん。

 

「テンカワの・・・?」

 

 何があったんだろう?

 でも考えてみれば、結局僕はテンカワの信頼に応える事が出来ず・・・

 彼女の持つ爆弾は爆発してしまった。

 

 爆発?

 

 ・・・何故、僕は生きているんだ?

 爆心地に彼女と二人でいたはずなのに?

 

 その事実に思い出し、今更ながら自分の無事を不思議に思う。

 

「何故、僕は生きているんですか?

 それに、彼女は?」

 

 結局、僕のやった事は何だったのだろうか?

 一人で騒いで、彼女を追い詰めて。

 そして爆弾の爆発も防げず・・・

 

 アヤノさんは無事だろうか?

 

「・・・簡単に説明するぞ。

 あれは爆弾じゃなく、打ち上げ花火だったのさ。」

 

「・・・は?」

 

 単語の意味が理解できず、思わず間抜けな返事を返す。

 

「つまり、私達は全員見事に踊らされたわけよ。

 ・・・裏で彼女達を操ってる人物にね。」

 

 サラちゃんが顔を顰めながら・・・

 飲み物を持って、僕のベットの近くにやって来た。

 どうやらオレンジジューズのようだ。

 

 それを確認した瞬間、僕は猛烈に喉の渇きを実感した。

 

 そしてサラちゃんは、グラスにストローを挿して僕に手渡す・・・ではなくて、目の前に置く。

 

 ・・・寝ている僕にどうやって、コレを飲めと?

 あの、身体を動かしたら激痛が走るんですけど。

 

 しかし、僕の視線の抗議はサラちゃんに黙殺された。

 どうやら、何かお気に召さない事をしたようだ。

 

 ・・・多分、僕が。

 

「事前の準備からして、相手は完全に万全を期していたみたいだな。

 見事に俺達だけが、ピースランドで孤立させられていた。

 もっとも、彼女達も爆弾が実は花火であることは、知らされて無かったみたいだけどな。」

 

 サラちゃんからオレンジジュースを受け取りながら、ヤガミさんが淡々と話す。

 僕の不幸は見て見ぬ振りだ。

 

 ・・・恨んでやる。

 

「それだけじゃないわよ。」

 

 ガチャッ!!

 

 部屋のドアが開いて、エリナさんがスーツ姿で現れた。

 ちなみに、今僕達がいる部屋は医療室みたいだ。

 

 まあ、僕達が占領してるのが現状みたいだけど。

 

 そして、僕の怪我の具合も聞かず。

 エリナさんは悔しげに現状を語り出した。

 

「アフリカ方面軍のお偉いさん達、見事に手のひらを返してくれたわ。

 ・・・これしきの実力しかない『英雄』様に、先行投資は出来ないそうよ。

 まったく、自分達だけでは何も出来ない癖にね。」

 

 怒りのボルテージを上げながらも、声は平静を装うエリナさん。

 でも・・・顔が怖いんですけど。

 

「まさに、お見事・・・だな。

 お偉いさんが集まっているパーティー会場の隣で、爆弾に匹敵する花火は上がるわ。

 『漆黒の戦神』ともあろう者が、たかだか敵軍の女性一人に相討ちになるわ、だからな。

 そりゃあ、臆病者には効き過ぎる薬だろ?」

 

 おどけて肩を竦ませながら、そうエリナさんに話すヤガミさん。

 

「効・き・過・ぎ・よ!!

 まったく、ご丁寧に二人が気絶した場面だけ見せるなんて。

 しかも、花火を仕掛けた工作員は二人共、逃亡に成功してるし。」

 

 その工作員の部分に、僕は思わず反応をする。

 二人・・・一人は、やはり彼女なのか?

 

「ジュン・・・お前は、多分彼女を庇って吹き飛ばされたんだろうな。

 俺達が駆けつけた時には、応急処置が施されたお前しかいなかった。」

 

「そう・・・ですか。」

 

     ギュッ・・・

 

 手元のシーツを握り締め、僕は彼女の事を考えていた。

 ・・・本当に、彼女は望んであの世界にいるのだろうか?

 いや、僕に見せたあの表情が嘘だと思えない。

 それに、このままでは余りに悲しすぎる。

 

 でも、僕に応急処置をする余裕があったのなら。

 大怪我だけはしていないだろう。

 

 ・・・それが解っただけでも、良しとするか。

 

「しかし、相手も相当無茶をしてくれるぜ。

 捉えたもう一人の実行犯の女性を、その2時間後に逃がすんだからな。」

 

 呆れた口調で、そう述べるヤガミさん。

 

「正式な抗議をしてきたけど・・・意味は無いわね。

 犯人はこのピースランドに派遣された兵士の一人、としか教えて貰えなかったし。

 下手な疑いを掛ければ、派遣先の国か組織と戦争になってしまうわ。」

 

 エリナさんが悔しそうに現状を話す。

 ピースランドの特殊性を活かした、見事な策だった。

 

「後手、後手、ですね。」

 

 サラちゃんも憂鬱そうに呟く。

 そこには何時もの元気な彼女の姿は無かった。

 

 そして、全員が無言のまま時が過ぎる・・・

 それぞれが何か懸念事があるのか、顔は厳しい表情を作っている。

 勿論、僕もだ。

 

       カラン・・・

 

 一口も飲んでいない、僕のオレンジジュースのグラスの中の氷が鳴った。

 沈黙が訪れた部屋には、その音が良く響く・・・

 

 そんな沈黙を破ったのは、サラちゃんだった。

 

「でもね、まさかあの女の子が・・・北斗だったなんて。」

 

「それは今回の事件で、一番の衝撃の事実だよな。

 まさか枝織ちゃんが、北斗と同一人物とは思わなかったぞ。

 ・・・だが、どう考えても別人格だよな。」

 

 枝織という名の女の子は知らないが。

 どうやら、僕の知らない所ではまた別の大事件があったらしい。

 

 ・・・何時も、何処かで大事件が起きてる気もするが。

 特に、特定の人物の周辺で。

 

「それも問題の一つよ。」

 

 額を人差し指で押えながら、エリナさんが会話に参加する。

 

「枝織さん・・・だったかしら?

 彼女とテンカワ君が、パーティー会場で一緒に踊った事も問題になってるのよ。」

 

「へ? どうして?」

 

 ヤガミさんが不思議そうに、エリナさんに聞き返す。 

 

「王妃様が御立腹なのよ。

 我が国の王女を差し置いて、一番最初に他の女性と踊るとは何事ですか!! ってね。」

 

「・・・」

 

 呆れた表情で天井を仰ぐサラちゃん。

 

「あ〜、言いそうだなあの王妃様なら。」

 

 そして苦笑をしながら、エリナさんの発言に頷くヤガミさんだった。

 その後で、僕の寝ているベットの隣にまで歩み寄り・・・

 

「これは・・・本当に一時の休息になりそうだぞ。」

 

「そうね、結局彼が中心にならないと駄目なのね。」

 

       シャッ!!

 

 ヤガミさんが僕のベットの隣にある、カーテンを引くと。

 そこには静かに眠るテンカワの姿があった。

 珍しい事に、全身に包帯を巻き。

 見事なまでに熟睡をしている。

 

 そして、少なくとも満足そうに見えるその寝顔に・・・

 僕の額に青筋が浮いた。 

 

「・・・幸せそうな顔してるわね。

 まったく、こっちは大変だって言うのに。」

 

     ゴクゴク・・・

 

 エリナさんの台詞の後の音に、ある事を予感した僕が反対側を向くと・・・

 予想通り、僕のオレンジジュースはエリナさんによって飲み干されていた。

 

 ああ、必死に身体を起こす努力をしていたのに・・・

 

「はぁ〜、さっきからずっと動きっぱなしだったから。

 余計に美味しく感じるわね。」

 

 満足げな顔で、そう言うエリナさん。

 僕は脱力して、そのまま枕を涙で濡らした。

 

 でも、誰もかまってくれなかった。

 

「あら、それならもう一杯いかかですか?」

 

 そんなエリナさんを労わるように、お代りを勧めるサラちゃん。

 

「お願いするわ。

 明日の会議の為にも、今から根回しをしないとね。

 さて、これから忙しくなるわよ!!」

 

 そう言って気合を入れるエリナさんだった。

 

 ・・・僕のオレンジジュース。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の見ている画面上では、二人の人物が戦っている姿が映っている。

 彼等の繰り出す技の威力を物語るように、足元の石畳は所々で砕けていた。

 ・・・もっとも、極限までスロー再生させたこの画面ですら、彼等の動きを追いきれ無いのだが。

 

「ふん、見るだけ無駄だな。

 私が彼と戦う事など、絶対に有り得ないのだしな。」

 

 両方の陣営から英雄と呼ばれる存在の対決だ。

 私が興味を持つのも仕方が無いだろう。

 だが、その戦いは次元が違いすぎるため、格闘の素人である私には全然理解出来ない。

 

 もっとも、私の警備をしているSPのチーフが青い顔をしているのを見る限り・・・

 

「どうだ、お前なら勝てるか?」

 

 その顔に、悪戯心を刺激され私は男に聞いた。

 

「・・・命令なら玉砕覚悟で挑みます。

 ですが、個人的な希望としては・・・近寄る事すら、お断りしますね。」

 

「ほう・・・」

 

 このチーフも、私の専属のSPになるだけに、かなりの腕前のはずだ。

 その彼をして近寄る事すら恐れさすとは、な。

 さすが、当代随一の英雄達だ。

 

 そう思った瞬間・・・二人を写していた画面が眩く輝く?

 

    ゴアァァァァァァ!!

 

 そして、蒼銀と朱金の渦が互いにぶつかり合い・・・

 爆発を起こした。

 

         ドゴォォォォォォォンンンン!!

 

 

 光が収まった後には、地面に倒れた一組の男女と。

 砲撃を受けたように、小型のクレーターが出来た地面だった。

 

 この現象には、私も久しぶりに呆れた。

 もうこの歳になると滅多な事では驚かない。

 まあ、配下の者が事業に失敗したと報告に来た時は別の話だが。

 

 そして背後に控えるチーフに、また話し掛ける。

 

「ほう、彼等は超能力者なのかね?」

 

「いえ・・・少なくともその様な報告は、部下達からは出されていません。

 もっとも、彼等の戦闘能力が私達の想像を遥かに越えるレベルである事には、変わりませんが。」

 

「まあ、そうだろうな。」

 

 チーフの感想を聞きながら、私は二人に走り寄る彼等の仲間を見ていた。

 その中に、一人の男を認め・・・私は顔を顰める。

 

 報告書の通りなら、男の名前はヤガミ ナオ。

 元クリムゾン諜報部の精鋭だった男だ。

 私の元を去り、あのネルガルに雇われるとは・・・愚かな男だな。

 これから先、その事を後悔すればいい。

 

「さて、アフリカ方面軍の人達に会いに行くか。」

 

「はっ。」

 

 私の前後をSP達が瞬時に取り囲み。

 私の歩く速度にあわせて移動を開始する。

 

 そして、私は歩きながら自分の考えを整理していた。

 

 確かに、あの男・・・テンカワ アキトの存在は危険だ。

 クリムゾン諜報部の全力を持って調べ上げても、彼の経歴には謎が多い。

 何故、2年前に突然地球に現れたのか?

 何故、あれほどの戦闘能力を持っているのか?

 何故、彼はネルガルの保護を、あれほどに集中して受けられるのか?

 そして、彼は何故・・・クリムゾンと木連軍 中将 草壁との協定を知っていたのか?

 

 彼との協定は、考えうる限りの方法全てを使って隠蔽していた。

 協定自体、私が自ら草壁と通信で話し合い、同意をしたのだ。

 ・・・初めはスパイの可能性を考えた。

 だが、私の直属の部下にそんな反逆者はいない。

 いや、育つはずが無い。

 

 私の恐ろしさを、間近で見ているのだからな。

 そして、私は容赦と言う言葉が嫌いだ。

 

「・・・ですが、あのテンカワと言う少年。

 本当に何者なのでしょうか?」

 

 普段は無口なチーフが、珍しく私に意見を聞いてくる。

 それだけ、先ほどの映像が衝撃的だったのだろう。

 

 ・・・思っていたより、気が小さいなこの男。

 

「ふん、別にあんな小物に気を使うつもりは無い。」

 

「小物、ですか?

 あのテンカワ アキトが?」

 

 私の台詞に、驚いた表情をするチーフ。

 

「何も相手が人間だと思う必要は無い。

 戦車が相手だとでも思え。

 どんな手段を使ったのか知らんが、先ほどの映像での破壊力もその程度のモノだったろうが?

 戦車一台が相手なら、こちらもそれ相応の装備で挑めばいい。

 ・・・大事な事は、相手に最大の実力を発揮させない事だ。

 機動兵器では軍隊にすら勝てても、生身では軍隊には勝てん。

 相手の戦力を削ぎ、こちらの有利なグランドに連れて来る。

 それだけの事だろうが?」

 

「は、はい。」

 

 私の眼光を受けて、恐縮するチーフ。

 ・・・秘書に話して、今日中に解雇させておくか。

 これしきの発想も出来ない奴に、私の周辺の警備などされたくは無い。

 

 だが、これは常々私が考えていた事だ。

 テンカワ アキトの強さが、異常なレベルである事は解りきっている。

 ならば、正面から機動戦や艦隊戦を仕掛けるのは馬鹿のする事だ。

 そんな事を理解しない同盟者に、苛立ちが募る。

 それに、彼はスパイとして送り込んだ女を殺す事が出来なかった。

 これだけでも、如何に甘い性格の男なのかが解る。

 ならば、付け入る隙も自ずと見えてくるものだ。

 

 彼の弱点は・・・ナデシコクルーだろう。

 

 あの性格では、彼が固執するのは地位でも名声でもなく、仲間と呼ばれる集団だ。

 また、調査によると彼には家族がいないらしい。

 ならば、余計にあのナデシコクルー達に依存をしているはず。

 

 弱点は、攻めてこそ弱点になる。

 

 正面から戦えないのであれば、側面から戦えばいい。

 何も自分まで傷付きながら、巨大な敵と戦う必要は無い。

 そういった事からも、彼は小物だと判断できる。

 弱点を自ら晒し。

 なおかつ、それを守れると自負している所が、な。

 

 弱点は持つモノじゃない、切り捨てていくモノだ。

 

 しかし、こんな小物に倒されるとは・・・

 テツヤめ、私の買いかぶり過ぎだったか?

 まあ、私は英雄殿の息の根が止まった姿を確認するまで、油断も手加減もするつもりは無いがな。

 

 さて、まずは恩知らずのアフリカの自称私の友人に、反省でもしてもらおうか。

 

「到着しました。」

 

 先頭を歩いていたチーフが、横に退きながら私に前を譲る。

 

「ああ、解った。

 ・・・それと君は今日でクビだ。」

 

「は?」

 

 間抜けな返事を返してきたチーフを無視して。

 

 コンコン!!

 

「私だ。」

 

「おお!! 待っていたよ!!」

 

 私は扉にノックをし、名前を告げる前にドアは開かれた。

 そして私は、アフリカ方面軍代表の部屋へと招かれたのだった。

 

 さて、私の小細工に何処まで耐えられるかな?

 連合軍最強のエステバリスライダー、テンカワ アキト殿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十八話 五日目 へ続く

 

 

 

 

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