< 時の流れに >
第十八話.水の音は「私」の音
五日日、死中に・・・
俺がアキトの様子を見るために、医療室を訪れた時・・・
丸1日寝ていたアキトの奴が、運悪くと言うか何と言うか、タイミング良く目を覚ました。
まあ、もうそろそろ目を覚ますとは言われていたんだがな。
・・・見舞いの女性陣が居る時に目を覚まさないのが、如何にもコイツらしい。
「あ、れ?
・・・え〜と。」
どうやら記憶が混乱している様だ、自分の周りを寝ぼけた目で見回している。
俺は悪戯心を刺激され、手元にあった見舞い品の果物(サラちゃんが持って来ていた)から林檎を取り。
アキトに向かって投げ付ける・・・ちなみに、思いっきり力を込めて、だ。
ビュン!!
一直線に、自分の顔に向けて飛んで来る林檎に気が付いたアキトは・・・
瞬時に寝ぼけた表情を引き締め、顔に衝突寸前だった林檎を見事空中でキャッチ。
そして。
グシャ!!
容易く握り潰しやがった。
・・・おいおい、どんな握力をしてるんだお前さんは?
さすがにその光景に驚く俺。
まあ、アキトの実力なら林檎を握り潰す事くらいは出来ると思っていたが。
さほど力を込めずに、瞬時に原型を留めないまで握り潰すとは俺も予想外だった。
そして、本人も驚いた顔で自分の手を見ている。
「・・・」
「おいおい、自分の身体のコントロールも出来ないのか?」
俺が笑いながらそう話し掛けると、アキトは・・・
「恥ずかしい話ですけど、その通りです。
・・・全然力の加減が解りません。
こんな事は初めてですよ。」
真面目な顔で、そう言いきりやがった。
・・・当分、女性関係の事でからかうのは止めておこう。
そんな馬鹿な事で、大切な命を落としたくは無いからな。
手加減の出来ないアキトなぞ、ブレーキの壊れた暴走列車と大して変わらん。
頭の隅に、そんな事をメモしながら俺はアキトに本題を告げる。
「まあ、この時間に目が醒めたのも運命の悪戯かな。
もう始まってるぜ、アフリカ方面軍とその他のお偉いさん達への説得会議がな。」
「そうですか・・・どんな感触です?」
「もう、散々だね。
賛成2、中立2、反対6・・・圧倒的不利な状況だ。」
俺は会議の状況を簡潔に述べながら、肩を竦める。
賛成派の代表はグラシス中将。
そして反対派の代表は・・・意外な事にアフリカ方面軍の重鎮らしい。
俺は会議に参加をせず、現場の警護の指揮をとっていたので報告でしか現状を知らないが。
・・・分が悪いのは確かだ。
そして、その挽回策として俺達は・・・
「思っていた以上に、反対が多いですね。」
暗い表情でそう呟くアキト。
「まあ、仕方が無いだろうさ。
絶対だと思っていた無敵の英雄テンカワ アキトが、敵の女性兵士に・・・
しかも可憐な美少女相手に、相打ちになってしまっては、な。
それに庭園での爆弾騒ぎだ。
あれが決定的な駄目押しだったな。
俺達には・・・ナデシコには自分達を守る実力が無い、と判断されたみたいだ。」
見舞い品からバナナを取り出し、皮を剥きながら俺がアキトにそう話す。
「・・・すみません、僕が不甲斐ないばかりに。」
アキトの手前のベットから、顔だけ出したジュンが弱々しく発言する。
寝ていると思ったが、どうやら俺の話を聞いていたらしい。
俺は食べ終えたバナナの皮を・・・ジュンの顔に置いた。
「な、何するんですか!!」
さすがに俺の悪戯に腹が立ったのか、顔に置かれたバナナの皮を掴んで怒り出すジュン。
まあ、落ち込んでいるよりは怒っているほうがマシだ。
俺も変に気を使うのは疲れるしな。
「何時まで終った事を悔いてるんだ?
ジュンがあのチハヤ、って娘を止めれなかったのは仕方が無い。
お前さんが、気を許した女の子を撃てるとは思えんしな。
アキトもその場でお前に全てを任せたんだ、ジュンだけの責任じゃないさ。
それに、今回は全てにおいて後手に回りすぎた・・・俺の油断でもある。
だが・・・何故、北斗の遊びに付き合ったんだ、アキト?」
俺は視線に力を込めてアキトを睨んだ。
そうだ、アキトの実力ならあの北斗との戦いを回避する事も出来た。
今の状況を考えれば、余計なトラブルを起こす事は危険だと解っていたはずだ。
その戦いの結果、何やら北斗と一緒に大幅にレベルアップをしたとしても・・・
今回はリスクが大きすぎた。
俺の詰問を受けながら、アキトは自分の右拳を握ったり開いたりしている。
「・・・性、でしょうかね。
自分と互角か、もしくは超える実力の持ち主と闘ってみたい。
北斗の目はそう言ってました。
そして、俺は・・・今までそんな事を考えた事は無かった。
いや、考える余裕も相手もいなかった。」
バフッ・・・
ベットに倒れこみながら、天井に向けて右手を差し上げ。
俺には見えない、何かを睨むアキト。
ボゥ・・・
そんなアキトの右手に、蒼銀の輝きが宿る?
「・・・やっぱり、DFSと同じ手応えだ。」
「それが、ナオが言っていた木連式柔の最終奥義か?」
俺はその右手の輝きに目を奪われながらも、アキトに質問をする。
アキトに感じる孤高の凄烈さと、全てを包み込む優しさを感じる・・・不思議な輝きだった。
「らしいですね。
木連式柔 口伝 『武羅威(ブライ)』
己の魂の色を発現せし『昴氣(コウキ)』を、その身に纏う時。
その者は人の身にして、武神への道を歩む・・・か。
だけど、所詮個人レベルの力ですよ。
どれだけの破壊力を生み出せても、エステバリスや戦艦には勝てない。
例え、千人の兵士に勝てても、一国の軍隊相手には負けますよ。
・・・今の時代の戦争には、無力な力です。」
フォゥン・・・
ベットに降ろす手の動きに沿って、蒼銀の輝きが追従し・・・消える。
しかし・・・千人に勝てるだけでも十分凄いと思うぞ、俺は。
俺は背中に冷や汗が流れるのを感じた。
そして、天井を睨んだままのアキトが、何を考えているのか俺には解らなかった。
だが、後悔に浸っているわけでは無さそうだ。
先ほどから隣でブツブツと言っているジュンとは、その身に纏う気配が違う。
しかし、いい加減うざったいぞジュン。
「DFSと同じ・・・と言ったな?」
「ええ、集中する手順から発生した力場の保持まで・・・
とても良く似ているんですよ、だから俺にはこの力の扱い方が手に取る様に解ります。」
「そうか、なら北斗も同じだな。」
「そうですね、俺と北斗の実力の間に差が出来た訳では無いです。」
そこで俺はある事に思いついた。
アキトの奴はDFSで刃を作ったり、撃ち出したりしてたよな?
「・・・ちなみに、その力はDFSと同じで 撃ち出したり出来るのか?」
「さあ?
でも、多分出来るような気がしますよ・・・試してみます?」
そう言って、微笑むアキトに・・・俺は戦慄した。
「・・・ナデシコに帰ってから、ヤマダ相手に試してくれ。」
もう、アキトをからかうのは命懸けだな・・・これは。
さすがに、無闇やたらにその力を振るうとは思わんが。
俺はちょっと、某組織の勇者達の冥福を祈った。
「さて、そろそろ説得に行きますか。」
「もう身体は大丈夫なのか?」
「何だか、逆に調子が良いんですよ。
不思議ですよね。」
俺はアキトの身体が、異常なスピードで治っている事を知っている。
医者の説明では、通常の人間の数十倍の新陳代謝をしているらしい。
何でも体内のナノマシンが異常に活性化をして、治癒能力を助長しているそうだ。
・・・何処までも非常識な奴だ、まったく。
それでも、昨日まで重症だった事に変わりは無い。
だが、アキトが会議に出ない事には収拾はつかないだろう。
そう、俺はアキトの身体の現状を知りながら、迎えに来たのだった。
・・・アキトに休息の日々はまだ訪れない。
俺達が不甲斐ないとは思えないが、力不足は否めない。
まったく、良い大人が揃いも揃って情け無い事だな。
そう思っているうちにも、アキトは枕元の椅子に置かれていた着替えを着る。
どうやら、ピースランドの貴族が着る礼服みたいだ。
俺も何度か目にしている。
そして、この服を用意した人物にも直ぐに気が付いた。
・・・どうやら、本気でアキトを婿候補に考えてるな、あの王妃様。
俺はアキトの将来を予想しながら、更に冷や汗をかいていた。
「さて、行きますか。」
「あ、ああ、そうだな。」
俺はアキトと連れ立って、医療室を後にした。
「・・・僕の事、完全に忘れてません?」
そんな、呟きが聞こえた気もしたが?
・・・気のせいだろう。
俺の目の前では、まだ20歳と少しと思われる黒髪の美女が、必死に和平の有効性を説いている。
あのネルガル重工の会長秘書と言うだけあって、実に滑らかな説明だ。
だが、俺にとっては和平などどうでも良い事だ。
戦争がしたいならすればいい、和平が必要ならすればいい。
俺が言いたい事は、ただ一つ・・・
どちらの方法が、一番俺を儲けさせてくれるか、だ。
俺を裕福にさせくれる側に、俺は付く。
そして今現在では・・・
「この会議の意味は、最早無いのではないのかね?」
俺の隣に座る、ロバート・クリムゾンが微笑みながら黒髪の女性に話し掛ける。
・・・ふん、狸爺が。
俺は昨日この爺さんとの話し合いの末、軍退役後にクリムゾンの重役ポストを約束させた。
今の流れは和平派より、抗戦派に勢いがある。
ならば、有利な方に味方するのが定石だろう。
ロバート・クリムゾンの発言に、会議の参加者から動揺の気配がのぼる。
もっとも、和平反対派は薄く笑っているが。
「そんな事はありません。
現に私達は、彼等との接触に成功しました。
それに、先ほど説明した通り彼等と私達は同じ人類です。
話し合いで無益な戦争を回避するのが、人の道ではないでしょうか?」
黒髪の女性の反論に、俺が異論を唱える。
「だが、彼等は昨日このパーティ会場を狙ったのではないのかね?
しかも、君達が誇る英雄殿すらそれを防げなかった。
・・・もし、あの花火が爆弾だったのなら、私達は全員死んでいたよ。」
「何を・・・言われたのですか、バール少将殿?」
圧倒的有利な立場から、美女を甚振る・・・
いいものだな、この優越感。
そう、俺の立場はアフリカ方面軍 副指令 バール少将
こいつ等が必死に説得を試みてる、アフリカ方面軍重鎮の一人だ。
だからこそ、この黒髪の美女は俺には逆らえない。
唇を噛み締めて、俺の嘲りに耐える若い会長秘書の姿に俺は満足をした。
そして、会場は更に騒ぎを大きくする。
上座に座っているピースランド国王夫妻に、その娘の王女も苦い顔をしている。
まあ、彼等は和平派らしいからな。
俺のピースランドの隠し口座も、早めに引き上げておくかな。
「まあ、所詮噂は噂だったと言う事だな。
『漆黒の戦神』などと呼ばれて、増長していたのでは無いのかね、彼は?」
隣でロバート・クリムゾンが視線で俺を止めるが・・・
ふん、叩けるうちに、徹底的に叩くのが俺のモットーだ。
経営者如きが、軍人に意見を言うのは場違いなんだよ。
「それに、他にも良からぬ噂を聞いたのだけどね。
何でも潜入していた、敵の女性兵士に負けたそうじゃないか。」
勿論、二人が倒れている映像は、参加者全員に匿名で送りつけてある。
まあ、犯人の特定は無理だと思うがな。
「・・・敗北ではありません、相討ちです。
ですが、相手は彼等木連軍の英雄と呼ばれる人物です。」
「ふん、英雄だか何だか知らないが。
所詮、女相手に相討ちになるようでは、底が見えたなテンカワ アキトにも。」
「くっ!!」
言い返す事が出来ず、その場で俺を睨みつける黒髪の美女。
言葉で甚振りながら、俺は彼女の悔しがる表情を楽しんでいた。
まあ、隣のロバート・クリムゾンは呆れた顔をしているがな。
そして、俺の後ろに控えている、同行してきたオラン中佐も苦い顔をしている。
どうも、俺はこのオラン中佐が苦手だ。
・・・ちょっとした弱味を握られているからな。
何時か、コイツも排除しないと駄目だな。
おっと、今はそんな事はどうでも良かったな。
俺が止めを刺すように、彼女に次の話をしようした時。
そいつは現れた。
シュン・・・
微かな自動ドアの開く音と共に、桁外れの威圧感が俺を襲った。
そして、騒々しい会場に沈黙が落ちる・・・
静まり返った会場内に入って来たのは、まだ少年と思われる男だった。
そして、彼の顔を知るものは極限られているが、彼の異名を知らぬ者は居なかった。
そう、この少年こそ・・・
「遅れて申し訳ありません。
さあ、会議を続けましょうか。」
「テンカワ君、目が醒めたの?」
黒髪の美女に頷き、少年は周囲を一瞥して。
ある一点で動きを止める。
その底知れぬ力を宿す黒い瞳に貫かれたのは・・・俺だった。
人間には器、と言うモノがある。
大器晩成から、器量良しまでいろいろと例えがある。
私も年若にして中佐の地位に着いただけに、沢山の英雄・大物と呼ばれる人物と出会っていた。
だが・・・彼は、私の判断で価値を決める事は出来なかった。
いや、そんな事は不可能だろう。
所詮、凡夫に大空を舞う竜の真価が解るはずは無いのだから・・・
「・・・さて、この度は自分が不覚をとった為に、皆様方に御迷惑をかけた事を謝罪します。」
そう言って、その場で頭を下げる彼に。
バール少将が、勢い込んで何かを言おうとするが・・・彼の目を見て、黙り込んでしまった。
役者が違いすぎる。
その場の全員が、そう感じた事だろう。
「ほう、バール少将が心配されたほど、自惚れては無かったみたいですな。」
ロバート・クリムゾンが、笑いながら彼に話し掛けるが・・・
一瞬、二人の間で火花が散った様に見えた。
勿論錯覚だったと思うが、彼の眼光にロバート・クリムゾンは怯んではいなかった。
この男も・・・また、大した人物だった。
こうして見比べてみると、自分もバール少将も小物に思えて仕方が無い・・・
「まあ、昔から心配性でしてね、バール少将殿は。
それとオラン中佐、アフリカ方面軍総司令は今はどちらにおられる?」
「あ、義兄さん。」
「き、貴様はオオサキ!!」
自分と、バール少将の声に眉を顰めながら彼の後ろから、義兄は現れた。
「・・・公の場で義兄は無いだろう、オラン中佐。
それと、久しぶりですねバール少将殿。」
義兄の登場で、完全にバール少将は萎縮してしまった。
そうだろう、何しろこの人は義兄から全てを奪った張本人なのだから・・・
「はい、すみませんでした。
先ほどの質問ですが、アフリカ方面軍総司令 ガトル大将殿は現在療養中であります。」
「そうか、軍内での噂通り前回の戦闘で負傷されたのか。
それで、今回の会議の代理に・・・バール少将殿を、か。」
腕を組んで一瞬考え込むが、移動を開始した彼に気が付いて、直ぐに後を追う。
義兄にとって、彼はどう言った存在なのだろうか?
少なくとも、彼は義兄を信頼をしているようだ。
背後を歩く義兄に、彼は警戒をしている様には見えない。
そして、急に黙り込んだバール少将と彼を会場内の全員が見詰める中・・・
彼はゆっくりと、上座のピースランド国王夫妻に近づき、その場で膝を付いて挨拶をする。
「自分が未熟だった為に、ピースランドに迷惑をかけた事を深く謝罪します。」
「何、テンカワ殿がいたからこそ、あの少女を追い払えたと聞くぞ。
それに、結果的に一人も死亡者は出なかったのだ。
それだけで十分ではないか。」
彼の謝罪を笑って受け取るプレミア国王。
隣に座っている王妃も、同様に頷いていた。
ルリ姫も嬉そうな表情をしている。
どうやら、親子揃って彼の事を心配していたらしい。
その時、その報告はもたらされた。
ピッ!!
『緊急連絡!! 我が国に向けて、複数のチューリップと無人兵器が侵攻しています!!』
「何と!! それは本当か!!」
通信ウィンドウに映った通信士に、プレミア国王が大声で確認する。
『はい、正確な数は未だ掴めませんが。
かなり大規模だと予想されます!!』
「やはり、来るか。」
その報告を聞いていたテンカワ アキトは、一瞬ロバート・クリムゾンを睨む。
そして、ロバート・クリムゾン自身はその視線を受けて、微かに・・・笑った?
「予定通り、か・・・
プレミア国王、自分は一時の間ナデシコに帰ります。」
「うむ、頼りにしてるぞ。」
「はい、期待に応えられるように頑張ります。」
プレミア国王にそう報告をして、その場から立ち去ろうとしたテンカワ アキトを・・・
「・・・まあ、待ちたまえテンカワ アキト君。」
バール少将が、呼び止めた。