< 時の流れに >

 

 

 

 

 

第十八話.水の音は「私」の音

 

六日日、想い出は・・・

 

 

 

 

 

 

 何だか・・・長くもあり、短くも感じる五日間だった。

 俺は俺に出来る限りの事をしてきた。

 今までもそうだったし、これからもそうだろう。

 ただ、変わっていくモノもある。

 

 時の流れと・・・

 

 人の心・・・

 

 成長もすれば、退行もするだろう。

 俺も成長に関しては、戦闘能力だけが突出した異端児だ。

 この力に相応しい人格を、俺が持っているとは思えない。

 そして、また自惚れる気も無い。

 

 そう、心身共に成長する事こそが、もっとも望ましい。

 精神のバランスを失えば、残る道は暴走・・・破滅。

 

 だが、それは理想論であり、現実的ではない。

 現在も、ルリちゃんやラピス、それにハーリー君は戦争に携わっている。

 世間一般では小学生の年齢の三人なのにだ。

 

 そして、三人を人間の一番醜悪な悪徳の中に引き摺りこんだのは・・・俺だ。

 

 だからこそ思う・・・この戦争が終った後に、この三人に・・・皆に笑顔がある事を。

 

 そして誓う、俺は大切な人達を守っていくと・・・

 もう、逃げるつもりは無いのだから。

 

 

 

 

 

 

「アキトさん、準備はいいですか?」

 

「あ、大丈夫だよルリちゃん。」

 

 ベランダから王城内の庭園を見ながら、俺は物思いに耽っていた。

 どうも最近は、自分の将来について深く考えてしまう。

 

 空は青く晴れ渡り。

 春の到来を喜ぶ小鳥達の声が聞こえる。

 

 だが・・・実際、この戦争に終止符を打つ準備は整いつつある。

 勿論、このまますんなりと和平が実現するとは思ってはいない。

 そんな甘い考えを持てるほど、御気楽ではない。

 だが、確実にその道を前進していると、俺は感じている。

 

 そして、過去のタイムスケジュールを考えてみると。

 ここからが正念場だろう。

 

   ギュム!!

 

 そんな俺の頬を、小さな指が抓る!!

 

「い、いだいよ、るひじゃん!!」(い、痛いよ、ルリちゃん!!)

 

「・・・表情が硬いです。

 今日の約束を忘れたとは言わせませんよ、アキトさん。」

 

 精一杯背伸びをしながら、俺の頬を抓るルリちゃんに。

 俺は思わず苦笑をした。

 

 その腕を優しく掴み、俺の頬をルリちゃんの指から解放する。

 

「ご免ご免、もう考え事は止めておくよ。

 約束だからね、今日1日は過去も現在も忘れると。」

 

「そうですよ、今日は「漆黒の戦神」のアキトさんでも、過去で出会ったテンカワさんでもなく。

 一人のコック見習の男の人と、一人の女の子のデートなんですから。」

 

 そう言って、ルリちゃんは楽しそうに微笑んだ。

 

 ルリちゃんは何時もの髪型ではなく、髪を全部下ろして背中で束ねている。

 そして服装は白いワンピースを着ている。

 清楚な白がルリちゃんには良く似合っていた。

 

 そして、俺は・・・ルリちゃんの要望により、私服姿だった。

 どうせ今日の夕方にはナデシコに帰るのだ、俺はナデシコの制服で行こうと提案をしたのだが・・・

 一睨みで却下されてしまった。

 

 どうやら、過去の再現を回避したいらしい。

 いや、これも俺への気遣いか。

 

 そう察した俺は、今日はジーパンと白いTシャツ・・・それと黒いパーカーを着ている。

 初めはパーカーの下に、ブラスターを隠し持っていたのだが。

  

 ・・・今度は王妃の冷たい眼差しに屈服した。

 

 どうやら、ルリちゃんと俺に普通のデートを要求してるらしい。

 まあ、北斗レベルの敵でも来ない限り危険は無いだろう。

 今の俺は本当の意味で人間凶器だしな。

 

 ・・・試してはいないが、飛躍的に身体能力が向上している。

 自分の身体のコントロールですら、細心の注意が必要なほどだ。

 まあ、全力で動く分には心配は無いと思うが。

 ナデシコに帰ってから、イネスさんに相談しよう。

 どう考えても危険すぎる。

 

 でも、解剖されそうで・・・嫌だな。

 

 そんな事を考えながら俺は、今まで丸腰でベランダで呆けていたのだった。

 そして、だんだん思考が暗くなるのは、この頃の俺の悪い癖だ。

 

「さて、出掛けるか。」

 

「そうですね。」

 

 これ以上、ベランダで呆けていても仕方が無いと判断した俺は。

 ルリちゃんをエスコートして城を後にした・・・

 

 まあ、たまには羽を伸ばすのもいいだろうさ。

 

 

 

 

 

 

「サラちゃ〜〜ん、あとどれ位なんだい?」

 

「後は、ウリバタケさんのスパナ、ホウメイさんの香辛料、イネスさんのクマさん。」

 

「イネスさんに熊?

 ・・・今度は生きた熊で生体実験かよ。」

 

「クマの人形・・・テディベアよ、ナオさん。」

 

「何!! どう考えても似合わないぞ!!

 イネスさんにはテディベアじゃなくて、人体模型が一番似合う!!」

 

「・・・そのまま報告しておくわ。」

 

「ちょ、ちょっと待ったサラちゃん!!

 冗談、冗談だったんだよ!!」

 

「ふ〜ん・・・あ、これ凄く可愛い♪」

 

「・・・了解・・・しました。」

 

 

 

 

 

 

 上機嫌なルリちゃんと腕を組み、俺は街のメインストリートを歩いていた。

 そして、彼を発見した。

 彼は山ほどの荷物を持ちながらも、見事なバランス感覚で歩を進めていた。

 細身で長身ながら、バランス良く鍛えられた身体は野生の豹を連想させる。

 ・・・今は猛獣使いに飼い慣らされているみたいだが。

 

 そして、前方で誘導をしていた猛獣使い・・・ならぬ、金髪の女の子が突然立ち止まり・・・

 

 彼の悲鳴が路上に響き渡った。

 

「勘弁してよ、サラちゃん!!」

 

「何を言ってるのかな〜?

 買ってやる、って言ったのはナオさんでしょう。」

 

「だからって、女性下着の専門店に入れるか!!」

 

「ふ〜ん、そうなんだ?

 じゃあ、イネスさんに告げ口しちゃおっと。」

 

「もう、許してくれ〜〜〜〜〜!!」

 

 ・・・見なかった事にしよう。

 今日の俺は無害な一般人だからな。

 無闇にトラブルに係わるつもりは無い。

 

 ・・・そう、一般人だからだ。

 決してサラちゃんの買い物に巻き込まれる事を、恐れている訳では無い!!

 

「・・・ご愁傷様です、ナオさん。」

 

 ルリちゃんが俺の隣で黙祷を捧げていた。

 

 

 

 

 

 

「さて、俺達も買い物に行くかい?」

 

「そうですね、ラピス達にも何か買っておかないと駄目ですよね。」

 

 俺はルリちゃんと連れ立って、大きなデパートに入っていった。

 さて、ラピスには何を買ってやろうかな?

 この前は髪飾りだったしな・・・よし、今度は人形でも買ってみるかな。

 

 そして、今度は意外な人物を、意外な場所で見つけた。

 

「・・・ゴートさん、ですよね?」

 

 背広を着た大男を発見して、唖然とした表情でそう呟くルリちゃん。

 

「ああ、そうだな。」

 

 俺も呆けた声で、ルリちゃんに返事をする。

 ・・・いや、凄く意外だし、存在が浮いてるからさ。

 

「どうして・・・人形売り場に?

 それもバー○ー人形の列・・・」

 

「・・・深くは考えないでおこう。」

 

「ですね・・・」

 

 俺達は見て見ぬ振りをしてその場を去った。

 でも、店員さんは本気で怯えていたな。

 

 何だかその店員に、視線で助けを求められた気もしたが・・・

 生憎と今日の俺は一般人なので、変なトラブルに巻き込まれるつもりは無かった。

 

 そのまま無情にも、俺達は店員の哀願を無視したのだった。

 しかし・・・本当に、どんな用事があって人形売り場にいたんだ? ゴートさんは?

 

 

 

 

 

 

 少し、休憩をする為に俺達は喫茶店に入った。

 洒落た感じの店で、昼には早い時間だったのだが結構客は入っていた。

 しかし、幸運な事に直ぐに窓際の席が空き。

 俺達はウエィトレスに導かれ、その席を陣取った。

 窓の外には、メインストーリートを楽しげに行き交う人達が見渡せた。

 ちなみに、この喫茶店はデパートの二階にある。

 

 そして俺は珈琲を、ルリちゃんはオレンジジュースを注文する。

 

 暫くの間、メインストーリートを歩く人達を眺めていたルリちゃんが、突然俺に話し掛けてきた。

 

「皆さん、楽しそうですね。」

 

 嬉しそうに微笑みながら、そう話すルリちゃんに・・・

 

「・・・良い事だよ、笑って過ごせるって事は。」

 

 俺はつい、何時もの暗い台詞で答えてしまった。

 

「また答えが硬くなってます。」

 

 俺の台詞を聞いて、少し怒った表情をするルリちゃん。

 その表情を見て、俺は慌てて謝った。

 

「ははは、ご免。

 以後、気をつけるよ。」

 

 どうも、気を抜くと辛辣な言葉が出るな。

 ・・・ここ最近、こんな感じの会話が続いたからか?

 

「でも、私達を他の人が見れば・・・こ、恋人同士に見えるでしょうか?」

 

     グッ!! 

 

 飲みかけの珈琲を噴出すところだった。

 初めは冗談かと思ったが・・・

 ルリちゃんの顔は真面目で、真っ直ぐに俺の顔を見ていた。

 

 なら、俺が今言える事は・・・

 

「・・・ゴートさん、そのテディベアどうするんですか?」

 

「うむ、ドクターに頼まれてな。」

 

 鉢植えを挟んで背後に座り、こちらの会話を盗み聞きしていたゴートさんに俺が話し掛ける。

 ・・・はっきり言って、身長2mオーバーの大男が、1mくらいの大きさのテディベアを持つ姿は異常だ。

 いや、そのテディベアが対面の席にあればまだいい。

 

 どうしてそこで膝にテディベアを置く?

 

 俺とルリちゃんの視線に気が付き・・・

 

「コホン!!

 ・・・いや、世の中は物騒だからな。

 盗まれない様に、こうやって確保をしているのだ。」

 

 と、弁解をするゴートさん。

 

「・・・ピースランドの治安は、世界でも指折りですが?」

 

 そこにルリちゃんの追及が入り・・・

 

「・・・」

 

「気に入られたんですね?」

 

「・・・うむ。」

 

 少し顔を赤らめ返事をした大男を残して、俺達は喫茶店を後にした。

 もう一度、後ろを振り向く勇気は俺達には無かった。

 

 ・・・他人の振り、他人の振り。

 でも、流石に喫茶店を出た後には、ルリちゃんと二人で大笑いをしてしまった。

 

 

 

 

 

 

「おおお!! やっと飯だな!!」

 

「オオ〜〜〜、ソ〜〜〜レ、ミ〜〜〜〜ヨ!!

 ピースランド名物、五つ星!!

 元祖本家のピザとパスタだ!!」

 

「・・・元祖本家、って。

 ピザとパスタは、イタリアのナポリが本家なんだけど。」

 

「お嬢ちゃん、そういう事は食ってから言ってくれんかね?」

 

「はあ・・・」

 

 

「さあ!! 食ってみるがいい!!」

 

 

「じゃあ、取り合えず一口♪

 いや〜今朝から重労働で腹が減って、腹が減って・・・」

 

「本当に・・・美味しいのかしら?」

 

    パクッ!! × 2

 

「「・・・あう゛」」

 

「どうでい、うちのピザの味は!!」

 

「・・・不味い。」

 

「・・・そう、不味いです。」

 

「ああん?」

 

「不味いです、それもすっごく。」

 

「な、何だと!!」

 

「塩とスパイス、それと香辛料の使い過ぎね。

 何でも舌を刺激すればいい、ってものじゃ無いのよ?

 こんな食べ物に、お金を払ってまで食べる人の気がしれないわ。」

 

「こ、こ、この女!!

 黙って聞いていれば!!」

 

  バシッ!!

 

「お〜〜っと、この娘には指一本触れさせないぜ。

 いや、この娘に手を出せば冗談じゃ無く、この店が地上から消えるぜ?

 ・・・これは親切心からの忠告だ」

 

「何を言ってやがる!!

 おい、弟子共!!」

 

「はい、マスター!!」 「はい、親方!!」 「はい、師匠!!」 「はい、先生!!」

 

            ズササササ!!

 

「やっちまえ!!」

 

 

「「「「イィ〜〜〜〜〜〜!!」」」」

 

 

「あ〜あ、アキトが隣にいたら、こんな料理でも我慢して食べるけど。

 ・・・ナオさん、やっちゃって。」

 

    パチン!!

 

「よしきた!!」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・なあ、あの半壊してる店って。」

 

「・・・記憶の通りなら、例の店ですよね。」

 

 俺は、半壊して煙を上げている建物を見て呆れていた。

 いや、ただ建物が壊れているなら、それはそれで納得が出来る。

 

 ・・・どうして、ナオさんが楽しそうにあのシェフ達を懲らしめているんだ?

 まあ、百歩譲って彼等が何かを仕出かしたと考え様。

 

 何故、サラちゃんが楽しそうに隣で笑ってるんだ?

 

「あ、サラさんワインを飲まれてますよ?」

 

「・・・そう言えば、アルコールに弱かったよなサラちゃん。」

 

 ・・・ナオさんが付いてるから大丈夫だろう。

 多分、今もストレスの発散をしてるだけだと思うし。

 でも、歯止めが利かないんだろうな〜

 

 ナオさん、今も楽しそうに笑ってるし・・・

 サラちゃんがそれを煽ってるし・・・

 

「助けてくれ〜〜〜〜〜!!」

 

 哀れな声が、周囲の観客に助けを求めていた。

 

「どうします?」

 

「・・・後でエリナさんに来て貰おう。」

 

「そうですね。」

 

 俺は妥協策を提案し。

 ルリちゃんはそれを可決した。 

 

 しかし、どうしてこう・・・普通の休日が過ごせないのかね、皆してさ?

 

 

 

 

 

 

 何気なく立ち寄った場所は・・・

 あの思い出の公園だった。

 

 辿り付いた瞬間、ルリちゃんと目が合った。

 お互い無言のまま、暫くその場に立っていたが・・・

 

「座ろうか?」

 

「そうですね。」

 

 俺の誘いを受け、ルリちゃんが公園のベンチに座り。

 俺もその隣に腰掛ける。

 

「・・・過去では、私は自分の出生の秘密と、突然の両親の出現に動揺してました。」

 

「・・・そうだったね。」

 

 あの頃のルリちゃんは、俺から見ても何処か苛ついていた。

 考えてみればやはり12歳の女の子だ、不安に思う事も多々あったのだろう。

 そしてそれに気が付いていたのは、一部の人達だけだった。

 

 ミナトさん、プロスさん、ホウメイさん、ウリバタケさん・・・心身共に大人と言える人達。

 

 俺は・・・何も気付いてやれなかった。

 ルリちゃんからの不安のサインを。

 

「私には・・・ナデシコに乗ってからが、本当の自分の人生の始まりでした。

 でも遺伝子上の両親が現れて、その居場所が無くなると思うと・・・」

 

「・・・」

 

 ルリちゃんが視線を上げ、俺の顔を見上げる。

 

「そして、その時は気が付きませんでしたが。

 アキトさんと離れ離れになる事が・・・怖かったんです。」

 

「・・・俺は。」

 

 その真摯な瞳に、俺は気圧され・・・

 次の言葉を紡ぐ。

 

「俺は・・・どうしてお前がこの場所にいるのかが、不思議なんだけどなジュン?」

 

 俺達の背後。

 噴水の後ろに隠れていたジュンに俺が話し掛ける。

 まだ全身を包帯に包まれた、痛ましい姿だ。

 ・・・その怪我を引き摺ってまで、俺達を監視する根性に今まで黙っていたが。

 

 流石に限界だ。

 

「・・・モガ、モガ。」

 

 バッ!!  ババ!!  バババッバッ!!

 

 お得意のブロックサインで、俺に意見を述べるジュン。

 どうやら傷が悪化して、首をまた痛めたらしい。

 

 ・・・だから大人しく寝ておけと、あれほど忠告してやったのに。

 

「ルリちゃん。」

 

「訳・・・『僕は散歩をしている、ただのミイラ男だ。』、そうです。」

 

「ほぉ・・・」

 

 冷たい目で、俺とルリちゃんがミイラ男を見詰める。

 ジュンは変装のつもりなのか、顔まで包帯で覆いミイラ男になっていた。

 俺には無駄な努力だと、まだ解らないのか?

 

  ジャリッ・・・

 

 俺が獰猛な笑みを浮かべながら、ジュンに一歩近づく。

 握り締めた右拳には、無意識のうちに蒼銀の輝きが宿っていた。

 

「モ、モガガ!! モガ!!」

 

 ババッ!! バッ!! ババ!!

 

「・・・急用を思いついたので、帰るそうです。」

 

「まあ、そう言わず・・・実験に付き合ってくれよ。」

 

        ブゥオン!! 

 

 俺が下から上に振り上げた拳に沿って・・・

 蒼銀の光の波が走る!!

 

   ゴウッッッ!!

 

「モガ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 その光の波に飲み込まれ・・・上空に弾き飛ばされるジュン!!

 

 うむ、どうやら思った以上に威力があるらしい。

 一般人に使う時には気をつけよう。

 

 そして、地面に倒れたままジュンは動かなくなっていた。

 ・・・後でシュン隊長に連絡をしておくか。

 

 有り難く思えよ、ジュン。

 

「さて・・・何処か違う所に行こうか、ルリちゃん?」

 

「そうですね。」

 

 俺達はその後、一度も地面に倒れ伏す物体に目を向ける事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

第十八話 六日目その2へ続く

 

 

 

 

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