< 時の流れに >
ゴォォォォォォォォ・・・
行っちゃった・・・
私はナデシコを飛び立ったひなぎくを見送りながら。
胸の中でそう呟いた。
「なんで、どうして〜?」
アキトが忙しいのは仕方が無い。
だって、この戦争の真実を知ってる一人だもん。
和平の為に、いろいろと動いている。
私やルリ達もその手伝いをしてるけど・・・
「なんで、どうして〜?」
アキトはパイロットでもあるんだ。
過去では北辰がアキトの最強の敵だった。
だけど、この時代では・・・
「なんで、どうして〜?」
私達が考えた手段は、何時の間にかパワーゲームになってた。
こんな、シーソーゲームで神経をすり減らすアキトを見たくない。
でも、私が止めてもアキトは止まらない。
それに、今までの苦労を全て放棄するなんて・・・出来ない。
なら、私に出来る事でアキトを応援するだけ。
・・・だけどね?
「なんで・・・・ガゴッ!!」
煩いよ、ユリカ!!
確かに、反対すると解ってる女性陣には、アキトがルリに随伴する事は秘密だったけどね!!
何時までも私の横で不貞腐れないでよ!!
・・・そうよ、どうして私がお留守番な訳?
ハーリーがいれば、一応ナデシコは動かせるじゃない!!
なら、私が付いて行っても全然OKでしょ!!
緊急時のブイ役?
そんなの知らない!!
だから・・・
私はアキトに付いて行くの〜〜〜〜〜〜〜!!
「ディア!!」
ボゥ!!
「何、ラピ姉?」
「『ブローディア』、緊急発進よ!!
装備は遠距離支援型でいいわ。
『ガイア』に弾丸の補充をして!!
それから・・・わきゃ?」
「・・・ラピスちゃん、無茶を言うもんじゃないぜ。
ラピスちゃんの身長だと、IFSシートに座れないだろう?
それだと、『ブローディア』の発進時の加速Gに耐えられないぞ。」
私の行動を邪魔したのは、ウリバタケさんだった。
後ろから私の肩を掴んで、『ブローディア』に乗り込むのを阻止している。
・・・ちなみに、『ブローディア』はディアかブロスの許可が無いと、コクピットに入れない。
フリーパスなのは、私達オペレータかアキト、それとレイナとウリバタケさんくらい。
機密の塊だからね、『ブローディア』は。
あ、イネスもフリーパスだったね。
「ほら、ディアも本気にして『ガイア』に弾丸を積むな!!
お前達がピースランドに行くと、本当に国際問題レベルで終らなくなるぞ!!」
「「ぶう!!」」 (私、ディア)
ウリバタケさんの台詞を聞いて、ディアと二人で拗ねる。
う〜、悲しいよ〜
この前も、月では置き去りだったしぃ〜
近頃私ばかりが不幸だよ〜
と、格納庫の隅でいじけていると・・・
「しかし・・・ナオさんご機嫌でしたね。」
「まあ、久しぶりの再会らしいからな。
あいつとミリアの間には、いろいろと・・・あったからな。」
ハーリーと話しながら歩く、カズシを見付けた。
そしてハーリーの発言に、カズシが返事を返している。
・・・近頃、この二人は仲がいいんだよね。
その為かどうかは・・・知らないけど。
カズシが加速度的に不幸になっていくのは、気のせいかな?
まあ、今はそれは置いといて・・・
私は獲物を見付けた目で、ハーリーに向かって歩き出す。
「ハーリー♪」
「な、何かな、ラピス?」
私の声を聞いて、警戒をしながら返事をするハーリー。
う〜ん、もう条件反射みたいね、私が甘えた声を出すと怯えるのは。
「ちょっと一緒にヴァーチャル・ルームに行かない?」
さり気無く、ハーリーの片腕を掴んで拘束
「・・・その真意は?」
あ、近頃鋭い。
「何を警戒してるんだよぉ・・・大丈夫、痛くしないから♪」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
次の瞬間、私の手を振り切って加速に入るハーリー!!
ふ、逃げきれると思ってるの?
既にディアには作戦を伝達済み!!
ガゴン!!
「・・・へ?」
ハーリー泣きから、ダッシュに入った瞬間・・・
ハーリーの足元の床が沈む。
そして、見事にその段差に足を躓かせたハーリーは・・・
ズザァァァァァァァァァ!!
ガゴン!!
ドゴン!!
ガラン、ガラン!!
凄い勢いで格納庫の床の上を滑り・・・
まるでビリヤードのボールの様に、そこら中のモノに当たって反射する。
いや、訂正。
ピンボールのボールね。
あ、フォークリフトに跳ねられちゃった・・・
そして、格納庫の全員が見守る中・・・
ガシャゴン!!
ハーリーボールはジャックポット(ゴミ箱)に入って動きを止めた。
シ〜〜〜〜〜〜ンンン・・・
そして、格納庫が静寂に包まれる。
フォークリフトでハーリーを撥ねた整備員の人も、青い顔をしている。
そりゃあ・・・青くもなるよね。
「ラピ姉、あれはちょっと・・・」
ディアが頬に汗を掻きながら、私にそう言う。
こういう細かい仕草を再現するのは・・・さすがウリバタケさんだね♪
―――と、現実逃避をしても仕方が無い。
現実は何時も過酷だ・・・
そんな事を考えつつ、ハーリーの元に歩み寄る私とディア。
・・・ちょっと、やり過ぎたかな?
ボロボロな状態でゴミ箱に埋まってるハーリーを見て、私は少し反省をした。
でも、ハーリーのダッシュ力って初速幾らなの?
ここまで勢い良く転がるなんて。
人間離れしてるのは、確実だね・・・
そう思いつつ、私は義務感からハーリーに近づく。
ムクッ!!
「「ひゃっ!!」」
突然動き出したハーリーに、流石に私とディアが驚く!!
そしてハーリーは私に・・・
「酷いじゃないかラピス!!
幾ら僕でも、流石にタンコブ出来ちゃったよ!!」
頭を抑えながら、ちょっと涙目で訴えた。
「本当に人間か、お前は!!」(格納庫にいた全員)
前言撤回・・・ハーリーには心配をするだけ、損だわ。
で、今はヴァーチャル・エステの模擬戦を観戦中。
ディアとブロスが操る『ブローディア』に、ガイさんの『ガンガー』が追い詰められている。
・・・あ、撃墜されちゃった。
ガイさんも近頃はフォーメーションを重視してきたけど。
どうしても、一対一になると突出するんだよね。
変に意地を張るんだから・・・まあ、リョーコ達も呆れた顔してるけど。
『はあ、どうしてこう同じ事を繰り返すかね?』
と、リョーコ。
『でも、一対一の練習をしてると思うのですが。
間違い無く、ヤマダさんは上達されてますよ?』
それに返事をしたのは、アリサ。
『・・・の割には、相変わらずあの二人に瞬殺されてるけど?』
アカツキさんが不思議そうに話している。
そして、その質問に応えたのは・・・
『あたし達も成長するからね!!』
『そう言う事だよね〜
僕達を超えるには、それ以上の成長をするか。
もしくは〜・・・』
そこで黙り込むブロス・・・悔しいのかな?
『もしくは・・・何なの、ブロス君?』
ヒカルが不思議そうに質問をしている。
「アキトと同じ、第六感・・・勘を養うしかないよ。
それと、敵の気配からの攻撃の先読み。
実際・・・アキトとディア達が戦っても、ディア達は一勝も出来ないの。
計算では計れない強さ・・・それがアキトだよ。」
私がディア達の代わりに、パイロットの人達の疑問に答える。
それが解っていながらも、勝てないからディア達は悔しがっているんだけどさ。
『でも、それって?』
イツキが何やら難しそうな表情で、私に聞いてくる。
そうか・・・イツキも武道の達人だったんだよね。
なら、その境地に辿り付くにはどれだけの犠牲が必要か・・・知ってるんだ。
「ディア達の力なら、皆の成長に合わせて自分達のレベルを上げれるよ。
データの蓄積と、反応速度の上昇率、それに癖・・・全てが計算の上に成り立つよね。
でもね、アキトの力はそんな計算を超えてるの。
『勘』の一言で、背後からの長距離射撃を避け。
超至近距離での攻撃を捌くの。
そして、それだけの『力』を手に入れるためには・・・」
私はそこで言い淀む・・・
これ以上は、私が言っていい事じゃない。
『・・・本物の実戦。
ギリギリの状況下での、命のやり取りだけがその『境地』に辿り付く道。』
今まで沈黙を守っていたイズミが、突然口を開いた。
『幾つの戦場を・・・渡り歩いたんだろう。
勝ち戦だけでは身に付かない、極限の状態を潜り抜けた証拠。
私や、私達には想像も出来ない道でしょうね。
・・・そして、その経験に培われた本当の強さが、アキト君にはある。』
意外だった・・・
この人がこれだけ喋るのも珍しければ、こんなまともな事を言うのも。
『確かに、教えられて身に付くモノじゃないですよね・・・
でも、今までの戦闘で負け知らずのテンカワさんですが。
どうやって、そんな数の戦場を経験したのでしょうか?
やはり、ナデシコに乗り込む前でしょうか?』
イツキが不思議そうに聞いてくる。
『いや、それ以前の問題だ。
敗北を知らない奴に、成長はないぜ。
悔しさをバネに人は強くなんるんだからよ。
だが、あのテンカワを倒せる人物なんて・・・過去にいたのか?
今は北斗の野郎がいやがるがな。
そうだな、唯一考えられるのは、テンカワの師匠くらいだろうな。
・・・あのテンカワの師匠だぜ? 何者なんだろうな?』
リョーコが興味津々な顔でそう言う。
そうか、リョーコも居合を習ってたっけ。
『確かに・・・僕も興味があるね、その人物には。』
アカツキも、リョーコの意見に賛成する。
『ラピスちゃんは、その人を知ってるの?』
アリサが私に・・・話を振って来た。
それを・・・私に答えろと言うの?
無知は罪・・・本当だね、この格言。
なら、少しだけ教えてあげる。
自分達の幸運を、自覚してもらう為にも・・・
私は感情を宿さない・・・あの頃の瞳で皆を見ながら話し出した。
「アキトは・・・本当のどん底を見て来たんだよ。
気が狂った方が楽だと思える様な、敗北と屈辱をね。
でも狂えなかった、守らなければいけない約束があったから。
血の涙を流し、砕け散った心を掻き集めて、再び立ち上がったんだよ。
アキトが強い?
違うよ、アキトは負ける事を誰よりも恐れてるだけ。
だからこそ、自分の限界を超えて戦っているんだよ。」
私の話を聞き・・・皆は黙り込む。
辺りには、気軽な雰囲気は消え失せ。
何か、触れてはいけないモノに触れた様な・・・そんな空気が満ちていた。
でも、私は話を止めない。
だってこの話を知りたがったのは、皆なんだもん。
「そんなアキトを鍛えた人・・・この人も、後悔と自責の念に塗り固められた人。
アキトに戦う牙を与え、自分も修羅になる事を選んだ人。
お互いに、師弟だとは思っていなかったと思う。
ただ、そこにあったのは・・・譲れぬ感情と、忘れる事が出来ない想いだけ。
そんな二人の稽古は、見ている方が悲しくて辛かった。
アキトの過去が知りたい、だったね?
なら、私はこうとしか言えないよ・・・
そんな半端な気持ちで、アキトの過去に触れないで!!」
私は最後にそう言い残すと、バーチャル・エステルームから飛び出した。
そんな私を追い掛けてくる人は・・・誰も居なかった。
私が足を止めたのは・・・食堂だった。
無意識のうちに、何時もアキトがいる場所に向かっていたみたい。
ここはアキトの持つ、もう一つの職場。
アキトが一番楽しそうに仕事をしてる場所。
当たり前の事だけど、私はナデシコに乗って初めてアキトの料理を食べた。
過去では、キッチンに近づく事さえ嫌がっていたから・・・
アキトの料理を食べた時、少しだけルリに近づけた気がしたっけ。
私は、皆に囲まれ笑いながら料理をするアキトを見るのが、好きだった。
苦笑をしながらでも、私達の注文をこなすその後姿が好きだった。
でも、それは・・・
アキトの心の傷は、少しは癒えたのだろうか?
私に伝わってくる感情に、抉るような痛みを伴うモノは薄らいでいる。
だけど・・・消えたわけじゃない。
さっきパイロットの人達に言った言葉・・・
アキトは負ける事を恐れている。
これは本当の事。
アキト自身、無意識の内に否定してるけど・・・私には伝わっている。
アキトが無茶をする度に、私にはその心の奥底にある、その想いが強く伝わる。
負ければ・・・また、全てを失うと思ってる。
アキトが、この呪縛から解き放たれる事はあるのだろうか?
本当の意味で、自由になれる日は来るのだろうか?
何時か・・・本当の笑顔を、私達に見せてくれるのだろうか?
プシュ!!
「おや、ラピスちゃんじゃないか?
・・・どうしたんだい、そんなに泣いてちゃ可愛い顔が台無しだよ。」
食堂の扉が開き、ホウメイさんが現れた。
私は・・・泣いていたらしい。
「まったく、テンカワの奴も罪作りな男だね。
さ、食堂に入りなよ。
ラピスちゃんが好きな、チョコレートパフェを作ってあげるよ。」
「・・・うん。」
私はホウメイさんに手を引かれながら、食堂に入った。
・・・この人の手は、暖かい。
このナデシコでは泣いている私を見れば、誰かが手を差し伸べてくれる。
でも、アキトには・・・
心で涙を流すアキトには、誰も手を差し伸べられない。
アキトの強さに目を奪われ、心の弱さを見ようとしない。
まだ、誰もアキトの苦しみを知る人はいない。
・・・ルリでさえ、本当のアキトの苦しみを知らない。
一度だけ、北辰の襲撃により綻んだ心の封印が、ユリカの暖かさを望んだ。
でも、それも次の瞬間には再び強固な壁に閉ざされた。
北斗との戦いにより、押し殺したはずの狂気を蘇らせた。
それすらも、戦闘が終ればまた封じ込まれる。
私はアキトの心が解る。
でも、解るだけ。
アキトは何も言わない、何も求めない。
それは・・・再び、失う事を恐れてるから。
アキトの隣を歩き・・・
アキトを理解し、支える事が出来る人など・・・本当に現れるのだろうか?
でも、私は・・・私達はアキトに追いつく為に努力をしている。
諦めるなんて、簡単な逃げ方はしたくない。
まだ、先は長いと・・・信じているから。
あの絶望しかなかった世界と違って、この世界には沢山の可能性がある。
それを、アキトに気付いて欲しいから。
「そうそう、ラピスちゃんはテンカワと、心が繋がってるんだって?」
「うん、そうだよ。」
「じゃあ、今テンカワは何をしてるんだい?」
え、今?
・・・・
・・・
・・
・
(怒)
「・・・聞かなかった方が、良かったみたいだね。」
「・・・うん。」
後で、同盟の会報にこの事を掲載してやるんだから!!
帰ってきたら、覚悟するんだよアキト!!