< 時の流れに >

 

 

 

 

 

第十八話.水の音は「私」の音

 

二日日、木漏れ日の中・・・

 

 

 

 

 

 

 木漏れ日の中・・・

 私は、自宅の庭で午後の一時を満喫していた。

 今の季節は春。

 厳しい冬が訪れるこの土地の者は、全員がこの季節が好きだろう。

 冬の寒さを拭い去ってくれる、春の風が・・・

 

 勿論、私も一番好きな季節だ。

 

        ザワザワ・・・

 

 新たな命の芽生えが感じられる。

 木々の穏やかなざわめきが、耳に心地良い・・・

 冬の厳しさに慣れた心と身体が、少しずつ解かされていく。

 

 暖かい風に吹かれ、少しうとうととしていると。

 横から私に向けて声が掛ってきた。

 

「お爺様、お茶にしません?」

 

「おお、サラか・・・ドレスの着付けはいいのか?」

 

 私は転寝(うたたね)をしていたのを見られた恥ずかしさを隠すように、孫娘に声を掛ける。

 

「もう、寸法合わせは終わったわよ。

 今日の昼頃には出来ると思うわ。

 それに、明日にはアキトと合流しないと駄目だしね。」

 

 そう言って、綺麗に笑う。

 だんだん・・・母親に似てきたな。

 実に綺麗になった。

 

「そうか・・・しかし、昨日は楽しかったな。」

 

 私は昨日の事を思い出す・・・

 久しぶりに、家族というものを実感した昨日を。

 

                 キラッ・・・

 

 春の木漏れ日が、私の目に優しく瞬いた。

 

 

 

 

 

   ゴォォォォォォォォ・・・

 

 私の目の前に、一台の連絡船が着陸する。

 ここは西欧方面軍指令所の離着陸場だ。

 出迎えの兵はいない。

 私と、最低限の要員だけがこの離着陸場にいる。

 

 まあ、この連絡船に乗ってる人物の重要度を考えれば・・・

 他国の大統領を迎える程の警備をしても、おかしくは無いが。

 護衛の対象者が彼では、な。 

 

 私は彼の実力を思い出し、思わず苦笑をした。

 

 

 

 そして、着陸した機体から幾人かの男女が現れる。

 

 ・・・久しぶりに再会した孫娘と彼は、以前より輝いている様に見えた。

 連絡船から歩み寄って来る、そんな孫娘を迎え・・・

 私は自然と笑顔を浮かべていた。

 

「お久しぶりです、お爺様!!」

 

 輝く笑みで、私にそう挨拶をするサラ。

 陽光に光る長い金髪が、実に美しい・・・

 

「おお、久しぶりだなサラ・・・」

 

 どうやら、充実した日々を送っている様だな・・・

 その笑顔が本当に輝いて見える。

 

 これも・・・彼のお陰か。

 私はサラの隣に歩み寄ってきた彼を眺める。

 相変わらず隙の無い身のこなし。

 そして、真っ直ぐな瞳をしていた。

 

「お久しぶり、グラシス将軍。」

 

「ああ、久しぶりだなテンカワ君。

 君に再会する事を楽しみにしていたよ。

 今回は・・・事前に招待状を送ったことだしな。」

 

 私が悪戯っぽく笑いながらそう言うと・・・

 

「ははは、あの時は失礼しました。」

 

 彼は苦笑をしながら私の冗談に応えた。

 私はそんな彼の反応に、内心で安堵の溜息を吐く。

 

 彼の前回の行動は、ある意味正しい事だった。

 私が彼に対して、礼に欠いたのは事実だ・・・

 だが、彼はその事については忘れると・・・今、態度で示したのだ。

 

 本当に・・・いい男だよ、君は。

 

「さて、何時までも外で立ち話もないだろう。

 私の屋敷に向かおうか、その方が話もし易いだろう。

 連れの方々もご一緒にどうぞ。」

 

 私が孫娘の背後に控えている、彼の同行者に声を掛ける。

 そう、とてもじゃないが彼を司令部には招けない。

 彼の存在は、この国の軍人にとって憧れだ。

 英雄のように彼を扱う事だろう。

 

 ・・・だが、彼はそんな事を望むまい。

 それは前回の事で身に染みている。

 なら、私が前回の罪滅ぼしを兼ねて出来る事は。

 彼に快適な一夜の宿を、提供する事くらいだ。 

 

 そして私の提案に、少し話し合いをした後・・・

 黒髪のショートカットをした、東洋系の美女が代表で微笑みながら答えを返した。

 

「では、同行させて貰います。」

 

「はは、この歳でも美人の来客は歓迎するよ。

 そうそう、我が家のハウスキーパーを見るとヤガミ君は驚くぞ。

 ・・・そう言えば、彼は何処かね?」

 

 私は不思議に思いながら、もう一人の知人の行方を聞いた。

 彼も今回の主賓みたいなものなのだが・・・

 

「あ〜、ナオは待ち切れないと言って・・・その、途中下車をしてます。」

 

 私も一目置いているシュン副提督が、苦笑をしながら返事をする。

 しかし、何処か呆れた表情をしている。

 

「途中・・・下車?」

 

「・・・上空3000M、からスカイダイビングしたんですよ。

 ミリアさんが入院している病院に向けて!!」

 

 こちらは笑いを堪えながらサラが答える。

 ・・・なん、だと?

 

「我が家のハウスキーパーも、ミリアと言う名前なのだがな。

 ちなみにミリア君は三日前に退院をしている。」

 

 私の発言に、凍り付く一堂。

 

「・・・哀れだな、ナオ。

 彼女を驚かそうとしたのが裏目に出たか。」

 

「病院で暴れてなければいいですけど。」

 

 大柄な男と瑠璃色の髪を持つ美少女がコメントを言った。

 年齢からして、この美少女がピースランドの・・・だろうな。

 

「まあ、病院で行く先を聞いてこっちに来ますよ。

 さあ、お爺様の屋敷に向かいましょう!!」

 

 そう言って、サラはテンカワ君の片腕を掴んでひっぱりながら歩き出す。

 テンカワ君のもう一方の片腕は、あの瑠璃色の髪の少女が掴んでいる。

 そして、その後ろを黒髪の美女が少し不機嫌そうに歩いている。

 

 ・・・大変だな、彼も。

 まあ、あれだけの男なら仕方が無いか。

 

 私は背後に控えているシュン副提督に話し掛ける。

 

「どうだ、ナデシコは?

 もっとも、あのサラの顔を見る限り問題は無いみたいだがな。」

 

「いえ、結構大変ですよ・・・

 それでも笑える強さが、あのナデシコにはありますね。」

 

 シュン副提督の返事には、複雑な感情が混じっていた。

 ・・・この男がそこまで言うとは。

 やはり、最前線だな。

 

「そうか・・・

 そうそう、君は今日から大佐に昇進したよ。

 同時にナデシコの提督に就任だ。」

 

「何か、陰謀を感じますが・・・了解しました。

 今後の俺の行動に、その肩書きは必要ですからね。」

 

 私もシュン副提督・・・いやシュン提督の今後の予定を聞いている。

 ならば、肩書きは少しでも多く高い方が良い。

 外見で信任を得る事も、大切な交渉手段だからな。

 

「そう言う事だ、さて私達も急ぐか。」

 

「そうですね、このままでは置いて行かれますよ。」

 

 私とシュン提督は苦笑をしながら、孫娘と彼の元に歩き出した。

 

 彼は何処に孫娘達を連れて行くのだろうか?

 最前線で孫娘は戦っている。

 辛いと思う事も多いだろう・・・

 だが、サラの笑顔に私の心配は杞憂だと知った。

 きっと、アリサも同じ笑みを浮かべているのだろう。

 

 ・・・唯一の肉親として、この子達を頼むぞテンカワ アキトよ。

 

 

 

 

 

 

「ミリア!!!!」

 

    バタン!!

 

「・・・えっと、どちら様ですか?」

 

「・・・貴様!! ミリアを何処に隠した!!

 さては、クリムゾンの諜報員だな!!」

 

「え? え? え?

 僕は昨日この病院に入院したんですけど?」

 

「さあ、吐け!! ミリアを何処に隠した!!」

 

      ガクガクガク!!

 

「あ、ばばば・・・か、看護婦さ〜〜〜〜〜〜ん!!」

 

「吐け!! 吐くんだ!!」

 

「ちょっと!! 何をしてるんですか、貴方!!」

 

「むぅ!! 貴様もクリムゾンの諜報員か!!

 だが、俺を昔の俺だと思うなよ!!」

 

               ドカッ!!

 

「ぐえっ!!」

 

「さあ吐け!! ミリアを何処にやった!!」

 

「(ブクブクブク)」

 

「ちっ!! 気絶してやがる・・・

 仕方が無い、おい貴様!! 早く白状した方がいいぞ?(ポキポキ)」

 

 

「ひ、ひえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!(泣)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日は楽しかったな。

 お爺様の屋敷にいたミリアさんも元気そうだったし。

 ・・・ナオさんは再会の邪魔、と言ってコミュニケを着信拒否にしていた。

 お陰でお爺様の屋敷に連行されるまで、ミリアさんを捜していたらしいわ。

 

 なんでも国立病院(ミリアさんの入院先)で大暴れしたらしい。

 最終的な戦果は、警察官20人には完勝をして。

 その後の機動隊15人には辛勝。

 最後の軍隊相手には、催眠ガスとスタングレネードに負けたらしいわ。

 アキトに鍛えられてるから、そこまで粘れた訳ね。

 

 ・・・結構お茶目ね、ナオさん。

 いや、間抜けかこの場合。

 

 ナオさんの捕獲後に、お爺様に連絡が入って。

 何とか釈放されて、お爺様の屋敷に拘束服を着て到着したわ。

 ・・・惨めね、ナオさん。

 どう見ても、護送される囚人だったわ。

 皆、開いた口が塞がらなかったもの。

 

 でも、二人の再会シーンは良かったわ。

 アキトも嬉しそうに微笑んでいたし。

 

 そうそう、私達は二人が再会する前に出掛ていたの。

 私は、新しいドレスを買いに行く用事があったからね。

 で、計画的犯行であの二人から、アキトと一緒にはぐれたのよ♪

 

 こっちは地元だからね、不意をつけばあの二人を巻く事も可能よ。

 それにあの二人にはゴートさんとジュンさんも同行してるし、大丈夫でしょう!!

 

「サラちゃん、ここは何処だい?」

 

「え、パーティドレスのお店よ。」

 

 私がアキトの質問に応えると・・・

 少し困った顔をしたアキトが。

 

「俺・・・ファッションセンスとか無いよ?」

 

 と、苦笑をしながら言う。

 

「そんな事は関係無し!!

 ドレスを着た私を見て、アキトがどう思うかが重要なの!!」

 

「まあ、感想くらいなら言えるけど。」

 

 人差し指でアキトの胸をつつきながら、私がそう言うと。

 アキトが頭を掻きながら同意をしてくれた。

 

 うん、素直で宜しい。

 普段のアキトのこういう所も好きなんだよね。

 それにどうせドレスを着るなら、アキトに気に入ってもらえるモノがいいじゃない。

 

    シャッ!!

 

「ねえねえ、これなんてどう?」

 

「う〜ん、ちょっと動き難そうだね。」

 

「・・・親善パーティで、激しく動くとは思えないけど。」

 

「・・・そうだよね。」

 

 そう、ピースランドで開催される親善パーティ

 それは、ルリちゃんの無事を祝うパーティでもあるわ。

 そのパーティに、私はお爺様と一緒に西欧方面軍の代表として参加する。

 これは一種の戦いになるだろう・・・

 クリムゾングーループからも、出席者は来る。

 勿論、最大の目標はアフリカ方面軍の代表。

 クリムゾンの目標は私達の阻止だろう・・・でも、私は退かない。

 だって、アキトに期待されてるんだもん。

 私はアリサの様に戦場では、直接アキトを手助け出来ない。 

 でも、この戦場では・・・

 

 私はアキトを守ってみせる。

 この人の純粋な願いと思いを、あんな下賎な人達に汚させはしない!!

 

 

    シャッ!!

 

「これなんて・・・どうかな?」

 

「・・・良いね、サラちゃんの金髪に映えるよその色。」

 

 薄い藍色のドレス・・・私の瞳の色に近い色合い。

 肩口で切られた袖に、ドレスとお揃いの色の肘まである手袋。

 多段になったフリルではなく、スラリとしたストレート状態のスカート。

 

 うん、私も気に入ったわ!!

 でも、ちょっと胸がキツイから・・・寸法を直して貰わないと駄目ね。

 

 私はその場で軽く一回転をして、ドレスのサイズを確かめる。

 

    サラサラサラ・・・

 

 今日は三つ編を解いている自慢の金髪が、軽く宙に舞う・・・

 

「・・・うん、綺麗だよサラちゃん。」

 

「・・・有難う。」

 

 そう言って私に微笑むアキト。

 

 この人は・・・まだ自分の感情を隠している。

 それはナデシコにいる女性陣は全員知ってる。

 だからこそ、傷付き易い人なんだと解る。

 

「えへへ、パーティが楽しみだな〜」

 

「明後日だけど・・・さて、どうなるかな?」

 

 自分の感情を殺して、私達の事を考えてくれる・・・

 自分は与える事に必死で、与えられる事を求めない。

 それをアキトの強さだと・・・私は思っていた。

 でも、それは違った。

 

 与えられたモノを失う事が怖いんだ・・・

 だから、望むという事をしない。

 

 出会った頃の私なら、その事に気が付かなかっただろう。

 だけど、私もアリサもあの頃のままじゃない。

 だって、本当にアキトが好きだから・・・

 

「しかし・・・帰ったら、ルリちゃんが怒ってるだろうな〜」

 

「もしかして・・・迷惑だった?」

 

「う〜ん、一度はコミュニケで怒られたしね。

 帰ってから頑張って料理を作れば・・・許して貰えるかな?」

 

 アリサはアキトに、新型エステという力を貰った。

 そして、私は・・・

 

 胸のドレスを抱き締める。

 

 私は、アキトの笑顔とこのドレスを貰った。

 私の戦場に賭ける思いが高まる。

 

 私も・・・負けない。

 

「アキト・・・頑張ろうね。」

 

「うん?」

 

 そう言って、不思議そうに私の顔を覗き込むアキト。

 その瞳は真っ直ぐで・・・

 

 そう私は・・・この人を守りたいから。

 

 

 

 

 帰ってからは大騒ぎだった。

 アキトを問い詰めるルリちゃんとエリナさん。

 それを見て微笑むお爺様。

 我関せず・・・の態度を取りながら、聞き耳を立てているシュン隊長。

 ジュンさんとゴートさんも、何時もの事と呆れた顔をしている。

 でも、その後直ぐにナオさんの捕獲の連絡がきて、その場は収まったけど。

 

 ナオさんとミリアさんは再会の後、しばし外出・・・ 

 まあ、邪魔をするのは野暮よね。

 

 そして楽しい一時が過ぎる・・・

 帰ってきたナオさん達を迎えて、皆で笑いながら遅めの夕食。

 お爺様の楽しそうな顔が忘れられない。

 そうよね、今はミリアさんが居るけど。

 少し前までは、独りで食事をされていたんだしね・・・

 私やアリサは何時、この屋敷に帰ってこれるのだろうか?

 

 それも・・・あの人を連れて・・・

 

 ミリアさんとアキトの作った料理はとても美味しかった。

 ナオさんがしきりに誉めてたっけ。

 それを聞いて、ミリアさんも嬉しそうに笑ってた。

 

 ・・・その場所だけ世界が違ってたわね。

 

 デザートは私が作ったカスタードプリン。

 買い物に行く前に、下ごしらえをしてたから後は手を少し加えて、冷蔵庫から出すだけだった。

 まあ、女性としては好きな人に、自分の料理を食べてもらいたいじゃない?

 

「美味しい、アキト?」

 

「ああ、これなら店も出せるよ!!」

 

「じゃあ、アキトと一緒になってお店を開こうかな♪」

 

「え?」

 

「何でもな〜いよ、ちょっと独り言。」 

 

 そう言って、不思議そうな顔をするアキトに少し舌を出して微笑む。

 

 ・・・平和になったら。

 この人は自分の隣に、誰かを選ぶのだろうか?

 でも今は・・・もう少しだけ、この関係を・・・

 

 そして夜はふけ。

 次の日の早朝に、アキト達は先にピースランドに旅立った。

 私は、お爺様と一緒に明日の連絡船でピースランドに向かう。

 それと、ナオさんもね。

 

 ・・・だって、逢瀬が一日だけじゃあ可哀相だからね。

 昨日は半日、馬鹿な事で無駄にしたんだし。

 可能な限りは、二人にさせてあげたいじゃない?

 まあ、ミリアさんの気持ちも解るしね。

 

 本当、お似合いだよ二人共。

 

 

 

 

 

 私が、昨日の事を思い出しなら紅茶を飲んでいると・・・

 

「ふむ、思い出し笑いか・・・」

 

「・・・お爺様、レディの顔を盗み見とは感心しませんね。」

 

 そう言いながら、私は自分で焼いたクッキーを一口食べる。

 うん、良く出来てるわ。

 

 ・・・アキトに持っていってあげようかな?

 

「いや、まあ良いでは無いか。

 しかし、曾孫の顔が楽しみだな。」

 

    グッ!!

 

 お爺様の不意の発言に、私は口に含んでいたクッキーを喉に詰まらせる!!

 

 急いで紅茶を飲み、その場を脱したが・・・

 

「お、お爺様!!」

 

「何だ、マダなのかお前達?」

 

 どうして、そう・・・直接的な事を!!

 

 私は顔を赤くしている事を自覚しながら、お爺様に文句を言い募る。

 

 そして、そんな私を見て、目を細めるお爺様。

 ・・・私との会話が楽しいのだろう。

 そう、誰だって独りは嫌だから。

 でも、アキトは独りになる事を何処かで望んでる。

 

 ・・・そんな事は、させない。

 私はしがみ付いてでも、アキトを引き止めてみせる!!

 

「さて、もうそろそろ私も旅の準備をしようかな。」

 

「お、お爺様!! 私の話は終ってません!!」

 

「ははは、もう勘弁してくれサラ。」

 

「駄・目・で・す!!」

 

 春の木漏れ日の中で・・・

 私とお爺様の楽しそうな笑い声が響いていた。

 

 その空間は間違い無く、平和な時を象徴していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十八話 二日目その2へ続く

 

 

 

 

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