< 時の流れに >
「百華!!」
「私の事は大丈夫です!!
それより、テンカワ アキトを追って下さい!!」
サングラスをかけた、長身の男と睨み合いながら百華が私にそう叫ぶ。
だが、あの一瞬だけで私達とテンカワ アキトの勝負は・・・決まっていた。
百華は右脇腹に一撃を、私は左肩の関節に一撃をくらった。
百華の顔色は苦痛の為に青い、私の左腕も痺れた状態で上手く動かない。
・・・それでも、手加減がされているのだろう。
彼が本気で攻撃をしていたのなら、多分私も百華も・・・
恐るべし、テンカワ アキト。
高杉殿が警戒するのも納得出来る・・・
私達とは、悔しいが実力が違いすぎる!!
そして、この目の前の男!!
コイツもテンカワ程ではないが・・・私達より実力的には上だ!!
私達は白兵戦も達人レベルだが、あくまでパイロットが本職。
しかし、この男は白兵戦のプロだ!!
「万葉!! 今は私がこの男を抑えます!!
貴方も、千沙さん達の合流ポイントに向かって下さい!!
そして可能ならば、テンカワ アキトの足止めを!!」
そう、既にテンカワ アキトは私達の包囲網を抜けて、彼女を追っている。
それを追って、三姫と京子は走っていった。
悔しい事に・・・私達の存在は、彼に見向きもされなかったのだ!!
ならば、せめて私は百華のサポートを・・・
ガウゥゥゥン!!
「くっ!!」
私が抜き撃ちをしようとしたブラスターは、通路に現れた大男によって撃ち落された。
・・・この男も、結構な腕前のプロらしい。
撃たれた腕を抑えながら、私はその場から後退する・・・
「助かったぜ、ゴートさん。」
「ふん、余裕で避けれただろうが、お前なら。」
そう言いながら、近づいてくるゴートと呼ばれた大男。
こちらは飛厘さんと私と百華、相手はサングラスをかけたナオと呼ばれた男とゴート。
・・・だが、百華と私は手負いだ。
私と百華の連携で、このナオと言う男と何とか同レベルだろう。
それも、私達が万全の状態ならの話だ。
ならば、後は・・・飛厘さんの頑張りに期待するしか無いか。
中々のピンチに私が心の中で苦笑をしていると・・・
意外な事にナオから妥協案が出された。
「なあ、お互い痛い目には会うのは御免だろう?
それに、この王城に爆弾が仕掛けられているのを知ってるか?」
「それは・・・本当かしら?」
飛厘さんが、私達を代表してナオに質問をする。
だが、隙を見せる事は無い。
「生憎と、ジョークじゃないんだなこれが。
やはり君達は別行動の部隊らしいな・・・俺の名前はヤガミ ナオ。
ナデシコのクルーの一人だ。
後ろにいるのがゴートさん、彼もナデシコのクルーだよ。」
百華の腕を放し、両手を上げて攻撃の意思が無い事を示すナオ。
そのジェスチャーを見て、一応飛厘さんも私も攻撃態勢を解く。
「詳しい話を聞かせてもらおうかしら。」
「OK、残り時間も心配だからな、簡単に説明させてもらうぜ。
・・・おっと、そういえば君達の名前は?」
「優華部隊の一人・・・今はそれだけしか言えないわね。」
ナオの言葉を全て信じるつもりは無い・・・そう言う事ね。
「・・・まあ、それでもいいさ。
お互い、言葉で疑いが消えるはずは無いからな。
爆弾は二つある。
一つは既に、俺達の仲間が処理に向かってる。
残りの一つは・・・」
そして、お互いの情報交換が始まった。
だが、事態は急激に動き出していたのだ!!
「・・・来ないで。」
「アヤノ君・・・君は本当に?」
「そうよ、私はスパイ・・・そして、今日の任務はこの王城の爆破よ!!」
「そんな、どうして君みたいな娘が!!」
「貴方みたいな人には・・・きっと解らないでしょうね。
後、15分で12時になるわ。
それと同時に、私が庭園に設置した爆弾を爆破する命令を、私は受けてる。
その意味が解る?
・・・ここに残って、私の話を聞いてれば確実に死ぬわよ!!」
「それでも!! ・・・僕は君がそんな事をする娘には見えない。」
「!!」
「何が、君をそんなに追い詰めたんだい?」
「・・・残り13分。
そこまで言うのなら・・・話してあげる。
私の身の上話、貴方みたいな人に耐えられるかしら?」
タッタッタッ・・・
「・・・と、言う訳だ。」
もう一つの爆弾があるらしい場所・・・
停泊所に向かって、私達は走っていた。
「北辰め、北斗殿だけでは無く枝織様まで巻き込むとは!!」
「君達は・・・そうか、木連の人間なのか!!」
「ええ、本当ならこのパーティーは木連との講和が目的でしょう?
だから、私達の正体を告げる訳にはいかなかったの。
・・・でも、枝織様にまで接触した貴方になら、隠す必要は無いわね。」
私は記憶にあるピースランド王城の地図を頼りに。
停泊所までの最短距離を選ぶ。
今、このピースランドに集まってる人達は、和平には欠かせない人達ばかり。
・・・何としても、この爆弾の爆発は防がなければならない!!
「だが、無謀な事をしたな・・・あのアキトに格闘戦を挑むなんてな。
傷が痛むのなら、大人しく仲間との合流地点に向かった方がいいぞ?」
私達の後ろを、青い顔で追い掛けてくる百華と万葉に、ナオさんが忠告する。
「・・・確かに、私達は足手まといにしかならないな。」
「ここは、大人しく引き上げましょう。」
少し考えた後、二人は私に頷き合流地点に向けて走りだした。
「素直な娘達だね〜」
「普段はもっとお転婆よ?
まあ、今は自信喪失をしてるから。」
「・・・相手が悪いよ。」
私の言葉に、ナオさんが苦笑をしながら応える。
確かに・・・相手が悪過ぎた。
まさか、素手の格闘戦でもあれ程の実力を誇るとは・・・
これはますます、あのテンカワ アキトと北斗殿を会わす訳にはいかない。
あの二人が戦えば、お互いに無傷では済まないだろう。
そして出逢えば・・・二人の闘いを止める術は無い。
高杉殿の苦労も、少しは理解出来るわね。
しかし、そんな私達の行く手を阻む男達がいた!!
「おっと、ここから先は通行禁止だよ・・・先輩。」
SPの様な格好の複数の男性が、私達を包囲しながらそう宣言した。
「先輩・・・だと?
貴様等・・・クリムゾンの諜報員か!!」
ナオさんが怒りと、焦りの叫び声をあげた!!
「あら、ナオが来ると私は予想してたんだけど?」
「・・・悪かったな、ナオじゃなくて。」
俺は・・・少し乱れた息を整えながら、目の前に立つ長い金髪の美女に返事をした。
しかし、この美女には虚無感しか感じられない。
何故、ここまでこの女性は絶望を感じている?
「生憎と、ナオは俺を先に行かせる為に、クリムゾンの諜報員達と戦闘中だ。」
まさか俺がナオ達から出遅れたお陰で、クリムゾンの諜報員達から存在を誤魔化す事が出来るとは。
世の中、何が幸いするか本当に解らんものだな。
ガチャッ!!
そんな事を思いつつ、ブラスターを女性に向けて構える。
しかし、彼女の気配に揺るぎは微塵も感じられない・・・
「そう・・・最後はナオに独白を聞いて欲しかったのだけど・・・
貴方でもいいわ、どうせ後戻りは出来ないのだから。」
そう言って、クスクスと笑う女性。
「・・・押し付けられた運命など、俺には迷惑だ。」
「あら、意外と気が合いそうね?
私も押し付けられた運命なんて御免よ。
でも、抗い様が無い運命もまた・・・存在するのよ。」
遠い目で語る女性に俺は戦慄し、そして気が付かされた。
既に、彼女は自分の生を・・・見限っている!!
「私の名前はライザ・・・愚かな、女よ。」
「・・・ゴート=ホーリ、だ。」
そして、ライザは語り出す。
「爆弾の爆破まで残り10分・・・
さて、ゴートさんは私から起爆装置を奪えるかしら?
それまでは、私とあの人の想い出話に、少し付き合ってもらおうかしらね。」
「さあ、枝織ちゃん!!
早くここを脱出しないと駄目だよ!!」
「う〜ん、でも零ちゃん。
父様はアー君を楽にしてあげろ、って言ったんだよ。
言いつけは守らないと怒られちゃう・・・」
私は・・・愚図る枝織ちゃんの手を引いて、高杉さんが確保しているはずの連絡艇に向かう。
侵入したタイミングが良かったのか、悪かったのか・・・
私達は逃走中の枝織ちゃんと、偶然出会った。
その後は、騒動に巻き込まれ。
百華ちゃん、万葉、京子、三姫、飛厘さんは追っ手の妨害をする為に残った。
私と、千沙さんと高杉さんは脱出路と連絡艇の確保を受け持った。
既に、作戦も何も無い・・・
出たとこ勝負の状態になっていた。
でも、私達の正体が明かされる事だけは回避しないと駄目。
もし、私達の正体が判明して、パニックをここで起こせば・・・
舞歌様が考えてられる、和平案は消えてしまう!!
私は・・・こんな悲しい戦争を続けたくは無い。
だって、地球の人も私達木連の人間も、同じ人間じゃない!!
それに、この戦争の悲しい被害者を私は沢山知ってる・・・
だから頑張る、これ以上の悲劇は見たくないから。
「それは、後で舞歌様に口添えしてもらえば大丈夫だよ。
それに、正面から戦って枝織ちゃんは、あのテンカワ アキトに勝つ自信が有るの?」
私の問い掛けに・・・
「う・・・無い。
だって、アー君凄いんだよ。
心臓に確実に刺したと思ったナイフを、右手で止めるんだもん。
多分、私が頑張っても正面からじゃあ勝てないと思うよ。
あ〜あ、北斗ちゃんが来てくれたらな〜」
その台詞に、私の心臓は一瞬激しく鼓動を打つ。
そう、北ちゃんがいれば・・・この状況は変わる。
それも最悪の方向に。
北ちゃんの性格から言って、絶対にテンカワ アキトとの戦いを諦めないだろう。
そして、私には北ちゃんもテンカワ アキトも止める術は無いのだから・・・
やがて、私達は少し開けた場所に辿り付き。
私はそこに一台の連絡艇の姿を確認した。
そして、その連絡艇の近くには高杉さんが・・・
歩み寄ろうとする高杉さん。
その顔が強張り。
「・・・見つけたぞ。」
計り知れない力を内包する男性の声が、私の後ろから掛り・・・
ドォォォォォォオオオンンンン!!
何処かで、大きな爆発音が響いた・・・
「・・・どう、私はこんな女なのよ?」
「・・・何て言っていいか、解らないけど。
僕には君に・・・何も言う資格なんて、無いかもしれないけど。
それでも、僕はアヤノ君が泣いてる様に見えるんだ。」
「・・・私はアヤノじゃない、チハヤよ・・・もう、残りの時間は無いわ。
さよなら、馬鹿みたいに優しい・・・アオイさん。」
カチッ・・・
「き、君を!! 死なせるもんか!!」
ドォォォォォォオオオンンンン!!
「・・・スナイパーがいたなんてね。」
右手を抑えながらライザが呟く。
「いや、俺もそんな存在は・・・知らない。」
俺は足元に転がってきた、起爆装置を拾い上げる。
「けど、私は腕を撃ち抜かれ、起爆装置は貴方の手の中よ。
現実は何時も残酷よね。」
残り時間は・・・後2分。
ギリギリだったな。
時間が来ればライザは躊躇う事無く、この起爆装置のスイッチを押していただろう。
「そう・・・悲観するものでは無いだろう。
少なくとも、君は生きている。
彼の後を追うのは、もう少し待ってみたらどうだ?」
彼女の話の中に出て来た男性は・・・
彼女の心に深く、広く、根付いていた。
「ふっ・・・彼との約束でね。
自殺だけはできないのよ。
ある意味、正直な人だったわね・・・
『他人を殺してでも生き延びろ、自分から死ぬのは負け犬のする事だ。』
こんな・・・事言うから・・・
私が・・・
私が死ねないのよ!!」
わぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!
地面い座り込み泣き出したライザに、俺は何も言う言葉が無かった。
そう、ここで慰めの言葉など、無粋の極みだろう・・・
「本当に不器用な女性だな・・・泣く事すら思い通りに出来無いとはな。」
そう、俺は一人呟いた。
その時・・・12時ジャスト
ドォォォォォォオオオンンンン!!
そして、辺りに爆音が響いた・・・
「・・・流石とね、千沙さん。
この距離で右手を撃ち抜くとは。」
「あら、三姫と京子が居ないければ間に合わなかったわよ。
三姫の狙撃ポイントへの誘導と、京子の爆発物の知識が無ければ、ね。
でも、よくここからあの爆弾の起爆装置が解ったわね?」
「ああ、あれは女の勘です。」
「「は?」」
「知らないんですか?
爆弾の解体は、最後は勘に頼るのはセオリーですよ。」
「・・・次元の違う話と、思うばい。」
「・・・同感ね。」
「さて、本当はどうだったんでしょうね?」
「「(私達で・・・遊んでるわね、この娘))」」
ドォォォォォォオオオンンンン!!
「まさか!!」
「そんな!!」
「もう片方の処理をしくじったの!!」
「見逃して・・・もらえませんか?」
「・・・彼女の正体を聞きたい。」
俺の背後では、そんな話し声が聞こえる。
そして、天空には・・・
パチパチパチ!!
ヒュルルルルル!!
ドガガガガガ!!!
パパパパアアアア!!
ドドドォォォォォンンンン!!!
華やかに花火が舞っていた。
色と取り取りの光の花が、鮮やかに辺りを照らし出す。
零夜が通信で騒いでいた爆弾は・・・爆弾ではなく花火だった。
まあ、爆発物には変わりないか。
そう考えると、この茶番を仕掛けた人物の感性に、思わず苦笑をしてしまう。
時刻は十二時・・・シンデレラの時間は終った。
そして、仮面を付けた者達の舞踏会は終り。
最後の仮面を今、俺が外す。
「どう考えても、彼女の実力は北辰を凌ぐ・・・
彼女もまた、北斗と同じく北辰の子供なのか?」
「そうだとしたら・・・どうするんですか!!」
零夜が挫けそうになる膝を叱咤しながら、あのテンカワ アキトに向かって叫んでいる。
無茶な事を・・・お前には荷が勝ちすぎる相手だ。
「・・・いずれ、彼女も俺の敵としてまた現れるだろう。
その時の確認だとでも、思ってくれ。」
零夜の必死の覚悟に・・・苦笑をしながらテンカワ アキトは引いた。
「零夜!!」
「零夜ちゃん!!」
「大丈夫とね、零夜!!」
「皆!!」
「アキト!!」
「テンカワ!!」
次々と優華部隊が揃い・・・全員がテンカワ アキトに警戒をする。
だが、全員の力を合わせても彼には敵うまい。
それに、テンカワ アキトの仲間も到着している。
この二人も・・・中々の実力者の様だな。
しかし、テンカワに勝てるのは・・・
「くくくく、山崎も・・・味な真似をしてくれる。
時間が経てば、俺の暗示を解くとはな。」
「し、枝織ちゃん?」
零夜の動揺した声が聞こえるが・・・今の俺には関係無い。
もう、この歓喜を抑える事は・・・出来ない!!
背後にいる男は待ち焦がれた相手。
この世で出会う事は無いと諦めた、唯一の俺のライバル!!
その存在を待ち憧れて、幾つ眠れぬ夜を過ごしたことか!!
そして、その存在を知った時の歓喜!!
初めて戦った時の、魂すら満たす至高の充足感!!
その相手が、今・・・俺の直ぐ側にいる!!
「12時・・・シンデレラの時間は終わりだ。
ここからは・・・」
「この闘気・・・まさか!!」
「本当に彼女が!!」
高杉の驚いた声が聞こえるが・・・そんなものは無視だ。
振り向いた俺の顔と、闘気を感じ。
テンカワ アキトが自然な動作で戦闘の構えを取る。
そうだ・・・そうでなくてはな、テンカワ アキト!!
我、宿敵よ!!
「生身で・・・会うのは初めてだったな、テンカワ アキト。
もう一度自己紹介をしようか?
俺の名前は北斗・・・北辰の愚息よ。」
そして、俺は艶やかに笑った。
恋焦がれた相手に向かって・・・