< 時の流れに >
第十九話.明日の『艦長』は君だ!
Last Lesson 結構・・・複雑です。
デパートの残骸から救出されたテンカワさん達は、そのまま医療室に入院していた。
北斗さんと連れ立って、お互いに平気な顔をして医療室に来たけれど――――
プシュ!!
「足元がふらついてるぞ、北斗。
肩でも貸してやろうか?」
「ふん!! 貴様の肩を借りるほど落ちぶれてはいない。」
「・・・こっちも言ってみただけだ。」
ドサッ!!
ドテッ!!
そしてベットに到着した瞬間、倒れ込みながら眠ってしまったのだ。
しかも、二人同時に。
・・・仲、良いんですね。
勿論、口に出して言うほど、僕は愚かではなかった。
「絶対に・・・何かありましたね。」
「(コクコク)」無言で頷く
「まあ、見事にボロボロね。」
テンカワさん達の診察をしていたイネスさんが、カルテに何か記入をしながらそう呟く。
そんなに酷いのか・・・
あの二人がこれ程にダメージを受けるなんて、予想も出来ない事ってあるんだな。
「こちらも似たり寄ったりね。
でも、この二人をここまで追い込むなんて――――出来れば出会いたく無い敵だわ。」
北斗さんの怪我を診察していた飛厘さんも、そんな感想を言っている。
まあ、確かにこの二人をここまで追い込んだもんな。
僕には想像も出来ない敵だな〜
「でも、逆に考えれば――――この二人だからこそ、送り出されてきた刺客かもね。
ほら、これが隣のビルから捉えた例の戦闘シーンよ。」
「良くそんな映像を見つけたわね?」
そう言いながら、イネスさんの示すウィンドウに顔を寄せる飛厘さん。
僕も興味を覚えたので、飛厘さんの背後からその映像を覗こうとして――――――
「何奴!!」
ブン!!
ガン!!
飛厘さんの放った裏拳が、僕が最後に見た光景だった。
教訓――――武術の達人の後ろから、静かに近寄るのは止めましょう。
取り合えず、床に倒れているハーリー君をベットに運ぶ。
「大丈夫かしら?
ついつい、身体が反応しちゃったんだけど?」
「大丈夫よ、頑丈さで言えばあのヤマダさんに勝るとも劣らない子だから。
心配なら、その棚に入ってるアンプルを適当に打っといて。」
「あら、いいの?」
スキップをしながら、棚に並べてあるアンプルの品定めをする飛厘。
ハミングが聞こえてくるのは、上機嫌の証拠ね。
やはり、性かしら?
アンプルと注射器を持つと浮かれてしまうのは。
ま、ハーリー君の怪我は、加害者が自分で手当てをするみたいだし。
私は、この興味深い新手の敵を観察させて貰いましょうか。
「・・・取り合えず、医療室に近づくのは危険ですね。」
「(コクコク)」無言で頷く
流石に音声までは拾えないけど、結構鮮明に画像は映っている。
でも、スロー再生にしないと私には何が起こっているのか、全然解らないけどね。
しかし、この人達――――
かなり無茶な改造をされてるわね。
しかも、このサイズにしては信じられない程のパワーとスピードだわ。
一体、エネルギー源は何かしら?
次々に繰り出される三人の連携攻撃を、赤毛の少女が紙一重で避ける。
流石に反撃をする余裕は無いみたいね。
その後方では、アキト君が一人の敵と・・・いや、二人なの?
時々、目の前の敵が攻撃をしていないのに、その場から跳び退くアキト君の姿に。
私は見えない敵の存在を感じた。
確認しただけで、五人、か。
炎を操る男、姿を消す男、怪力男、女性は・・・私が見ただけでは、攻撃方法は解らない。
でも興味深いのは―――この黒コートの男ね。
一歩下がった位置で、戦いの推移を見守っている男が、私には何故か気になって仕方が無かった。
何故、彼は一定の距離を置いて、北斗と戦っているのだろうか?
それに先程見せた力は、ディストーション・フィールドに間違いない。
勿論、戦艦並みのフィールドは展開されていないけど。
対人用のフィールドとしては、アキト君の使用している個人用フィールド発生装置を遥かに越えている。
あれ程の出力を、現存するジェネレーターで作り出すことは不可能だと思うけど。
・・・まさか、ね。
私は自分の推測を、自分で否定した。
そんな無茶な事をするとは思えないし、何より本人が耐えられるとは思えない。
――――でも、この推理が正しければ敵の動力源が説明できる。
自分の考えに没頭していた私に、背後から声が掛った。
「あ、あの〜、北ちゃんの着替えを持って来たんですけど。」
「あら、ご苦労様。
後のベットで今は寝ているわよ。」
私が来客者―――零夜ちゃんの顔を確認してから、背後を手に持ったペンで指差す。
「あれ、飛厘さんが来てたはずなんですけど?」
周りを見回し、私にそう質問をする。
・・・奥のベットで寝ている、ハーリー君の相手に夢中なのよ。
くぐもった呻き声が聞こえてくるのが、その証拠ね。
「彼女なら、奥のベットに居るわよ。
それより、早く着替えさせてあげたら?」
「そ、そうですね。」
私の提案に、勢い良く頷き北斗の眠るベットに向かう零夜ちゃん。
何故、飛厘が奥のベットに居るのか聞かないあたり。
賢明な判断と言えるわね。
そして、私が再びウィンドウに映る敵の観察を始めた時――――
「えっ!!」
「どうしたの?」
零夜ちゃんの驚愕の声に、私は何か異変が起きたのかと思い席を立つ。
私が零夜ちゃんの隣に着く頃には、飛厘も既に零夜ちゃんの隣にいた。
しかし、二人の顔色は―――青ざめていた。
この二人を、ここまで驚かせる様な事態とは、一体?
「ほ、北ちゃんがこんな下着を持ってる筈ありません!!」
先の戦闘により、ボロボロになった服を抱え。
北斗の身に着けている下着を指差し―――そう小声で絶叫をする零夜ちゃん。
ちなみに、零夜ちゃん以外の人物が、眠っている北斗や枝織ちゃんの身体に障ると・・・
死ぬほど後悔するそうよ。
最近では、優華部隊が辛うじてその無意識の攻撃に、晒されなくて済むようになったらしいわね。
それでも、飛厘はかなり警戒しながら、北斗の診察をしてたけどね。
私が診察しようとすれば、冗談で済まない事態になりそうね。
・・・私としても、そんな患者の診察は御免こうむるけど。
「確かにそうよね。
私も北斗殿が自分でこんな下着を購入したとは―――思えないわ。」
私もそう思うわよ。
こんな趣味に走った、過激なレースの下着なんて!!
精神年齢がお子様の枝織ちゃんと、思考が男性を基に成り立つ北斗が購入するとは思えないわ。
少なくとも、飛厘から聞いた二人の性格上、自分からその手の店に入る事は無い筈――――
「「「・・・」」」
その場にいた私達は、その場で石と化していた。
北斗の身の回りの事を、殆ど一括して面倒を見ている零夜ちゃんの証言だから・・・
その情報の確かさは保証済みね。
そして、ここからが問題なのだけど――――誰が? どうやって? 彼女にコレを着せたのか?
誰が――――
同伴者しか考えられないわね?
北斗の隣のベットで、安らかに眠っている人物に私達の視線が集まる。
その額には、少し汗が浮いてるような気がする。
どうやって――――
かなり、枝織ちゃんには懐かれていたわよね。
それに、例の鬼ゴッコも楽しそうに遊んでたみたいだし。
「う、う〜〜〜む・・・」
寝苦しいのか、その場でうめき声を出す某人物。
そうよね・・・あの後のデパート爆破襲撃事件で忘れていたけど。
ホテルに泊まったのよね、この二人。
ならば―――謎は全て解けたわ。
決意を込めて視線を上げると、涙目の零夜ちゃんと興味深いという表情の飛厘の顔があった。
「取り合えず、優華部隊の人を集めて貰えるかしら?」
努めて、冷静な声と表情で私は飛厘に要請をした。
白衣のポケットの中の手は、痛いほどに握り締めていたが・・・
「ええ、良いですよ。」
軽く返事を返す、飛厘。
そして―――
「北ちゃ(フガ!!)」
叫び声をあげようとした零夜ちゃんの口を、素早く塞ぐ。
伊達に、同じ部隊に所属はしていないみたいね。
零夜ちゃんの行動は予測済み、か。
「ほらほら、北斗殿が起きてしまうわよ。
早く皆の所に報告に行こうね〜♪」
ジタバタジタバ!!
ズルズルズル・・・プシュ!!
激しく抵抗する零夜ちゃんを、後から羽交い絞めにしたまま・・・
器用にも後退しながら、医療室から出て行く飛厘。
どうやら、体術の腕前では飛厘の方が上らしい。
さて・・・私はどうしようかしら?
取り合えず――――皆に集合を掛けないとね。
私は非常召集のコールを、コミュニケから全員に向けて発信した。
「いやいや、流石にちょっと死ぬかと思ったね〜」
ゴキゴキ・・・
首を解しながら、僕はリラックスルームでそうぼやいていた。
テンカワ君を罠に掛けたのはいいけれど、その後の処置が悪かった。
というか、いきなりナデシコの外に逃げられるとは予想も出来ないよ。
今回のお仕置き・・・いきなり展望室で磔にされるとは思わなかったね〜
それにしてもラピス君にあの槍は、危険すぎるのでは?
・・・今後の一番の被害者は、ハーリー君だと思うけど。
でもまあお陰で零夜ちゃんとデートが出来たから、良しとするかな。
ガコン!!
自動販売機から、コーヒーを購入して隣のソファーに座り込む。
もう直ぐナデシコは出港する為、整備班は準備や点検で大忙しだ。
ウリバタケ整備班長も、名誉の負傷をおったまま現場に向かった。
生憎と、パイロットの僕は現在待機中で暇をしているけどね。
・・・かと言って、会社の書類に目を通すのは面倒なんだけどさ。
こんな事をエリナ君の前で言う度胸は、勿論無い。
そんな事を考えている自分に気が付き、苦笑をする。
――――近頃、自分でも変わってきたなと思う。
大学の時に感じていた、緩やかな時間の流れをまた実感している。
兄さんが死んで、無理矢理大学を辞めさせられてネルガルの会長になった時・・・
あの時から、駆け足で頑張ってきた。
立ち止まる事は許されなかった。
親戚連中や、エリナ君や、お目付けの連中が常に僕を見張っていた。
別に会長の地位に興味は無い。
そりゃあ、惜しいと言えば惜しい地位だけど・・・
常に緊張を強いられ、自由な時間も持てず、その上命まで狙われてはね〜
・・・兄さんとの約束が無かったら、とっくの昔に逃げ出してたよ。
妾腹の僕には親戚連中の視線は痛かった。
まあ、露骨に態度には出さなかったけど、子供心にも居心地の悪さを感じていたさ。
そんな僕を兄さんは常に気に掛けてくれたっけ。
兄さんが生きてれば、僕もその片腕として楽に生きれただろうにね〜
自分の実力に見合った地位だと、自覚してたんだけどさ。
それをあの爺さんは・・・
クシャ・・
「あちっ!!」
手に持っていた紙コップには、まだ冷めていない珈琲で満たされたいた。
それを握り潰せば、そりゃあ結果は見えてるって。
はぁ・・・何をしてるんだか。
どうも、この前のピースランドの一件以来あの爺さんの動きに過敏になってるな〜
また、僕から大切なモノを奪うのかと・・・警戒心が心に居座っている。
現に、あのテンカワ君と北斗の二人が重症を負ったのだ。
正に青天の霹靂―――だった。
あの二人のタッグと互角に戦える部隊だと?
ネルガルにはそんな部隊を編成する技術は、勿論存在しない。
もし、別々に襲撃をされれば・・・テンカワ君でさえ危ういと言う事か?
ならばナデシコに乗り込まれれば――――
「・・・出航を早めて正解だったな。
さすが艦長だね、決める時は決めてくれるよ。」
明後日の出航予定を、今日に繰り上げた艦長の判断に恐れ入る。
シュン提督もその判断に賛成をしていた。
やはり叩き上げのシュン提督ならば、艦長の補佐にはうってつけの様だ。
まあ、精神的にもタフだしね。
ダストボックスに紙コップを投げ入れ、新たに珈琲を購入する。
食堂に行けば、ホウメイガールズと談笑をしながら淹れ立ての珈琲が飲めるけど・・・
何故か今は一人になりたいからね・・・
このまま、出航の合図があるまで黄昏ていようかな?
テンカワ君の見舞いに行くのもいいかもね?
・・・いや、それは止めておこう。
今回の事件の元凶は、一応僕だ。
そこを追求されて、また大怪我をしては今後の活動に支障をきたすよ。
これでもエステバリス隊のリーダーなんだしね。
ピッ!!
「アカツキさん見〜〜〜っけ!!」
「やあ、ディア君。
どうしたんだい?」
突然現れたホログラフ・・・
そこには悪戯っぽい笑みを浮かべた、黒髪の美少女が宙に浮いていた。
「えっとね、アキト兄から伝言・・・「勿論、元凶は誰だか解っているよな?」
だって。」
「・・・あ、そうなの。」
テンカワ君の台詞の部分を、御丁寧に本人の声で再生してくれるディア君だった。
・・・当分、整備班の所に逃げ込もうかな?
「で、そのテンカワ君はまだベットの上かい?」
「ううん、今は展望室だよ。」
「どうしてそんな所に?
・・・いや、何となく解ったよ。」
苦笑をしながら首を左右に振る、僕だった。
オモイカネも、見事にホログラムの処理に慣れたからね〜
ヴァーチャル空間じゃなくて、現実世界で・・・ね。
当分、テンカワ君の姿を見る事は無いだろう。
ディア君に託したメッセージは、最後の足掻きとも言える。
まあ、ナデシコが出航する時には、一時的に解放されるだろうけど。
「じゃあ、伝言をしたからね♪」
「はいはい、御苦労様。
そうそう、ブロス君共々体調は万全かい?」
「勿論!! 私達はアキト兄の手足なんだよ。」
そう言って、誇らしげに胸を張るディア君。
まあ、確かに自慢を出来る―――兄さん、だよね。
僕もその気持ちは良く解るよ。
「それじゃあ、私達はウリバタケさんと打ち合わせがあるから。」
「ああ、頑張ってくれたまえ。
僕も後から行くと、ウリバタケ君に伝言を頼むよ。」
「はぁ〜い。」
ピッ!!
元気な声でそう返事をしながら、ディア君の姿は消えた。
さて、それじゃあ僕もそろそろ・・・
ふと見上げた視線の先には、怒った表情の―――
優華部隊のリーダーでもある、各務 千紗君の顔があった。
どうやら、僕に何か言いたい事があるらしいね。
何か僕が悪い事をしたかな?