< 時の流れに >
第十九話.明日の『艦長』は君だ!
Lesson U 何を、されてます?
気が付くと、地面に倒れていた。
見上げる視界に、スカートをはいた女性が居ないのが残念だ。
今なら不可抗力と言う事で・・・
・・・問題は、そんな事ぢゃなくて。
激しく痛む後頭部が、俺が攻撃を受け気絶した事を主張している。
背後からこれ程の打撃を、俺に与える事が出来る人物は限られている。
そう、手加減無しでこんな事をするのは・・・
「・・・痛て〜な。
もう少し可愛気のある攻撃は出来ないのか?」
背後に控えていた、三姫ちゃんに俺は抗議をする。
「ふん、敵陣で油断しきってるお前が悪いと。」
そっぽを向きながら、俺にそう言いきる三姫ちゃん。
「可愛くないな〜、俺は久しぶりに会ったリョーコちゃんに、ただ挨拶をしたかっただけだぞ。」
「久しぶり・・・って。
でも、一週間前までナデシコに乗ってたよね、高杉さん?」
うんうん。
ヒカルちゃんの台詞に、ナデシコクルー全員が頷く。
いや、確かにそうだけどさ・・・
「それで毎日毎日、リョーコにちょっかいをかけてたんだよね〜」
「こら!! ヒカル!! てめ〜、その事は黙ってろって言っただろうが!!」
「御免御免!! アキト君には知られたくなかったんだよね〜♪」
「だぁぁぁ!! お前はぁ〜〜〜〜〜!!」
そして、二人でじゃれ合いをするリョーコちゃんとヒカルちゃん。
俺・・・存在を、忘れられてる。
悲しいね、本当に。
「・・・貴様、本当に敵のクルーにまで毒牙を。」
青い顔した三姫ちゃんが、俺にそう話し掛けてくる。
「ん? まあ、気が強いけど、そこがまた可愛いからな。
誰かさんみたいに、始終怒ってるわけじゃないし。」
反撃を予想した俺は、素早くその場を飛び退く!!
今回は蹴りか? それとも拳か?
・・・しかし、三姫ちゃんからの反撃はこなかった?
不審に思った俺が、三姫ちゃんの方を伺うと。
肩を落とし、何やら下を向いたまま顔を上げようとしない。
そして、何やら小声で呟いた後・・・
ダダダダダダ・・・
格納庫の出口に向かって走り去ってしまった。
そしてその時、俺が垣間見た三姫ちゃんの顔は・・・
「・・・まさか、泣いてたのか?」
そんな馬鹿な!! あの三姫ちゃんがこれしきの事で泣くなんて!!
呆然としながらそう呟きつつ・・・俺は背後の鬼気に気が付く。
無言のまま、俺にプレッシャーを与えているのは・・・優華部隊の面々プラス、ナデシコクルーだった。
「最低・・・ですね、高杉さん。」
これは、ルリちゃんの一言・・・
「高杉さん、サイテー!!」
メグミちゃんが、冷たい目で俺を見ながらそう言う。
「本当、見損なったわよ三郎太君。」
呆れた顔で、俺にそう告げるのはミナトさん。
「あ〜あ、あの三姫を泣かすとはな〜」
万葉ちゃんが、冷めた声で背後から俺を責める。
・・・ついでに、殺気を感じるのは気のせいではないだろう。
「やはり、三姫も女の子ですからね。
皆さんは、高杉さんと三姫ちゃんのどちらを庇われます?」
そして止めは飛厘ちゃん。
この娘は、優華部隊のお姉さん的存在だから・・・この手の話題には厳しいんだよな。
勿論、ナデシコクルーの反応は・・・
「もちろん三姫ちゃんだ!!」 × 整備班全員
・・・逃げ場もなければ、味方もいなかった。
いや!! 俺には心強い味方がいた!!
それは希代の英雄にして、連合軍最強の女たらし!!
あのテンカワ アキトなら、自分の境遇を重ねて俺の弁護をしてくれる筈だ!!
「なあ、そうだろテンカワ!!」
爽やかな笑顔で、俺はテンカワに援助を請う。
しかし・・・
「・・・お前なあ、考えている事をそのまま口に出すのは良くないぞ。」
「何ぃ!!」
テンカワが、額に青筋を浮かべながら俺に近寄る!!
危険だ!! 本当に今のテンカワは危険すぎる!!
「俺の事はどうでもいいが、とっとと・・・」
ガオウゥ!!
蒼銀の輝きに包まれた右拳を、高々と頭上に掲げるテンカワ。
「三姫ちゃんに謝りに・・・」
ゴウゥゥン!!
何時の間にか、俺の背後をとっていた枝織ちゃんの左腕に、朱金の輝きが宿る。
俺、本気で命の危機を覚えるね・・・
「行って来い!!(行って来なさい!!)」
ドガァァァァァァ!!
ゴワァァァァァァァァ!!
蒼銀と朱金・・・二つの強力な波動に弾かれ。
俺は物言わぬ状態になりながら、空高く吹き跳ぶ。
地面が・・・天井が・・・景色が・・・美しく回転している。
ああ、今俺は空を飛んでいるんだな・・・
ドグワシャ!!
グチャ・・・
ガラン!! ガラン!!
覚醒は、痛すぎる音と共に訪れた。
流石と言うか、何と言うか・・・二人が俺を弾き飛ばした方向は、見事に格納庫の入り口だった。
・・・手加減はされていると思うが、体中が痛い。
等と、贅沢な事を言えばきっと止めを刺されるだろう。
それも優華部隊と整備班の連合軍にだ。
俺は、激痛に悲鳴を上げている身体を無視し。
何とか立ち上がる・・・
・・・無事に、俺はナデシコから降りる事が出来るだろうか?
今はそれが一番の気掛かりだ。
「元々、無能とは思えない方なのですけど。
いえ・・・有能、と言っても差し支えもありません。
宇宙に帰る手段が無い私達に、ナデシコに乗り込む手筈を整えたのは高杉さんですし。」
「その割には、冷たく当たるのね?」
「あら、三姫は自分の気持ちを素直に表してるだけですよ。」
「はいはい、そちらにも不器用な人が多いのね。」
「いえ、そうでもないですよ。
特に白鳥九十九さんなどは・・・許婚がおりながら、敵艦の女性に手を出されてますし。
・・・まあ、遊びだと思いますが。」
「へ〜、でもそれじゃあ余程許婚に魅力が無かったのね。
その九十九さんも不憫よね〜」
「・・・ははは、そうなのでしょうか?」
「・・・ふふふ、どうでしょうね?」
「・・・アキトさん。」
「俺達は何も見なかった?
そうだよね、ルリちゃん?」
「そう・・・ですね。」
ふむ、これは大事になりましたね〜
私は、遅れて到着した格納庫で華やかな乗客を見つけました。
しかし、彼女達が乗り込むとなると・・・
一番星コンテストは取り止めですかな?
ですが・・・誰が、艦長達にそれを告げるのです?
私がですか?
・・・御免ですね。
まだ死にたくはありませんし、自殺願望もありません。
なら、道は一つ。
新しい乗客の彼女達も参加させればいいのです。
元々は重役連中が考えた、ナデシコとネルガルのイメージアップ作戦ですからね。
でなければ、テンカワさんに無理矢理でも止められていたプランでしょう。
別に部外者(というか敵ですが)でも大丈夫でしょう。
いざとなれば、テンカワさんに落としてもらえば万事OKです。
何を落とすかは秘密です。
私は考えをそうまとめて、テンカワさんに歩み寄りました。
「やあ、テンカワさん。
何やら大事ですな〜」
「あ、プロスさん・・・いや〜、この度は大変な事になってしまって。
これはもう、一番星コンテストは無理ですね。
ははははははははは。」
ほう、苦笑の裏に隠しきれない喜びが感じられますね。
大丈夫ですよ、ちゃんと彼女達には私が交渉をしておきますから。
ですが、賞品のテンカワさんに逃げられては事です。
本気で逃走をすれば、誰もテンカワさんを捕まえられませんからな〜
まずは退路を断つべきですな。
「なら、艦長達にコンテストの中止を伝えて下さいね。
私は舞台の撤去にかかりますから。」
そう言い残して、格納庫を去ろうとしますが・・・
「ちょっと待った〜〜〜〜〜〜!!」
ガシィ!!
凄い力で、テンカワさんに肩を掴まれました。
・・・テンカワさん、手加減をしてくださいよ。
哀れな中間管理職は、身体と胃が弱いのですからね。
「俺に、ユリカ達の説得をしろと?」
「はい、適任だと思いますが。」
「・・・嘘だ!! 俺を人身御供に出すつもりでしょう!!
考えてみたらこの一件は、プロスさんが裏で全部仕組んでるじゃないですか!!
俺は言ってみれば被害者なんですよ?」
あ、気付かれてしまいましたか。
むう、これは今後の活動に支障をきたしそうですね。
ですが、最後の切り札には既に視線で合図を送ってあります。
「とは言いましても・・・私も艦長達を説得する自信はありませんよ。
現に、ほらテンカワさんの後ろに・・・」
「え? 後ろにはルリちゃんが・・・」
テンカワさんの動きが止まりました。
まあ、あのルリさんの顔を見ては・・・ねえ。
私も、久しぶりに背筋が凍りましたよ。
「アキトさん、私一生懸命頑張ってるんです。」
「う、うん、そうだね。」
「ユリカさんも、ラピスも、メグミさんも、リョーコさん達も、イネスさんも、サラさんやアリサさんやレイナさん。
勿論エリナさんやホウメイガールズの皆さんも、です。」
「ははは、そうみたいだね。」
額に汗を浮かべながら、ルリさんの追求に返事をするテンカワさん。
もう一息ですな。
「中止にするんですか?」
表情を一切替えないままに、ルリさんの一言。
「・・・皆の努力を無駄にするのは、いけない事だよね。」
勝敗は決しました。
「そう言う事です。」
ルリさんは嬉しそうに微笑みながら、私達の側から離れていきました。
これから、また例の練習に入るのでしょう。
「では、私は舞台の設置に戻りますので。」
足取りも軽く、私も格納庫の出口に向かいます。
あ、そうそう優華部隊の責任者の方に、今回のコンテストの参加を依頼しなければ。
私は格納庫の一角に目をやり・・・断念しました。
そこには顔に艶やかな笑みを浮かべ、視線で人を殺す夜叉が二人。
・・・交渉は無理みたいですね。
あの戦闘フィールドへの干渉は、鈍感・天然・無意識の三つを兼ね備えたテンカワさん以外は無理です。
「・・・俺は、無力だ。」
ちなみに、私の背後ではそのテンカワさんが黄昏ています。
どうやら、未だにコンテストの阻止を狙っていたみたいで。
いい加減諦めてほしいですな。
そして、私は足取りも軽く格納庫を後にしました。
「ううう、酷い目にあったぜ・・・
しかし、考えてみたら三姫ちゃんは何処に行ったんだ?」
俺は痛む身体をひきずりながら、目的地も決めず歩いていた。
・・・いや、医療室に行った方がいいかもしれない。
ピィン、ポォン、パァン、ポォ〜〜〜〜〜〜〜ン!!
その時、妙に軽い音で警報らしきものが鳴った。
「な、何だ?」
『緊急艦内放送を始めます。
現在台風ナオ一号とそれに追従する小型の台風は・・・』
「ハーリー?
・・・の声だよな?
でも、台風ナオ一号って何だよ?」
俺はそんな事を考えながら、嫌な予感を感じていた。
『格納庫から展望室に向かう通路を、現在威力を増しながら暴走中です。
その通路上におられる方は、諦めてください。』
・・・おい。
ちなみに、俺は見事にその通路上にいたりする。
通路の壁にデカデカと書かれた『← 展望室』の文字が目に痛い。
そして・・・遠くから響いてくる地鳴りの音。
何だか、遠い記憶を呼び覚まされる様な・・・
等と呆けた頭で考えていると。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
「邪魔だ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
ガシィ!!
「ぐはっ!!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・
黒い服を着て、サングラスを付けた男に弾き飛ばされた。
そして地面に叩きつけられる俺。
・・・近頃、こんなのばっかり。
俺は通路上で泣いた・・・男泣きだった。
しかし、台風は一人(?)だけではなかったのだ。
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ!!!
「ナオ様〜〜〜!!」
「むぎゅ!!」
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ・・・
軽やかな足音で、俺を踏みつけて。
小型の台風は去って行った。
ついでに、俺の意識も去って行った・・・
後でハーリーの奴を苛める事を、心に誓いながら。
「あ〜あ、だから注意報を出したのに。」
『ハリ兄、あれじゃあ注意報にならないよ。』
「そう? でも防ぎ様がないんだから、結局どうしようもないよね。
ブロスもそう思うでしょ?」
『・・・僕の予想だと、次はハリ兄が台風に遭遇するね〜』
「何か小さなウィンドウを表示しなかった、ブロス?」
『全然』
「あっそ。」