< 時の流れに >
うやむやの内に、私達はナデシコに乗船してしまった。
・・・まあ、他に部隊に帰る手立てが無いのが事実。
これが最良の選択だったのでしょう。
それに、地球では一番友好度が高い相手だしね。
ナデシコを選び、合流の話を付けた高杉さんの判断は賞賛に値するわ。
「でも、敵艦の廊下で寝るのは頂けないわね。」
「・・・好きで寝てたと思ってるのか?」
医療室のベットで不貞腐れている高杉さんに、私は苦笑をしながら話を続ける。
高杉さんが廊下で気絶しているのを、ナデシコのクルーが発見し。
私が代表で見舞いに来たのだった。
千沙はまだ例の女性と牽制をしてるし。
・・・女の戦いよね〜
万葉は万が一に備えて、艦内の見学。
マメな娘よね、あの娘も。
もう少し、柔和になれば可愛いさが増すのに。
京子は私達が間借りした部屋を整えている、綺麗好きだものね、あの娘。
百華は未だ艦内を暴走中。
時たま流れてくる艦内放送が、居場所を教えてくれてる。
・・・タフね、追う方も追われる方も。
零夜は枝織殿と一緒に食堂。
理由は簡単、例の彼に枝織殿が付いて行ったから。
そして、私はこの医療室。
三姫は・・・
「ま、今は友好的とは言っても敵艦には間違い無いのだし。
油断はしない方がいいわ。
・・・それに、部隊に帰ればまたこの船のクルー達と戦うのでしょ?」
「親交を深めるな、ですか?
・・・確かにそうですけどね、渋い顔の密航者より愛想の良い密航者の方がいいですよ。
明日の事なんて、誰にも解らないんですから。」
「そうよね、先の事が解ってたら。
三姫を泣かせなかったし、廊下で人間台風に巻き込まれてないわよね。」
「・・・」
私の言葉に反論もせず、ベットの中に潜り込む高杉さん。
どうやら拗ねてしまったみたい。
「でもね、高杉さんも悪いんですよ。」
「何が?」
ベットの中から聞き取り難い返事が返ってくる。
「三姫との約束、綺麗さっぱり忘れてるでしょう?」
「・・・は?」
ガバッ!!
ベットから顔だけ出して、私に驚いた顔を見せる高杉さん。
これは・・・本当に忘れてるわね。
三姫も気の毒に。
「これ以上は私からは何も言えないわ。
聞きたかったら・・・ほら、三姫、何時までそこに隠れているつもりなの。
私には貴方が幾ら気配を殺していても、簡単に見付けられるのよ?
私の特技を忘れたのかしら?」
その呼び掛けと共に、医療室の片隅にあるカーテンの裏から三姫が現れた。
「・・・」
そして無言で私と高杉さんを見詰める。
少しは冷静になれたのかしらね?
なら、後は本人同士の話し合いで済ましてもらおうかしら。
「後は自分で決着を付けなさい。
この部屋にいる他の入院患者は、イネスさんに協力してもらって意識を奪っておいたから。」
「おい!!」
私の話を聞いて、驚き呆れた声を上げる高杉さん。
「大丈夫よ、副作用の無い睡眠薬だから。
でも、あのイネスさんも話が解る人で良かったわ。」
私の提案に、微笑みながら手助けをしてくれた女性を思い出す。
何となく、気が合いそうなタイプの人だったが・・・
話してみると、凄く共感が出来る人だった。
「・・・趣味が合う、の間違いだろうが。」
「何か言われました?」
「いいえ!! 何も言っておりません!!
ですから、その手に持つ注射器はしまってください!!」
「・・・あら、そう。」
せっかく譲ってもらった、この新薬を試してみたかったのに。
まあ、この先機会は幾らでもあるでしょう。
さてと、今はそれどころじゃなくて・・・
「ほら三姫、貴方が話さない事には全然先に進めないわよ?」
「・・・解ってる。」
三姫の肩を叩いて、高杉さんのベットに向けて押し出し。
「じゃ、頑張りなさいよ。」
プシュー!!
私はそう言い残して、医療室を抜け出した。
・・・まあ、余計なお節介かもしれないが。
私と源八郎さんの時と、似たような状況だからね。
これ位の手助けは、必要でしょう。
そして、自分にそう言い聞かせながら・・・私も食堂に向かって歩き出した。
やはり一番の騒動の種は、あの二人だと判断をするから。
「ここから先は完全にプライベートですね。
ラピス、映像を切って下さい。」
「はぁ〜い。」
「・・・音声も切りなさい。」
「・・・はぁ〜い。」
「暇ならハーリー君と遊んでなさい。」
「はぁ〜い(はぁと)」
「こ、こっちに来ないでよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「・・・この部屋は何だ?」
私は、偶然に足を踏み入れた部屋で異様なモノを見つけた。
私達の使用する、機動兵器のコクピットに近い形状をした乗り物。
それが幾つか並んでいる。
そして、薄暗いその部屋の上部にはモニターが付いており・・・
『おらぁぁぁぁぁぁぁ!!』
見覚えのある機体が、画面上で複数の無人兵器と戦っていた。
・・・そうか、この部屋はパイロット達の練習場なのだな。
この様な施設があるとは、なるほどナデシコクルー達が手強い訳だ。
木連には、これほど精密な仮想訓練装置は存在しない。
しかし、このナデシコクルー達は機密保持の事を考えていないのか?
私は別段身分証明書も、パスの提示も求められる事なく、幾つもの部屋に入ってきた。
しかも、私とすれ違ったクルー達が親しげに挨拶をしてきた時は、どう返事をしていいのか迷ったぞ。
私服姿の女が戦艦に乗っていて、怪しいと思わないのか?
・・・どう考えても、セキュリティーに問題がありすぎる。
それとも、これが地球では普通なのか?
木連の戦艦とのギャップに私が悩んでいると・・・
『へへへ、やっとボスの登場かよ!!』
モニター上では、あのピンク色の機体が漆黒の機体と対峙していた。
まさか!! あの機体と単機で戦う実力があると言うのか!!
勿論、私はその機体と、機体を操る人物の実力を熟知している!!
『行くぜ!!』
ガォォォォォォォンンンン!!!
私から見ても、素晴らしい加速を見せて突撃をかけるピンクの機体!!
一瞬にして、漆黒の機体との距離が縮まる!!
チュドゴォォォォォォォ!!
・・・と、思ったら2秒後に撃墜された。
頭上のモニターがスロー再生で、ピンクの機体の破壊された映像を写す。
歪曲場で覆われた右拳で、漆黒の機体に殴りかかり。
それを漆黒の機体は、片手で受け止め上方にそらす。
流された力に逆らわず、そのまま接近をしながら左膝を繰り出すピンクの機体。
しかし、相手はその攻撃すら僅かばかり後退する事で避けてみせる。
そして、何時の間にか逆手に持っていた、例の真紅に光る剣でピンクの機体の胴を薙ぐ・・・
それが、2秒間に行われた攻防の全てだった。
こうして改めて見ると、漆黒の機体の非常識なまでの強さが良く解る。
最小限の動きで、最大の効果を上げているのだ。
実に理想的な戦い方であり、不可能と言って良い戦い方だと思う。
もし、私が単機でこの機体に挑めば・・・
・・・考えるのも馬鹿らしい。
結果は誰にでも予想できる。
プシュー!!
「くぅ〜!! 今日こそ掠る事くらいは出来ると思ってたのによ!!」
「・・・まあ、惜しかったな。」
「誰だ!!」
備え付けの装置が開き、そこから一人の男性が降りてくる。
そして、悔しげに呟くその男性に珍しく興味を持った私は、つい声を掛けてしまった。
「・・・お前、確か昼頃に格納庫にいた女だな?」
不審そうな顔で、私を見てそう確認をしてくる。
待てよ、この男性・・・確か3時間ほど前に、枝織様に吹き飛ばされた奴ではないのか?
・・・良く、この短時間で復活をしたな。
「まあ、正式に名前は名乗ってなかったな。
私の名前は御剣 万葉だ。」
「俺の名前はガイ!!
ダイゴウジ ガイと呼んでくれ!!」
自慢気な表情で、自分の名前を名乗る男性・・・ダイゴウジ ガイ
威勢が良いと言うか、暴走気味と言うか・・・
まあ、なかなか面白い人物ではある。
「む、そうなのか。
では、ガイ・・・お前はどうして訓練相手にあの相手を選ぶ?
どう考えても、訓練になってはいないぞ。」
「じゃあ、聞くがアキトや北斗以上の敵が存在すると思うか?」
「・・・いるわけが無いだろう。
あの二人に適う存在などいない、だからこそお前の訓練は無意味だ。」
私がそう言いきると、ガイは怒るわけでもなく・・・
「だが、お前達がいる。
他にも以前ナデシコに侵入してきた敵も、凄腕だったらしい。
・・・俺は自分が絶対無敵の正義の味方になりたかった。」
何故か、苦笑をしながら私に話し掛けてくる。
「だが・・・現実はアキトの足手まとい。
その上、悪の侵略者だと信じていたお前達は同じ人間だった。
正直、腐ってた時期もあったさ。
だがな、アキトの奴は立ち止まりはしない。
このままだと、俺とアキトの距離は開くばかりだ。
無駄な努力と言われても、最後まで足掻きたいんだよ。
ナデシコの皆はそう思ってる。」
「だが、彼と北斗殿の戦いに私達が介入出来ると思うのか?」
私は常日頃考え、悩んでいた事をガイにぶつける。
・・・優華部隊の皆にでさえ、話した事が無いのに。
「・・・無理だろうな。
だが、アキトが守りたいと思ってるモノを、守る手助けは出来る!!
今までは、アキトに頼るだけだったが、俺達も成長はしている!!
同じ所で足踏みをしている暇は無いんだ!!
敵わないからと言って、何もしない方が馬鹿だ!!」
その言葉に、私は打ちのめされた・・・
何故、ガイに共感を抱いたのか理由が解ったのだ。
私も機動戦には絶対の自信があった。
優華部隊内でも、一対一なら最後には勝てると信じていた。
その頃は出会った事も無かった、噂だけのテンカワ アキトにも勝つ自信はあった。
だが、そんな自惚れを北斗殿に一撃で破壊された。
私の実力など、たかが知れたモノだったのだ。
それはテンカワ アキトと北斗殿の、初めての戦いで思い知らされた。
単機で連合軍の艦隊を壊滅させた北斗殿。
そして、遅れて到着したテンカワ アキトとの死闘。
全てが・・・強さの次元が違っていた。
私は『強さ』のみを信じていた。
それ故に、北斗殿の力に膝を折ったのだ。
・・・絶対の服従を心に誓い。
だが、このガイは常にテンカワ アキトと共にあったのだろう。
間近で、彼の実力に常に触れていたのだ。
その実力の差を承知の上で・・・ガイは追い掛ける事を選んだ。
無駄な努力と嘲笑られても、だ。
私は、一度の衝撃でその道を諦めた。
そう、心で負けを認めたのだ・・・
「何もしない方が馬鹿・・・か。
言ってくれる、その言葉次の戦場で出会った時、後悔させてやるよ。」
「ふん!! 出来るものならやってみろ!!
何なら、今からこのシミュレーターで勝負してやってもいいぞ?」
首で背後の機械を指し、私に挑戦をしてくるガイ。
「だが、私は貴様等が使っているIFS・・・というモノは身に付けてないぞ?」
「手動でも出来るんだよ。
このナデシコの整備班は、変な所まで拘るからな。
そこにマニュアルがあるだろ、勝手に見て解ったら乱入してこい。
俺はそれまで練習をしてる。」
そう言って、マニュアルの位置を私に教え。
ガイは再び例の機械に潜り込んだ。
扉が閉まる寸前に、私は最後の問い掛けをした。
「何故・・・お前は私にそこまで私の問に応えてくれたんだ?」
「似てるから・・・だろうな。」
プシュー!!
そう言い残して、ガイの姿は消えた。
・・・似ているから、か。
私は自分でも気が付かない内に微笑んでいた。
何処にでも、私の様な人物はいるらしい。
『強さ』のみを信じる者が。
「・・・さんざん罵ってくれたのだ、少しは仕返しをしないとな。」
私はマニュアルを読みながら、この機体で使える自分の技を考え込んだ。
しかし・・・これも敵の機密情報の一つじゃないのか?
まあ、この艦でこの手の事を考えるのは、馬鹿らしいみたいだ。
「・・・由々しき事態だよ。」
「そうだな、まさかナオの奴が第二のユダになろうとは。」
「それに未確認情報ですけど、何やらヤマダさんとヒカルさんが良い感じらしいです。」
「何〜〜〜〜〜〜!!
あの二人がか?
・・・そう言えば、前回の戦闘ではお互いに庇いあっていたな。」
「それより!!
まだ僕の事をユダ、って呼ぶつもりですか!!」
「だって、本当の事じゃないですか。」
「・・・あのね。」
「まあ、今はその事はどうでも良い!!
問題は、彼女達の参戦により俺達も対応が違ってくると言う事だ!!」
「そうだね、既に彼女達のファンクラブが別々に発生しつつある。
僕達の組織に潜在的に存在している、『妖精保護クラブ』と『メグちゃん後援会』
それに『あの笑顔に負けました、艦長LOVE!!』とかも、対抗意識を表面化しそうだ。」
「そして、『ラブラブ三人娘』に『貴方の為なら死ねる!! イネスさん同好会』・・・」
「あ、少し前ですけど『秘書ってサイコー!!』と言う謎の組織の噂も・・・」
「・・・これに『君達の碧い瞳に乾杯』、『整備班に咲く花』、『食堂の天使達』を加えると。」
「「「「・・・って、全員じゃないのか? それ?」」」」
「・・・これはピンチだよ!!」
「内部分裂が起きるな!!」
「・・・いっその事、最終手段でいきませんか?」
「北斗・・・今は枝織ちゃんか。
枝織ちゃんとテンカワを戦闘させて、コンテストを破壊させる作戦か?
・・・でも、破壊した後の説明は誰がするんだ?
きっと、俺達が疑われるぞ?」
「うっ・・・」
「まあ、ここはユダの女装に勝負を賭けるしかないね。
・・・組織票は、既に無効みたいだけど。」
「なら出るだけ恥じゃないですか!!」
「煩いね、裏切りの報酬だとでも思いたまえ。」
「無茶苦茶だ〜〜〜〜〜〜〜!!」