< 時の流れに >
第十九話.明日の『艦長』は君だ!
Lesson V どうして、そうなります?
「と、言うわけでして。
コンテストに参加して貰えないでしょうか?」
「・・・は?」
「いえいえ、何も考える必要は御座いません。
一言、『承知しました。』と言って下されば、私としては本望ですからして。」
・・・突然、私達の部屋を訪問してきたチョビ髭の人物は。
私に意味不明な言葉を投げ掛けてきました。
「千沙〜、どうかしたの?」
「何でもないわ京子、貴方は掃除に専念してて。」
「は〜い。」
私の背後で、嬉しそうな歌声と掃除機のかすかな稼動音が聞こえる。
どうやら京子の機嫌は上々みたい・・・
多分、月臣少佐との新婚生活と重ねているのだろう。
もっとも、この戦争を無事に二人が乗り切れたらの話だけど。
・・・友人の不幸を考えるなんて、最低ね。
私の精神も、結構追い詰められてる感じだわ。
あの女性は・・・確かに綺麗な人だった。
私には無い包容力を感じた。
九十九さんが惹かれたのを納得出来るわ・・・でも、九十九さんと出会ったのは私の方が先。
好きになったのも、私の方が先なんだから。
「あの〜・・・もしもし?」
「だって・・・ずっと見詰めていたんだもの・・・それを今更・・・」
「・・・駄目ですね、目が違うところを見詰めてられます。」
「あら、私達に何か御用かしら?
・・・千沙ったら、入り口でまたトリップしてるのね。」
「おお、やっとまともに話が出来ますね。」
「それで、何の御用ですか?」
「簡単な事です、一言『OK』と言って下さい。」
「・・・はぁ?」
「で、その様な要請を受けたのですが?」
『あら面白そうね、私が代わりに参加したいくらいだわ。』
「・・・本気ですか?
と言うか、私達に参加しろと?」
『そう聞こえなかったかしら?
まあ、お互いの相互理解を深める為の、レクリエーションとでも思ってなさい。
千沙もたまには息抜きをしなさいよ。』
「・・・水着コンテストに出る事が、ですか?」
『そうよ♪』
「・・・命令ならば、従います。」
『ま、楽しんできなさい。
あ、出来れば優勝をしてテンカワ アキトをお持ち帰りしてほしいな〜』
「・・・善処します!!
では、通信を切りますね!!」
『ちょ、ちょっと待ちなさ・・・』
ブツン!!
「それで、参加を了承した、と?」
舞歌様との通信の内容を伝えた私を、何故か呆れた目で見る飛厘だった。
「何よ、その呆れた顔は・・・」
私の返事に、溜息を付きながら話し出す飛厘。
「千沙、冷静に考えてみなさいよ?
京子が月臣少佐以外の男性の前で、見せる事を前提に水着に着替えると思う?」
「う・・・」
・・・それは、有り得ないと思う。
「ちなみに、私もお断りよ。」
「あう・・・」
そう言えば、飛厘も秋山少佐にベタ惚れだったのよね・・・
「・・・百華は今もナオって人を追い掛けていて、連絡が着かないし。
三姫は今はそれどころじゃ無いでしょうね。
枝織様はテンカワ アキトにべったりだし、零夜はその監視に忙しいみたいだしね。」
「あちゃ〜・・・」
殆ど全滅じゃないの・・・それじゃあ。
思わず頭を抱え込み、その場に座り込む私。
「そう言えば、万葉は何処に行ったのかしら?」
「さあ?
私は舞歌様にする言い訳で、頭が一杯よ・・・」
「なら一人で出ればいいでしょう?」
「それだけは、や!!」
チュドォォォォォンン!!
「くっ!!
やるじゃないか!!」
俺は撃墜された衝撃に揺られながら、そう叫んでいた。
プシュー!!
そしてシミュレーターから降り立ち、隣のシミュレーターから相手が降り立つのを待つ。
プシュー!!
それほど待つ事もなく、俺の対戦相手は姿を現した。
小柄な体型ながら、その見事な身のこなしを見る限りかなりの腕前だろう。
俺としても、手強い相手ほど気が奮い立つと言う物だ。
・・・もっとも、やはり生身の人間相手に戦争はしたくないもんだがな。
「これで、5勝5敗でイーブンか。
・・・初めての機体でこの実力とは、見直したぜ。」
「ふん、サポート機能が良すぎるからだ・・・木連はソフト面では完敗だな。」
シミュレーターの機体を眺め、そう感想を漏らす少女。
その目には感嘆の感情が見える。
「・・・まあ、俺はお前達の機体の事は知らないからな、何も言えないな。
さて、お前さんも何か飲むか?」
ガゴン!!
俺自身は、備え付けの自販機からスポーツドリンクを買う。
「・・・私の名前は御剣 万葉だ、先程名乗っただろうが。
女性にたいして、「お前」呼ばわりは失礼だと思わんか?」
「そうか〜、この艦の女性でそんな事を気にする奴なんて・・・」
そう言えば、近頃はパイロット仲間では名前を呼び合っていたな。
俺は最初からナデシコに乗っていた割には、出撃回数が一番少ない。
その為に、何処か疎外感を感じていたのは確かだ。
俺自身、何となく引け目を感じていた・・・怪我の原因の一端が、彼女達にあるとしても、だ。
しかし、近頃は俺自身の心境の変化を得て、少しずつ関係が変わって来ていた。
アカツキのさり気無い気配りに、気が付いてからだろうか?
俺は昔から他人と歩調を合わす事が苦手だった。
だから、何事も一人で決め、一人で走り続けて来た。
だが、そんな無茶が何時までも続くはずが無く――――――――
そう、並外れた力を持つ者。
アキトならまだしも、俺の限界など思っていた以上に早かった。
・・・考える時間だけは腐るほどあったのだ、幾ら俺でも少しは丸くなるさ。
そして俺と仲間との間に立ってくれたのは、ヒカルだった。
この前のピースランドでの戦い以来、何かと会話を交わすようになった。
俺自身、人付き合いが下手だった為最初は戸惑う事もあったが。
アカツキと同様に、さり気無くサポートをしてくれたのだ。
ヒカルには感謝をしている。
・・・何故か、ウリバタケ達整備班の視線が痛いのは気のせいだろう。
ガゴン!!
「ほら、取り敢えず飲んどけ。」
そう言って、自販機から取り出した紅茶を放り投げて渡す。
それを上手く片手で受け取り、顔を顰める万葉。
「心配しなくても毒なんて入ってね〜よ。」
「・・・そんな心配はしていない、ただ私は人から奢られるのは嫌いだ。」
そう言って、手の中にある紅茶の缶を持て余す万葉。
「だぁ〜!! 珍しく俺が気を利かしてるんだから黙って飲め!!」
「変な奴だな・・・お前は。」
癇癪を起こした俺を見て、そう感想を述べた後万葉は紅茶の缶に口を付けた。
口元が笑っている様に見えるのは、俺の気のせいでは無いだろう・・・絶対に。
プシュー!!
「御免、御免、ヤマダ君!!
リョーコ達のコンテストの練習に手間取っちゃってさ、先に練習を・・・ありゃ?」
元気良く入ってきたヒカルに、俺と万葉の視線が集中した。
別に、特別気にはしてなかったけど――――――
ヤマダ君が、あの密航者の一人と親しげに話をしていて。
その彼女も、満更でない表情で聞いているの見て・・・
少し、心が動いた。
「お邪魔だったかな〜?」
覗き込む様に、下からヤマダ君の顔を見る。
「別にそんな事は無いぞ、ヒカル。
それより、リョーコ達との練習はもういいのか?」
別段、私の揶揄を気にすること無く・・・と言うか、揶揄だと認識をしていないね。
ま、ヤマダ君が他人の・・・特に女性の変化に敏感だとは思えないし。
でもそこが、私が気が許せる理由の一つなんだけど。
テンカワ君は変な所で勘が鋭いし、アカツキさんは女性関係の事は経験が豊富そうだし。
話していて、構えないで済む男性はこのヤマダ君ぐらいなのよね〜
「どうやら、私の方が邪魔みたいだな・・・じゃあ、そろそろ部屋に帰るか。」
「もう帰るのか、万葉?
今から他のパイロット仲間を呼んで、団体戦をするのも結構面白いぞ。」
シミュレーション室を出ようとする万葉ちゃんに、ヤマダ君がそう話しかける。
純粋に、団体戦を楽しみたいだろうと思うけど・・・
どう聞いても、万葉ちゃんを引き止めているようにしか聞こえないよ。
「お前の彼女に悪いだろう?
私としても、二人っきりを邪魔するほど野暮じゃない。」
ちょっと顔を顰めながら、ヤマダ君にそう返事をする万葉ちゃん。
・・・まさか、ね〜
「彼女? 誰が?」
「・・・違うのか?」
この会話の該当者は・・・私しか居ないよね?
二人の視線が、再び私に突き刺さる――――
って、ヤマダ君、貴方が私を見てどうするのよ?
貴方の返事で誤解は解けるんだから・・・私は何も言わないよ。
と言う事で、私は肩を竦めながらヤマダ君に視線で合図を送る。
ただ、私は彼の単細胞ぶりを甘く見すぎていた。
まさか、ここまで鈍感だったとは・・・
「このナデシコの女性クルーは、全員アキトに惚れ(ガゴッ!!)」
取り敢えず、手近にあったシミュレーターの操作マニュアルを投げ付けておいた。
厚さ10cmで、重さ2kgの重版型のエモノ。
「・・・痛いじゃないか、ヒカル。」
ムクッ!!
きっちり2秒で復活を果たすヤマダ君。
角が後頭部に当たったはずなんだけど・・・
「ヤマダ君が私達をどう見てるのか、良〜く解ったよ。
でも、私とイズミとミナトさんは、アキト君とは関係無いの!!
大切な仲間・・・くらいにしか思ってないよ!!」
あ、それとカザマちゃんもだった。
・・・ま、いいか。
「そ、そうなのか?」
私の発言に、驚いた顔をするヤマダ君。
本当に、気が付いてなかったらしい・・・
「・・・どうでも良い事かもしれんが、テンカワ アキトは複数の女性と付き合っているのか?」
憮然とした表情で、私に質問をしてくる万葉ちゃん。
そう言えば、会話の内容が見事に摩り替わっている・・・
なかなかやるね、ヤマダ君。
テンカワ君には出来ない芸当だよ。
まあ、無意識の結果だと思うけど。
「うん、合計15名。」
そして取り敢えず私は、正確な情報を万葉ちゃんに話す。
事実だし、隠す事でも無いと思ったから。
それにナデシコクルーの情報を彼女達が知ったとしても、手は出してこないだろう。
一応、和平派の人だし。
・・・なにより、テンカワ君を本気で怒らせる愚は冒さないと思うから。
「・・・」
そして私の返事を聞いて、呆れた顔をする万葉ちゃん。
「もしかして、高杉殿はテンカワ アキトの影響を受けたのだろうか?」
不意に・・・何かを思いついたのか、そんな質問を私にしてくる。
「高杉さん?
初めてナデシコに合流した時から、あんな調子だったよ。」
一目散にリョーコにアタックしてたもんね〜
あれには、驚いた。
「そ、そうなのか?
・・・三姫が気落ちをする筈だな、それは。」
小声でなにやら呟いている万葉ちゃん。
どうやら内輪の話みたいなので、取り敢えず放置しておく。
まあ、同じ人間だったら・・・色々とあるからね。
感情を制御する事は、それだけ困難だもん。
テンカワ君でさえ、今までに何度か自分の感情を爆発させている。
普段押さえつけているだけに、その爆発力は凄まじい・・・
ま、感情を常にストレートに表してる人もいるけどね〜
私はそう思いながら、隣で首を捻って考え事をしているヤマダ君を盗み見た。
・・・コレ、は極端過ぎるか。
「むう、アキトが落とし損ねた女性クルーがいたのか。
それは驚き(ガス!!)」
今まで黙っていたのは、どうやらテンカワ君の話が信じれなかったらしい。
ちょっとむかついたので、今度は壁に立て掛けてあった掃除用のモップで痛打する。
勿論、鉄の部分の角の所で・・・何だか凄く鈍い手応えが返ってきたけど。
でも、どうしてこんなに苛々してるんだろ?
何時もの私なら、軽く笑って済ましているのに・・・
「何だか痙攣をしてるぞ・・・ガイの奴。」
「あ、それペンネームみたいなものだから。
彼の本当の名前はヤマダ ジロウだよ。」
「そ、そうなのか?」
どうやら、ヤマダ君が名乗ったと思われる『魂の名前』を、本当に信じていたらしい。
・・・凄く純粋な娘だね〜
何だか、お似合いだねヤマダ君とは。
また、少し心が動いた・・・何故だろう?
「幾らなんでも、酷いぞヒカル(ガスッ!!)」
再び復活してきたヤマダ君を、もう一度問答無用で沈黙させる。
多分、今の私の感情を認めたく無いから・・・こんな行動に出てる。
「・・・おい、血溜まりが出来てるぞ。」
自分の足元にまで流れてきた血溜まりを見て、流石に顔を顰める万葉ちゃん。
・・・私達には見慣れた光景なんだけどね〜
「大丈夫だよ、この人は不死身だから。」
そう、そんな人だから。
向こう見ずで、不器用で一途な――――――
「なあ、今日の昼御飯なんにする?」
「今の時間帯なら、食堂も空いてるからな〜
こんな時は、整備班の変則的な就業時間に感謝!! だよな。
そうだな、ホウメイさんに何か手の込んだモノを頼んで見るか。」
「お、それ良いな!!」
ピィン、ポォン、パァン、ポォ〜〜〜〜〜〜〜ン!!
「「お!! このチャイムは!!」」
『緊急艦内放送を始めます。
現在勢力を落とした台風ナオ一号と、それに追従する小型の台風は・・・』
タッタッタッタッ・・・
「・・・どう見ても、倒れる寸前のマラソンランナーだよな。」
「ああ、何だか気の毒だよな。」
シャァァァァァ!!
チリンチリン!!
「はぁ〜い!! そこ退いて下さいね(ハート)
ナオ様ファイト!!」
「あの自転車、テンカワがナデシコに乗り込んだ時に、確か持ってきてたよな?
もしかして、ウリバタケ班長が貸したのか?
・・・いや、あの人なら絶対に貸すな。」
「いや、確かにそれはそれとして、だ。
俺は、ナオさんが走ってる意味が理解出来ないんだが?
自室にでも引き篭もればいいんじゃないのか?」
「惰性だろ? 百華ちゃんから逃げる事が、本能にインプットされてるんだよきっと。」
「「・・・ああは、なりたくね〜な。」」
『なお、通路でナオさんを見かけた方は、暖かい声援と拍手をお贈り下さい。
以上で台風情報を終ります。』
ピィン、ポォン、パァン、ポォ〜〜〜〜〜〜〜ン!!
「・・・ねえ飛厘、百華と連絡が着いた?」
「無理ね、今もナデシコ艦内を追撃戦に夢中みたいよ。」
「・・・そのナオさん、って人も気の毒よね。」
「あの娘は・・・諦めが悪い娘だからね。」