< 時の流れに >

 

 

 

 

 

第十九話.明日の『艦長』は君だ!

 

Lesson X 仕方が無かった・・・では、済みません!!

 

 

 

 

 

 

 

 パタパタパタ・・・

 

 シャッ、シャッ、シャッ・・・

 

 ・・・プル、プル

 

「ア〜君!! 一緒にお風呂入ろうよ!!」

 

 

 バラバラバラ・・・

 

 

「絶対に駄目!!」

 

 

「むぅ〜」

 

 背後を振り返らずに、俺はそう返事をした。

 多分、予想通りなら・・・枝織ちゃんは下着姿だと思う。

 

 いや、馬鹿な予想は止めよう!!

 ・・・ラピスに思考を読まれてしまう。

 

 そして、俺は再びテーブルの上のトランプを手に取り。

 

  パタパタパタ・・・

 

  シャッ、シャッ、シャッ・・・

 

 シャッフルをしてから手元に置き。

 

 ・・・プル、プル

 

 カードピラミッドを作る為に、集中をする。

 

「うっわ〜!! 変わった形のお風呂だね!!

 どうやって入るんだろう?」

 

 バラバラバラ・・・

 

 ・・・そして崩れたトランプを集め、再びルーチンワークに入る。

 

 シャー!!

 

「ふふ〜ん♪」

 

 ・・・

 

 バシャ!! バシャ!!

 

「わ〜、結構広いんだ〜♪」

 

 ・・・

 

 ゴシュ、ゴシュ・・・

 

「・・・あ、また胸が大きくなったのかな?」

 

 ・・・

 

 しっかりしろ!! テンカワ アキト!!

 ここでナニか間違いがあってみろ!!

 お前はナデシコに生きて入れないぞ!!

 それに、絶対俺の行動は監視されているはずだ!!

 軍事衛星でさえ、俺を見張っていたんだぞ?

 ダッシュの実力を良く知ってるだろうが!!

 このホテルに入った時点で、お仕置きは決定だ!!

 なら、せめてこれ以上のミスは犯すんじゃない!!

 

 俺の心が、そう叫んでいた。

 健全な19歳(精神年齢は24歳だが)に、この状況は余りに酷すぎる!!

 

 ・・・というか、俺何処で寝るんだ?

 

 背後のツインベットを見て、背中に冷たい汗を感じる俺。

 

「い、今のうちに逃げようかな?」

 

「何処に逃げるの?」

 

「いや、朝になったら迎えにくるからさ・・・って!!」

 

「ア〜君も入ってきたら?」

 

 ・・・バスタオル一枚で、身体を覆った枝織ちゃんの姿があった。

 濡れた赤毛が、部屋のライトに反射して光り。

 引き締まった素晴らしいプロポーションが、タオルの上から良く解る。

 

 その何て言うか―――――綺麗だった。

 

 ・・・じゃなくて!!

 

 その場で回れ右をして、横歩きで風呂場に向かう。

 何をしてるんだ、俺は・・・

 

「じゃ、じゃあ俺も風呂に入ってくるよ!!」

 

「あ、ア〜君!!

 私、替えの下着が欲しいな〜」

 

 多分、潤んだ目で見てるんだろうな。

 おねだりする時の癖らしい・・・というか、俺は振り向かない様に、精神力を最大限に発揮している。

 

「ろ、廊下に自動販売機があったと思うよ!!

 俺の上着にカードが入ってるから、それで買うといい。」

 

「ん、分かった。」

 

 シュン!! 

 

 そして、背後で枝織ちゃんが部屋から出る音がする。

 気配もこの階の廊下を移動している。

 

「・・・ふう、やっと落ち着けたな。

 しかし、本当にあれが北斗なのか?

 あまりに、戦闘時とは雰囲気が違いすぎる。」

 

 ナデシコに帰った時、その事を疑問に思った俺は、一度イネスさんに質問をしてみた。

 その時イネスさんは、二重人格・・・つまり分裂症という精神病だと、推測をしていたが。

 その後、優華部隊と合流した時にはナデシコクルーにも、そういうふうに説明をしておいた。

 

 だが・・・

 

「あれほどに、変わるものなのか?

 あの体術を見る限り、間違い無く北斗だと思うが。」

 

 俺にとって、北斗と枝織ちゃんは不思議な存在だ。

 どちらも俺と深く係わりあいを持っている。

 競い合う者として、気になる存在として、だ。

 

 ・・・これも、縁と呼ぶものなのだろうか?

 

     トン・・・

 

 脱衣所の壁に背をあずけつつ、枝織ちゃんの気配を探る。

 廊下の自販機の前で、どうやら悩んでいるらしい。

 そんな無邪気な行動に、ついつい北斗とのギャップを感じて笑ってしまう。

 まあ、カードには俺の殆ど使っていない給料と、ルリちゃんが緊急用に振り込んでくれた金が入っている。

 全額は把握していないが、下着の一つや二つくらいは余裕で買えるだろう。

 

 そんな事を考えつつ、俺は服を脱ぐ。

 流石に、今日は汗をかきすぎた。

 俺自身、風呂には是非とも入りたいと思っていた。

 

 ん?・・・待てよ?

 ルリちゃんが振り込んだお金?

 勿論、使用した金額から購入した品物まで、全部把握済みだよな?

 

    バッ!!

 

 やばい!! そんなお金を使って、女性用の下着を買ったなどと知れたら!!

 本気で想像も付かないお仕置きをされてしまう!!

 

 俺は急いで枝織ちゃんを止めようとして、部屋の入り口に向かう!!

 

 シュン!!

 

「アー君!! この下着面白いでしょう〜?」

 

 突然開いた自動ドアの向うには、無邪気に微笑む女神がいた。

 ・・・実に過激な真っ赤な下着姿のね。

 

「・・・はう。」

 

 ドテ・・・

 

「アー君? アー君!! どうしたの?

 アー君!!」

 

 ははは、ちょっと刺激が強すぎたみたいです・・・

 遠ざかる意識の中、心配そうな表情の枝織ちゃんの顔が目に焼き付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気絶から回復すると・・・ベットの中だった。

 隣に人の気配がするのが――――心底恨めしい。

 

 ・・・まあ、俺を運ぶ事ぐらい容易いよな、彼女にすれば。

 でも出来れば、服を着た状態で気絶をするべきだった。

 

 そう、俺と枝織ちゃんは下着姿でベットインをしていた。

 益々・・・泥沼だな。

 

 俺の起きた気配に気が付いたのか、隣で眠っていた枝織ちゃんが目を覚ます。

 

「あ・・・アー君、気が付いたんだ?」

 

 目をこすりながら、薄く瞼を開き俺にそう話し掛けてくる。

 ・・・どうでもいいが、余りに無防備過ぎないか?

 今更ながら、北辰の教育方針に疑問を覚える。

 

 あの北辰の教育方針・・・想像も出来ん。

 

「ねえ、アー君は―――枝織を見てくれてるよね?

 枝織に向かって、話し掛けてくれてるんだよね?」

 

 今まで聞いた事の無いような、気弱げな声で・・・

 俺の右手を抱え込みながら、そう聞いてくる枝織ちゃん。

 

 何が、彼女をここまで怯えさせるのだろうか?

 北斗に及ばぬまでも、超絶の戦闘能力を持つ彼女がだ?

 

「私はね・・・もう一人の北ちゃんなんだ。

 山崎先生が言ってたの、北ちゃんが否定してる女としての意識。

 それが私なんだって。」

 

「何・・・だって?」

 

「アー君には教えてあげる。

 枝織と、北ちゃんの関係を――――」

 

 その後の枝織ちゃんの独白は、凄まじいものだった。

 そこで俺は、初めて北斗の背負う業と、枝織ちゃんの誕生の秘密を知った。

 己の意のままの道具に仕立て上げる為に、母を殺し座敷牢に閉じ込め。

 男としての人格を強要し、二重人格に仕立て上げ。

 そして、山崎により生み出された少女の人格――――

 

 それが、枝織ちゃんだった。

 

「皆はね、枝織を北ちゃんの偽者みたいに見るんだ。

 話し掛けてくる言葉も北ちゃんに向かっての言葉だし、視線もそうなの。」

 

 そう言いながら、自分の額を俺の肩に寄せる枝織ちゃん。

 

「誰も――――枝織を見てくれない。

 零ちゃんと、舞歌姉さんだけだもん、枝織の事を見ながら話してくれるのは。

 だから、枝織は何時も良い娘じゃ無いと駄目なの。

 じゃないと、誰も『枝織』を見てくれないから。」

 

 瞑った目から、涙がこぼれていた。

 それ程の孤独や疎外感を、枝織ちゃんは常に感じていたのか・・・

 

「父様と、山崎先生もだから好きなの。

 枝織の事を誉めてくれるし、枝織を大切にしてくれるの。」

 

 俺の右腕に強く縋りつきながら、涙を拭う枝織ちゃん。

 

 ――――その父が、自分の今の境遇を作り出したというのに。

 無邪気に、北辰と山崎の言葉を信じる枝織ちゃんに、俺は何も言えなかった。

 

「この髪もね、父様が誉めてくれたから伸ばしてるの、綺麗でしょ?

 北ちゃんは嫌がってるけど、これだけは譲れないの。」

 

「枝織ちゃんは・・・北斗と話が出来るのかい?」

 

 おれは、今まで疑問に思っていた事を枝織ちゃんに質問する。

 

「ううん、話し掛けても無視されるの・・・

 枝織は、北ちゃんの見たモノ、聞いた事を全て知ってるけど。

 北ちゃんは枝織と交替した時は、心を閉ざして何も反応をしてくれない。

 だから――――北ちゃんは枝織の事、何も知らないの。」

 

 寂しげに、そう呟く枝織ちゃん。

 自分の事を「枝織」と呼ぶのも、相手に自分の存在をアピールする為なのだろう。

 無意識のうちに、自分の存在を訴えているのだ、枝織ちゃんは。

 

「何故、俺にそんな事を話すつもりになったんだい?」

 

「アー君はね、初めて枝織の遊びに最後まで付き合ってくれた人なんだ。

 木星の人達はね、途中で何時も枝織を置いて帰るの。

 最後には一人で、その場に残っていた。

 ・・・何時も、迎えに来てくれる零ちゃんか、舞歌姉さんを持ってた。

 誰も彼もが、北ちゃんの偽者の相手が出来るかって言うの。

 だから――――消したの、枝織をいらないって言うから。」

 

 自分の心を守る為に、人を殺す。

 それが、北辰と山崎に教わった枝織ちゃんの生き方だった。

 自己防衛の為の殺人――――殺気が無いわけだ。

 自分が生き延びる為に、不必要なモノを排除してるだけなのだから。

 俺達が、害虫を殺す事に対して罪悪感を感じないように。

 枝織ちゃんは、ターゲットを殺す事に罪悪感を感じない。

 そう、北辰と山崎に捨てられる事を恐れている限り・・・

 

 貴様達らしい考えだよ、北辰、山崎。

 

「なら、俺も殺すのかい?」

 

「アー君は・・・殺したくない。

 だって、父様達以外で、初めて枝織の事を正面から見てくれた人だもん。

 皆はね、北ちゃんを怖がって全然話をしてくれない。

 私は枝織だって言っても、信じてくれないの。

 ―――――――今、ここに居るのは枝織、枝織だよね?」

 

 俺の言葉を待って、縋るような目を向ける枝織ちゃん。

 ここで、肯定をするのは簡単だ。

 しかし、北斗の人格はどうなる?

 北斗もまた、自分の存在の危うさに怯えているのではないのか?

 戦う事でしか、自分を表現出来ないが故に?

 だからこそ、対等に戦える存在である俺に拘っているのでは?

 なのに・・・その俺が枝織ちゃんの人格のみを、肯定していいのだろうか?

 

 いや、それでは本当の解決にならない。

 俺の直感がそう告げている。

 

「俺は――――――君達の存在を認めているよ。

 そして知っている。

 猛々しく、強く生きようとする北斗も。

 自分の居場所を捜して、精一杯頑張ってる枝織ちゃんもね。」

 

「―――――うん。」 

 

 そのまま俺の胸に頭を寄せ、枝織ちゃんは眠ってしまった。

 緊張が解けた顔には、美しい微笑があった。

 今夜くらいは、安心して良い夢を見られる事を祈ろう―――――

 

 北辰、山崎、お前達は何処まで他人の人生を弄べば気が済むんだ?

 俺に譲れぬ想いがあるように、お前達にも事情があるのだろう。

 

 だが――――――

 

 俺は必ず、お前達の野望を止めてみせる!!

 俺の考える一方的な主義主張だと、言いたければ言えばいい!!

 だがこれ以上、俺や北斗や枝織ちゃんのような者を増やさない為に!!

 俺は俺の信じる道を行く!!

 

 そして、俺の意識もまた――――夢の世界に旅立った・・・

 

 

 

 

 

 

 

 チュン、チュン・・・

 

「朝か・・・」

 

 雀の声に俺は反応し、身体をベットから起こす。

 

「そうだな。」

 

 実に、冷めた声が俺の横から返事を返してきた。

 例えるなら、名刀の切れ味を再現したような声だった。

 

 ・・・勿論、その声の人物に俺は心当たりがあった。

 いや、有り過ぎた。

 

「・・・えっと。」

 

 盛大に冷や汗をかきつつ、俺は隣の人物に顔を向ける。

 

「状況の詳しい説明を頼みたいのだが?」

 

 鳶色の瞳には、不条理な現実に対する怒りがあった。

 ・・・まあ、俺でも自分の意識が無い時に、他人とベットインしてたら怒るよな。

 

 それ以前に、よく殺されずに朝を迎えられたな、俺。

 

「・・・」

 

 でも、何も言えない自分が恨めしい。

 後ろ冷たい事は、何も無いのだが・・・多分。

 

「場所は・・・まあ、この際どうでもいい。

 問題は、だ。

 何故俺とお前が同じベットにいるんだ?」

 

「詳しい事は、枝織ちゃんに聞いてくれ。」

 

 俺の投げ遣りな返事に、北斗の眉が上がる。

 

「アイツと話したのか?

 いや・・・そう考えれば、今の現状が説明出来るな。

 抱いたのか、俺を?」

 

         ドガシュッ!!

 

 そのままベットから転げ落ち、立ち上がれない俺・・・

 

「おいおい、失礼な奴だな?

 少なくとも、アイツには気に入られてたんだろ。

 でなければ、同じベットで寝ているとは思えんぞ。」

 

「・・・抱くって、お前意味が解ってるのか?」

 

 ようやく復帰を果たし、そう北斗に怒鳴りつける!!

 

「抱いて・・・寝てたんだろ?

 京子からはそんな感じで説明を受けたんだが?」

 

 ・・・根本的なところで、勘違いしてるよ。

 情操教育が足りないんだな、二人して。

 

 北辰、お前の教育は偏り過ぎだ!! 

 優華部隊の人達も大変だろうな、北斗と枝織ちゃんの面倒を見るのは。

 

「まあ、そんな事はどうでもいい。

 とにかく、今は優華部隊に合流しなければな・・・」

 

 顔に掛る髪の毛を、鬱陶しげに後ろに流す北斗。

 その自然な仕草だけを見れば、女性なんだけどな。

 それも絶世の美少女。

 

「そうだな、お前の存在は重要機密だからな。」

 

 この現場を誰かに見られたら?

 ・・・大事では済まない騒ぎになるな、確実に。

 

 想像を止めよう、本当に洒落にならない事になりそうだ。

 

「ふん、別に俺はそんなしがらみなど無視をして、お前と戦ってもいいんだぞ?」

 

 少しずつ・・・北斗の闘気が膨れ上がる。

 その闘気に反応するように、身体には朱金の輝きが宿り始める。

 

「今は遠慮をしておくよ、ただでさえ一泊をして危険な状態なのに。

 これ以上、お前とよろしくは出来ないさ。」

 

 肩を竦めて、おどけた仕草で北斗の闘気を受け流す。

 早く帰らなければ、本当にヤバイ状況になりそうだからな・・・

 

「・・・まあ、俺もこの格好で暴れるつもりは無いが。」

 

 そう言いつつ、自分の姿を正面の鏡で確認する北斗。

 そこには、昨日枝織ちゃんが購入した例の下着を来た北斗がいた。

 

 身体は同じでも、こうも雰囲気が変わると別人と思えるな。

 

 そんな事を考えている俺に、北斗が自分の下着を指差しながら一言・・・

 

「お前・・・こんなのが趣味なのか?」

 

 

「それは誤解だ!!」

 

 

 早朝のホテルに、俺の魂の叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十九話 LessonX その2へ続く

 

 

 

 

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