< 時の流れに >
「う〜ん・・・」
「どうしたんですか、艦長?」
「あ、ルリちゃん。
えっとね、ちょ〜〜〜っと気になる事が一つあってね。」
「何がです?」
「・・・まあ、気のせいだと思うんだけどね。
考えがまとまったら、皆に話すよ。」
「はあ。」
先程のルリちゃんとの会話を思い出しながら。
私は自室で今回の戦闘結果を見ていた。
―――やっぱり、気になる。
これは意図的な作戦なのだろうか?
今までの戦闘を見る限り、私達は少しづつ地球から引き離されている。
でも別に地球が無防備になってる訳じゃ無い・・・
バリアも健在だし、月と地上にも駐留軍は控えている。
でも、それなら何故ナデシコや連合軍の一部を、一箇所に集めさせるのだろう?
木連の人達の無人兵器も、この場所に集中している以上は、私達も動けないのだし。
「ここが、一番手薄なんだよね〜
でも、この艦隊を指揮してる連合軍の提督も、そんな事は百も承知だと思うしな〜」
ベットに寝転がって、地球周辺の戦力図を見ながら、何気なしに呟く。
う〜ん、何が私の勘に引っ掛かっているんだろう?
どう考えても、地球に危険は及ばない筈なのに・・・
「アキトと北斗さんが、タッグを組んで地球に降りたら別だけど。」
まず有りえない事を考え付いて、一人で苦笑をする。
そんな事態に陥れば、私は無条件でアキト達に降伏をするかもしれない。
どう考えても、無駄死にしかならない戦いをするつもりは無いから。
「でも・・・アキトと一緒にナデシコに乗ってから、もう一年近くが経つんだよね。」
天井を見上げて、地球でアキトと再会した時の事を思い出す・・・
あの時は、ナデシコに乗り込む前にお互いに気が付いていなくて――――
その時、私の脳裏に一つの可能性が浮かんだ。
先程までの、小さな疑問の答え。
でも、まさか・・・そんな事を――――
それでも、可能性が無い訳じゃない。
私の突飛な思い付きを、連合軍の上層部が信じるとは思えないし。
馬鹿な考えかもしれないけど、アキトに相談をしてみよう。
私はそう思い立ち、アキトの部屋に向かって歩き出した。
「――――で、こう思ったんだけど?」
「お前・・・無茶苦茶な事考えるよな?」
「そうかな〜?」
「でも、確かに可能性が無い訳じゃ無い・・・
一応、ナオさんに頼んでみるか。」
「うん!! やっぱりアキトは私の考えを理解してくれるんだね!!」
「わっ!! こら、抱きつくな!!」
「だから、絶対に無・理・な・の!!」
私は目の前に浮かんでいる少女に、そう言って叱る。
「ぶ〜!!
だって、実際に相手の防御を突破出来なかったんだよ、レイナ姉?
ここは『ブローディア』の出力アップをするべきだよ!!」
可愛い頬を膨らまして、私に抗議をするディア。
だからと言って、簡単に出力アップを許す訳にはいかない。
唯でさえ、この『ブローディア』は怪物なのだから・・・
ここは頑張って、ディアを宥めないとね。
「ディア・・・その足りない所を補うのが、腕の見せ所なのよ?
私にそんな事を言ってる間に、ヤマダさん達を相手に練習でもしてきなさい。」
私はスパナを振って、エステのヴァーチャルルームの方向を示す。
実際のところ、私もそれほど暇な身の上ではない。
『ブローディア』の整備だけでも大変なのに、今回は全員のエステバリスが壊れたのだ。
今夜は突貫作業になりそう・・・
テンカワ君には、何か埋め合わせをして貰おうっと!!
それくらい、当然の権利よね!!
「・・・別にそんなに難しく考えなくても〜。
『ブローディア』の封印を少し解けば―――」
「ディア!!」
私に自分の提案を断られ、いじけたディアが言おうとした言葉を私が押し留める。
「うっ!!」
私の剣幕に驚き、目を見張るディア。
「・・・それは絶対に考えちゃ――――駄目よ。」
「―――うん、御免なさい。」
ピッ!!
私の言葉に、素直に頷き。
ディアはその姿を消した。
木連の新兵器に、防御能力だけとはいえ負けた事が悔しいのも解る。
ディアもブロスもテンカワ君を守り、サポートする事を誇りにしているのだから。
しかし、だからと言って軽々しく『ブローディア』をパワーアップするわけにはいかない。
私は自分の真後ろに配置されている、『ブローディア』を振り返って見上げる。
テンカワ君が操る、連合軍最強のエステバリス。
その戦闘能力は、ナデシコすら凌駕し。
連合軍の一方面軍とすら、対等に戦えると言われている。
だが、テンカワ君が本気を出す時がくれば―――思い知るだろう、本当の恐怖を。
しかし、逆に言えばそんな過剰な力が本当に必要なのだろうか?
私は、最後の封印を施したテンカワ君の真意を知らない。
けれでも、それが必要だと・・・テンカワ君自身が判断をしたのなら、私には言う事は無い。
『ブローディア』の製造に携わった者として、私は誇りと共に恐怖を抱いていた。
そして漆黒の機体は、その場で無言のままに佇んでいた。
そこにある無言の威圧感は、己の力を押さえ込む私達に対する抗議だろうか?
しかし――――
「ディアの言いたい事も解るけど。
やっぱり、簡単に貴方を解放するわけにはいかないわ。」
そう宣言した後、私は背を向けて歩き出した。
「で、罰としてテンカワさんが、エステバリス隊の御飯を奢るのですか?」
「ああ、そうなんだよ。
しかも皆して、ここぞとばかりに高い食材や、手の掛る料理を注文してさ。
・・・アカツキなんて世界三大珍味を注文するし。」
「三大珍味・・・確かキャビア、フォアグラ、トリュフですよね?
でも、仕方が無いんじゃないですか。
危うく敵味方共々、全滅になるところだったそうですし。」
「うっ・・・でも、そんな食材はナデシコに積んでないし。」
「なら、何とかするしかないですね。
でも、アキトさんと北斗さんの戦いって、人災レベルを超えてますね〜」
「・・・」
「・・・やっぱり、アキトさんは厨房に居るべきですよ。」
「・・・そう、かもね。」
「無理なお願いでしたね・・・御免なさい。」
「いや、別にいいんだ。
それに―――皆の気持ちは嬉しいよ。」
僕とディアがガイさんをボコボコにしている時に。
その通信は入ってきた。
ピッ!!
『や、三人共遊んでいるところを悪いんだけど―――』
通信の相手はアカツキさんだった。
練習中に通信を入れるなんて・・・何か急用でも出来たのかな?
『お、俺は遊んでなど・・・ガハッ!!』
アカツキさんの発言に、反論をしようとして―――
急激なGに身体を攫われるガイさん。
ガイさんの操る『ガンガー』に、『ブローディア』が蹴りを入れたのだった。
勿論、問答無用で攻撃をしているのは、機嫌の悪いディアだった。
レイナ姉に『ブローディア』のパワーアップを断られて、機嫌が悪いみたいだ。
『ガイさ〜ん、それ以上我慢したらまた医療室送りだよ〜』
取り敢えず、流石に青い顔をしているガイさんに僕は通信をする。
既に2時間以上、ミキサー状態のコクピットに居るのだし。
限界はとっくの昔に超えてると思うけど?
『お、俺の魂の名に掛けて!!
これしきの事で!!』
『何をむきになってるんだい・・・ヤマダ君?』
余りにも必死なガイさんの姿に、異変を感じ取るアカツキさん。
まあ、後が無いんだよねガイさんは〜
『へっへ〜、今回の模擬戦で私の操る『ブローディア』に、一撃も当てられなかったら。
なんと、ガイさんは魂の名前を名乗る事を禁止されるのだ!!』
Vサインをしながら、通信ウィンドウを開くディアだった。
その間にも、ガイさんをボコにする手は休めない。
しかし、ガイさんも防御に関しては天才的な腕前なので。
一方的にディアが攻めていても、決定打は未だ入っていない。
『ほ〜、そうなんだ?
また無謀な事をしてるね・・・ちなみに、ヤマダ君が勝った場合はどうなるんだい?』
面白そうに、ガイさんとディアの賭けを見ていたアカツキさん。
だけど、賭け事にはもう片方にも、リスクがある事を思い出したみたいだ。
僕はその答えを知っているけど、ディアが御機嫌な顔をしているので、黙っている事にする。
『ゲキガンガー1/1をエステバリスを改造して作成するの。
勿論、ネルガルの工場でね。』
『・・・それ、本気?』
『もちろん♪』
青い顔のアカツキさんに、人差し指を振りながらそう宣言するディア。
・・・もし本当になったら、エリナ姉が怒るだろうな〜
『・・・ディア君、手加減無しで殺(や)っちゃって。』
『了解♪』
アカツキさんの無情な一言により、ガイさんの運命は決まった。
やはり、ガイさんの名前と会社の損失では、天秤に掛けるつもりは微塵も無いみたいだ。
あ、もうガイさんって呼べないんだった。
ドゴォォォォォォンンンン!!
『ぐわぁぁぁぁぁぁ!!
お、俺の名は――――』
『もうガイさんじゃない、ニャン♪』
『―――グハッ』
結局、ガイさんは沈んだ顔でヴァーチャルルームから退出した。
その背中には、大切なモノを失った者が持つ、やり切れない闇を背負っていた。
って・・・名前一つでそこまで落ち込まなくてもね〜
「えへへへへ〜、勝利!!」
ヤマダさんの背後で、ディアが高々とVサインをしている。
少しは機嫌は直ったのかな〜?
さり気無〜く、探りを入れてみようかな?
『ディア〜、ガ―――じゃなくて、ヤマダさん凄く落ち込んでたよ〜?』
「だって、ヤマダさんが言ってきたんだよ?
ゲキガンガーに乗りたい、って。」
それ、絶対に意味が違うと思うけどな・・・僕。
まあ、ディアが提示した条件を承諾したのはヤマダさんだけど。
『・・・ヴァーチャル空間での話でしょ? それ?』
「・・・そうだったっけ?」
・・・そうだよ、絶対。
「でも、もう済んじゃった事だし〜
早くアキト兄にもこの事を知らせよ〜っと!!」
ピッ!!
そう言い残して、ディアの姿は消えた。
多分、明日にはヤマダさんは自分の本名しか名乗れなくなってるんだろうな〜・・・
ふう、昨日は大変な目に会いました・・・
ですが、悪い事だけではありません。
そう、アキトさんに料理のリクエストが出来るのです!!
普段は頼めない様な、手の込んだ料理をお願いしましょう。
そして、二人でディナーを楽しむのです―――
「・・・アリサ君の目の色が、尋常じゃ無いんだけど?」
「仕方が無いんじゃない?
アキト君との一時を夢想してるんだよ。」
「ふふふ、さすが姉妹ね・・・トリップする所がそっくり・・・」
「ヒカル君、イズミ君、僕達は先にいただこうか?
イツキ君も途中で誘ってさ。」
「そうだね〜」
「・・・そうね。」
気が付くと、私だけがパイロットの控え室に残されていました・・・
皆さん、置いてきぼりは酷いです――――クスン
「あ、アリサちゃん、遅かったね。」
「済みません、ちょっと遅れてしまいました。」
私が食堂に着くと、既にパイロットの皆さんは席に着いてられました。
この時の為に、普通の食事時間から少し時間をずらしています。
そのお陰で、食堂にはクルーの皆さんの姿は少なく。
あまり注目される事無く、アキトさんの料理を堪能できますね。
ちなみに、私のリクエストは初めてアキトさんと出会った時のメニュー。
そう、ミートスパゲティです。
私だけの為に作られた、一人前だけのミートスパゲティ・・・
あの時の出会いから、随分長い時間が過ぎた気がしますが。
実はまだ半年にもなりません。
それを考えると―――なんと密度の濃い時間でしょうか?
私はその期間中に大きく変わりました。
人として、パイロットして―――
「Moon Night」の一員として、昔の所属部隊を訪れた時。
以前の同僚には、「見違えた」と言われました。
私自身に自覚はありませんが、周りの評価は違っています。
良い意味で、私は変われたのでしょう。
そして、その手助けをしてくれた人は・・・
アカツキさんと会話をしていました。
「テンカワ君・・・確かに僕は三大珍味を頼んだ。」
「ああ、そうだったよな。」
出来上がった料理を前に、難しい表情をするアカツキさん。
アキトさんは楽しそうにお玉を構えています。
・・・やっぱり、エプロン姿も似合いますね。
「・・・どうやって食材を集めたのかは――――この際どうでもいい。」
「いいのか?」
少し残念そうに呟くアキトさんでした。
「ただ――――どうして、その三大珍味がだよ?
ラーメンに放り込んであるのかが、理解出来無いんだけど?」
そう、アカツキさんの目の前にある料理は―――ラーメンでした。
多分、世界一高い食材を使われたラーメンでしょう。
そのラーメンを前に、箸を持ったままアカツキさんは凍り付いてます。
「だって、アカツキは食材のリクエストだけして、調理方法は言わなかったじゃないか。」
「だからって・・・ここまでする?」
ちょっと涙目のアカツキさん。
あ、スープはトンコツですか?
・・・キャビアにトンコツはあうのでしょうか?
「食べないと・・・駄目――――だよね?」
「・・・大変だったよ、地球まで跳ぶのは。」
何処か遠い所に視線を向けながら、そんな事を呟くアキトさん。
現在ナデシコは、月からも大分離れた位置にいます。
どうやら、食材集めには例の瞬間移動の様な能力を使われたのでしょう。
「・・・あ、やっぱり?」
「・・・ルリちゃんと、ラピスに現地へのオペレートを頼んでさ。
いろいろと御機嫌取りもしたもんさ。」
そして、アキトさんの圧力に負け、そのラーメンに箸を付けるアカツキさんでした。
ズズズズ・・・ズルズルズル――――
何だか、アカツキさんの背中が煤けて見えますね。
「さてと・・・じゃあヒカルちゃんが、味噌煮込みで。
イズミさんが、いなり寿司とうどん。
で、イツキさんが―――本当にコレ?」
そう言いながら、それぞれの前に料理を置いていくアキトさん。
「わ〜い、有り難うアキト君!!
これ本当に京味噌なのかな?」
「勿論、地球産の材料よね?」
「ええ、それで結構です。」
そして、三者三様の応えを返します。
ちなみに、イツキさんの頼まれた料理は・・・何故か鍋でした。
「でも、チゲ鍋・・・しかも極辛なんて。
一応、手渡された香辛料を使ったけどね。」
「いいんです、私は辛党ですから。」
「あ、そうなの・・・」
そして、真っ赤な鍋の中身を、美味しそうに食べ始めるイツキさん。
その隣に座ってられたアカツキさんは――――
「グハッ!!」
ガタン!!
バタバタバタ!!
鍋から立ち上がる、赤い蒸気にやられ・・・
目を抑えて悶絶されました。
一体、どの様な辛さなのでしょうか?
流石にその場にいた全員の額に汗が滲みます。
そして、一口その鍋を食べられたイツキさんは――――
「美味しいですけど―――ちょっと甘口ですね。」
と、言われました。
私達には―――何もコメントのしようはありませんでした。
「さ、さてと・・・はい、アリサちゃんはミートスパゲティ。
それとリョーコちゃんは鳥釜飯だったね。」
「あ、有り難う御座います。」
「おう、サンキュウな。」
自分の料理を受け取る時・・・私達の動きが止まりました。
そして、私とリョーコの視線がぶつかり――――
お互いにアイコンタクトをします。
今回は仕方が無いですよね・・・立派な理由もありますし。
「アキトさん、ここに座って下さい。」
「へ?」
私とリョーコの間の席を指差します。
「テンカワ〜、俺達の腕が怪我で動かせない事は知ってるよな?」
「あっ!!」
そう、私もリョーコも利き腕を怪我してるのです!!
ここは、やはり怪我を負わせた当人に食べさせて貰うべきでしょう!!
私達の無言の要望に気が付き、青い顔と赤い顔を交互にするアキトさん。
「・・・やっぱり、俺が・・・だよね?」
コクン × 2
「・・・了解です。」
どうやら諦められた様です。
その後は、実に有意義な時間を過ごしました♪
「艦長!! それは・・・本気ですか!!」
「――――ああ、そうだ、三郎太。」
「・・・その行動に、なんの意味があるのですか!!」
「俺達は―――正義の旗の元に立った。
それが答えだ。
大丈夫だ、俺達が最後まで結果を見届ける。
元一郎も九十九も同行するのだ、滅多な事は無い。」
「しかし!!」
「それに・・・俺達は舞歌殿から、完全に切り離されてしまった。
今、俺達が下手な行動をすればいろいろと危険だ。
お前は知らないだろうが、現在上層部では舞歌殿に謀反の疑惑がかけられている。」
「・・・」
「・・・下手に作戦行動を拒んだり、草壁閣下への疑問は今は不味い。
俺達の直属の上司は舞歌殿だ。
ここで下手に逆らえば、舞歌殿の立場が悪くなるばかりだ。」
「くっ!!」
「耐えろ三郎太。
俺達に出来る事は、もっとも少ない犠牲でこの戦争に勝利をする事だ。」
カツカツカツ・・・
シュン!!
「一つ・・・見落としてますよ艦長。
何も敵が地球連合軍だけとは限りません。
複雑に絡んでいるんですよ―――地球の勢力図は。」