< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛厘、これは何だ?」

 

 珍しい客が、私の部屋を訪れた。

 もっとも、例のモノを部屋に届けさせた以上―――直ぐにやってくると、予想はしていたけど。

 

「あら、お気に召しませんか?」

 

「俺の質問に答えろ!!」

 

 不機嫌そうな顔で、私にそう迫る北斗殿。

 やはり、送り届けられた品が不満の様・・・

 配達を頼んだ下士官の人、生きた心地がしなかったでしょうね。

 

「何と言われても・・・イヤリングにネックレス、それとブレスレットですが?」

 

 そう北斗殿の持ち込まれた品は、精緻な細工の施された金細工の装飾品だった。

 そして、その品を作成し送り届けたのは―――私だった。

 

「・・・俺に何故、こんなモノを送ってきたんだ?」

 

 机の上に、それらの品を置き私を問い詰める北斗殿。

 

 返答次第では――――

 と、危険な雰囲気を身に纏い、私に迫ってくる北斗殿。

 どうやら、これ以上はぐらかすのは危険みたいね。

 

「それぞれの装飾品に付いている宝石・・・その色に覚えはありませんか?」

 

「宝石の色だと?」

 

 そう言って、改めてブレスレットに付いている、菱形のサファイヤに目を向ける。

 

「・・・まさか、『蒼天』か!!」

 

「御名答。

 イヤリングに付いているルビーが『暗尭』、ダイアが『氷雨』

 そして、ネックレスのエメラルドが『風魔』です。

 簡単に説明しますと、その装飾品を目印にして、『四陣』が北斗殿を常に見守っているのです。

 実際に使われているのは宝石ではなく、『四陣』と同じ素材の鉱石です。

 また、この装飾品の内部には『四陣』と直接リンクしている、情報端子が組み込まれています。」

 

 そう説明をしながら、私は机の上に置かれた品を再び北斗殿に手渡す。

 

「北斗殿が何処におられようと、呼べば『ダリア』を誘導して迎えに行きますし。

 また、『四陣』本体の近くにいれば、その宝石を媒体にして瞬時に歪曲場を展開する事も可能です。

 この戦艦クラスの広さならば、十分にフォローできますよ。

 言ってみれば、あの『四陣』の縮小版ですね。」

 

 私の説明を聞いて、しかし北斗殿は憮然とした表情をする。

 

「ならば、俺には不要な品だ。

 お前達が身に着けていた方が余程役に立つ。」

 

 そう言って、私の目の前の机に手渡した品を置こうとする北斗殿。

 しかし、それでは駄目なの。

 

「それは、御自分の立場を認識されていないから言える言葉ですね。」

 

「何!!」

 

 私の胸元を掴み、怒りに燃える瞳で睨みつける北斗殿、

 ・・・この人が本気になれば、私など一瞬の内に殺されるだろう。

 だが、それを覚悟の上で、言わなければいけない事は存在するのだ。

 

 この人がテンカワ アキトと一部の人物以外に心を許さないのは、誰も側に寄ろうとしなかったから。

 その事を、私達はナデシコで思い知らされた。

 テンカワ アキトを恐れていても、忌避する人物はナデシコには居なかった。

 ならば、私達も北斗殿や枝織様を何時までも避けている訳にはいかない!!

 

 下手な小細工は不興を買うだけだろう―――後は、正面からぶつかるのみ!!

 

「地球で襲われた時は、テンカワ アキトが隣にいました。

 それは幸運が重なった偶然の結果です。

 残念ながら、私達にはあの新しい敵が相手ではまるで役に立てません。

 北斗殿でも、5人を同時に相手にすれば――――勝てますか?」

 

 正面から睨みつける鳶色の瞳に、私も正面から挑む。

 これは私達が考えた、苦渋の決断でもあるのだから。

 

 そして、暫しの間が過ぎ――――

 

 私の胸元を掴む手の力が緩んだ。

 

「・・・それで、誰がこのお節介を考えたんだ。」

 

「舞歌様と・・・私達一同です。」

 

 舞歌様の事は予想をされていたみたいですが、私達優華部隊の事は予想外だったみたいね。

 驚きで一瞬、北斗殿の瞳が大きく揺らいだ。

 

「何故、お前達がそこまで俺を・・・」

 

「いけませんか?

 あれ程の戦闘を、お互いに潜り抜けてきた戦友ではないですか。

 確かに、私達の力など微々たるモノかもしれませんが。

 それでも、私達にとって北斗殿も枝織様も、大切な仲間である事は確かです。

 その仲間の身を心配する事が―――迷惑ですか?」

 

 その場で黙り込み、信じられないモノを見るような目で私を見詰める北斗殿。

 ・・・本当に、迷惑だったのだろうか?

 

 そして、暫くすると―――

 

「悪いが―――」

 

 ばつの悪そうな顔で、私に向かい話し始める北斗殿。

 ・・・私達の誠意は、この人の心には通じなかったのだろうか。

 

「俺はこんな品物を身に付けた事は、生まれてから一度も無いんだ。

 アイツなら別かもしれんがな。

 どうやって・・・その、身に付けるんだ?」

 

 そっぽを向きながら、ぶっきらぼうにそう告げる北斗殿。

 だが、確実にその内面が変わってきている事を、私は感じた!!

 

「なら、こちらに来て下さい。

 鏡の前で着け方を教えてあげます。」

 

 私の部屋にある、化粧台に北斗殿を誘導する。

 

「・・・頼む。

 それと、部屋の入り口で様子を伺ってる奴等もついでに入れてやれ。

 何時までも廊下で固まっていれば、通行の邪魔になる。」

 

 あらら、千沙達の事はお見通しか・・・

 まあ、この人の実力を考えれば、それも当たり前ね。

 

「聞えたでしょう、皆?

 北斗殿の言う通り、何時までも廊下を塞いでないで入ってきたら。」

 

 私がそう呼び掛けると同時に、部屋のドアが開いた。

 

 プシュ!! 

 

「はははは、何時からバレてました?」

 

 千沙を筆頭に、京子、三姫、百華、零夜、万葉・・・優華部隊全員が揃っていた。

 そして代表として、千沙が北斗殿に質問をする。

 

「最初から解っていた、特に飛厘の胸元を掴んだ瞬間―――かなり動揺をしただろう?

 もう少し、気配を殺す鍛錬を積むんだな。」

 

 相変わらず憮然とした表情のまま、そう忠告をする北斗殿。

 

「―――以後、精進をします。」 × 6人

 

「さて、項垂れるのはそこまでにして・・・北斗殿、覚悟はいいですか♪」

 

「何の覚悟だ?」

 

 突然、態度の変わった私に動揺をする北斗殿。

 だが、既に了承は得ている――――今更、『真紅の羅刹』ともあろう者が、約束を反故しないだろう。

 

「それは、もう・・・」

 

「たっぷりレクチャーしてさしあげます!!」 × 6人 

 

 瞳を輝かせる私達を見て、北斗殿の頬が少し引き攣った。

 しかし、確実に私達と北斗殿の間に絆が生まれた瞬間でもあった。

 

 ナデシコに乗り込んだ事は、決して無駄では無かった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛厘から作戦成功の連絡が入りました、これがその証拠写真です。」

 

 そう言いながら、氷室君が一枚の写真を私に手渡す。

 

「あ、有り難う。

 う〜ん、まだ笑顔がぎこち無いわね〜」

 

 そこに映っている北斗は、憮然とした表情をしていたわ。

 

「どちらかと言うと、泣き顔に見えますけど・・・

 しかし・・・私には信じられない事件です。」

 

 私が漏らした感想に、そう返事を返す氷室君。

 まあ、彼も普段の北斗しか知らないからね。

 

「今まで噂ばかりが先行してたからね。

 北斗自身、自分が不幸を呼ぶと思い込んでるみたいだったし。

 実際、零夜や私を避けている所があったわ。

 一人で自分の牙を磨き続けていた―――本当なら、一人で修められる技などたかがしれているのにね。

 あの子の資質がそれを補ってしまったのが、悲劇よね。

 本当に、孤狼と化してしまったのだから。

 そうね・・・ここに来たばかりの北斗なら、優華部隊の皆も近づけなかったでしょうね。」

 

 そう言いながら、私はその写真をテーブルの引き出しに仕舞い込む。

 記念・・・と言うか、後日からかう時のネタにしようと思いながら。

 

 あの子をからかうのも―――命懸けだけどね。

 それが私なりの、スキンシップのとりかただから。

 

「最初に北斗殿を見た時は―――殺されると思いましたよ。」

 

 その時の事を思い出したのか、青い顔をして身震いをする氷室君だった。

 だが・・・それは彼が気弱な性格だからでは、決してない。

 彼も生粋の軍人であり、木連男児である・・・その胆力は並みの男性より、遥かに強い。

 

 だがその氷室君ですら、一睨みで死の恐怖を呼び起こすのが―――北斗だった。

 

「でも、変わったわ・・・あの子。」

 

「ええ、自然体になっています。

 ・・・逆に、以前より隙が無くなってますね。

 張り詰めた鋼線より、今はしなやかな柳の枝を連想されます。」

 

 そう、あの子は更に強くなった。

 身心共に・・・

 本当の意味で、木連の希望となりえる存在へと変わったのだ。

 そして、その変化を促した存在が――――

 

「これが、飛厘からの二つ目の提出物です。

 彼のお土産の解析結果ですが、何とか『四陣』からのエネルギーチャージで使用可能なそうです。」

 

「そう、じゃあこれで攻守共に北斗のバックアップは万全ね。」

 

 彼からのお土産は、あらゆる意味で意外だった。

 携帯型DFS発生装置・・・

 気前が良いのか、それとも本当に北斗の身の上を案じたのか?

 それは本人にしか解らない。

 私も和平を進めているからと言って、そうそう現在の敵の贈り物を信じたりはしない。

 この発生装置は飛厘を使って、徹底的に調べさせた。

 しかし、ブラックボックスの部分はあったが、特に爆発物もなく、有害なモノも検出されなかった。

 そして、気が付いた北斗にその装置を千沙が差し出した時・・・

 

『・・・アキトの奴、何処までもお節介な事を。』

 

 そう言って、無造作にそれを掴んだそうだ。

 どうやら、罠は無いと確信をしていたみたいだ。

 

 そこまでくると・・・私としては苦笑をするしかない。

 どうやら、二人の間にはそんな小細工をする必要は無いらしい。

 一時期、人間不信に近かった状態の北斗の事を思うと、格段の進歩だろう。

 

「でも、本当に何者なのでしょうか?

 あのテンカワ アキトという男は。」

 

「あら、気になるの?」

 

 私が揶揄を込めてそう言うと、氷室君は真面目な顔で頷いた。

 だが―――それもそうだろう、彼とナデシコの登場により我々の有利は一気に引っくり返ったのだから。

 

 でも、一度だけ見たあの少年が『漆黒の戦神』だとは思えないわね。

 その腕前も、圧倒的な実力もその場で見せて貰ったけどね。

 ・・・もっとも、人は見掛けに寄らない、って言う典型かもしれないけど。

 

「少なくとも、『真紅の羅刹』と対等に戦える存在など木連にはいません。」

 

「そうよね〜・・・でも、あの北辰よりは余程好感が持てるわ。

 敵陣の最強の兵士に贈る言葉としては、不適切かもしれないけどね。

 ――――それより、北辰の行方は掴めたの?」

 

 私は表情を引き締め、氷室君に頼んでおいた調査結果を尋ねる。

 

「駄目です、見事にその姿を消しています。

 少なくとも、木連軍には存在していません。」

 

「そう・・・」

 

 何処に隠れたのかしら、あの男――――

 

 それともう一つ気になる事があった。

 今、秋山少佐をはじめ、九十九君と元一郎君を草壁閣下に徴集されていた。

 一時的な事らしいのだが・・・

 どうしても、何かが頭の隅に引っ掛かる。

 北辰との関連は無いと思うけど、別の思惑があるとしか思えない。

 草壁閣下の目指しておられる理想に―――不敬と思いながらも、私は不審を抱いている。

 どうして、未だに私達の存在を地球に表明しないのだろうか?

 その機会は何度もあった筈。

 また戦略上、私達の正体を明かす事はかなり有利な事なのに。

 

 それにナデシコクルーの話では、連合軍の邪魔が入るため。

 自分達では、木連の正体を公表できないらしい。

 無用な混乱を巻き起こし、被害者を出したくないという考えみたいね。

 ・・・まあ、為政者達にとっては過去の汚点である。

 そうそう、発表に踏み切りはしないだろう。

 その様に彼等が隠しておきたい気持ちは解るが、草壁閣下が木連の正体を隠す理由にはならない。

 

 一体、この戦争の意義は何処にあるのだろう?

 

 

 

 

 

 

「あ、あの〜、そろそろお昼時なので・・・」

 

「もうそんな時間なの?」

 

「そうですよ!!

 そこで舞歌様、宜しければ御一緒に―――」

 

 シュン!!

 

「おい、舞歌!!」

 

「あら、どうしたの北斗?」

 

「アイツ等に何を命令したんだ!!

 俺に化粧までしようとしたんだぞ!!」

 

「だって〜、どうせ飾るのなら見栄えが良くならないとね♪」

 

「あ、あの〜、舞歌様?」

 

「煩いぞお前!!」

 

   ドスン!!

 

「――――ぐはっ!!」

 

「あ〜あ、間が悪いんだから・・・

 結局、何が言いたかったんだろう?」

 

「おい!! 俺の質問に応えろ舞歌!!」

 

「はいはい。」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・逃げちゃいましたね。」

 

 私がそう呟くと、千沙さんが苦笑をしながら慰めてくれた。

 

「北斗殿に本気で逃げられれば、私達には止められないわよ。

 ・・・でも、格段の進歩よね。」

 

 そう言って、大きな穴が開いた壁を苦笑をしながら見詰めます。

 何が格段の進歩なのだろうか?

 戦闘能力?

 それとも、優華部隊と北ちゃんの関係?

 

「私にはいい迷惑よ・・・どうするのよ今夜寝る時。」

 

 憮然とした顔で、自室に開いた大穴を眺める飛厘さん。

 しかし、本当に怒ってはいないみたい。

 

「でも、北斗殿は何処に行かれたのでしょうか?

 また迷子になっていなければ良いのですが・・・」

 

 京子さんが心配そうな表情で、北ちゃんの行き先を心配してます。

 

「まさか、自分の所属する戦艦で迷子になるとは・・・思えんばい・・・多分。」

 

 しかし、三姫さんの発言に誰も同意をする人はいなかった。

 勿論、常日頃から北ちゃんや枝織ちゃんの道案内役をしている、私は頷いていない。

 

「・・・以前の様に、壁を壊しながら進まなければ。

 乗組員の皆も、そうそう文句は言わないだろう。」

 

「そうそう、あの時は大変だったよね〜」

 

 万葉さんの台詞に、百華ちゃんが相槌をうっている。

 実は北ちゃんが初めてこの戦艦に乗って、初めて迷子になった時。

 北ちゃんは格納庫の方面に向けて、壁に目印―――自分の拳の型――を残しながら歩いていたのだった。

 あの時は、流石に私も呆れたけど・・・

 脆い個所や、薄い場所には大穴が開いていたし。

 でも、迷子になった苛立ちを壁にぶつけてただけだと、私は確信してる。

 

 それに・・・『昂氣』に目覚めた今なら、壁を破壊して直進するかもしれない。

 またそれが可能な破壊力を、その身に宿しているのだ。

 ・・・間違って外壁を破壊して、宇宙に飛び出さなければいいのだけれど。

 

 幼少のあの事件の時から、自分の周囲に対して無関心になった北ちゃん。

 その性格は、枝織ちゃんも同じ。

 自分を取り巻く環境に無頓着で―――座敷牢に閉じ込められた時には、逆に清々としていた。

 その為に、限られた空間しか知らず。

 また、生来の方向音痴に磨きが掛ってしまった。

 

 人殺しの業でしか、自分の存在を信じられなかった北ちゃん。

 そして、常に捨てられる事に怯えていた枝織ちゃん。

 私には、徐々に壊れてく二人を見守る事しか出来なかった。

 

 そう、私の言葉では二人の中にある最後の檻を壊せなかった。

 

 けれど、あの人との出逢いにより。

 北ちゃんも、枝織ちゃんも確実に変わってきた。

 以前の様に、強いけれど儚く脆い印象は影を潜め。

 生き抜こうとする意思を、全身から感じ取れる様になった。

 私と昔一緒に遊んでいた、あの頃の様に―――

 

 ただ、その変化が私の努力によるものでない事が―――悔しくもあったけど。

 

  ピッ!!

 

「あ、舞歌様から通信が――――」

 

 飛厘さんがそう言って、自分の部屋に設置してある端末に向かう。

 そして、通信の内容を素早く読み・・・

 

「零夜、舞歌様の部屋に北斗殿を迎えに行って。

 それと千沙―――出撃命令よ。」

 

「解ったわ。」

 

 真面目な顔になり、そう報告する飛厘さんに千沙さんが簡潔に応える。

 周りの皆も、無言で頷く。

 

 そして、私達は飛厘さんの部屋から素早く退出する。

 皆はそれぞれのパイロットスーツに着替える為に、パイロットの控え室に。

 私は北ちゃんを迎えに、舞歌様の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十話 その5へ続く

 

 

 

 

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