< 時の流れに >
俺の目の前で、侵入者達が騒いでいる。
俺は自分の存在を隠す為に、ひたすら部屋の隅の方で気配を殺す。
心臓の代わりに動いている、エネルギー供給装置ですら最低レベルで保持をしながら・・・
見えない目の代りに取り付けられた、赤外線スコープの電源も落とした。
今、俺が頼りにしているのは、唯一の生身の部分と言っていい―――聴覚だけだった。
この部分だけは、他の皆より優れていた。
この部分以外は、ものの役に立たないと言われ、機械と交換された。
そしてこの聴覚だけが、俺が人間である証拠だった。
そんな俺の聴覚に、侵入者達の大声は煩いとしか感じられなかった。
「ナオ!! これを見てみろ!!」
「何だよ、ハッキングに成功したのか?」
「そんな問題じゃねえ!!
いいか、このサツキミドリはな、大気圏突入前に爆発をするプログラムがされていた!!
このタイミングなら、かなりの確率でサツキミドリの本体は地球を逸れる。
爆発により切り離された破片も、大気圏内で燃え尽きる大きさだと思うぜ。
だが、それもバリア衛星のお陰で、地球への落下は防げるだろうな。」
「それは嬉しい誤算だな。
だが―――されて・・・いた、だって?」
「ああ、その後誰かがプログラムの修正をしている。
しかも、かなり高度なプロテクトのオマケ付きでな!!
この新しいプログラム通りだと・・・
サツキミドリはかなり際どいタイミングで爆発。
破片は――――主に西欧諸国を襲う。
その上このタイミングの爆発だと、サツキミドリ本体の針路変更も危ういが。
何より、剥離した破片が燃え尽きるとは絶対に・・・思えん!!」
ガン!!
「・・・書き換えは可能なのか!!」
「そんな時間は無ぇ!!
さっきの情報を引き出すだけで、これだけの時間が掛かったんだ!!
軌道計算から、落下速度、それに爆発のタイミング・・・とてもじゃないが、計算しきれるか!!
せめてルリルリ達が居れば可能かもしれないが、居ない奴の事を言っても仕方が無いだろう!!」
「くっ!! 木連の艦隊が随分前に引き上げて行くのを確認してから、俺達は侵入したんだ。
なら、誰がこの書き換えを行なった!!」
「・・・最初から怪しいとは思っていたんだ。
放棄されたはずのサツキミドリ内に、空気と人工重力が働いてる時点でな。
木連の奴等は、サツキミドリの外郭に爆弾を仕掛けていたからな。
内部に入る必要は無かったはずだ。
つまり、俺達以外に侵入者が居る―――そう言う事だ。」
二人の間に沈黙が訪れたのを合図に、俺は自分の活動を開始した。
Dが俺にした命令は、このプログラムの変更を阻止する事だったからだ。
俺はこの二人組が、排除するべき敵だと――――判断した。
何故、私は彼をこれほどまでに、気に掛けているのだろうか?
何故、彼は私の前に再び現れたのだろうか?
何故―――この様な事になってしまったのだろうか?
「しかし、意外だな〜
ナデシコクルーと言うからには、もっと抵抗をするかと思っていたんだが。」
カエンが揶揄するような口調で、後ろ手に縛り付けられているナデシコクルーに話し掛ける。
「俺達も馬鹿ではない、テンカワと互角に戦える敵に、挑みはしない。」
無愛想な顔の大男・・・ゴート ホーリがカエンの質問にそう応える。
「その割には、一人元気な奴がいたな。
まあ、もう口を聞く元気も無いと思うがな。」
そう言いながらカエンが見た方向には、ズタボロ状態の男が一人・・・
「俺の名前はダイゴウジ ガイだ!!
ガッ、ハッ・・・お、覚えておけ!!」
「驚いたな、まだそんな元気があるのかよ?
俺の攻撃を正面から受けて、良く意識が残っているな。」
血反吐を吐きながらも、そう言い切る男を前にして。
カエンの目が細くなる―――
どうやら、自分の思い通りに相手を壊せなかった事が・・・気に入らないらしい。
「なら、ついでに耐火テストをしてやるよ―――」
ゴウゥゥゥ・・・
振り上げられた右腕に、業火が宿る。
その腕を今にも振り下ろそうとした時・・・
「待て、カエン。」
「何故止める!!」
今まで黙っていたDが、カエンの行動を止めた。
「先程インから連絡が入った。
どうやら、一人逃したらしい。」
「ほぅ!! そいつは面白い!!
俺の遊びを止めるからには、そいつを狩らしてくれるんだろうな?」
インの襲撃を逃れたと言う敵に、興味をそそられたらしく。
最早、地面に蹲っている男の事は、眼中に無いようだ。
「捕虜の情報を信じるのなら、このサツキミドリに侵入してきたのは6人。
タカバ カズシ、ゴート ホーリ、ヤマダ ジロウ、アオイ ジュンは、この場に拘束済み。
ウリバタケ セイヤも、先程インが捕らえた。」
柱に縛れている三人の捕虜と、床に倒れている一人の男を一瞥し。
記憶にある、顔と名前を確認するDだった。
そして―――
「最後に、ヤガミ ナオか。」
「・・・そうだ。」
抑えきれぬ喜び―――それは狂喜―――
カエンの表情には、それがあった。
「殺してやる、殺してやるよ・・・ヤガミ!!」
「待て、まだ奴には―――」
ダン!!
Dの制止を振り切り、カエンはその場から走り去った。
暫し、その場で考え込んだ後・・・Dは私の方を向き。
壁にもたれ掛かっていた私に、感情を伺わせない声で命令をした。
「カエンの奴が見境無く暴れて、サツキミドリに設置した爆弾に誘爆をされては意味が無い。
俺はこれからカエンをフォローする、君はコイツ等を見張っていたまえ。」
私の返事も待たず、Dはその場から立ち去ろうとする。
正直言って、私はその命令に困惑をしていた。
そんな私の心情を知っているのか、部屋の出口付近で立ち止まるD・・・
「これが、その男との最後の逢瀬だ。
何か言いたい事もあるだろう、チハヤ?」
「そんなモノ・・・無いわよ!!」
私の怒鳴り声など聞えもしないと言う態度で、Dは部屋から出て行った。
そして正面を向いた私と・・・アオイさんの視線が絡まる。
相変わらず、真っ直ぐな眼差しが私を見詰めていた・・・
そこには私に対する非難は無く、ただ一心に私の顔を見ている。
初めて会った、あの庭園の時と同じ目で。
何故――――こんな事になってしまったのだろう?
私は彼の命を握る今の自分の立場に、激しい苛立ちを感じた。
僕達が捕まったのは、皆と別れてから直ぐだった。
ナオさんとウリバタケさんは、姿勢制御為のコントロールルームへ。
僕とゴートさんは、通信ルームに向かう。
ヤマダ君とカズシ補佐官は、速やかに脱出する為に連絡船に残っていた。
そしてナオさん達と別れ、一つ目の角を曲がった時。
目の前に、あの男は居た。
「・・・アオイ ジュン、ナデシコの副官。
それとゴート ホーリ、ネルガルのシークレットサービス所属、か。」
左手に持っていた書類を、読み上げる目の前の男に。
僕達は一歩も動く事が出来なかった。
そして、男が書類から顔を上げ僕達を見る。
その男の目を見た瞬間―――心臓が止まるかと思う程のプレッシャーを感じた。
感情を伺えない瞳には、生気が少しも感じられなかったのだ。
「俺の存在に騒がないところは、流石は音に聞えしナデシコクルーだな。」
ガァン!! ガガン!!
抜き打ちで放ったゴートさんのブラスターの弾は・・・
男の1m程手前の空間で止まっていた。
「やはり、無駄か・・・
―――D、それがお前の名前だったな。」
「その通りだ。
解っているのなら無駄な抵抗は止めろ。
俺としても、余計な労働に勤しむつもりは無い。」
本当に、僕達の事などどうでもいいように話すD。
実際、コイツにとって僕達の存在など、歯牙にも掛けていないのだろう。
しかし、その態度が僕には悔しい事に納得出来る。
テンカワ君の報告が本当なら、彼には絶対に勝てない。
現にゴートさんの不意打ちは、意味を成さなかった。
僕とゴートさんが手持ちの弾丸を使いきっても、結果は一緒だろう。
僕とゴートさんはお互いの顔を見て頷き。
武器を地面に投げ出して、両手を挙げた・・・
そう・・・今は下手な抵抗をする時ではない。
「賢明な判断だ。」
「誉めていただき、光栄至極だよ。」
僕に出来る事は、Dの誉め言葉に皮肉を返す事位だった。
両手を上げた状態で連れて行かれた部屋には―――先客がいた。
後ろ手に縛られ、地面に転がされているカズシさんとヤマダ君。
そして、忘れらないあの女性・・・
何故、僕達はこんな場所で再会をしたのだろう?
何故、運命というモノはこんなに皮肉が好きなのだろう?
何故―――僕は、チハヤと再び会えた事が、これほどまでに嬉しいのだろう?
「あ〜あ、どうしてこの私が貴方みたいな筋肉馬鹿と、一緒に行動をしないと駄目なのよ?」
「仕方が無いだろうが、俺にしか爆薬は運べね〜し。
お前が一番プログラム能力に長けてるんだからよ。」
私の愚痴に、律儀に返事を返す怪力大男のジェイ。
見掛けとは裏腹に、この男は気配りと配慮が上手い。
不自然なまでに気取っているカエンや、ひたすら陰気なインよりは親しみがもてるが・・・
やはり、私としてはDと一緒の方がいい。
それは、本当に本心からの願いだった。
残されている限られた時間―――なら、自分の好きなように生きたい。
でも、自分に正直に生きる事は難しく。
それ以上に、現実は厳しい。
そう、やり切れない程に―――
「でもよ、今更人殺しが悪いなんて、馬鹿な事は言わないけどよ。
・・・億単位の死人が出るぜ。」
ガシャッ!!
――――ギィ、ギィ、ギィ
背後に引きずっていた爆薬の箱から、超高性能爆弾を取り出し。
私の指定した位置に取り付けるジェイ。
内部構造の連結分を狙ったその爆発は、確実に大きな亀裂となり。
サツキミドリを内側から細断するだろう。
そして、他の場所に仕掛けた爆薬との相乗効果により―――
かなりの大きさの岩石が、西欧方面に降り注ぐ。
そして地上は阿鼻叫喚の世界と化すだろう。
「良いんじゃない? 別に?
どうせ、私達は悪役として生まれた身だし。
それに、少なくとも未来永劫、人の記憶から忘れ去られる事は無いわよ。」
「小学校の歴史の授業でか?
ま、それも悪くはないか。」
私の返事を聞いて、苦笑をしながら次のポイントに向けて歩き出すジェイ。
私達の中で、一番人間らしさを持っているのは―――この大男かもしれない。
「待ちなさいよ。
貴方は次の設置ポイントなんて、絶対に覚えてないでしょ!!」
「そう思うなら早く案内してくれよ。
もう、残り時間も少ないんだしよ。」
「解ってるわよ!! そんな事くらい!!」
そして、私達の姿は闇に消えて行った。
ドン!!
後ろ手に縛られた状態で、俺は部屋の中に突き飛ばされた。
その不自由な体制では、身体のバランスがとれず、そのまま床に倒れ込む。
---------ドサッ!!
「痛いだろうが、コラ!!
もう少し丁寧に扱いやがれ!!」
俺が顔だけを向けて抗議の声を上げても、その男は無表情のままその場を去って行った。
最初から最後まで、俺を連行した男の声は聞けなかった。
それにしても・・・くそったれが!! 何なんだ、あの無愛想な奴はよ!!
あれに比べたら、ゴートの奴でも余程表情が豊かだと思えるぜ!!
「・・・あ、ゴートの奴は、ムッツリスケベなだけだったな。」
「・・・悪かったな、ムッツリスケベで。」
「おう、まったくだ―――って、居たのかゴート!!」
驚いて、縛られた身体を声がした方に向ける。
ええい!! 動き難いなこの体勢はよ!!
多大な努力を消費して、俺は背後に向かって視線を走らせる。
そこには憮然とした表情のゴートと、苦笑をしているカズシとヤマダが座っていた。
いや、ヤマダだけは地面で寝てるんだけどよ。
・・・どうも、遠目から見てもヤマダの奴はボロボロだ。
派手に反抗をしたんだろうな、コイツなら。
ま、直ぐに復活するだろう、身体だけは丈夫だしな。
取り敢えず仲間の無事を確認した俺は、その近くまで歩いていく。
しかし、ジュンの奴はどうなったんだ?
ナオの奴は―――ま、後はアイツだけが頼みの綱だよな。
「おい、ジュンはどうしたんだよゴートさんよ?」
ジュンとゴートは一緒に行動をしていた筈だ。
「・・・」
俺がジュンの安否を尋ねると、途端に渋い顔になるゴート・・・
まさか!! 殺られたのか!!
「いや無事だ、だから黙ってろウリバタケ班長!!」
大声を出そうとした俺を、カズシが小声で押し留める。
何故、小声になるんだ?
「どういう事だよ?」
そこで釣られて小声になる、俺も俺だが。
その俺の問い掛けに、首を振って部屋の角を示すカズシ。
そこには・・・
「馬鹿よね、本当に・・・自己犠牲なんて、今時の人間とは思えないわ。」
「軍人だからね―――」
「軍人だからって理由で、自分の身を犠牲にするの?
それは命令だから? それとも名誉の為?」
「違うよ、僕にも守りたいモノがあるんだ。
・・・テンカワ君ほど、多くのモノを守れないけど。
それでも、手に届く範囲では―――僕に出来る限りの事はしておきたい。
だって、僕が軍人になった理由は、大切な幼馴染を守りたかったからだから。」
「・・・そう。」
「あ、勘違いしないでよ!!
ユリカには・・・もうテンカワ君がいる。
僕の役目は―――終ったんだ。」
「なら、今は何を目標にアオイさんは頑張っているの?」
「それは・・・」
ドタバタ!!
ゴロゴロ!!
「何なんだあの甘い会話は!!!」
その場で堪えきれず床を転がっていた俺は、埃塗れの顔をあげてカズシを問い詰める!!
「知るか、先程から二人だけの世界だ・・・」
天を仰いで溜息を吐くカズシだった。
「・・・」
俺も余りの馬鹿らしさに、何もする気が無くなった。
どうせ、ナオが助けに来ない限り逃げ道は無い。
俺達の位置は、コミュニケで知る事が出来る。
ナオ自身は自分の位置信号を切っているので、俺達からは見つけ様が無いが。
そして、現状の再確認をする。
この女性にロープを解いてもらっても、俺達ではアイツ等には勝てない。
また、俺を捕まえた男は姿を消す事が出来たのだ。
・・・何時の間にか、この部屋に入って来てるかもしれねえ。
俺の記憶が確かなら、残された時間は2時間足らず。
その間に―――何か上手い手を考えないとな。
だが・・・
「僕は今まで責任感に囚われて、ユリカの側にいたのかもしれない。」
状況は刻一刻と・・・
「・・・そうなの?」
悪い方向に変化しているのに・・・
「今では、僕の代わりにテンカワ君がユリカをフォローしてくれている。
その事に、何故か凄く開放感を感じているんだ―――近頃は、ね。」
こ、この、このののののおのの〜〜〜〜〜!!
「開放感・・・ね、そんな事を感じたのは、何時だったかしら?」
「大丈夫だよ、チハヤ、君にも―――」
ラブラブカップルが!!
現状をちゃんと認識してるのか、あ、コラ!!
本当にいい加減にしろよ?
あの温厚なカズシまでもが、危ない目付きだぞ!!
バァン!!
派手な音と共に、部屋の扉が吹き飛ぶ―――
「待たせたな、皆!!
直ぐにここを出て・・・って、何があったんだ?」
全身に傷を負いながらも、ナオが俺達を救出に来た時。
俺達は場違いなカップルの片割れに、思い付く限りの制裁を加えているところだった。
ちなみに、ヤマダの奴は未だに意識不明だ。
・・・そう言えば、治療もしてやらなかったよな?