< 時の流れに >
「・・・」
カエンの反応が消えた。
まさか、身体に何か重大なトラブルが発生したのか?
それとも、俺に感知出来ない範囲で戦っているのか。
―――それは有り得ないだろう。
カエンにとっても、余りにリスクが大きすぎる。
俺の感知範囲外―――この場合は宇宙になるな。
ならば・・・
「トラブル、か。
いや、まさかナオ相手に遅れを取ったのか?」
もしそうならば、カエンにとっては面白く無い事態になった様だ。
前回の件もある。
あの科学者達にとって、俺達が生身の人間に負ける事は有ってはならない事らしい。
だが、現実に俺達は勝てなかった。
二人の人間相手に、五人掛りでもだ。
「所詮、机上の計算でしか物事を計れない奴等か。
だが、カエンを庇う事も限界だな―――何より、カエン自身が拒否をするだろう。」
既に、作戦は最終段階に入った。
この事件の張本人は木連・・・という事になっている。
そして、あの会長は邪魔な西欧方面の勢力を、軒並み壊滅状態に追い込める。
それにもうそろそろ、木連との関係に終止符を打つつもりらしいな。
近いうちに、俺達が木連に行く事になりそうだ。
そう―――唯一、ロバート=クリムゾンと面会をした草壁春樹を殺す為に。
自分の罪を闇に葬り、木連との共闘関係は幹部の誰かの仕業にするつもりだろう。
「その時が、俺達の最後の仕事だな。
―――さて、エル達を迎えに行くか。」
全方向に意識を向け、集合の合図を送る。
その合図に返答を返してきたのは―――やはり、三人だけだった。
既にサツキミドリの落下コースの変更は不可能だ。
後は下手な細工をせず、俺達の仕掛けたプログラムを実行する方が被害は少ない。
その事を、あのナデシコクルーなら判断できるだろう。
・・・まあ、悪足掻きをして被害を増やしても俺の責任ではない。
それに一応の見張りとして、チハヤを残している。
もっとも、彼女が裏切る事は計算のうちだ。
今回の同行も、俺達の監視というあやふやで意味が無い命令の為だった。
そして俺の受けた指令には、チハヤの処分も入っていたのだ。
どうやら、利用価値が無くなったと判断されたらしい。
―――だが、別に殺す事も無い。
どうせ、一人では何も出来ない弱い女だ。
ナデシコクルーの一人と結ばれても、特に問題は無いだろう。
そう、俺にはどうでもいい事だ・・・
「で、どうなってる?」
俺はナオの怪我を治療をしながら、ウリバタケに問う。
「イテテテテテテ!!
そこ折れてるんですから、優しくして下さいよ!!」
「地上に連絡はした・・・今頃はパニックだろうな。
だが、連合軍も衛星軌道上に集合しつつある・・・気休めだがな。」
ナオの悲鳴は無視して、ウリバタケが俺の質問に応える。
そうか、西欧方面軍の艦隊が展開してるのか・・・
しかし、幾ら分離するからとは言え、これだけの質量が相手では無茶だな。
かと言って、下手にプログラムを弄れば―――サツキミドリ本体が地球に落ちかねない。
もしそうなれば・・・
「凄げえ!!
恐竜の滅んだ歴史を体験出来るのか!!」
「冗談でもそんな事を言うな!!」 × 5人
ボクゥ!!
ドガッ!!
グシャ!!
メキョ!!
「・・・ひでぶ(バタ!!)」
俺達の連携攻撃により、ヤマダ轟沈―――
3分前に手当てをしてやったら、これだからな。
当分は床で眠らせておこう。
それにしても・・・
「チハヤ君、君はどうして逃げ無いのかね?」
部屋の片隅で、壁に背を預けて立っているチハヤ君に俺は話し掛ける。
その傍らには、心配そうな顔のジュンが居た。
まるで、俺達からチハヤ君を守るような位置に立っている。
・・・無意識かどうかは知らないが、かなりお熱らしい。
「帰るところなんて、無いもの・・・
私はクリムゾンにも捨てられたのよ、テンカワ アキトは既に人の手に負えないからね。
スパイとしては並以下の腕前しかない私なんて、これ以上使えないって事よ。」
寂しげに笑うその顔には、生きる目的を見失った者特有の倦怠感があった。
・・・戦場では良く見かける表情だ。
家族を、恋人を、友を永遠に失い、これから先の人生に希望を抱けない。
そんな人間がする表情だった。
だが―――それでも生きている以上、残された者は生き抜く義務がある!!
死んでいった大切な人達を忘れない為にも、生きなければいけない!!
俺やシュン隊長がそうであった様に!!
「なら、ナデシコに来れば良い!!
大丈夫だよ、あそこなら君を守れる!!
それに、僕が――――――」
「僕が―――何だよジュン?」
勢い良く話し出したジュンを、ウリバタケが面白そうに見ている。
その目は笑っていないが・・・
「まあ、地球に降りるのは危険だな。
それに一度ネルガルを裏切っているんだ、クリムゾンから切り捨てられた・・・
と主張しても、過去の裏切りを許すような甘い世界じゃない。
その事は、一度でもその世界に身を置いたのなら知っているだろう?
なら、良い機会じゃないか、足を洗って―――別の人生を歩んでみろよ。」
ナオが笑いながら、座っていた床からその身を起こす。
そしてジュンの傍らに立ち、その身体をチハヤ君に向けて押し出した。
「丁度、憎からず思ってる相手もいるんだし、な?」
ニヤニヤと笑うその顔は、祝福しているのか、からかっているのか判別がつかない。
ジュンは真っ赤な顔をになり、チハヤ君は複雑な顔をしている。
だが、嫌がっていないようだ。
「・・・まあ、ナデシコに来たとしても当分は監禁だな。
流石に敵の元スパイを自由にはさせられん。」
ゴートも何時もの表情でそう言っているが、反対はしていないようだ。
「俺としては、女性が増える分には文句は言わね〜が。
・・・ジュン、後で格納庫に出頭しろよ。」
「・・・はい。」
ま、ジュンが不幸になる分にはいいか。
「でも、私は・・・」
未だに悩んでいるチハヤ君を説得したのは・・・
「・・・身の振り方を決めるまでは、ナデシコに居てもいいじゃないか。
今までの事を整理する時間だと思ってさ。
それに―――少なくとも、僕は君を歓迎する。」
ジュンの笑顔と、殺し文句だった。
・・・成長したな、ジュン。
その方面なら、アキトにも十分勝ってるぞ!!
「D!! カエンからの連絡が無いってどう言うことよ!!」
「・・・そのままの意味だ。」
「置き去りにするのか?」
「ああ、そうだ。」
「・・・そうか。」
「ジェイ!! 貴方どうしてそんなに冷静になれるのよ!!
カエンをこのサツキミドリに残す事は、「死」と同じ意味なのよ!!
今からでも間に合うわ!! 早く救出に―――」
「無駄だ、俺にもカエンの位置は特定出来ない。
つまり、エネルギー発生装置を破壊されたのだろう。
予備に切り替えて、既に2時間―――もう、間に合わん。」
ピッ!!
『―――その通りだぜ、エル。』
「カエン!! 貴方・・・コントロール室に居るの?」
『ま、そう言う事だ。
残念ながら、ナオの奴は通信室みたいだな。
今から追いかければ、ギリギリ間に合うだろう。』
「ナオの事は無視をして、私達と合流しなさい!!」
『・・・実は今さっき、制御室のコンピュータを破壊した。』
「!!」
『もう、コース変更は有り得無え。
そして、加速が止まる事無く、サツキミドリは地球に落ちる。』
「・・・それが、お前の望みなのか?」
『すまねえな、D。
俺一人で死ぬのも、何だか腹立たしいからよ・・・
ナオが必死で守っているモノごと、粉砕する事に決めた。』
「そうか、好きにしろ。
俺は月でお前の死に様を見ていてやる。」
『ありがとよ・・・アニキ。』
ピッ!!
「・・・趣味だった、オールドムービの見すぎよ!!
何格好つけてるのよ、カエンの奴は!!
だいたい地球を道連れに死ぬなんて、三流ムービーより笑えない話だわ!!」
「黙れ!!」
「ジェ、ジェイ?」
「俺達の寿命―――耐久限度は後一年足らずだ。
なら、死に場所くらい選ばせてやれよ。」
「・・・行くぞ。」
コツコツコツ・・・
「ああ、解ったよ・・・イン、お前は何も言わないんだな?」
「・・・」
「そうか、お前なりに・・・悲しんでる、か・・・」
カツカツカツカツ・・・
「・・・せめて華々しく散りなさいよ、ナオの始末は私がつけてあげるわ。
それにしても、最後の最後まで――――――馬鹿よね、貴方は。」
しかし、ジュンの奴も熱いね〜
まさか敵方の女スパイとラブロマンスとは!!
う〜ん、羨ましいシチュエーションだぜ!!
「なあ、カズシさんよ。
何処でジュンの奴はあの女スパイと知り合ったんだ?」
廊下を脱出ポッドに向かいながら、俺は隣を走るカズシさんに訪ねる。
ちなみに、俺達が乗ってきた連絡船は、カエンとか言う奴に破壊されちまった。
今でもあの男の事を考えると、体中に震えが走る・・・
俺の目の前で、連絡船の胴体に素手で穴を開け。
その穴から盛大な炎が船内に走り―――連絡船は内側から燃え尽きた。
俺の格闘能力では相手にならないと解っていたさ。
だが、皆の為にあの連絡船を守っていた立場上・・・許せなかっただけだ。
勿論、無力な自分がな。
まあ、結果は見事な惨敗だったが。
それでも、あそこで挑まないのは俺らしく無え!!
例え敵わないと理解していても、退くのは嫌だったんだ!!
「チハヤ君か・・・
報告書を見る限り、初めて出会ったのはピースランドでの爆弾事件の時だな。
それ以前にも、アキトと接触があったらしい。」
「へえ、アキトの関係者かよ?」
「・・・まあな。」
苦い表情のカズシさんを見る限り、どうやら面白い話ではないらしいな。
・・・思い出すのも嫌な事を、聞き出す様な趣味は俺には無い。
しかし、やっぱりと言うか・・・アキト絡みなんだよな〜
「ラブロマンスと言えば、お前も負けてないだろうが、ヤマダ。」
「俺が?
・・・何の事だよ?」
「・・・本当に、気付いてないのか? ん?」
探るような目でそう言われたので、必死に記憶を探る・・・
小学校時代―――ゲキガンガーと出会い、ナナコさんに恋心を抱く。
中学校時代―――復刻版「ゲキガンガー3」を見て、軍に入る事を決める。
訓練生時代―――激しく熱血をする。
ナデシコ就任―――医療室の主になる。
ナデシコ就任一年後―――遂に前線で戦う漢になる。
「やはり・・・ナナコさんの事か?」
「・・・苦労するな、あの娘達も。
アキトよりたちが悪いかもしれんな。」
何故か、冷たい目で見られてちまった。
そうこう言ってる内に、俺達は脱出ポッドに辿り付いた。
この脱出ポッドは、人数制限が4人までの筈だが・・・
俺とカズシさんなら2人入っただけでも―――狭い!!
その上、万一に備えて宇宙服を着ているから、更にお互いに体積を増しているからな!!
「おい、こっちは怪我人なんだぜ!!
もう少し端に身体を寄せろよ!!」
「貴様こそ、年上と上司に対する遠慮と配慮の心が無いのか!!」
「そんなものナデシコに乗る前に、トイレに捨ててきたぜ!!」
「人として大切な美徳を捨てるな、大馬鹿野郎!!」
ギャーギャー!!
・・・ドゴン!!
「「・・・うげっ!!」」
と、騒いでるうちに脱出ポッドは打ち出され。
その発射時の急激なGにより、俺達の喧嘩は強制的に仲裁されちまった。
ガゴン・・・
俺の目の前で、脱出ポッドの扉が閉まる。
後はサツキミドリから打ち出され―――ギリギリの燃料で逆噴射をして、地球に降り立つまでだ。
まあ、丈夫さが取り得の脱出ポッドだ。
一応の用心の為に宇宙服も着込んだ。
これ以上は手の打ち様は無い。
後はポッドの打ち出しをコンピュータに指示するだけだ。
しかし―――狭い。
「ゴートさん、もう少し隙間を空けていただけませんかね?」
「幾ら丁寧に話しても、時間と空間は有限だ。」
ナオの文句に俺がそう応える。
「やっぱり、隣の脱出ポッドまで行けば良かったな。」
「ウリバタケ班長、今頃になって後悔をするな。」
憮然とした表情で、ポットに居座っているウリバタケ班長に俺が文句を言う。
だいたい、隣の区域にある脱出ポッドに行きたくない理由が凄い。
『ラブラブカップルの隣をこれ以上歩けるか!!』
が、ウリバタケ班長が俺達の脱出ポッドに乗り込んだ理由だ。
・・・気持ちは解らんでもないが、時と場合を考えてくれ。
「・・・カウント、入ってますよ。」
ナオが不機嫌な顔で、そう俺達に忠告をする。
こいつにとって大切な女性が住む土地が、隕石の大群に襲われるのだ。
幾ら事前に通信をいれ避難を助言していても、万が一の場合がある。
今も、心の奥底では彼女の無事を祈っているのだろう―――
・・・ドゴン!!
そして脱出ポッドが発射される。
急加速によるGにより、俺達の顔が歪み・・・
加速が終るに従い、身体に襲い掛かるGが緩やかになっていく。
「だけど、とうとうアイツ等と出会わなかったな・・・
もっとも、今更このサツキミドリに残っているとは思えんが。」
ウリバタケ班長が忌々しそうに呟く。
それと同時に―――
ピッ!!
『残念、俺はまだサツキミドリに残ってるぜ。』
突然開いたウィンドウには、狂気の笑みを浮かべる―――カエンがいた!!
『貴様!!』
「ははは、そう慌てるなよナオ。
残念だが俺はお前を殺せなかった・・・
だから、代わりに死ぬほど後悔させてやるよ。」
僕の目の前の男は、本当に人間なのかと疑いたくなる様な笑みを浮かべている。
その手前の床に倒れた状態で、僕の背筋は凍りついていた・・・
ナオさん達と分かれて、隣の脱出ポッドに乗り込もうとした瞬間。
僕の意識は途絶え―――
気が付いた時には、この男の足元に縛られて横たわっていた。
そうだ、彼女は―――チハヤは何処だ!!
『何だと!!』
「この・・・」
ガシッ・・・
ナオさんに向かってそう言いながら、僕の服の襟首を掴んで持ち上げる。
僕の体重など問題にならないその力に、改めてこの男の恐ろしさを感じた。
そして、吊り下げた僕をナオさんの目の前に差し出す。
「この坊ちゃんを、お前の目の前で殺そうかと思ったが・・・
それだけじゃ面白くねえ。
お前達には、俺と言う奴の事を一生忘れる事が出来なくしてやる。
それが―――俺の望みだ。」
『ふざけたことを言うな!!』
ナオさんが凄い形相でカエンに向かって怒鳴る。
だが、カエンは涼しい顔でその怒鳴り声を聞いていた。
「・・・心配しなくても、この坊やは返してやるさ。」
ドカァッ!!
「くっ!!」
僕は腕の一振りで、脱出ポッドに放り込まれた。
そして閉じられる扉―――
「良い旅をしてきなよ、僕。」
その時の、この男の顔は忘れない。
いや、絶対に忘れる事なんて出来るもんか!!
コイツのした事を―――コイツが彼女にした事を!!
バタン!!
扉がロックされる。
ガチン!!
ガチン!!
何かを貼り付ける音がする?
『き、貴様!!!!!!!』
ナオさんの怒鳴り声が、嫌が上にも悪い想像を助長する!!
「聞えてるか、お坊ちゃん?
まあ、聞えて無くてもいいけどな。
実はチハヤ君をポッドの扉に貼り付けさせてもらった。
その上、射出時の衝撃に耐えられるように溶接までしてやったぜ。
詳しく説明をするとだな・・・扉を開けると、この女の四肢が切断される。」
「なっ!! 貴方は何を考えているんですか!!」
信じられない事を言う男に、僕は思わず声を荒げる!!
そして縛られている手足を激しく動かし、何とか自由を取り戻そうとする!!
『う・・・あ・・・ここ・・は?』
「感謝しなよ、通信機はONのままだ。
お前の始末も俺の仕事の一つだったからな・・・」
チハヤ!! 本当に脱出ポッドの扉に溶接されたのか!!
『あ、貴方は・・・カエン?』
「そう言うことだ、もう直ぐ俺の力も尽きる。
最後の最後まで、悪役を演じさせてもらうぜ。」
その言葉に僕は―――この男の本気を知った。
『・・・何故、そこまで俺達を憎む!!』
「俺達? 違うな、俺が憎んでるのはナオ、お前だけさ。
そして、ぶち壊したいのはこの世界そのもの!!
知ってるか? このサツキミドリの制御装置が爆破されたのを?」
なんだって!!
それじゃあ、このままサツキミドリは減速もせずに地球に落ちるのか!!
『な、馬鹿な!!』
「ひゃはははははは!! その顔が見たかったんだよ!!
深い絶望と恐怖に彩られたお前の顔がな!!
地下に深くに避難していたとしても勿論無駄だ!!
お前の大切な女は助かる事は絶対に無い!!
そして!!」
カエンのその声を聞いた瞬間、僕の脳裏に最悪の事態が横切る!!
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「言った筈だぜ坊ちゃん!!
良い旅を―――ってな!!」
ガゴン!!
扉が開く音と同時に―――
・・・ドゴン!!
『きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!』
凄まじい勢いで、脱出ポッドが打ち出された!!
チハヤの長い悲鳴を引き連れながら!!
全部終った・・・
もう、ナオの奴の叫び声も殆ど聞えねえ・・・
『・・・!!・・・!!!!!』
死ぬって言うのは・・・結構気持ち良いもんだな・・・
どうせ、この身体は地球に落ちたと同時に砕け散る。
俺としても、こんな身体を残しておきたいとは思わねえ。
それにやっと解放されるんだ、この地獄から。
ただ、最後に・・・
そして、俺の意識は途絶えた―――
最後の一瞬、外の景色を映したウィンドウに何か光るモノを見た様な気がした・・・