< 時の流れに >
コンコン!!
「誰が来たんだ?」
ノックの音に反応して、カズシが隣の部屋にあるドアへと向かう。
この部屋に来れたということは、少なくともゴートのチェックには引っ掛からなかった奴だろう。
今、ナオはテンカワの所に行ってるので、代わりにゴートが護衛をしているのだ。
そして俺は憮然とした表情で、オオサキ提督の前に立っていた。
ここはオオサキ提督が与えられたホテルの一室だった。
また、テンカワの身柄も同じ階の一室に移されている。
・・・下手に軍内の病院より、今は近くで看護をする方が安全らしい。
最早、テンカワとオオサキ提督は、和平反対派の軍と政治家全員の敵とも言えた。
そして、審問会が行なわれたこの西欧方面軍の宿舎は―――魑魅魍魎が暗躍する地となった訳だ。
明日にはナデシコがこの西欧方面軍の基地に到着する。
今までは軍内のゴタゴタが続く為に、衛星軌道上で束縛をされていたのだ。
関係者は揃って、ナデシコとテンカワ アキトを恐れていると言う事だ。
「ジュン、お前は簡単に復讐と言うが。
・・・その言葉の重さを本当に理解しているのか?」
「・・・」
オオサキ提督の言葉に対して、先程と同じ様に沈黙で答える。
提督は部屋に備え付けられていた椅子に座り、机の上の書類を睨んでいる。
その仕事の傍ら、俺の事を呼び出して質問をしているのだ。
だが、話したところで貴方に俺の心の苦しみが解るものか。
それより俺は自分を鍛える事で頭が一杯なんだ。
俺の邪魔だけはしないでくれ。
無言で睨みつける俺を一目見て、頭を掻くオオサキ提督。
そして―――
「はあ、まったく・・・普段素直な子供ほど、一度捻くれたら止まらないからな。
どうやって躾をするかね、全く。」
―――随分勝手な事を言う。
渋る俺を呼び出しておいて、何を勝手な事を。
その言葉と態度に怒りを覚えた俺は、遂にオオサキ提督に対して口を開く。
「お言葉ですが、私事に余り干渉されるのはどうかと思います。
これは俺の問題であり、オオサキ提督には何も関係は有りません。」
「人に縋りつくだけの子供が、何を偉そうな事を言う。
自分一人の力で復讐が出来る相手か?
お前の復讐の大前提は、俺達を巻き込む事なんだぞ。」
「!!」
オオサキ提督の発言に、俺は頭を鈍器で叩かれた様な衝撃を受けた!!
俺は自分一人の力で復讐をするつもりで・・・他人を巻き込んでいたのか?
「そんな事も気付かない奴に、あのクリムゾンが倒せるか。
相手の情報は全然無し。
攻撃方法も持っていない。
組織力、戦力、情報、それにナデシコの現状。
・・・お前がこれ以上、馬鹿な事を続けると言うのならナデシコを降りろ。」
俺は呆然とした頭の中で、オオサキ提督の言葉を考えていた。
組織力・・・俺という個人に限れば、孤立無援だろう。
戦力・・・テンカワどころか、ナオの足元にすら俺の実力は及ばない。
情報・・・相手の情報はまるで解っていない、ましてや俺には情報収集の手段は無い。
ナデシコの現状・・・テンカワの事により、以前に増して厳しい立場になっている。
だが、それでも俺は―――
耳から消えない、最後の彼女の呟きが・・・俺を苦しめる。
眠りにつく度に、意識を失うごとに―――その言葉が俺の耳に蘇る。
『でも、やっぱりこれだけは伝えておきたい―――貴方が、すきで・・・』
その言葉が聞えるたびに、俺はベットから跳ね起きる。
がむしゃらに外を走る。
壁に向かって拳を・・・頭を打ちつける。
自分を痛めつけることでしか、彼女を救えなかった事を忘れられない。
何もかも忘れる位に、泥の様に疲れて眠らなければ・・・眠れないのだ。
そう、夢さえ見れないように―――
「それでも・・・俺は!!」
コンコン・・・
自分の決心を述べようとした時、この部屋のドアをノックする音が響いた。
まあ、ゴートの奴が通した客人だ。
別に危険な人物だとは思わないが・・・
そう思いつつ、俺は部屋のドアを用心深く開いた。
ガチャッ・・・
そこには、俺と同じ東洋系の顔立ちで眼鏡をかけた年齢不詳の男がいた。
服装はナオやゴートと同じ様な黒のスーツ姿。
顔には眼鏡を掛けている・・・確証は無いが、年齢はナオと同じ位だろうか?
しかし・・・この手の職業の人間には、この格好が仕事着みたいなものらしいな。
そんな事を思いつつ、俺は来訪者を観察する。
無表情を保っているが、不遜な雰囲気を感じる。
俺の事を確認はしているが、さほど気にしていない―――そんな感じだ。
俺が黙って観察をしていると。
やがて、仕方が無いとばかりに男の方から話し掛けてきた。
「初めまして、タカバ カズシ少佐。
私の名前はリチャード・ロウと言います。
宜しければリチャードと呼んでください。」
そう言って、軽く微笑みながら俺に一礼をする。
何処となくその微笑が気に食わないが、別段敵意も感じないので俺も自分の頭を軽く下げる。
「どうやら自己紹介は不要のようだな。
で、この部屋を訪れたということはオオサキ大佐に用事があるのか?」
「ええ、そうなんですよ。」
ニコニコと笑いながら、俺の問に応える。
そして、自分がある人物の要請によりこの部屋を訪れたと説明をした。
その人物とは・・・俺が記憶している、一部の高級官僚の中の一人の名だ。
それも、余り評判の良くない軍人の・・・
これは、今回隊長が仕出かした事に対する牽制をしにきたのかもしれん。
脛に傷を持つ奴ほど、今回の隊長の話には警戒をしているはずだ。
「そこで済ませんが、オオサキ大佐に取り次いで欲しいのですが?」
「オオサキ大佐は、今は用事の為に手が離せない。
用件を言ってくれれば、俺から伝えておこう。」
俺がリチャードの要請を断ると、彼は両手を軽く上げて首を左右に振る。
「はあ、ですが私も子供のお使いで来た訳では無いので。
・・・時間は掛かりませんから、10分だけでもオオサキ大佐に面会は出来ないでしょうか?」
「駄目だ。」
頑として譲らない俺の態度を見て、リチャードが溜息を吐く。
どうやら、隊長と会う事は諦めたようだな。
「なら、この手紙をオオサキ大佐に渡して下さい。
私の上司からの手紙です。」
そう言って、自分の懐に手を入れるリチャード。
どうやら内ポケットに手紙が入っているみたいだ。
「ああ、解った。」
俺はリチャードが取り出す手紙を受け取ろうと手を伸ばす―――
トン・・・
「ま、取り合えずは先にアッチで待ってて下さいよ。
直ぐにオオサキ大佐もお送りしますから。」
手をさし伸ばした俺の身体の内側に、軽く踏み込み。
気軽な口調でそう話し掛けるリチャード。
そして―――俺の心臓には半透明のナイフが突き立っていた。
コンコン・・・
部屋のドアを誰かがノックしている。
カズシの奴はどうしたんだ?
客人が来たのなら、俺に一言伝えてくれてもいいだろうに。
そんな事を思いつつ、俺はドアの外の人物に向かって声を掛ける。
ジュンの奴は自分の発言の出鼻を挫かれて、憮然とした顔をしている。
まあ、今は時間が必要だな。
少し冷静になれば、自分の周りが見えてくるだろう。
「入りたまえ。」
「失礼します。」
ガチャッ!!
俺の返事を受けてドアが開き・・・
そこにはブラスターを構えた男が居た!!
「そして―――さようなら、ですね。」
ドウゥゥゥゥゥゥゥゥンンン!!
俺を狙った銃弾は・・・
ぎりぎりの所で狙いを逸れて、背後の壁を穿っていた。
「変わった奴だな、お前。
まさか殺気を微塵も発しないとはな・・・」
男を背後から締め上げているのは、下半身を血に染めた―――カズシだった。
左手を男の首に巻きつけ、右手で男がブラスターを構えていた右腕を掴んでいた。
そのお陰で、俺に向かって放たれた弾丸はギリギリの所で逸れたのだ。
だがカズシの顔色は悪く、男を押さえ込む事で精一杯の様だ。
あの出血量は・・・かなり危険だ!!
「・・・生きてましたか?
いや、確実に心臓は貫きましたよね?
まったく、しぶとい人です。」
バスッ!!
鈍い音と共に、男の背後にいるカズシの身体が震える!!
カズシが押さえ込んでいる男が、左手に持ち替えたブラスターでカズシの身体を貫いたのだ!!
「これで―――!!」
ギリリリィ・・・
ボキィ!!
しかし、カズシは倒れるどころか逆に男の右腕を握り締め―――砕く。
「くぁ!!
ば、馬鹿な!!」
苦痛に喘ぐ男に、カズシが壮絶な笑みを浮かべながら・・・窓際に引きずっていく。
首に巻きつけた左腕にも相当な力が掛っているのだろう、男の顔がみるみる青黒く変色していく。
男は左手に持っていたブラスターを取り落とし、必死に首に巻きついたカズシの左腕を外そうともがく。
そして―――青く染まっていたカズシの顔に、段々と赤みが戻ってきていた。
それを確認した俺は、静かに席を離れジュンの隣に歩いて行く。
ジュンは呆然とした表情で、血に染まったカズシを見ていた。
「最後に教えてやるよリチャード―――
ナデシコにはな、世界に誇る科学者にして名医がいるんだ。
最終手段として、無理矢理人を生き延びさせる薬を作るくらいお手の物なのさ。
まあ副作用として、筋力が倍増して痛覚が無くなるがね。」
実際、痛覚は既に麻痺してきているのだろう。
カズシの顔には、最早苦痛を伺わせるモノはなかった。
バァン!!
「隊長!!」
「オオサキ提督!!
ご無事ですか!!」
「おっさん!! 無事か!!」
そう言いながら部屋に飛び込んできたのは、ナオとゴートとヤマダだった。
どうやら、カズシの奴が緊急召集をしたらしいな。
そして、三人は血に染まったカズシを見て・・・驚愕をする。
素人が見たとしても、カズシが生きているのが不思議な状態なのだ。
それぞれの道のプロであるこの3人ならば、カズシの今の状態を瞬時で理解出来るだろう。
「・・・使ったのか、『デス・リミット』を!!」
ナオが歯軋りをしながら、そう呟く・・・
「ああ、結構手強い奴でな。
枝織ちゃんほどの使い手じゃないが、俺達には充分に脅威となる奴だ。
一撃で心臓を貫かれたよ―――
『デス・リミット』を打てたのも、ギリギリのタイミングだったぜ。」
そう言って、苦笑をしながらナオに話すカズシ・・・
だが、ナオからは返事は無かった。
「私を・・・殺せば・・・心臓に埋まっている爆弾が・・・
一瞬にして・・・この周辺を吹き飛ばします、よ?
大体、天下のナデシコ部隊の首脳陣の一人が・・・私みたいな、暗殺者と相討ちです、か?
・・・情け、無い、最期で・・・すね。」
カズシが押さえ込んでるリチャ−ドが、聞き取り難い声で―――嘲るような口調でそう述べる。
眼鏡が外れたその顔には、カズシの行動が理解出来ないと物語っていた。
そんなリチャードに対して、カズシは余裕の笑みを浮かべる。
「心配するな、お前が死ぬ前に窓から放り出してやるさ。
幸いにもここは3階だからな。
不本意だが俺も着いていってやる。
・・・何しろ俺は隊長の為に死ぬと、昔から決めていたんだからな。」
「!!」
「おっと、自害もさせないぜ―――お互いプロなんだ、油断は禁物だよな?」
男の口に自分の右腕を噛ませ、自害を防ぐカズシ。
最早顔以外に、カズシが朱に染まっていない場所は・・・無かった。
リチャードと呼ばれた男は・・・そんなカズシを嘲るような目で見ている。
そして、全員が見守る中―――
カズシはリチャードを引きずりつつ、とうとう窓際に辿り付いた。
カーテン越しから見える夜景に浮かび上がるその姿を、俺はじっと見詰めていた。
「ゴート、これはお前だけのミスじゃ無い。
まさか当日に刺客を送り込んでくるとは・・・不覚だったぜ。
それに最初から武器を持ち込んでおいて、このホテルの廊下にでも隠していたみたいだな。
だが、今後の事もある―――気を付けろよ。」
「・・・うむ。」
ブラスターを構えたまま、頷くゴート・・・
その胸中は誰にも解らない。
「ヤマダ、ちゃんと彼女達の事を考えてやれよ?
それから―――今後のアキトのサポート、頑張れよ。」
「お、おう!!
任せておけって!!」
涙を浮かべながらも、笑ってカズシに返事を返すヤマダ。
だが握り締めたその拳が、ヤマダの心情を物語っていた。
「ナオ、ミリアさんを泣かすなよ。
それと、アキトの奴を頼む。」
「当たり前だ。」
お互いに笑いながら会話をする二人。
しかし、カズシの顔色は急速に悪くなっていく・・・
それでもカズシは―――笑っていた。
「ジュン、お前が復讐に拘るのも理解出来る。
だが、復讐が果たされた後の事を考えているのか?
俺が言いたいのはその一言だけだ。
そして、復讐が終るまでの道のりは・・・長く、辛いぞ。」
「・・・」
その壮絶なまでのカズシの眼光と言葉に。
ジュンは青い顔で黙り込んだままだった。
そして―――
「隊長―――
お先に失礼します。」
長年の俺の相棒は、そう言いながら俺に向かって笑ってみせた。
「ああ、女房と息子に宜しく言っておいてくれ。
ついでに、お前には勿体無い美人の奥さんにもな。」
何時もの癖の・・・崩れた敬礼をしながら、俺はカズシに向かって最後の命令をする。
「了解しました。」
ボキィィィ!!
鈍い音と共に、リチャードと呼ばれていた男の首を折り。
同時にカズシがその身を窓から投げ出した。
最後まで俺に向かって笑ったままで―――
ガシャァァァァァァァァンンン!!
・・・ドゴォォォォォンンン!!
反射的に床に伏せた俺達に、凄い衝撃が襲い掛かる。
そしてホテルを襲ったその衝撃も・・・やがて消えた。
立ち上がった一同は、揃って崩れ落ちた窓に向かって敬礼をした。
それが俺達に出来る―――カズシに対する最後の別れの挨拶だった。