< 時の流れに >
僕はその言葉を信じられなかった。
『タカバ カズシ補佐官が殺された。』
ブリッジに痛いほどの静寂が満ちてくる。
僕の耳にもキーンという音だけが響いていた。
『遺体の回収も不可能な状態だ。』
シュンさんの一言一言に、僕の身体が大きく跳ねる・・・
『ルリ君、直ぐにこれから送る人物のスキャンダルを、その本人が所属する国に流してくれ。
この際カズシを殺した犯人が誰かなど関係無い。
こちらが大人しく殺されるのを待っている羊だと、アイツ等に思わせる必要は無い。
―――それと、全ての責任は俺が取る。』
驚愕に目を開いている僕達に、シュンさんからの命令が続く・・・
だけど、僕は現実が信じられなくて―――
「本当にカズシさんが殺されたんですか!!
嘘ですよね? お芝居なんでしょ!!
だって、今朝方の連絡では僕と話をしたんですよ?
お土産を買ってくるって、言ってました。
ラピスや僕に楽しみにしてろって・・・」
自分でも解る・・・泣き笑いの表情で、僕はシュンさんに問い掛けた。
『マキビ君・・・カズシは死んだ。
もう―――ナデシコには帰ってはこないんだ。』
静かな目で、僕を見詰めて―――シュンさんはそう言った。
バシンッ!!
コンソールに掌を叩きつけ・・・
ダダダダダダダダ!!
僕はオペレーター席から駆け出した。
何から逃げ出したいのかも、理解出来ないままに・・・
「ミナト君、マキビ君の事を頼む。
正直言って辛い決断だったが、何時かは話さなければいけない事だからな。」
『・・・解りました。』
オオサキ提督の言葉を聞いて、ミナトさんがブリッジから退出するのが見えた。
俺は呆然とした頭の中に、ふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じていた。
「艦長、直ぐにでもナデシコを西欧方面軍の基地に向けてくれ。
やはりアキトの奴が意識が無いのは致命的だ。
攫われたりでもしたら、本当に目も当てられない事態になる。」
『了解・・・しました。
ラピスちゃん、悪いけど直ぐにナデシコを発進させて。』
『・・・うん。』
ユリカの気落ちした声に、ラピス君が涙声が返事を返していた。
「現在のところ考えられる命令はそれだけだ。
では、俺達は現地で待っている。」
『はい、直ぐに迎えに行きます。』
ピッ!!
そして、オオサキ提督とナデシコとの通信は終った。
例の部屋は既に引き払い―――
今はテンカワと一緒にグラシス中将の屋敷に来ていた。
最初からグラシス中将は自分の邸宅を使う様に、オオサキ提督に申し出ていたらしい。
だが、オオサキ提督はグラシス中将の立場を考慮して、その申し出を断っていた。
しかし、今はそんな事を言っている余裕は無かった―――
深夜遅くに、俺達は軍からチャーターした連絡船に乗り込み。
相変わらず意識の無いテンカワを連れて、グラシス中将の屋敷へと引き篭もったのだ。
流石に一方面軍の司令の屋敷を襲うとは思えないので、これで一安心とも言えるだろう。
そして、オオサキ提督はグラシス中将の屋敷から先程の連絡をナデシコの入れたのだった。
通信を終えたオオサキ提督は、次の作業に入る為に机の上の書類に何かを記入している。
そんな落ち着いた姿を見て、俺はますます苛付いた気分になる!!
「貴方は!!
長年、共に戦ってきた副官が死んだ事をなんとも思っていないのですか!!
今なら俺の気持ちも理解出来るでしょう!!
・・・復讐をしたいと思わないのですか!!」
俺の怒鳴り声を聞いて、オオサキ提督は書類から一度だけ目を離して俺を見た後。
―――何も言わずに、再び書類に目を落とした。
その態度に俺の中の何かが憤る!!
バァン!!
「貴方は臆病者だ!!
自分の副官が我が身を挺して、暗殺者から身を守ってくれたというのに!!
その敵討ちも考えず、逆にそれを利用して邪魔者を蹴落とすなんて!!」
机の上に手を叩きつけ、俺がそう言い放つ!!
「・・・何時までグダグダと『お子様』な事を言っている。
一応は戦闘の腕前を上げたというのなら、ナオの手伝いをして屋敷の警備でもしていろ。」
鼻で俺の発言を笑い飛ばすオオサキ提督!!
あまりの言い草に俺の手が思わず上がり―――
スチャッ!!
「酔ってもいないのに上官を殴ると、冗談では済まされんぞ―――アオイ ジュン。」
目の前に構えられたブラスターに、身動きが取れなくなる。
「早くこの部屋から出て行け。
今のお前には、何も期待をしてはいない。
そう、カズシの遺言すら理解出来ない奴にはな。」
その冷たい眼差しに、俺の中の怒りが急速に冷めていく・・・
何故、俺はオオサキ提督の言葉にすら勝てないんだ?
俺は―――正しい事を言っているはずなのに!!
「くっ!!」
そのまま歯を食いしばりながら、俺は部屋を退出した。
カズシの遺言、だと?
・・・俺の復讐を止め様とする言葉しか無かったじゃないか!!
「・・・馬鹿野郎が、お前が思っている程に俺が冷静だと思っているのか?
あれ以上駄々をこねていたら、本当に撃ってたな。
―――カズシ、やはり俺には歯止め役のお前が必要だよ。」
幾人もの軍人と大物政治家のスキャンダルが発覚して・・・
世の中が慌しくなっている中で。
俺達を乗せたナデシコは、静かに西欧方面軍の基地を飛び立った。
色々な苦い思い出と―――
大切な女性を、その地に残して。
「・・・ハーリー君、カズシさんの認識票だ。」
俺は部屋の隅に蹲っているハーリー君に、唯一発見出来たカズシさんの遺品を手渡す。
ハーリー君は泣き通したと思われる真っ赤な目で、その認識票を見ていた。
・・・懐いていたもんな、カズシさんに。
この認識票も・・・親類縁者がいないカズシさんには届ける相手はいない。
なら、カズシさんを慕っていたハーリー君に手渡すのが一番だろう。
カズシさんも、それで納得してくれると思いたい。
そして、俺の差し出した少し歪んだ形をした認識票を掴んで―――
「・・・本当にカズシさん、死んじゃったんですか?」
ハーリー君は小さな声でそう呟いた。
「ああ。」
ここで嘘を吐いても意味は無い。
俺は正直にハーリー君の質問に応えた。
「どうして・・・味方に・・・地球連合の人達に、殺されないといけないんですか?
木連の人達に殺されたんなら―――まだ、憎む事が出来るのに!!」
「そう・・・だな。」
理不尽な出来事に涙を流すハーリー君の頭を、俺は優しく叩いてやった。
6歳の子供に納得出来る説明など―――出来る筈が無かった。
大切な仲間を失った悲しみは、ナデシコ中に広がっていた・・・
「そう言えば、私も結構相談にのってもらいました・・・」
隣で珈琲を飲んでいるミナトさんに、私が思い出したように呟く。
他愛の無い事でも、カズシさんは笑いながら聞いてくれた・・・
カズシさんが亡くなったと聞いて、私も―――泣きました。
「メグちゃん、それは私も一緒よ。
何しろナデシコ艦内では珍しいくらい常識人だったからね。
ラピスちゃんやハーリー君も懐いていたし。」
コトッ・・・
まだ珈琲が残っているカップを置きながら、ミナトさんは微かに笑った。
「結構、影で皆を支えていた人だったから。
失ってから解るって―――本当の事ね。
オオサキ提督の影に隠れていて気が付かなかったけど、何時も細々とした事をこなしていたし。
・・・やっぱり、人生経験って侮れないね。
私もまだまだ、って事かな。」
ミナトさんの言葉では、ハーリー君は慰められなかった。
そして今は、男同士ということでナオさんがハーリー君の元を訪れています。
オオサキ提督は・・・無表情なまま、ナデシコにある自室に篭ってしまいました。
艦長も沈んだ顔で、艦長席に座っています。
「ヤマダ君も流石に大人しくしてるし。
ウリバタケさんはガムシャラに、『ブローディア』の整備・・・
ディアちゃんにブロス君も姿を見せない。
ゴートさんはプロスさんに、今回の事を報告中。
そしてジュン君は―――」
そう、アオイさんは・・・訓練場に引き篭もってます。
まるで周囲の出来事など、些細な事だというように。
何だか、その態度が何時ものアオイさんらしくなくて・・・
私は自分が怒っているのか、それとアオイさんの負った心の傷に同情しているのか・・・
本当に自分の心が解らなかった―――
短い期間に、あまりにも衝撃的な事が起り過ぎたから。
「でも、私達には・・・サラちゃん達を慰める事は出来ませんよ。」
「そうね、彼女達は私達より先にカズシさんと知り合っていたからね。
それも最前線を一緒に戦い抜いた仲間・・・
サラちゃん、アリサちゃん、レイナちゃんが部屋に篭る気持ちも解るわね。」
そして同時に溜息を吐く、私とミナトさんだった。
つまり、この現状を打破出来るのは―――
「やはり、アキトさんが目覚めない事には・・・先に進め無いんですね。」
「そうね・・・情けない話だけど。
艦長もそう思うでしょ?
・・・艦長?」
ミナトさんが艦長席に向かって声を掛けます・・・が、返事がありません。
そう言えば、あまりに艦長が大人し過ぎます?
一体どういう事なんでしょうか?
不思議に思いつつ私達が艦長席に行くと、そこには机に倒れ伏した艦長の姿がありました!!
眠っているにしては、あまりに体勢が不自然です!!
これは、気絶したと判断するしかないでしょう!!
「艦長!! 艦長!!」
「ミナトさん!! 意識が無いみたいですから、変に揺すらないで下さい!!
直ぐにイネスさんに連絡をして下さい!!」
私は脈がある事を確認しながら、ミナトさんに指示を出します。
この手の緊急時の処置に関しては、私の方が慣れていますからね。
「解ったわ!!」
・・・一体、艦長の身に何があったのでしょうか?
「はい、これで手当てはお終い。」
そう言って私はアオイ君の手に巻かれた包帯を止める。
傷自体は完治に向かっているが、何度も抉られた傷痕は消える事は無いだろう。
また、それは彼の額の傷にも同様の事が言えた・・・
だが、それも心の傷に比べれば―――彼にとって大した問題では無いのかもしれない。
「・・・」
「何か用があるのかしら?」
傷の治療が終った後も、医療室を退出せずに私を見ているアオイ君に、私から話し掛ける。
どうやら、彼の内面では何か決断を迫られているみたいね。
黙って彼が話し出すのを待っていると―――
やがて彼が口を開く。
「イネス・・・さん、俺の身体をアイツ等の様に強くしてもらえませんか。」
バシィ!!
問答無用で彼の顔を叩く。
そして軽蔑した目で、私は彼を睨んだ。
「馬鹿にしないで欲しいわね、これでも私は医者の端くれよ。
親から貰った五体満足の身体に、そうそうメスを入れるつもりなんてないわ。
貴方―――何処まで甘えるつもり?
復讐がしたいのなら、自分一人の力で成し遂げなさい。
簡単に人に縋って、何でも思い道りに行くと思ってるの?」
「だけど!!
・・・俺がアイツ等に勝つ為には、手段を選んでられないんだ!!
どうしても限界を越えられないんだよ!!
どうやったら、テンカワやナオの様になれるのさ!!」
今にも噛み付きそうな形相で、私に食って掛かるアオイ君。
これまでも血を吐くような思いで訓練をしていた。
だが、気付いてしまった・・・自分ではあのクリムゾンの刺客に勝てない事を。
それ故に、私にすがり付いてきたのだろう・・・
だが、そんな泣き言を何時までも聞いているつもりはない。
「自分の現状を良く考える事ね。
知ってるかしら?
この戦争で親兄弟を亡くした人は星の数ほどいるわ。
戦災孤児も巷に溢れてる。
勿論、最愛の恋人や妻を亡くした人も数え切れないわ。
ましてや私の故郷である火星は、コロニーごと消え去った・・・
貴方、もしかして自分が特別だと思ってないかしら?
何時まで悲劇の主人公を演じれば気が済むのよ。」
「そんな事・・・知ってるさ!!
でも、それで納得出来るかよ!!
じゃあ、貴方はどうしてテンカワの手伝いをするのさ!!」
血走った目で私を見据えるアオイ君。
極度の興奮状態みたいね。
でも、私もこの件に関しては手加減をするつもりはない。
「アキト君の手助けを何故するのか? ・・・ですって?
なら、貴方の復讐を手伝う事で私にどんな利益があるの?」
「・・・」
同時に私とアオイ君の視線が、ベットに眠るアキト君を見る。
私が調べた限り・・・外傷は無い。
だけど、意識だけが戻らないのだ。
皆がその声を聞きたくて、待っているというのに―――
そして、眠るアキト君から無理矢理視線を外して、私はアオイ君に話し掛ける。
「何も言えないでしょう?
貴方の復讐の為に、巨大企業に戦争を仕掛ける・・・どれだけの犠牲が出るかしらね。
私達にそれだけの決心をさせる材料を貴方は提示できるの?
同情だけで喧嘩を売れる相手ではないわ。」
私の言葉を聞いて、肩を怒らせながら唇を噛むアオイ君。
反論をしたいが、その術が無い・・・そんな顔だ。
まるで、私が例の彼女の仇の様に睨んでいる。
「だが!! それはテンカワも同じ筈だ!!
彼が貴方達に何を約束した!!」
「『未来』と『夢』よ。」
私の即答に・・・一瞬、呆然とした表情になる。
「アキト君を手助けする事によって、地球と木連の和平は急速に現実味を帯びてきたわ。
下手をしたら殲滅戦になりかねないこの戦争に、一番望ましい結果が訪れようとしている。
和平の為だけに傷付き頑張ってるアキト君を手伝って、何が悪いの?
故郷の火星で、彼は私と仲間の研究者を助けてくれた。
今までの戦いでも、最小限の被害で抑えようと無茶をしてきた。
己の身を省みず、何も求めずにね。
・・・そんなアキト君と自分が同じ、ですって?
ふざけるんじゃ無いわよ!!」
私の一喝に、とうとうアオイ君の均衡を失った心が壊れた・・・
「う、煩い!! 煩い!!
全部が解ったように話すな!!
復讐をして何が悪い!!
彼女の仇をとろうする事がそんなに悪い事なのか!!
俺は!! 俺は!!!!!」
ガシィィィィィ!!
「―――ぐはっ!!」
私に掴みかかろうとしたアオイ君が、横手から繰り出された蹴りに吹き飛ばされる。
そして、蹴り飛ばした相手をアオイ君が睨む。
そこには、背中にハーリー君を背負っているヤガミ君の姿があった。
「ジュン・・・どこまで堕るつもりだ。」
「・・・煩い!! お前には関係のない事だ!!」
そして私の目の前で睨み合う二人・・・
しかし、二人の実力差は明確だった。
アオイ君が幾ら決死の覚悟で飛び掛っても、ヤガミ君は軽く捌くだろう。
「くっ!!」
それくらいは判断出来るだけの理性が回復したのか、アオイ君が視線を外して悔しそうに下を向く。
「少し頭を冷やして来い。
これ以上、医療室で騒ぐようなら―――当分動けない身体にしてやる。」
冷たい声でそう言い捨てておいて、ヤガミ君が私の方を向く。
私に話し掛けるその声は、何時もののほほんとした声ながら―――少し緊張感が混じっていた。
「無茶をするなよ、イネスさんも。
それより、ハーリー君が俺と会話中に突然意識を失ったんだ。」
「何ですって?
直ぐにそこの診察台に寝かせて!!」
私の指示に従って、背中に背負っていたハーリー君を診察台に寝かすヤガミ君。
その時、同時に複数の通信ウィンドウが私の目の前に開く。
ピピピピピピピ!!
その全てが緊急通信という事に私は本当に驚いた!!
『イネスさん!! 艦長が突然意識不明に!!』
ミナトさんがそう叫び・・・
『大変だイネスさん!!
待機中のパイロット連中が全員倒れちまった!!』
ウリバタケさんが、慌しく報告をし・・・
『イネス先生!! 食堂にいたルリとラピスが急に気絶しちまったよ!!』
ホウメイさんが、額に冷汗を流しながら珍しく慌てている。
『イネスさん!! アリサが!! アリサの意識が無いの!!』
泣きながらサラちゃんが叫ぶ。
そして、背後からもヤガミ君の慌てた声が聞える。
「ジュン?
おい、ジュン!! しっかりしろ!!」
驚いて私が振り返ると、今まで悔しさに身を震わせていたアオイ君が力なく床に倒れていた。
一体何が起こっているの?
「ジュ―――」
ドタッ・・・
そして、私の目の前で突然倒れるヤガミ君!!
こんな―――馬鹿な事が起きるなんて!!
艦内にウィルスの反応は無かったはず!!
一体、この現象は何―――
ブゥゥゥゥゥゥゥンンンンン・・・
その音を認識した瞬間、突然私の意識も暗闇に閉ざされた。