< 時の流れに >
気が付くと・・・そこには星空が広がっていた。
私、何処にいるんだろう?
展望室に足を運んだ覚えは無いのに。
「私って、夢遊病?」
「その声は艦長・・・なのかい?」
「アカツキ、さん?」
私の独り言に返事を返してきた声は―――アカツキさんの声だった。
しかし、アカツキさんの姿は見えず。
何故か私は自分の視線と身体を動かす事が出来ない。
もしかして、金縛り?
「艦長も身体が動かないのかい?
実は僕もそうなんだよ、はっはっはっは・・・」
「笑ってる場合か!! このロン髪!!」
「やあ、リョーコ君も居るのかい?」
「私も居るよ〜」
「同じく。」
「・・・私も居ますよ、先輩。」
「俺も居るぜ!!」
ヒカルちゃん、イズミさん、イツキちゃんも居るんだ?
ついでにヤマダ君も。
一体、何が起っているんだろう?
と思っていると、また私が良く知っている声が聞えた。
「で、俺とアリサちゃんもいるし。」
「私もいるわよ。」
「ありゃ、イネスさんもかよ?」
それはナオさんとイネスさんの声だった。
先程のナオさんの話からすると、アリサちゃんも近くに居るらしい。
・・・どうなってるんだろう?
「ちなみに、私とラピスとハーリー君も居ます。」
「えっ!! ルリちゃん達も居たの!!」
「ユリカ・・・酷い。」
「そうですよ、ユリカさん。」
「御免ね、ラピスちゃん、ハーリー君。」
私は驚きながら、ルリちゃん達の声が聞えた方向に向かって話す。
けど、お互いの声は何故か耳元で話しているように聞えるんだよね。
・・・本当にどうなってるんだろう?
ジジジジジジジジ・・・
その時、突然私達が見ていた景色が消え―――
私達が慌てていると、急に視界が回復する。
その景色は、簡単に説明すれば自転車に乗って走っている視線だった。
自分の意志では身体を動かせないのに、どうして自分で自転車を漕いでる感覚がするんだろう?
それにこの胸に湧き上がる気持ちは―――怒り?
何故、私は怒っているんだろう?
全員が突然の事態に戸惑っていると、目の前を高級車が走り去り・・・
ブロロロロロロ・・・
ドガン!!
ゴロン、ゴロン!!
その車のトランクからはみ出していたスーツケースが、突然私に向かって転がってきた!!
「きゃっ!!」
目を閉じたいけれど閉じられない!!
身体は相変わらず、他人の身体の様に私の意思に従わなかった!!
周りの皆からも動揺する気配が感じられた!!
そしてその衝突を避ける事が出来ず、私はスーツケースに直撃する!!
ガツン!!
「痛った〜〜〜〜〜い!!」
その激痛に、涙目になりつつ目の前に止まっている車の持ち主に文句を言おうとして―――
私の思考は止まった。
「俺と―――ユリカだと!!」
その時聞えた声が、ジュン君の声だと理解は出来た。
ジュン君も私達と同じ状態になっていたんだ―――
そんな場違いな事を思いつつ、私は目の前の私から視線を離せなかった。
「済みません!! 済みません!! ・・・怪我とか、ありませんでしたか?」
この台詞・・・覚えてる。
私がアキトだと気が付かずに再会した時の言葉。
じゃあ、これはまさか・・・アキトの記憶なの!!
「・・・覚えているぞ!!
これは―――俺がテンカワと初めて出会った時の事だ!!
だが、確かこの時テンカワはスーツケースを受け止めたはずだ。」
ジュン君のその言葉に、皆が何が起っているのかに気付く。
「まさか・・・これはテンカワ君の記憶だと言うのかい!!」
「他には考えられない。」
アカツキさんの言葉に、ジュン君が躊躇いがちに返事をする。
そして―――
ジジジジジジジジ・・・
また、あの雑音が響き。
先程と同じ様に自転車を漕ぐ景色が、目の前を流れる。
「また繰り返しなのか?」
リョーコちゃんが不思議そうに呟く。
だが―――違う。
この心を占める感情は何?
これは、大きな期待と―――淡い希望?
「そんな・・・まさか!!」
ラピスちゃんの激しく動揺した声が聞えた。
一体、何をそんなに動揺をしているのかな?
ブロロロロロロ・・・
やはり、先程と同じ車が自転車を追い越し―――
ドガン!!
ゴロン、ゴロン!!
私のスーツケースがこちらに向かって転がってくる!!
しかし!!
ガシッ!!
「そんな!! 転がってくるスーツケースを受け止めたよ!!」
先程の記憶と違う結果に、ヒカルちゃんが驚いた声を上げる。
そして、やはり車から降りてきた私を見て―――
私の胸の中の感情が爆発した。
信じられない大きさの歓喜と、限りない思慕に。
「くぅぅぅぅ!!」
「大丈夫か!! ハーリー君!!」
その大きな感情に全員が身を任せている時、突然ハーリー君の悲鳴が聞えてきた!!
「何、これは・・・意識が、消え―――」
何故か私にはハーリー君の意識が、この場から消えた事が解った。
そうハーリー君はまるで、このアキトの感情の大きさに負けたように感じられた。
この世界は一体何なのだろう?
ジジジジジジジジ・・・
そして、またあの雑音と共に景色が変わる。
数多くの無人兵器に囲まれながら、ピンク色のエステバリスがアスファルトを疾走する。
ドゴォォォォォンン!!
無人兵器からの攻撃を、間一髪で避ける。
これは・・・アキトがナデシコに乗って、初めての戦闘だった。
そして、私の心の中には恐怖が渦巻いていた。
「何なの・・・この素人丸出しの操縦は?
とてもテンカワさんが操るエステバリスだとは思えません。」
「初陣だもの、仕方が無いんじゃないの?」
イツキちゃんと、ヒカルちゃんの会話が聞える。
そして、私の記憶通りに無人兵器達はナデシコのグラビティ・ブラストにより殲滅された。
ジジジジジジジジ・・・
例の音を聞き、全員が身構える気配を感じる。
また、先程の場面を繰り返すの?
ドゴォォォォォンン!!
「違う・・・先程のアキトさんと、同一人物とは思えません。
何ですか、この反応速度は?
背後の敵の攻撃までも全て見切っていますよ。
それに、戦場にありながらもこの落ち着いた心―――」
まるで危な気なく、無人兵器の攻撃を避ける。
アリサちゃんが言ったように、同じ人物が操っているとは思えなかった。
「これは、まさか・・・」
イネスさんがそう呟くと同時に、先程と同様にナデシコのグラビティ・ブラストが無人兵器を殲滅した。
「アキト君の秘密が少し解ったわ。
もっとも、皆も気が付いていると思うけどね。」
「・・・未来、過去、それは解らないけど。
アキトの奴は同じ歴史を、二度歩んでいると言う事か?」
イネスさんの言葉に、ナオさんが返事を返します。
私もその事に気が付いていたけど・・・信じられなかった。
「その答えは、ラピスちゃん・・・いえ、ルリちゃんも知ってるみたいね。
あの子達だけが、この世界で繰り返される光景に驚いていないもの。」
そして、全員がルリちゃんとラピスちゃんの発言を待つ―――
しかし、二人からの発言が無いままに。
目の前の景色は、次の光景に移っていった。
ジジジジジジジジ・・・
お父様の戦艦に捕まり、ナデシコ内でクーデターが起る。
それを鎮圧し、活動を再開したチューリップを破壊してナデシコは宇宙に―――
同じ光景が繰り返される中、アキトとルリちゃんの関係だけが違っていた。
それは私達に二人の関係が特別だと言う事を暗示していた。
そして常に襲い掛かる、アキトの心の苦悩・・・
甘く、切なく、苦しい
自分の居場所を見つけても、そこには戻れない・・・いや戻るわけにはいかない。
私達クルーに会う度に、締め付けられる胸の内はそんな感情で一杯だった。
もし自分の身体が自由に動いていたら―――きっと私は涙を止めど無く流していただろう。
皆も同じ気持ちなのだと思う。
ルリちゃん達に質問する事を忘れて、この悲しく孤高に満ちたアキトの叫びに耳を傾けていた。
そして、全員が黙り込む中・・・
幾度目かの場面交替の時、ヤマダさんが―――死んだ。
「馬鹿な!!
俺はここに居る!! 生きてここに存在しているんだ!!
こんなのは嘘だ!!」
その叫びと共に、ヤマダさんの気配が消える!!
どうやらハーリー君との時とは違い、自分の死んだ映像に耐えられなかったみたい。
でも、それは当たり前だと思う。
私も自分の目の前で、『君は死んだ』と言われたら、激しく動揺するもの。
・・・それも、実際に自分の死体を見てしまうなんて。
「・・・もし、テンカワ君がこの事を知っていれば。
必ずヤマダ君を救うだろうね。」
アカツキさんの予想通りに、次の場面ではヤマダさんは医療室に放り込まれていた。
「なあ、ルリ・・・お前達は本当に・・・何者なんだ?」
「リョーコさん、その答えはこのアキトさんの記憶を全て見る事が出来れば、自ずと解ります。
私には・・・私やラピスには、アキトさんの事を話す勇気は有りません。
それにこの記憶を最後まで見る事が出来る、本当に心の強い人だけが・・・その答えを知る権利があるのです。」
リョーコちゃんからの質問に、ルリちゃんが弱々しく返事をした。
そして、ラピスちゃんからは何も言葉は無かった。
ジジジジジジジジ・・・
雨の様に降り注ぐミサイルの隙間を、アキトが神業の様な操縦で飛び抜ける。
パイロットの皆からは、感嘆の溜息が漏れていた。
あのサツキミドリが目の前で爆破され、私達は息を呑む。
そして、次の場面ではルリちゃんの仕掛けたウィルスにより、サツキミドリの人々は無事に救出された。
「私達・・・ここでアキト君と出会ってた。
それにしても、あの警報がルリルリの仕業だったなんて。」
「それもテンカワ君の指示で、ね。」
自分達の自己紹介の場面を見ながら、ヒカルちゃんとイズミさんが複雑な心情を語る。
リョーコちゃんは黙ったままだった。
そして、無人兵器が操るエステバリスとの戦闘・・・
アキトは無重力での操縦に慣れず、サツキミドリの前の宙域を漂っていた。
「これが・・・本当にあのテンカワなのか?」
「ええ、そうですよ。
この映像のアキトさんも、そしてあのアキトさんも。」
ジュン君の疑問に、ルリちゃんがそう応え・・・
私の目の前では、先程あれだけ苦戦した敵が操るエステバリスを、アキトが軽く仕留めている場面があった。
前半のアキトは、常に心に迷いと現状への苛立ち・・・そして夢を持っている。
後半のアキトは、冷静な判断力と信じられない戦闘能力・・・そして闇を抱えている。
その相反する心の往復に、次々に見せられるアキトの物語に―――私達は引き込まれていく。
アキトが見守る中、ナデシコクルーが楽しそうに働いている。
自分もその騒ぎに混ざり、馬鹿騒ぎを起こすアキト・・・楽しそうに笑っている。
その騒ぎから一歩退き、その眺めを懐かしい気持ちで見詰めるもう一人のアキト。
食堂でのワンシーンでは。
私やメグミちゃんが、競うようにアキトに近づき・・・それを迷惑そうな素振りをしながらも、受け入れる。
同じ場面でも・・・自分に近づこうとする私達を、眩しいものを見るようにさり気無く距離を取るアキト。
二回目の場面が訪れる度に・・・私の心は騒ぐ。
そのアキトの悲しみに満ちた心に。
繰り返される光景に、違う何かを重ねるその心に。
そして、何時までも閉ざされているその心の一番深い闇に。
やがて、火星に到着をし―――
イネスさんを迎え入れ。
私の軽率な行動により、火星の避難民の人達がナデシコのディストーション・フィールドに押し潰された!!
「そんな!!」
「いえ、これも一つの現実です。」
悲鳴を上げる私に―――ルリちゃんの声が、これが現実だと告げる。
しかし、二回目の歴史では・・・私はルリちゃんの邪魔にあい、アキトの元に行く事は無かった。
アキトはこんな所でまで、私や火星の人達を気遣っていたんだ。
そしてフクベ提督の特攻により、二つの歴史の中のナデシコは地球に向かって跳んだ。
「・・・先手、先手が打てる筈だよ。
テンカワ君は未来を知っていたんだからね。」
「でも、それを人に話す訳にはいかないわ。
それだけで、運命は細分化していく―――
幾らルリちゃん達のサポートがあったとしても、辛かったでしょうね。」
アカツキさんと、イネスさんのそんな会話が私の耳に聞えていた。
地球に帰還してからもアキトの活躍は続く・・・
二つの歴史の中では雲泥の差が有るけど、アキトは全ての事件に関わっていた。
そして―――
「消えろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
その叫びと共に、目の前のチューリップが切り裂かれる・・
「この時がDFSの初お披露目だったわね。」
「・・・これが、そうなのですか。」
イネスさんの説明に、アリサちゃんが呆然とした声で応える。
アキトの放つ圧倒的な力に翻弄されながら・・・
DFSの登場により、大きく歴史は変化を見せ出した。
前半のアキトが自分の力不足を嘆く。
後半のアキトはあらゆるピンチを、その圧倒的な力でねじ伏せていった。
テニシアン島では、私達が知らない間にナオさんと戦っていた。
本当ならば、巨大な無人兵器が現れるはずのチューリップを、バーストモードを使用して切り裂いた。
ナナフシの戦いでは、マイクロブラックホールを作り出し、単機でナナフシを破壊。
あらゆる場面で、場所で―――アキトの実力は発揮されていった。
その上、戦闘を重ねるごとにアキトは更に強くなっていく。
戦争という場が、アキトの力をさらに育てるかのように・・・
「こうして改めてみると・・・本当に凄い人ですね、アキトさんは。」
イツキちゃんが恐怖に震える声で私達に話し掛ける。
そしてその声を聞いた全員が・・・その意見に賛成をしていた。
遂に、決定的な歴史の変革が訪れた。
オモイカネの反乱により、アキトが西欧方面軍に配属されたのだ。
もう一つの歴史では、相変わらず現状を悩んでいるアキトが厨房に立っていた。
だが、もう一つの歴史では―――
「姉さんと私、それにレイナとは出会わなかったのですね・・・この世界のアキトさんは。」
寂しそうに、もう一つの世界のアキトに話し掛けるアリサちゃんだった。
ナデシコに残ってるアキトはウリバタケさんと遊んでいた。
西欧方面軍にいるアキトは、無人兵器と複数のチューリップを相手にしてアリサちゃんと共に戦っていた。
そこには、オオサキ提督とあのカズシさんの姿があった。
―――苦しい最前線を、必死に生き抜こうと足掻く人達の姿と、それを守ろうと決意をするアキト。
確かに二人のアキトには大きな実力差が存在するけど、本質は同じだと私は感じた。
「それを言うなら俺も一緒だよ、アリサちゃん。
テニシアン島でアキトと戦わなかったら、俺はこの場にいなかった。
片方の世界だけでもいいじゃないか、アキトに出会えた事は現実なんだし。」
「そう・・・ですね。」
ナオさんの軽い声に、アリサちゃんは少し明るさを取り戻す。
だけど次の瞬間、鋭い声で私達に警告をする!!
「皆さん!! 気を確かに持ってください!!
・・・おそらく、今までの感情とは桁の違う『憎悪』がきます!!」
「『憎悪』・・・って、本当かよ、アリサ?」
「本当だよリョーコちゃん。
言葉では絶対に言い表せないね。」
ナオさんは真剣な口調で、メティちゃんと呼ばれる女の子と遊ぶ映像を見詰めながらそう言った。
そして、それは訪れた―――
もう一人のアキトが、私と他愛の無い会話をしていた時。
ジジジジジジジジ・・・
「来るぞ!!」
―――ゾワッ
ナオさんの叫びと共に、背筋が凍るような悪寒が全身を駆け巡る!!
「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!
殺してやる!! 殺してやるぞテツヤ!!」
ゴゥ!!
「きゃあ!!」
その暴風の様な『憎悪』と『殺意』に!!
私の意識が一瞬にして消し飛ばされそうになる!!
目の前には冷たく―――物言わぬ身体になった少女の姿。
そして、コンクリートの床を拳で抉りとるアキトの血に染まった指。
抱き締める少女の体温が、冷えていくのを感じると共に憎悪が、殺意が膨れ上がる!!
「俺と・・・同じだ!!
そうだテンカワ!! お前も思ったんだな!!
その少女の仇に復讐を誓ったんだな!!」
ジュン君の叫び声が聞える中―――
「・・・もう、駄目だよ!!」
「くっ!!」
「駄目!! 心が・・・持たない!!」
ヒカルちゃんと、イズミさん・・・それとイツキちゃんの気配が消えた。