< 時の流れに >
気が付けば―――そこは医療室だった。
「あ、ナオさんも目が覚めたみたいね。」
「サラちゃんか?」
俺はベットから身を起こしながら、サラちゃんを確認する。
「大丈夫ですか?
結構長い間意識が無かったんですけど?」
心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
俺は、はっきりしない頭を振りつつ何かを思い出そうとする。
だが、駄目だった。
何か凄く重要な事があった気がするのだが・・・
「ナオさんも何か変な夢を見たんですか?」
「ん?
・・・そうだな、そうかもしれない。」
ただ一つ確かな事は、俺の心を満たしているのが悲しみの感情である事だけだ。
一体、どんな夢を俺は見たのだろうか?
「お兄ちゃん!!」
ガバッ!!
その叫び声と共に、俺の隣のベットから跳ね起きる―――イネスさん。
「・・・イネスさん、寝惚けてるのかな?」
サラちゃんの意見に、俺は何故か同意する事が出来なかった。
それはイネスさんのその叫びが、凄く真っ当な事と思えたから。
私の目の前に、喪服を着た『私』がいます。
涙目でアキトさんを責める『私』
そしてアキトさんの心には、暫しの温かみが戻り―――
その事に、私の事を案じていてくれた喜びと、何も話してくれなかった事に対する悲しみが沸きます。
「これが・・・5年後のルリ君かい?」
「ええ、ナデシコB艦長―――ホシノ ルリ 16歳の姿です。」
アカツキさんの質問に私はそう答えました。
そして襲い掛かる北辰とその部下達。
それを迎え撃つアキトさんと月臣さん達。
やがて、不利を悟った北辰がその姿を消します。
『私』に例のメモを渡し、アキトさんは去っていきます。
その時の心には惜別と決意―――
もう、二度と私と会うつもりは無いと・・・決断されていました。
「残された僅かな寿命を削り、復讐を果たす・・・か。」
「そんな格好の良いことじゃないです。
アキトさんも、あの火星の後継者達も・・・残された人の事は全然考えてくれなかった。」
私の呟きが終った後・・・
舞台は火星の―――あの最後の決戦の場に移っていました。
ナデシコCに乗る、オモイカネと『私』の力により次々に掌握されるシステム
そして飛び出してくる北辰が操る真紅の機体―――夜天光
六連を相手に戦うリョーコさん達
遂に一対一の戦いに雪崩れ込む、アキトさんと北辰
ドゴゥ!!
「ガハッ!!
み、見事、だ・・・」
アキトさんの執念の一撃が・・・
遂に北辰の夜天光を貫きました。
「つくづく・・・業の深い人生だね。
そう思わないかい、アオイ君?」
「・・・カラッポ、だ。」
そう、復讐を終えたアキトさんの心には何もありませんでした。
・・・希望も、夢も、絶望も、怒りも、憎悪も―――狂気すらも。
失ったモノはあまりに多く。
奪ったモノも膨大なものとなっていました。
振り返れば、死体の山
それを築いたのは―――望んだのは自分自身
しかし、その罪を後悔する心も既に壊れ果てて
ただ、自分の居場所が全て消え去っている事だけが確かで
ラピスと共に、アキトさんは宇宙をさ迷い続けます
自分の寿命が既に限界に近い事を感じながら
ただ、静かにユーチャリスを駆って―――
「何処に行くんだろう、テンカワ君は?」
「その答えは―――もう出ています。」
私の言葉と同時に、ユーチャリスの前に現れるナデシコC
これは私がユーチャリスを追い続けて、4ヶ月が経過した時の事です。
あらゆる情報網を駆使して、私とハーリー君はユーチャリスを追跡しました。
そして、この一瞬のチャンスに全て賭けたのです。
せめて、アキトさんに一度はユリカさんと会って欲しかったから。
私の大切な家族と、最後の一瞬を共に過ごしたかったから。
アキトさんの側に、その最後の瞬間まで居たかったから―――
火星をバックにチェイスを繰り返す二つの戦艦・・・
そして打ち込まれるアンカー
暴走するジャンプフィールド
そして―――
全ての始まりの地へ
「そんな馬鹿な!!」
再び見上げる星空の光景に、叫び声を上げるアカツキさん。
「これが、私とアキトさんの秘密です。
この世界より遥かに進んだ技術、そしてアキトさんの絶大な戦闘能力。
そして、ラピスと私達との関係―――
解って貰えましたか?」
「ああ、信じられない事だけどね・・・
テンカワ君の強さ、軍人嫌いの訳、君達との接点・・・全てが一つに繋がる。」
アカツキさんが呆然とした声で、そう話します。
「そして・・・ここが、全ての始まりである以上。
アキトさんの意識は、この地点にある筈です。」
「・・・どうゆう意味だ?」
ジュンさんが、気だるげな声で私に質問します。
先程まで見ていた、アキトさんのあまりの体験に―――心が追いつかないのでしょう。
私は・・・アキトさんが私とユリカさんの為を思って、その身を隠した事を知りたかっただけです。
ラピスだけを連れて、宇宙をさ迷うアキトさんの事を何時も考えていました。
全てが終わり、罪人の身に落ちたとしても・・・一目、会いに来てくれると信じていた。
ですが、この時のアキトさんは自分の存在により私達に迷惑が掛る事気にして・・・
私達の前に二度と姿を現さないと、心に決めていました。
悲しむ心すら、既に壊れていると信じていたアキトさん。
しかし、同調をしていた私には―――心の底で私とユリカさんに謝る言葉を感じました。
それだけで、充分です。
私はこれから先もアキトさんを助け―――共に歩む事に迷いは有りません。
そして、このループが始ったこの地点は・・・
アキトさんの心に唯一アクセス出来る可能性がある場面なのです。
過去と未来が交わった、この瞬間が!!
「アキトさん!! 何時まで迷ってるつもりですか!!
チハヤさんの事は残念な事でした!!
ですが、アキトさんもご自分が万能だとは思っていませんよね?
私はそんな傲慢な考えを持つ人では無いと信じています!!」
『・・・』
反応は有りませんが、私は再び話しを続けます。
きっと、この声はアキトさんに届くと信じてるから。
「知ってるかい、テンカワ君?
君を庇ってオオサキ提督は地球のお偉いさん全員を敵に回したよ。
そして、そのオオサキ提督を守って―――カズシ補佐官が死んだ。」
『!!』
アカツキさんのその言葉を聞いて、何処かで動揺をする気配がします。
「ルリ君、悩んでいる相手に優しく話し掛けるだけでは駄目なんだよ。
特にこれだけの人物が相手ではね。
・・・喝を入れる事も、また重要なのさ。」
「テンカワ!! チハヤの事は僕自身の問題だ!!
君如きが関与するべき事じゃない!!
そこまで自惚れるつもりなら、僕の前に姿を現してからにしろ!!」
ジュンさんのその叫びに―――
ボワァァァァ・・・
私達の視界は光に包まれました。
そして、次の瞬間には浮遊感を感じ―――
「あら、目が覚めたかしら?」
「・・・イネス、さん?」
私の目の前には、イネスさんが顔を覗き込んでいました。
ペンライトで私の瞳孔を覗き込もうとしていたみたいです。
「どうやら、意識はしっかりとしているみたいね。」
「えっと・・・覚えてますか?」
「何をかしら?」
どうやら、アキトさんの記憶を体験した事は覚えていないようです。
もし覚えていたら、私は質問攻めになってるはずですからね。
「あうううう・・・」
「が・・・」
「あらあら、アカツキ君とアオイ君も仲良くお目覚め?
本当に計ったようなタイミングね。
まあ、仕事は溜まってるから、起きてくれた事は嬉しいけど。」
そう言って、アカツキさんとジュンさんが眠っているベットに向かうイネスさん。
「もう少し、寝かせてやって下さい。
多分、疲れ果てていますから。」
その声は・・・アカツキさん達からさらに奥のベットから聞えました。
そう、その人は―――
「迷惑を掛けたね、ルリちゃん。
それとアカツキとジュンにもな。」
「はい、お帰りなさい・・・アキトさん。」
私は苦笑をしながら起き上がるアキトさんに・・・そう言って微笑みました。
この人も―――やはり帰ってきたんですね。
コツコツコツ・・・
俺は今機関部に向かって歩いている。
どうやって紛れ込んだのかは知らないが、今回の事件の黒幕は―――アレ以外考えられない。
過去での記憶なら、全員が同じテーブルにつけた。
それは精神力という点において、余りに突出した人物が居なかったからだろう。
しかし、今回は俺が居た。
俺が過去で囚われた『想い』に・・・
IFSを持つ人物の精神が強制的にリンクされ。
俺のあの過去を追体験させたのだ。
・・・しかし、どうやら俺の過去に耐えれなかった人物達は、その心のオーバーフローが原因で記憶を無くしていた。
それが、良い事なのか・・・悪い事なのか、今は判断が出来ない。
少なくとも、夜中に悪夢に魘されて飛び起きる事は無いだろう。
だが、少なくともアカツキとジュンには俺の正体がバレてしまった。
一部とはいえ、俺の過去に耐え切った二人・・・
アカツキの本質的な精神の強さに俺は驚き。
ジュンのその復讐に囚われていた心に、溜息を吐く。
ジュンが耐えられたのは、俺と同質の想いに囚われていたからだ。
同じ気質同士なら反発をする事無く、同化する事が出来る。
もっとも、俺の心の闇に最後には恐れを抱いたみたいだがな・・・
ルリちゃんはある程度、俺の過去に関する知識があった為、覚悟があったはずだが。
アカツキはその知識も無く、あの試練を乗り越えた。
そしてアカツキは今後も俺に協力する事を約束した。
そこには、俺と同じ様にあの過去を繰り返すつもりはないという覚悟があった。
ジュンは暗い瞳で俺を見ていた。
しかし、思い詰めた感じは無く―――ただ、落ち着いて何かを考えている様子だった。
俺は二人に俺の正体を黙っていて欲しいと頼み。
二人はそれを承諾してくれた。
・・・今は、まだ話すには刺激が強すぎる。
俺はそう判断したからだ。
いや、それはいい訳であり―――
本当は俺の復讐鬼と化していた過去を、皆に知られるのが怖かったからかもしれない。
そんな事を考えつつ、俺は遂に目的地に到着した。
「・・・やってくれたな。」
目標は直ぐに見付かった。
天井に張り付き、ケーブルに寄生している無人兵器。
そいつが俺を認識して、背中のバルカン砲を連射する。
ダダダダダダダダダダ!!
しかし、既に俺の姿はそこには無く―――
「ギッ!!??」
「ここだ。」
ゴスゥ!!
蒼銀の輝きに包まれた拳でその無人兵器を殴る。
「ギギィィィィl!!!」
床に弾き飛ばされ、変形した外郭を震わす無人兵器。
その場から逃げ出そうとするソイツの目の前に移動して―――
「つまらん・・・小細工をしてくれたな!!」
ドスッ!!
「ギィ―――!!」
俺の一撃を受け・・・貫かれたまま、その無人兵器は動きを止めた。
それから後は、相変わらずの日々に戻った。
それでも、消えてしまった人もいるが・・・
悲しむ事は何時でも出来る。
そう思うことで納得しないと、先に進めない。
だから今は身を挺して、俺を守り・・・隊長を守ったカズシさんに負けないように。
木連と地球の間に和平を築くことを考えるだけだ。
―――そうだろ、カズシさん?
次回予告
「こんにちわ、皆さん、ラピス=ラズリです。
目覚めたアキトを中心に、再び活発に動き出すナデシコクルー
しかし、邪魔者がその姿を消したわけじゃなく。
私達は予想外の敵を相手に、戦う事になってしまった。
その人は・・・
次回、時の流れに 第二十二話 『来訪者』を守りぬけ?・・・ナイトメア(悪夢)」