< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「通信を受けたのは何時だ!!」

 

「約・・・10分前です。」

 

 オオサキ提督の少し動揺をした声が、今回の事態の大きさを如実に語っていた。

 それは私達にとって、あまりに予想外の出来事だったから。

 

 オオサキ提督の質問に答えるルリルリの声も震えている。

 現状に対して、どの様な対応をすればいいのか解らないのだろう。

 

 ―――いえ、ルリルリだけじゃない。

 私達、全員がその通信内容を知った時、最悪の場面しか思い浮かべる事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 ピピピッ!!

 

 最近、頻繁に訪れるような気がする緊急通信・・・

 私の予想に応えるかのように、その緊急通信の内容も信じられない内容だった。

 

 横目で通信を受けたルリルリを見守る。

 ―――徐々に険しくなる表情が、見事なまでに通信内容を物語っていた。

 

「ルリルリ?」

 

 私が声を掛けると、やっとルリルリが動き出す。

 そして、緩慢な動作で休憩中の艦長とオオサキ提督に連絡を入れる。

 

 ピッ!!

 

『な〜に、ルリちゃん?』

 

『何か動きがあったのか?』

 

 眠そうな顔の艦長と、厳しい顔のオオサキ提督が現れる。

 その二人に対してルリルリが告げた言葉は―――

 

「アキトさんがコロニーを襲撃します。」

 

 その一言に、ブリッジに居た全員と、通信ウィンドウに映っていた二人の動きが止まった。

 

 

 

 

 

 プシュ!!

 

 ブリッジに飛び込むなり艦長は厳しい表情でルリルリに叫んだ。

 その後にはオオサキ提督とアオイ君の姿もある。

 

「ルリちゃん!!

 現状を説明して!!」

 

「・・・メグミさんからの報告によると。

 アキトさんは薬物により自我を失っています。

 そして、現在は捕らえられていた戦艦を内部から破壊し脱出。

 最寄のコロニーに向けて移動中です。」

 

 青い顔で艦長に報告をするルリルリ。

 私はその内容に驚きつつ、メグちゃんが何故この報告をしてきたのか・・・不信に思った。

 

「ちょっと、ルリルリ・・・メグちゃんからの報告ってどういう事?」

 

 確か、メグちゃんはラピスちゃんと一緒に休暇を申請していたはず。

 そして、ラピスちゃんとメグちゃんだけでは心配なので、テンカワ君が一緒に月のコロニーに残ったのだ。

 

 しかし、本当の目的はテンカワ君の養生だと、私はイネスさんから聞いている。

 ルリルリや、他の皆も怒ってはいたが部署を簡単に空けるわけにはいかず、明日の再会を楽しみにしていた。

 

 ・・・いや、今考えてみればルリルリの心配げな表情は余りに真剣すぎた。

 何時もの可愛い嫉妬の表情だけとは思えない影も、確かにあった。

 

 もしかすると、私の知らないところで最悪の事態は進んでいたのかもしれない。

 

「それは俺から説明をしよう。

 ―――事態が最悪の展開を迎えた今、隠す事は無意味だからな。」

 

 そして、私の質問に応えを返したのは・・・オオサキ提督だった。

 

 

 

 

 緊急召集でアカツキ君をブリッジに呼び、オオサキ提督の説明が始まる。

 アカツキ君はある程度の事情を知っていたらしく、青い顔をしていたが取り乱してはいなかった。

 

「・・・実は2日前に月のドッグに寄った時、メグミ君とラピス君が何者かに攫われた。

 いや、この際実行犯の事はどうでもいいな。

 結果として、二人が木連の和平反対派に捕まった事は確かだった。

 そして、彼等の要求はアキトにブローディアに乗って、ある地点を訪れる事。

 ―――敵の目的ははっきりとしている、俺としては何としてでもアキトを止めるつもりだった。」

 

 苦々しい表情で、オオサキ提督の説明が始る・・・

 それはそうだろう、感情抜きで考えれば―――あの二人とテンカワ君の存在では、比較にならない。

 

 けど、ラピスちゃんとメグちゃんをテンカワ君が見捨てる事も・・・絶対に有り得ない。

 

「戦略上、最大のキーマンを失う事になる訳だ。

 事情を知ったアカツキと一緒に、説得を試みたが―――無駄だった。」

 

「僕達には、実力でテンカワ君を止める事は不可能だからね。

 頼りにしていたラピス君とのリンクも、眠らされているらしく通じない。

 そして、テンカワ君の甘さを利用したその手は・・・見事に成功したと言う事さ。

 結果―――テンカワ君は最悪の状態に陥った。」

 

 手で顔を覆いながらオオサキ提督の話の続きをするアカツキ君。

 その手の下の隠された表情は、一体どの様なモノなのだろうか?

 

「やはり・・・歴史は、繰り返すのか?」

 

  ドスッ!!

 

 小声で呟くアオイ君のお腹に向けて、振り向きざまアカツキ君の拳が繰り出される。

 その攻撃を、ギリギリのところで受け止めるアオイ君。

 

 そして、暫し睨み合う二人――― 

 

「・・・つまらない事を言うものじゃないよ。

 それに、君も今のテンカワ君の危険さは理解してるだろう?」

 

「まあ、な。」

 

 その台詞を合図に離れる二人。

 心無し、お互いの距離が離れているのは喧嘩で時間の浪費を防ぐためだろうか?

 

 しかし、二人の間に漂う緊張感はかなり複雑なモノを私に感じさせた。

 

「現在の状況では、お前達が何を知っているのかは問わないが・・・

 アキトは本当にコロニーを襲うのか?」

 

 無言で睨みあっている二人に、そう質問をするオオサキ提督。

 

「間違い無く。」

 

 アオイ君が憮然とした表情でそう応え。

 

「断言できるね。」

 

 アカツキ君も暗い顔で返事をする。

 

「・・・メグミ君とラピス君の無事が確認出来ているだけでも、まだ良しとするか。

 しかし、内部から戦艦を素手で沈めるとは。」

 

 メグちゃんから送られてきた通信文を読み直し、唸り声を上げるオオサキ提督。

 その文章には私達には想像も出来ない事が書かれていた。

 

 いえ、通信文の製作者がメグちゃんであり、その対象者がテンカワ君だからこそ・・・納得出来る内容だった。

 

 ―――テンカワ君が漆黒の炎に身を包み、次々と科学者達を惨殺した。

 ―――人質に取られていた、メグちゃんとラピスちゃんを無視して兵士達を惨殺した。

 ―――その顔には、狂気と喜びに満ちた笑みが浮かんでいた。

 

 そして、破壊の限りを尽くした後。

 テンカワ君はブローディアに乗り込み、最寄のコロニー向けて移動を開始した。

 

「でも、どうしてアキトはコロニーを目指すのかしら?」

 

 今まで黙って話を聞いていたサラちゃんが、呟くように疑問を述べる。

 

「理由があるんだよ―――テンカワにはコロニーを憎む理由がね。」

 

 明後日の方向を向いたまま、サラちゃんの質問に答えたのは・・・アオイ君だった。

 

 そしてそんなアオイ君を、ルリルリは睨み付け、アカツキ君は冷たい目で見ている。

 ・・・一体、この三人は何を知っているのだろう?

 

 やがて、アオイ君を睨み付ける事を止めたルリルリが艦長に現状を報告する。

 

「現在のナデシコの速度では、辛うじてアキトさんより先に目的のコロニーに辿り付けます。

 問題はその後でしょう―――どうします、艦長?」

 

「・・・提督、私の答えは決まっていますが。」

 

 ルリルリの視線を受けた後、オオサキ提督にそう問い掛ける艦長。

 

「俺の答えも決まっている、止めるんだ―――アキトを。」

 

 その止めるが―――言葉通りに動きを『止める』のか、それとも別の意味を指しているのか。

 私には聞く勇気がなかった。

 

 ただ、無表情なままパイロット達に説明に行くアカツキ君が・・・その内容を物語っているみたいだった。

 

 

 

 

 

「サラちゃん、今のうちに休んだ方がいいんじゃない?」

 

 私の言葉に、左右に頭を振り三つ編みにした金髪を揺らすサラちゃん。

 その目は―――メグちゃんからの通信文から離れる事はなかった。

 

「・・・笑いながら人を殺すなんて、アキトらしくない。」

 

「いや、それもテンカワだ。」

 

 サラちゃんの独り言に返事を返したのは―――やはりアオイ君だった。

 先日の集団で意識不明の状態に陥って以来、アオイ君は感じが変わった。

 

 それ以前に、あの事件の後の荒んだ表情が忘れられないが・・・

 

 意識不明から脱した後は、厳しい表情を常に顔に浮かべ、何時も一人で何事かを考えている様になった。

 そして―――気が付けばテンカワ君を睨み付けている。

 そんなアオイ君を、近頃私達はよく見かけていた。

 

「アオイさん、一体アキトの何を知っているんですか?」

 

 サラちゃんから非難の視線を受け・・・それを無視するアオイ君。

 昔に比べて、その態度は余りにふてぶてしい。

 

「説明・・・何て不可能だね、笑われるのがオチさ。

 ただ断言は出来る、テンカワがコロニーに辿り付けば間違い無くコロニーは破壊される。

 ―――そうだろう、ルリ君?」

 

 アオイ君が同意を求めたルリルリは・・・怖いほど真剣な目でアオイ君を睨み付けていた。

 

「何が・・・言いたいのですか?」

 

 搾り出すようなルリルリの声。

 そして対峙する、アオイ君とルリルリの視線。

 

「・・・事実を指摘したまでさ。

 だが、今のテンカワにはDFSは使えないだろう、色々な意味でな。

 唯一の勝機はそれだけだ。

 俺もアカツキの手伝いをしたいが―――エステバリスに乗っても、足手纏いにしかならないだろう。」

 

「そうですね。

 正しい判断です。」

 

 アオイ君の返事に痛烈な皮肉を返すルリルリ。

 二人の間に更に険悪なムードが漂う。

 

 一体、この二人の間に何があったのだろうか?

 明らかに、二人はテンカワ君について何かを知っていて。

 今はその秘密について対峙をしている。

 

 お互いに睨み合うその視線には、私には入り込めない深い何かがあった。

 

 ブリッジ内に再び張り詰めた空気が漂う―――

 

「・・・ジュン、何を知っているのかは知らんが。

 これ以上騒ぎを起こす気なら、ブリッジから退出をさせるぞ。」

 

「・・・解りました、俺としても今はブリッジ以外に仕事は無いですからね。」

 

 オオサキ提督の言葉に、ルリルリから視線を外すアオイ君。

 そしてルリルリも、その言葉を合図に自分の仕事に戻っていった。 

 

 結局、サラちゃんの質問はうやむやになり。

 一番騒ぐと私が予想してた艦長は、自分の考えに没頭しており。

 オオサキ提督は難しい表情で前方を睨みつけ。

 ルリルリは悲しげな顔で、コンソールを操る。

 サラちゃんは再びメグちゃんからの通信に目を落とし。

 

 私は―――深い溜息を吐いた。

 

 笑って地球に帰るには、まだまだ道のりは険しそうだ。

 

 

 

 

 

 

「でもさ、ゴートさんが宇宙船の操縦を出来るとは知らなかったな。」

 

「宇宙船ではない、これは連絡船だ、ナオ。」

 

「ま、脱出ポッドに乗っているメグミちゃんとラピスちゃんを迎えに行くだけだからな。

 別に何に乗っていようが、変わりは無いと思うけど。」

 

「そうだな、戦闘になれば一瞬で宇宙の塵になってしまう。」

 

「・・・回避行動くらい出来るよな?」

 

「心配するな、宇宙で実際に操縦をするのは俺も初めてだ。」

 

「心配するわ!!」

 

「大丈夫だ、俺は一通りの訓練を受けている。

 発進時には左右の確認、左に曲がる時には巻き込み確認を忘れずに・・・ブツブツ・・・」

 

「ちょっと待て!! 思いっきり素人の態度じゃね〜か!!

 しかも車じゃなんだぞ!! 巻き込み確認って何だよ!!」 

 

「ウインカーはカーブ手前30m先から表示、踏み切りは一時停止・・・」

 

「宇宙空間にはカーブも踏み切りも無いわ!!」

 

 ピッ!!

 

『発進準備完了です、無事な航海を祈ります。』

 

「あ、サラちゃん!! ゴートが初心者だって絶対に知ってただろ!!」

 

「了解、ゴート・ホーリとヤガミ ナオ両名は、ただ今よりメグミ・レイナードとラピス・ラズリ救出に向かう。

 ナオ・・・シートベルトは締めたな?」

 

「シートベルトって・・・お前、本当に大丈夫なんだろう―――なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 

  ゴウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 テンカワ君を止める手段は・・・エステバリス隊による機動戦で動きを止め。

 そして、足を止められたブローディアに対して、ルリルリがシステムのハッキングをする事になった。

 少なくとも、ブローディアを無力化すればまだ希望はあると全員が考えていた。

 

 だけど、ルリルリの表情は一向に晴れなかったが。

 

「私とラピスの最高傑作なんですよ、勿論ハッキング対策も万全です。

 全てのシステムを掌握するのに・・・私とオモイカネが全力で取り掛かっても10分。

 いえ、20分は掛ります。

 それだけの時間を、アカツキさん達がアキトさんの猛攻に耐えられるかどうか・・・

 それが一番の懸念事です。」

 

 私が暗い表情のルリルリを問い質したところ、そんな返事が返ってきた。

 

「・・・それだけじゃ無いんでしょ?」

 

「はい、最悪の場合―――アカツキさんは『ラグナ・ランチャー』を使用すると宣言されました。

 そしてそれが、アキトさんが木連に単身で乗り込む時の・・・条件だったんです。」

 

 つまり、ルリルリもアカツキ君も・・・そしてテンカワ君も、最悪の事態を考えていたわけね。

 それを踏まえてもなお、テンカワ君は二人の救出に向かった。

 もしもの時は、自分の事は見捨てろと言い残して。

 

 ―――なんて身勝手で、融通の利かない男なんだろう。

 

 これだけの人達に迷惑をかけ、それを知りつつも二人を切り捨てる事は出来ないと言う。

 自分が、私達が今まで奔走してきた和平の為の努力に対する、裏切り行為とも思える。

 

 だけど、やはりテンカワ君ならば―――

 二人を助けにいくだろう、自分の身を省みず。

 どれだけ愚かな行為と責められようとも。

 

「こうなってしまった以上、私は私のベストを尽くすまでです。

 ディアとブロスもメグミさんの通信文を見る限り、自閉モードに入っていると思います。

 内側からの手助けがないのが悔やまれますが、この際贅沢はいえません。

 ―――アカツキさんに、アキトさんを撃たせはしない。」

 

 決意に満ちた金色の瞳が、私の顔を正面から見詰めていた。

 それは全ての迷いを振り払い、全力を尽くして大切な人を守ろうとする―――女の顔だった。

 

 

 

 

 

 ルリルリの決意を聞いた後、私はその隣に座るハーリー君に視線を移した。

 その胸には、子供には不釣合いなほど大きく無骨な、少し歪んだ形の認識票がある。

 

 カズシさんが亡くなって、一時期は酷く落ち込んでいた。

 仕事をしていても何処か上の空で、皆が心配をしたものだった。

 

 身近な人の死―――

 

 それは、人が人である限り避けられない運命だろう。

 しかし、寿命や病気によるものではなく、理不尽な暴力によりカズシさんは亡くなった。

 その事に対して、ハーリー君は酷く非難をしていた。

 連合軍も木連も変わりないと、涙ながらに叫んでいた。

 そんなハーリー君に、私は何も掛ける言葉は無かった。

 

 落ち込むハーリー君の姿を見かねた艦長は、ハーリー君を御両親の元に帰そうと提案をした。

 私達もその提案に賛成をした。

 やはり、6歳児が戦場に居る事が不自然なのだ・・・

 

『・・・地球に戻れと・・・言うんですか?』

 

『ああ、これ以上辛い思いをしたくは無いだろう?』

 

 ヤガミさんの言葉を聞いた後、手に握っていたモノに目を落とす。

 それは歪んだ形の・・・軍の認識票だった。

 

 私は、自分ではハーリー君の説得は不可能だと判断し・・・ヤガミさんに説得を頼んだ。

 私自身は頼んだ手前、同伴をして二人の会話を見守っていた。

 

『・・・地球に帰っても、ナデシコの事を忘れるなんて無理です。』

 

『・・・』

 

 無言のまま、ハーリー君の次の台詞を待つヤガミ君。

 

『カズシさんが言ってました、大きな事をする人物ほど細々とした事は出来ないって。

 人として欠けた部分にこそ、人は惹かれるかもしれない、とも。

 ―――シュンさんの事を、本当に尊敬されてました。』

 

『だろう、な。』

 

『僕にも憧れる人がいます、側にいたい、助けてあげたいと思う人が。

 今、ナデシコから逃げ出す事は、自分の気持ちを裏切る事だと思うんです。

 それに―――』

 

 チャリ・・・

 

 手に持っていた認識票を、自分の首に掛けるハーリー君。

 

『最後まで見届けたいじゃないですか。

 カズシさんが望んだ事が、本当に叶うかどうかを。』

 

 悩みが吹っ切れたわけではなく。

 だけど、この戦争を最後まで見届ける事を決めたと・・・ハーリー君は私達に主張をした。

 

 私達がお節介をするまでもなく・・・ハーリー君は強い子だった。

 

 それぞれが、それぞれの決意を固める中。

 悪夢は確実に近づいていた。

 想像を絶する牙を剥き出しにして。

 

 

 

 

 そして―――

 

 

 

 

 

「―――来ました。」 

 

 隣でルリルリが低い声でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

第二十二話 その4へ続く

 

 

 

 

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