< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴォォォォォォトォォォォォォォ!!!!! 減速しろ減速!!」

 

「・・・ぬう、スロットルが戻らん。

 どうやら力を込め過ぎた様だ。」

 

「そんな事を冷静に説明するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 と言うか、絶対ウリバタケさんが手を加えただろう、この連絡船!!

 完全に規格外の加速だぞ!!」

 

 ピピッ!!

 

「ぬ、前方に障害物を発見―――衝突コースだな、どうする?」

 

「破壊しろ破壊!!

 こんな加速状態で回避行動をしたら身体が持たんわ!!」

 

「了解、前方の脱出ポッドらしき物体を破壊する。」

 

「脱出ポッド?

 ・・・ちょっ、ちょっと待たんかい!!」

 

「却下だ、ポチッとな。」

 

 ポチ!!

 

「あんた本当は錯乱してるだろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 結果、ギリギリのところで迎撃ミサイルは目標を外した。

 ミサイルを発射する瞬間、ナオが操縦桿を蹴飛ばし、連絡船の方向を変更したためだった。

 

 発射されたミサイルは何処とも知れない虚空に消えて行った。

 

 そして件のスロットルは、ナオが再び繰り出した決死の蹴りによって何とか元の位置に戻っていた。

 ・・・足が長いと色々と便利だな、ナオ。

 

    ゴスッ!!

 

 突如、後頭部に鈍い痛みが走る。

 俺は心当たりのある人物に向かって抗議をした。

 

「・・・痛いぞ、ナオ。」

 

「操船に自信が無いのなら先に言えよ!!

 他にも整備班とかにも、連絡船を扱える奴はいるんだからよ!!」

 

 ちょっと涙目で俺を責めるナオ。

 トレードマークのサングラスは、発進時の衝撃で後方に吹き飛んだらしい。

 ―――どうやら、かなりの恐怖を体験したらしいな。

 俺は視野狭窄を起こしていて、目の前の事しか見えてなかったのでそれほど怖くはなかったが?

 

「・・・あんた、本当に操船が出来るのか?」

 

 ジト目で俺を睨みつけるナオ。

 

「ああ、レシプロ機からジェット機まで何でもござれだ。」

 

「ほう・・・地球では完璧だな。

 なら、宇宙船は?」

 

 段々目付きが座ってくるナオ。

 

「空気抵抗は結構偉大だと思わないか?」

 

「・・・経験がないんだな?」

 

    ゴキゴキ・・・

 

 拳を鳴らして、先程自分の身体をめり込ませていた座席から立ち上がるナオ。

 

「いや、それ以前に俺はナデシコに乗るまで宇宙に出た事がない。

 宇宙空間の操縦も、シミュレーターで一度経験しただけだ。

 ちなみに、発進して30秒後に隕石に激突した。」

 

         ゴスッ!!

 

 俺の視界一杯にナオの拳が広がった。

 うむ、腰の入った良いパンチだ。

 

 

 

 

 

 

「ちっ、予想以上に戦場が近いな。

 それにしても、アキトの奴―――本当に手加減無しだな。」

 

「ええ、アキトさんを刺激しない様に戦場を離れましょう。」

 

「・・・アキト。」

 

「あれが―――漆黒の戦神と真紅の羅刹の戦い。

 凄い、何て・・・言葉で言い表せないよ。」

 

「テンカワ夫妻の息子、そして連合軍と木連を繋ぐ存在。

 大きくなったな、私如きが手助けなど・・・おこがましいか。」

 

 

 聞き覚えのある声のほかに、聞いた事の無い人物の声が二つ混じっている。

 目を覚ました俺が最初に見たモノは―――身体をロープで括られた自分の姿だった。

 

「・・・説明を頼む。

 それ以前に、ここは何処だ?」

 

 不自由な体勢だが、無理をして顔を上げナオに話し掛ける。

 

「本気で言ってるのか?」

 

 額に青筋を立てながら、俺に向かって詰め寄ってくるナオ。

 その周りに集まるメグミ君やラピス君の顔にも怒りの表情がある。

 

 ―――あと、見知らぬ少女と中年の科学者の様な男の顔にも、同様の感情が伺える。

 

「普通、救難信号を出している脱出ポッドを攻撃しますか?」

 

 メグミ君が冷たい声で俺にそう尋ねる。

 

「む、それは国際法に違反してるな。」

 

 誰だそんな非常識な事をする奴は。

 軍人なら軍事裁判、民間人なら法廷に連れ出されても文句は言えんぞ。

 

「あんたが仕出かしたんだ!! あんたが!!」

 

「何ぃ!!」 

 

 ナオの絶叫に俺は驚く。

 俺がそんなミスをしたと言うのか?

 

「・・・ねえ、この人本当にナデシコのクルー?」

 

「・・・否定したいところだが、本当の事だ。」

 

 ショートカットの女の子が、ナオに向かって呆れた顔と声で尋ねている。

 その質問に対して、ナオが失礼な返事を返しているのが気に障るが―――

 

 どうやら、初めての宇宙船の操縦に、俺はかなり動揺をしていたようだ。

 そう、記憶が跳ぶほどに―――

 

「遠い目をしても誤魔化されないよ、ゴートさん。」

 

 ラピス君の宣言する声だけが、いやに耳に残った。

 

「そう言えば、どうしてラピス君やメグミ君がここに居る?」

 

「・・・乗ってたんだよ、例の脱出ポッドに。」

 

 今更だが―――背中に冷汗が浮かんだ。

 

 

 

 

 とりあえず、俺の処分は後回しと言う事になり―――

 今、俺達は目の前で繰り広げられる漆黒と真紅の戦いに見惚れていた。

 ちなみに、俺は未だ縛られたままだ。

 

 高速で移動する機体から漏れるスラスターの光が、幻想的な光景を俺達に見せる。

 死闘でありながら、二人の戦いにはやはり激しく人を惹きつける何かがあった。

 そこには一切の妥協は無く―――そして、今のテンカワには手加減をする理由は無かった。

 

 そして、それはむしろ北斗にとっては望んだ状況であり。

 俺達はその北斗の純粋な闘争心に、最後の賭けをするしかなかった。

 アカツキ達は静かに宙を漂い・・・

 その背後にはナデシコが控えている。

 

 先程入った通信によると―――北斗とテンカワの戦闘に手出しは無用らしい。

 もっとも、出したくとも俺達には何の手段も無いのだが。

 ナデシコではホシノ ルリが悔しがっているだろう。

 だが、北斗との戦闘中にブローディアをハッキングする訳にはいかない。

 そんな事をすれば・・・

 一秒に満たない隙でさえ、命取りになる戦いだ。

 きっとテンカワは生きてはいまい。

 

 それが理解出来るからこそ、北斗のDFSの使用禁止の件もあり俺達は今、静観をしている。

 アカツキのその冷静な判断に、俺達は感嘆した。

 そして、彼もまた己の全力を尽くしていると実感をした。

 誰があの北斗を相手に交渉を考えるだろう?

 下手をすれば問答無用で殺されかねない・・・

 それにアカツキのエステバリスはフルバーストの影響で、現在は行動不能状態だったのだ。

 

 だからこそ、ルリ君達はアカツキの提案を受け入れた。

 

 また北斗が現れた以上、あの状態のテンカワを放っておくとは思えない。

 ならば、まだテンカワが有利な状況を選択するべきだろう。

 

 そう、まだ悪夢は終っていないのだから。

 

 

 

 

 

「北斗さんはアキトさんの状態を予想してた。」

 

「そうか―――流石だな。」

 

 メグミ君の呟きに、ナオが反応を示す。

 

「攻撃本能に支配されたアキトさんと戦う。

 その為だけに、一人であの戦艦に来たそうです。

 悔しいけれど、私にはあの状態のアキトさんを止められなかった。」

 

 くぐもった声が、メグミ君の悔しさを感じさせる。

 テンカワがあんな状態に陥っているのに、何も出来ない自分が許せないのだろう。

 

「・・・そこまで思い詰める事は無いさ。

 俺にもあの状態のアキトにしてやれる事なんて何も無いさ。

 真っ向からアキトの殺意を受け止められる奴なんて、本当に限られていると思うぜ?

 少なくとも今は北斗に期待するしかないみたいだけどな。」

 

 少し自嘲の響きを込めて、ナオはメグミ君にそう告げ。

 そして、視線を再び二人の戦いに向けた。

 俺が意識を取り戻してから既に10分―――二人の戦いはヒートアップをする一方に見えた。

 

 

 

 

 

 そして縛られた状態で、俺は今回の事件の始まりを思い出していた。

 目の前に居るメグミ君とラピス君―――この二人の誘拐事件が、全ての始まりだった。

 

 

 月にあるネルガルのドックにナデシコが到着し、クルーの一部には自由な時間が与えられた。

 もっとも現状を考慮して、月面シティには出る許可は出せなかった。

 今やナデシコクルーはあらゆる意味で注目の的なのだ、下手な行動は命取りになりかねない。

 また、俺とナオの二人で休暇中のクルー全員の護衛をする事は不可能だ。

 その点、ネルガルのドック内であれば厳重な警備網が引かれてる。

 それに、二人か三人で行動をすればいざという時に対処のしようもある。

 それだけの設備がこのドック内には備わっていた。

 

「ゴートさん、お仕事お疲れ様です♪」

 

「お疲れ様!!」

 

「うむ。」

 

 ラピス君を連れてメグミ君が俺の横を通りながら挨拶をする。

 どうやら通信をサラ君に任せて、ラピス君と二人で先にブリッジから抜け出したようだ。

 全体的にナデシコクルーの女性陣の仲は良い。

 女性間の苛めなどが存在しないのは良い事だ。

 

 ・・・もっとも、テンカワに関する事柄では血で血を洗う世界に突入するが。

 だから普段はバランスが取れていて、仲が良いのだろうか?

 

 怖い考えになりそうだな、想像をするのを止めよう。 

 

 二人の後姿を見送った後、侵入者に対する施設の確認を兼ねて俺は見回りをする。

 そして道すがらに、地球で起こった事件を考える。

 

 俺は―――カズシ補佐官の最後の言葉を一生忘れん。

 

 あの人は立派な軍人であり、人生の先輩だった。

 自分が完璧には程遠い事を自覚はしている。

 

 それでも、地球での事件は俺の失態とも言える。

 だが、カズシ補佐官は死ぬ間際にも俺を責めたりはしなかった。

 それがあの人の優しさであり、文字通り命を賭けた教訓を俺に残した。

 

 同じ過ちだけは犯さないと―――心に誓った。

 

 しかし―――

 

 

 

 無言で差し出されたナオの手にある紙切れ。

 そこには、誘拐犯からの脅迫文が書かれていた。

 

 短い文章には、ラピス君とメグミ君の身柄を拘束した事と、テンカワに対する要求が記されていた。

 

    ゴスッ!!

 

 その文を一瞥して、無言のまま俺は壁に拳を叩きつける!!

 

 俺の考えが甘かったのか・・・それとも、敵の作戦が見事だったのか・・・

 それはこの際どうでもいい、俺はまたしても取り返しのつかない失敗を犯してしまったのだ。

 あれだけ近くに二人は居たと言うのに!!

 

 握り締めた拳に更に力が篭る。

 爆発しそうな感情を、必死の思いで封じ込めた。

 

「手引きをした犯人はもう見つけてある―――死体だがな。」

 

 壁に背を預けながら、ナオが低い声で呟く。

 俺はそんなナオに背を向けたままの状態で、続きの言葉を待った。

 

「アカツキが確認したところ、ネルガルの重役連中らしい。

 まったく、身内に足を引っ張られるとはな―――皮肉な事だ。」

 

「テンカワには、この事を告げたのか?」

 

「ラピス君と繋がっているんだ、異変があれば文字通りに何処にでも『跳んで』いくさ。

 残念な事に、ラピス君の意識が無い状態の為にジャンプが無理らしいがな。

 つまり―――もう、この事は知っている。」

 

 くっ!! ならばテンカワの次の行動は決まっている!!

 

「止められるのか・・・俺達に。」

 

「無理だろうな、腕の骨折が治っていたとしても全然望みはないな。

 後はシュン隊長の説得に期待するだけかな。」

 

 吊るされた左腕を忌々しげに睨みつつ、俺の問に返事をするナオ。

 こいつ自身、メグミ君達の誘拐を防げなかった事を痛烈に悔やんでいるのだろう。

 

「ミスターは何と言っている?」

 

「プロスさんはエリナちゃんと一緒に関係者の洗い出し中。

 もっとも、重役連中に命令をされただけで、セキュリティー関係者は殆ど何も知らないらしい。

 上の命令には無条件で従う―――企業の悪癖の一つだよな。」

 

 右腕で頭を掻きながら、俺の質問に答えるナオ。

 だが、その痛烈な皮肉混じりの台詞がナオの心中を物語っていた。

 

 同じ様に企業に雇われている身としては、耳に痛い言葉だ。

 

「世の中、ままならないもんだな―――ゴートさん。」

 

「・・・そうだな。」

 

 現状に対して余りに無力な自分に、俺は自嘲の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 その後、テンカワは俺達の予想通りに説得を振り切って飛び出した。

 

『自分が馬鹿な事をしているのは解っているさ。

 責任放棄に近い事を俺はしている。

 だが、俺はラピスには言い表せない程の恩がある。

 メグミちゃんは大切なナデシコの仲間でもある。

 それになによりも・・・俺はラピスの保護者だ。』

 

 最後に笑いながらテンカワはそう断言した。

 俺達の事を一言も責めず。

 

 そして、テンカワを乗せたブローディアはナデシコから飛び立ったのだ。 

 見送る俺とナオ、そしてアカツキの顔にはやり切れない表情が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 テンカワは帰ってきた。

 一番、最悪な形で。

 いや、生きているだけでも最悪な結果は回避出来たのかもしれん。

 だが、もし北斗が負ければ。

 

 その時は―――

 

 二人の戦いを見詰めながら、俺は静かに決心を固めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十二話 その5へ続く

 

 

 

 

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