< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジェイさん・・・知り合いだったの?」

 

「・・・うん。」

 

 脱出ポッドの中で私にそう聞いてきたのはメグミさんだった。

 

 あの悪夢のような戦艦から逃げ出し、目の前で戦艦の横腹を食い破って飛び出した漆黒の機体を見送り。

 脱出ポッドに設置されていた通信機を使って、メグミさんが先程救助要請をナデシコに出していた。

 そして、泣き疲れたラピスちゃんに膝を貸したまま、メグミさんは私に小声で話し掛けてきた。

 ラピスちゃんを起こさないようにという気遣に、私は少し顔を綻ばせる。

 タニさんも疲れていたのか、今は壁際で舟を漕いでいた。

 

 少なくとも―――今の私達には会話をするか、眠るくらいしか時間の潰し様がなかった。

 

 現状をそう悟った私は、メグミさんにジェイさんとの出会いを話し出した。

 

 

 

 

 

 艦内に木連の兵士以外の存在が居れば・・・自ずと目立つ。

 ましてやそれが、身長で2mを越える大男なら存在感と違和感がありまくりだ。

 

「お嬢ちゃん、悪いけど道を聞いてもいいかな?」

 

 興味津々の顔で壁に隠れて大男を監視していた私に、頭を掻きながら話し掛けてきた大男。

 そしてその一言が、私とジェイさんが知り合った切っ掛けだった。

 

「人にモノを頼むのなら、自分の名前を名乗りなさいよ!!」

 

 圧し掛かるような大男に負けまいとして、私は大声でそう啖呵をきった。

 

「あ〜、悪い悪い。

 俺の名前はジェイっていうんだ。

 お嬢ちゃんの名前は何て言うんだい?」

 

 私の態度にも全然怒る事無く、謝りながら自分の名前を告げてくるジェイさん。

 

「・・・私の名前はユキナだよ。」

 

 気勢を削がれた私は、気恥ずかしさも手伝って・・・やはりぶっきらぼうに、自分の名前を教えた。

 

 

 

 始終、笑ってる人だった。

 こんな簡単な地図も読めないのか、と私は文句を言い続けていた。

 ・・・私は口が悪いと、兄からも兄の親友からもよく注意をされてもいた。

 だけど、私の突っ掛かるような口調にもジェイさんは笑って聞いていた。

 どうにも掴み所の無い、不思議な人だった。

 頭が鈍いという印象は受けなかったんだけどね。

 

 そんな私がジェイさんの秘密を知ったのは・・・出会ってから2日後だった。

 

 

 

 プシュッ!!

 

「失礼します、お夜食をお持ちしました。」

 

 やる気のない声で、私は部屋の主に食事を届けに訪れた事を告げる。

 この部屋の主は、あの北辰の次に私が毛嫌いしている人物―――山崎の部屋だった。

 予想していたより、幾分かは小奇麗な部屋には山崎と・・・ジェイさんが居た。

 

「やあ、有り難う。

 夜食はそこの机の上に置いといてよ。」

 

 私の方を見る事もなくそう告げる山崎。

 そしてジェイさんも・・・無反応?

 

 私が不思議に思って首を傾げていると、山崎はおもむろにジェイさんの背中の皮を剥がした!!

 そしてその剥がされた皮膚の裏側には・・・緻密な機械と、ピンク色の繊維質の塊があった。

 所々、鈍く銀色に光っているのは骨なのだろうか?

 

「ええ!!」

 

 その光景を見て、思わず私は驚きの声を上げる!!

 

「何だまだ居たの?

 ああ、この男は僕の実験体の一つさ。

 木連では珍しいけど、改造人間と思ってもらえればいいよ。

 もっとも、今は休止状態だから動かないけどね。」

 

 事も無げにそう言うと、ジェイさんの背中に何やら装置を取り付け計測を開始する。

 もう、既に山崎の頭の中には私という存在は居ないらしい。

 あまり、見ていて気持ちの良い光景でもないので、私はさっさと夜食を机の上に置き。

 足早に山崎の部屋から退出した。

 

 ―――結構、ショックな出来事だった。

 

 

 

 

「よう、お嬢ちゃん―――じゃなくて、ユキナちゃんだったな。」

 

 以前と同じ笑顔で私に挨拶をするジェイさん。

 どうやら、私がジェイさんの身体の事を知っているとは、知らないみたいだ。

 ・・・ま、別に悪い人には見えないし。

 身体が他の人と違うからと言って、毛嫌いをする必要は無いね。

 

「こんにちわ、ジェイさん。

 何してるの?」

 

「ああ、コレを処分するついでに新しいヤツを取りに行くところだ。」

 

 そう言って小脇に抱えていた―――レポートの束を振ってみせる。

 そう、以前道を尋ねられたのは図書館・・・と言ってもデータベースの塊だけど・・・への道順だったのだ。

 ジェイさんはそこで気に入った小説をアウトプットして、自分の部屋で読んでいたらしい。

 何もいちいちアウトプットをする必要は無いと指摘をしたんだけど。

 紙の状態で読むことに、趣があると断言されてしまった。

 

 外見とのギャップが凄いんですけど・・・

 

 ジト目で見ている私に気が付き、今回は苦笑をしながら私に話し掛けるジェイさん。

 

「いや、まあ、見た目とのギャップは激しいけどよ・・・読書が唯一の趣味なんだよな。」

 

「別に悪いとは言ってないじゃない。」

 

 一瞬見せた寂しげな表情に、私は自分が凄く失礼な事をしている思い知った。

 考えてみれば人の趣味など多種多様だ。

 あの山崎の行動に比べれば、大男の読書好きなど可愛げさえ感じる。

 

「読書ってさ、想像するのが楽しいだろ?

 その物語の主人公の心情とか、周りの風景とかさ?」

 

「え、私は読書に興味が無いから。」

 

 私の簡潔な反論。

 露骨にガッカリとするジェイさんに、私は苦笑をする。

 見た目は強面だが、やはり良い人には違いないみたいだ。

 

 結局、30分ほど立ち話をして私達はそれぞれの用事に戻った。

 こんな些細な触れ合いが、2、3度続いた頃・・・

 メグミさんとラピスちゃんがこの戦艦に連れてこられた。

 

 

 

 

 

 北辰に逆らい、監禁部屋に連れて行かれる二人を見て私は憤っていた

 私がメグミさんに興味を持ったのもこの時だ。

 戦闘の素人だとしても、北辰から発する危険な雰囲気は感じ取れるだろう。

 それでもなお、ラピスちゃんの為に向かっていくメグミさんが・・・あの極悪な地球人だとは思えなかった。

 そして、お兄ちゃんからの手紙の内容を少し信じる気になった。

 

 私の隣ではジェイさんが複雑な表情で、連れて行かれる二人を見ていた。

 

 その後はメグミさん達の面倒を、私は自ら進んでかってでた。

 監禁部屋で向き合ったメグミさんは普通の女性だけど、強い人だった。

 私はメグミさんの事を気に入ったのだった。

 

 そして、艦内の緊張が高まる中―――遂に『漆黒の戦神』が訪れる

 

 噂の人物を一名見ようと格納庫に向かう私。

 しかし、その途中で―――鬼の様な顔をしたジェイさんに出会った。

 今まで見た事も無いその表情は、ジェイさんの心情を如実に物語っていた。

 一体、ジェイさんと漆黒の戦神との間には何があったのだろうか?

 

 その答えは、意外な人物から教えられた。

 

 

 

 

 

「彼はその身と引き換えに、素晴らしい力を手に入れたんだよ。

 まあ、その手術をしなければ後数ヶ月の命だったんだけどね。」

 

「嘘・・・でしょ?」

 

 何時もの様に夜食を運んできた私に、山崎から珍しく話を振ってきた。

 何でもテンカワ アキトを抑えておく為に、付きっ切りで様子を見ておかないと駄目らしく。

 その為にジェイさん達の調整が出来ないらしい。

 そして、その伝言を私に頼んできたのだ、この男は・・・

 

 そこで、私はやたらと機嫌の良い山崎に、駄目で元々と思いながらジェイさんの事を聞いた。

 ―――その返事が、先程の台詞だった。

 

「彼の仲間の一人に、D君と呼ばれる人物がいるんだけど。

 D君は体内に小型相転移炉を持っているんだ。

 もっとも、無茶な小型化を行なった作品だから、かなり出力とかが不安定な代物なんだけどね。

 そして、D君から発生するエネルギー供給を得て、ジェイ君は動いている。

 彼等の関係は正に主従関係を超えてるね。」

 

「・・・他にもそんな人がいるの?」

 

「ああ、ジェイ君を含めて3人。」

 

 嫌になるくらい、朗らかに笑いながら山崎は私にそう教えてくれた。

 

 その人達は自分の身体について、どう思っているのだろうか?

 手術をしなければ、数ヵ月後には死んでしまう。

 だが、手術をしたところで―――不自由な生活が待っているだけなんて。

 

「まあ、そこまでして手に入れた『力』も―――『彼』の前では通用しなかったんだよね。

 生身の人間に敗れる・・・彼等にしてみれば、正に悪夢だろうさ。」

 

 そう言いながら、山崎は指で診療台に眠っている人物を指す。

 そこには一人の青年が眠っていた。

 私達木連の最強の敵・・・漆黒の戦神と呼ばれる存在が。

 

「だからこそ、彼の身体は実に興味深いよ!!

 まったく、興味が尽きないね!!」

 

 そして私は、御機嫌な山崎を残してその部屋を出て行った。

 生身の身体を捨ててまで得た人生・・・そして、それを否定する存在、テンカワ アキト

 ジェイさんの心が少しだけ解ったような気がした。

 それは、私の傲慢な考えかもしれないけど―――

 

 

 

 

   プシュッ!!

 

 山崎の部屋を出た瞬間・・・目の前には壁があった。

 それも凄く見覚えある。

 

「・・・ジェイさん?」

 

「悪い、入るタイミングを逃しちまった。」

 

 やはり寂しげな顔で、ジェイさんは私にそう言った。

 

 廊下を連れ立って歩きながら、ジェイさんは自分の事を話してくれた。

 詳しい事までは教えてくれなかったけど、自分達の寿命が後1年ほどだとか・・・

 つい最近、大切な仲間が死んだ事や・・・

 調整の間隔が短くなったのは、自分の死期が近いからだとか・・・

 私にはその話を黙って聞いてあげる事しか出来なかった。

 慰めを言ったところで、現実に対しては何の効力も無いのだから。

 

「愚痴ばっかりで悪いけどよ・・・誰かに俺達の事を覚えていて欲しかったんだ。

 俺達は生まれも育ちも、ちょっと特殊でね。

 戸籍も無ければ、親の顔も知らない。

 本当の意味で―――実験動物だったんだよな。」

 

 次々と明かされるジェイさんの背景に、私は驚く事しか出来なかった。

 一体、ジェイさんが何をしたと言うのだろうか?

 生まれた場所が違うだけで、ここまで酷い目にあうものなのだろうか?

 

「どうして、逃げ出さなかったの?」

 

「逃げれるような身体じゃなかったんだ、つい最近までな。

 その点だけで言えば、山崎の奴に感謝はしている。

 最後の最後に自由に動ける身体をくれたんだからな。」

 

 自由に動く身体が嬉しい―――

 それだけで喜べるジェイさんの言葉に、私とは余りに違う人生を歩んできた事を思い知らされる。

 

「さて、もうそろそろお休みの時間だろう?

 俺はこれからまた図書館で時間でも潰してくるからさ、お休み。」

 

「あ、お休み・・・」

 

 図書館に向かうジェイさんお後姿を、私は呆然とした顔で見送っていた。

 私は自分がまだまだ子供なんだと―――ジェイさんに何も言葉を掛けられなかった事で実感した。

 

 

 

 そして、艦内に轟くエマージェンシーコール

 本当の悪夢は始ったばかりだった・・・

 

 

 

「緊急退避!! 乗組員は直ちに武器を手に、船尾に迎え!!」

 

「敵は何者ですか!!」

 

「・・・漆黒の戦神、ただ一人だ!!」

 

 ジェイさんの事を考えていて、寝付けなかった私にとって、その警報は寝耳に水だった。

 つい、30分ほど前にやっと眠りに落ちたところなのだ。

 もっとも、通信機から流れてくる悲鳴を聞きながら、眠れるほど私は図太い神経をしていない。

 

「冗談じゃないわよ。」

 

 次々に報告される信じられない内容の戦闘結果に、私の顔が青ざめていく。

 簡単に計算したところ、艦内の人間―――約50人以上が既に殺されたらしい。

 しかも、あのテンカワ アキトは素手でその所業を行なっているのだ。

 

 狂っているとしか思えない

 

 まだ非戦闘員に区分される私には、艦内からの避難勧告が通知されてきた。

 確かに私では戦闘の手助けは無理だが・・・それはメグミさん達にも言える事では無いのだろうか?

 

 考え込んだのは一瞬だった。

 その決断の材料の中に、ジェイさんに対して何も言えなかった悔しさがあったとも思う。

 それを踏まえても・・・私はメグミさんを解放する為に、監禁部屋へと向かった。

 

 

 

 ・・・監禁部屋に向かう途中、中年の科学者を拾った。

 

「拾ったって・・・」

 

「だって、大声で助けを求めていたじゃないの。」

 

「確かにそうだけどさ・・・」

 

 何かの役にはたちそうだし。

 別段、悪巧みをしそうなタイプとは思えない。

 何より、山崎の実験に反対して監禁されたのだ、そこまで利口な男ではないだろう。

 どちらかと言うと、私生活では不器用な人かもしれない。

 それに、あの監禁部屋に置き去りにしておいて、殺されでもしたら寝覚めが悪いしね。

 

 そして、私達はメグミさんを解放し―――

 ちょっとした油断で味方の兵士に捕まった。

 

 その後の事は・・・思い出したくも無い。

 ただ、時間さえあれば間違い無くあの『悪夢』は、艦内の全ての人間を殺していただろう。

 

 敵味方の関係も無く・・・

 

 

 

 

 最後のお別れは、意外な形だった。

 脱出ポッドにやっと辿り付いた瞬間、少し離れた位置の壁が轟音と共に崩れ去った。

 

   ドガァァァァァンンン!!!

 

 壁を突き破って廊下に現れたのは―――左腕を失ったジェイさんだった。

 

「くっ!! この化け物が!!」

 

        ガシィィィィ!!

 

 己に気合を入れるように叫びつつ、残った右腕を漆黒の闇に叩きつけるジェイさん!!

 しかし、その拳は当たる事無く―――

 逆にそのままの勢いで、私達の方に向かってジェイさんの身体が吹き飛ばされる!!

 

「きゃあ!!」

 

 ラピスちゃんを庇ってしゃがみ込むメグミさん!!

 それを見たジェイさんは、右腕を壁に突き立てて自分の身体の落下方向を変更する!!

 

  ザシュッ!!

 

 見た目とは裏腹に、見事な身のこなしで着地するジェイさん。

 その身体は所々で抉れており・・・

 血かオイルなのか判別が出来ない液体によって、その身体を染めていた。

 

「よう、まだ逃げてなかったのか?」

 

 身体の傷など気にしていないかのように、明るく私に笑いながらそう話し掛けてくるジェイさん。

 しかし、身体の各所からは小さな火花が上がっている。

 もう、限界なんじゃないんだろうか?

 

「・・・早く逃げな。

 俺が最後に受けた命令も、山崎の奴を逃がす時間稼ぎだったからな。

 どうせなら山崎を逃がすより、ユキナちゃんを逃がす為に戦ったほうが・・・まだ納得がいくぜ。」

 

「そんな!! もう動くのも大変なんでしょ!!

 一緒に逃げようよ!!」

 

 ジェイさんのその言葉に、私は精一杯の反論をした!!

 そんな私を見て、優しく笑うジェイさん。

 

「嬉しい言葉だけどな・・・俺の寿命も後数時間ってところだ。

 Dがこの戦艦を離れた事は、身体の動力源が予備に切り替わった事で解る。

 もう山崎の奴も逃げ延びているだろうな。

 なら、最後に俺に出来る事はユキナちゃんを逃がす事だけだ。」

 

 笑ったまま、自分の死期が近い事を話すジェイさん。

 悟った様なその表情に私は―――泣きながら身体を叩く。

 

「どうしてそんなに簡単に諦めるのよ!!

 もしかしたら助かるかもしれないじゃない!!

 最後まで足掻いてみなさいよ!!」

 

 暫くの間・・・黙って私に叩かれていたジェイさんだったが。

 やがて、残された右腕で私の頭を撫でる。

 

「済まんな。

 俺には今まで何もなかった、執着するモノもなかったんだ。

 だから、何時でも死ねると思っていた。

 だが・・・今は生きたいと思う。

 けど、それ以上にユキナちゃんには生きて欲しい。

 俺や―――俺達の事を忘れないで欲しいんだ。

 こんな奴等もこの戦争の裏では戦っていたんだって、な。」

 

    トン・・・

 

 そう言いながら、私の身体を脱出ポッドに向かって押し出す。

 そして、次の瞬間には破壊された壁から現れる闇に向かって走り出していた。

 

「簡単に死ぬんじゃないぞ!!

 生きて、生き抜いて!!

 俺達の事を世の中に伝えてくれ!!」

 

 漆黒の闇の中から、そんな叫びが上がった。

 私は呆然とした表情で、その叫び声とジェイさんを飲み込んだ闇を見詰めていた。

 

 そこから先は覚えていない。

 

 私は何時の間にか、脱出ポッドに連れ込まれており。

 まるで映画でも見ているように、破壊されていく戦艦を見ていた。

 

 人外の存在、ただ一人に破壊される戦艦

 

 まるで・・・ジェイさんの読んでいた小説の世界の様な話だ。

 でもこれは現実であり、ジェイさんはその存在と戦い―――

 

 満足していたのだろうか? 私達を助けれた事を?

 本当は一番生に固執していたのは、ジェイさんだったかもしれない。

 今となっては尋ねる事も出来ないけど・・・そう私は思う。

 

 なら―――せめて私はしぶとく生き残ってみせる!!

 この戦争がどの様な形で決着をするのかは解らない!!

 だけど、私は必ずジェイさんが存在した証を立ててみせる!!

 それがジェイさんの望みでもあるのだから!!

 

 

 

 私がそんな決意を固めている時に、その機体はやってきた。

 

 真紅の機動兵器

 

 それは―――私達の戦艦を襲った『悪夢』と対を成す存在が操るものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十二話 その8へ続く

 

 

 

 

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