< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十日目 その他クルー

 

イツキ カザマ & マキ イズミの場合

 

 

 

「イズミさんは実家に帰られないんですか?」

 

 私がリフレッシュルームで、偶然見かけた人物は―――イズミさんだった。

 現在、クルーのほとんどが里帰りをしている。

 それなのに、イズミさんがナデシコに残っている事を不思議に思い、私はそう質問をした。

 

「・・・家に帰っても、誰も居ないから。」

 

 そう言って俯くイズミさん。

 長い髪の毛が邪魔をして、その表情は伺えない。

 

 うっ、もしかしてイズミさんの御両親って・・・

 知らなかったとは言え、無神経な質問をしてしまったわね。

 ここは、謝っておかないと。

 

「ご、御免なさい、知らなかったとは言え―――」

 

「今頃、地方を巡回しているわ。

 私の両親は漫才師だから。」

 

     スパン!!

 

 ニヤリと笑いながらそう言ったイズミさんの頭を、私は手に持っていた雑誌で一撃した。

 

 

 

 

「で、貴方はどうして帰らないの?」

 

 ちょっと不機嫌になったが、当初の目的であった紅茶を購入し。

 そのままリフレッシュルームで雑誌を読みながら飲む。

 どうせ、部屋に帰っても一人だし―――話し相手としては疲れるけど、イズミさんも居る。

 

 ・・・時たま、思い出したように呟くダジャレさえ気を取られなければ、一応快適な空間だ。

 

 そして、手持ちのネタが尽きたのか、イズミさんの方から珍しく私に質問をしてきた。

 

「・・・別に、両親に会っても話す事は無いですし。

 それに、育ての親って言うだけで血は繋がっていません。」

 

 昔の事を思い出し、私は少し不機嫌になった。

 そもそも、私が軍に入った目的は早い時期から独り立ちがしたかったからだ。

 それに軍に入っていれば、費用が掛らずに多くの資格を取得できる。

 まあ、幸か不幸か私にパイロットしての才能があったため、何故かエステバリスライダーになっているが。

 

 ・・・今は、その事に感謝している。

 

 時代の節目とも言える現場に、最も近い位置で立ち会っているのだから。

 自分の命がベットだとしても、そうそう望んで立てる場所ではない。

 そして、テンカワ アキトと共に戦った事は一生の思い出になるだろう。

 

 でも、それも和平が成功して、その時まで私が生きていたらの話だけどね。

 

「他人の家の事情に首を突っ込むつもりは無いわ。

 ・・・ようやく帰ってきたみたいね。」

 

 そう言ったイズミさんの視線の先には―――

 

 肩を落とし、足を引きずるようにして歩く一人の男がいた。

 連合軍、木連の両軍において、もっとも恐れられている男。

 そんな彼の憔悴した姿は、多分このナデシコのクルー達しか見た事は無いだろう。

 

 ズルズルズルズル・・・

 

 私とイズミさんが呆れた顔で見守る中、テンカワさんはやがて見えなくなった。

 確か、次はユリカ先輩を実家に送る予定だったわね?

 

 ・・・ここは、失礼な事が無いように私が指導をしておきましょう!!

 

「よし、まずは礼儀作法からです。

 あんな黒尽くめの格好で、ミスマル提督と会うのは非常識ですからね。」

 

「そうね、貴方もいい加減溜まってる報告書を提出しないと、ミスマル提督に忘れられるわよ。」

 

     ピキッ!!

 

 イズミさんの鋭い突っ込みに、私の動きが止まる。

 

 実はこの前から続くゴタゴタのお陰で、私は報告書の提出を滞らせていた。

 だって・・・大きな事件が多過ぎです!!

 普通の人生を送ってたら、一生に一度、有るか無いかの大事件ばかりだし!!

 

 取りあえず・・・溜まってる報告書はテンカワさんに頼んで持っていってもらおう。

 うん、そのほうが確実ね。

 このまま、退職金も貰えず軍をクビになる事だけは避けないと!!

 

 私の明るい未来の為にも、テンカワさんには頑張って貰わないければ。

 あ、でもそれとユリカ先輩との交際は別問題ですからね!!

 報告書にもその事を明記しておかないと。

 

 

 

 

 

ゴート ホーリの場合

 

 

「・・・何時になったら、この扉は開くんだろうな。」

 

 俺は閉じ込められた状態のまま、既に4日は経過している。

 そう、ディア君に閉じ込められてから、一度としてシミュレーターの外には出ていない。

 いや、正確に言うと出れないのだが。

 

 トイレはパイロットスーツを着用しているため、問題は無い。

 食事も非常用の携帯食料がシミュレーター内に保管してあった。

 飲料水も同様に備え付けてあったのは喜ばしい事だ。

 

 そして、別にこのシミュレーターからの脱出方法が無いわけでは無い。

 俺がこの―――シミュレーション レベル 5をクリアーすれば扉は開く。

 ちなみに、現在はレベル 3

 俺の最大限の努力が生んだ成果が、この数字だった。

 

「せめて、シャワーだけでも浴びたいものだ。」

 

 癖になりつつある独り言を呟き、俺は再び孤独な戦いに身を投じた―――

 一つ疑問に思ったのだが、誰も俺がナデシコから消えた事を騒いでいないのか?

 それとも・・・気付いてすらいないとか?

 

 

 

 

ウリバタケ セイヤの場合

 

 

 

「なあ、父ちゃん。」

 

「何だ?」

 

「・・・キャッチボールしようぜ。」

 

「・・・そう言えば、お前もそんな年だったんだよな。

 よっしゃ!! 父親の偉大さを教えてやる!!」

 

「あなた、だからってまた怪しい機械を出さないで下さいね。

 ちゃんと生身で相手をしてあげなさいよ!!」

 

「お、おう・・・」

 

「父ちゃん、そのグローブ・・・どうしてスイッチが付いてるんだよ?」

 

「あなた!!」

 

「ご、誤解だ〜〜〜〜〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

イネス=フレサンジュ & タニ コウスケの場合

 

 

 

「そう、養母さんが捕まってるの・・・」

 

 私はその事を聞いて、思わず養母の無事を祈った。

 

「ああ、私達が浅はかだった。

 イリサさんはあれだけ軽挙妄動は止めろと注意をして下さったのに。」

 

 私の目の前に座っている男性が、そう言いながら力なく肩を落とす。

 彼の名前はタニ コウスケ

 私と一緒に火星のネルガルの研究所で働いていた同僚。

 そして、私がナデシコに乗って地球へと逃げ延びた時・・・残された彼等は木連と手を結んだのだった。

 道理で、優華部隊の使う機体がエステバリスに似ていたり。

 北斗が操るダリアがあんな短時間で完成するはずだわ。

 少なくとも―――ナデシコの製造プロジェクトのスタッフの殆どが、木連の側に付いていたのだから。

 

 だが、別にタニさんを恨むつもりはない。

 連合軍に見捨てられ、敵だと思っていた木星蜥蜴の正体が同じ人間だと知れば・・・

 見捨てられた者同士、共感をするのは仕方がない事だろう。

 私もあのまま火星に残っていれば、同じ判断を下したかもしれない。

 

 ただ、今回は取引相手が最悪だったけどね。

 

 アキト君を狂わせるほどの無茶な実験を試みたその行為。

 そして、ユキナちゃんから聞いたその無邪気なまでの探究心。

 いえ、あれは知識欲に染まった悪魔ね。

 

 ブーステッドマン達の寿命が短い事も頷けるわ。

 本人達を生き延びさせようとして改造したのではなく、ただ人間の限界を試す為だけに改造をしたのだから。

 彼らは偶然の結果―――生き長らえているだけに過ぎない。

 

 山崎―――彼の暗躍により、アキト君やナデシコは幾度も苦しめられていたのだ。

 

 それにタニさんから聞いた話では、山崎はさらにおぞましい事を考えているみたいね。

 同じ科学者・・・いえ、人間としてとても彼とは相容れないわ。

 そして、そんな男の元に私の養母―――イリサ=フレサンジュが捕まっているのだ。

 正直に言って不安で叫び出した気持ちだった。

 だけど、嘆き悲しんだところで現状は変わらない。

 ・・・それよりも今後の事を考えた方が、余程建設的だわ。

 

 そう、理性ではそう割り切れる。

 

 けれでも―――

 

「養母さんなら、きっと自分の事は気にせずに戦えと言うわ。

 だから―――アキト君には絶対この事を言わないで。

 もし、山崎の方からアプローチがあっても・・・私は養母の事は切り捨てる。」

 

「しかし、それでは!!

 ・・・いや、私には何も言う権利は無かったな。」

 

 私の一瞥を受け、抗議の声を止めるタニさん。

 この人が根本的に『良い人』なのは、同じ職場で働いていたから知っている。

 また、幼い頃のアキト君と知り合いなのも意外な事実だった。

 アキト君の性格ならばきっと養母も助けようとするだろう。

 

 だが、相手が悪過ぎる。

 

 前回は、偶然が積み重なり―――何とか全員が無事に帰ってこれた。

 しかし、同じ偶然が起きるとは限らない。

 いえ、起こるはずが無いのだ。

 養母の事は私と、火星の研究所の所員の問題だ。

 この問題について、アキト君に迷惑をかけるつもりは―――無い。

 

「今のアキト君の立場は知っているでしょう?

 なら、私達の問題は私達で解決するべきよ。

 もしそれが無理ならば、せめてアキト君の邪魔をしないように努力しましょう。

 大を活かす為に小を殺す・・・本当、嫌な言葉・・・」

 

 苦笑をしたつもりだった。

 だが、頬を流れるモノが私の演技を打ち破る。

 

 だけど、私の決心は変わらない。

 全てが終ろうとしている今、アキト君の行動を制限する枷を増やす訳にはいかない。

 

 それが、最愛の養母の命だとしても・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十三話 その11へ続く

 

 

 

 

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