< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十一日目 ミスマル ユリカ

 

 

 

 

「良く来たな!! 息子よ!!」

 

 

「はぁ、どうも歓迎して頂き有り難う御座います。」

 

 俺は力無く笑いながら、ミスマル提督の出迎えに応じた。

 だが、息子か―――懐かしい言葉だ。

 あの時代のミスマル提督とは違うと分かっていても・・・やはり複雑なモノがある。

 

 ・・・ところで、何時俺が息子になったんだ?

 

「お父様!! ただ今戻りました!!」

 

「おお、ユリカ!!

 元気そうでなによりだ!!」

 

 元気にミスマル提督に挨拶をするユリカ。

 そしてお互いに抱き合う。

 

 それは・・・あの時、夢見ていたワンシーン。

 助け出したユリカと共に、悪夢を乗り越え地球に帰る。

 何度、叶わぬ夢と知りながらユーチャリスの中で思い描いただろう?

 既に血で染まりきった手で、ユリカの手を掴む事など出来ないのに。

 

 現在の俺の現状も変わらない。

 直接手を下していなくとも、俺の身勝手な目的の為に無くなった人物が居ないはずが無い。

 無人兵器と言えど少なからず人が乗っているケースもある。

 ・・・巨大すぎる戦闘能力故に、手加減は不可能なのだ。

 

 一度、北斗の様な同レベルの相手と戦う事になれば、手加減をする余裕さえなくなる。

 後に残るのは破壊され尽くした荒野のみだ。

 既に一度、アカツキ達は俺と北斗の戦いに巻き込まれている。

 

 やはり、俺の存在が異端なのだろうな・・・

 

「アキト!! 早く家に入ろうよ!!

 私の部屋を案内してあげる!!」

 

「ああ、分かったよユリカ。」 

 

 変わらない微笑み。

 それは、ある意味俺にとって何よりも苦痛をもたらすものかもしれない。

 あの時は、その笑顔を求めつづけていたと言うのに・・・

 

 

 

 

「ねえ、アキトの為に私が今日の晩御飯を作るね!!」

 

「・・・頼むから、それだけは止めてくれ。」

 

「・・・ユリカ、心苦しいがわしも同じ意見だ。」

 

「ぶぅ〜」

 

 

 

 

 などと、微笑ましい会話をしながら俺とユリカと親父さんは会話を続けていた。

 穏やかな時間が過ぎる。

 まるで、あの頃に戻ったような―――

 

「あ、もうこんな時間なんだ。

 アキト、お父様、私はお風呂に入ってくるね。」

 

「ああ、分かったよ。」

 

 時計の針は午後11時を指していた。

 これは、今回も泊まりだな・・・

 前回と違う点は、俺が自分から帰ろうとしなかった事だな。

 未練がましいな―――俺も。

 

  コポコポコポ・・・

 

 親父さんが自分の手で空になった湯飲みにお茶を注ぐ。

 本当は酒を飲みたいところだろうが、俺もユリカも飲めない為、仕方なくお茶を飲んでいたのだ。

 何気なしにその姿を見ながら、俺は未来での親父さんの姿を思い出していた。

 

 愛娘を貰いに来た俺に厳しかった親父さん。

 最後の最後に俺達の事を認めてくれた。

 俺はユリカを幸せにすると約束をしたんだよな・・・

 

 嘘つきだとは思わない。

 

 俺に出来得る事は、可能な限りやり尽くした。

 それでも―――ユリカを自分の力だけで助ける事は出来なかった。

 火星の後継者達の一斉攻撃の時も、囮役をアカツキと一緒に引き受けてくれたのは親父さんだった。

 

 だが・・・俺はユリカを幸せにしてやれなかった。

 その質問をユリカ本人に聞いた訳じゃ無い。

 また、聞く勇気も無かった。

 最後まで逃げ続けて、今―――俺はこの場所に居る。

 

 

 

 

 

「・・・一つだけ、約束してもらえないか。」

 

「・・・何をですか?」

 

 唐突に話し掛けてきた親父さんの口調に、俺は真剣な響きを感じ取った。

 先程までの、砕けた雰囲気はこの瞬間吹き飛んでいた。

 

「無事にユリカを連れて帰って来るのは、親として当たり前の頼みだ。

 またユリカの立場を考える以上、全員の帰還が望ましい。

 その為に、ナデシコクルーが全力を尽くす事も分かっている。

 だが、わしが今回願うのは・・・」

 

 そこで一旦言葉を止め、天井を睨む親父さん。

 そして暫くの間考え込んだ後・・・

 

「ここに―――ユリカ達の元に絶対に帰って来い。

 和平が成り、自分の存在が不要だと判断したとしても、だ。

 少なくとも、君の戦友達は君を拒みはしないだろう。

 既に君の立場が『個人』という域を越えているのは分かっている。

 だからこそ、わしやグラシス中将にガルト大将・・・そしてピースランドの陛下達が動いている。

 君には帰るべき場所が出来ているんだ。」

 

 俺の目を正面から見詰めながら、親父さんはそう言った。

 その姿が、あの時の姿と重なる。

 俺とユリカの結婚を認めた時の最後の言葉・・・

 

『君には帰る場所が出来た。

 苦しくなったら何時でもわしに頼って来い。

 な〜に、息子の面倒を見るのは親の義務だ。

 ユリカを頼んだぞ、息子よ・・・』

 

 両親を失ってから10年以上が経ち。

 その時、俺は再び家族の絆を得たんだ。

 ルリちゃんやユリカや親父さんとの。

 

「―――返事はどうした、テンカワ アキト。」

 

「勿論、帰って来ますよ。

 ええ、絶対に―――何があろうと皆が待つこの星に。」

 

 俺の返事を聞いて、親父さんが嬉しそうに笑う。

 心底喜んでいるのが分かる、明るい笑みだった。

 

 あの時と変わらない・・・

 

「よし!! 堅い話をするのも終わりにしよう!!

 どうせ今日は泊まっていくんだろう!!

 なら、一杯くらい付き合いたまえ!!」

 

 そう言って、何処からともなくウィスキーを取り出す親父さん。

 俺はそんな親父さんの提案を、笑いながら受け入れた。

 たまには酔い潰れるのもいいのかもしれない。

 

 特にこんな嬉しい気分の夜には――― 

 

 

 

 

 

 

「アキト、お父様、お待たせ〜

 ありゃ、アキト寝ちゃったの?」

 

「ああ、本当にアルコールには弱いみたいだな。

 しかし、この寝顔を見る限り・・・とても、あの『漆黒の戦神』とは思えんな。」

 

「もう、お父様も無茶させるんだから!!

 大切なこの時期に、アキトが風邪でもひいたらどうするのよ!!」

 

「わははは、悪い悪い。

 ちょっと彼と一緒に飲んでみたかったのでな。

 何、隣の部屋に布団が用意してある、お前とわしで彼を運ぶ事くらいできるだろう。」

 

「それならいいけど・・・アキト、何か言ってた?」

 

「いいや、何も言わない―――何も隠しているのか、どんな決意をしているのかも、な。

 それにわしが聞くべき事ではないだろう。

 ただ、お前達の元には帰ってくると約束はしてくれたぞ。」

 

「そう・・・なら、今はそれで良い。

 アキトにはアキトの考えがあると思う。

 だけど、やっぱり平和な世界になった時には―――私の、私達の側に居て欲しい。

 そこから先の事は、その時の問題なんだから。」

 

「・・・強くなったな、母さんに似て。」

 

「えへへ、ちゃんと成長してるもん私も!!」

 

「ああ、そうだな。

 良い女性になったな、ユリカ。」

 

 

 

 

 

 翌日、二日酔いに苦しみながら三人で食べた朝食は―――ユリカが作ったモノだった。

 一口食べた瞬間、そのまま無言で倒れる俺と親父さんを誰が責められようか?

 結局、ミスマル家に俺は5日間逗留した。

 

 ・・・逗留中もユリカの看病(もしくは襲撃)にあい、完治が大幅に遅れたのだ。

 しかし、山崎に打たれた劇薬より治癒が遅いとは。

 

 ―――ユリカの手料理、恐るべし。

 

 

 

 

「あ!!」

 

 帰りのブローディアのアサルトピット内で、俺が突然叫ぶ。

 

「どうしたの、アキト?」

 

 背後にある予備座席に座っていたユリカが、身体を乗り出して俺に尋ねてくる。

 初めは、俺の膝に乗りたがっていたが―――アクロバット飛行を敢行して、その意思を取り消した。

 ジャンプのイメージングにも邪魔になるしな。

 

 だが、今の問題はそんな事では無い。

 

「いや、別に何でもない・・・そう、何でもないんだ。」

 

 ・・・イツキちゃんに頼まれてた報告書の束が、俺の視界に映っていたのは気のせいだと思おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十三話 その12へ続く

 

 

 

 

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