< 時の流れに >
十一日目 その他クルー
マキビ ハリの場合
「久しぶり、父さん、母さん。」
ネルガル本社の応接間で、僕は久しぶりに―――本当、久しぶりに両親と再会した。
だいたいからして、僕のナデシコへの乗船はかなり強引なものだったんだ。
一応、僕本人からの連絡とテンカワさんの訪問で、両親も納得はしてくれてたけど。
こうして久しぶりに会うと、何処か気恥ずかしいものもあるよな〜
「ハリ!!」
「元気にしてたか?」
駆け寄ってきて僕を抱き締める母さんと、その隣に立つ父さん。
別れてから約3ヶ月だけど・・・やっぱり、母さん達にとって僕はまだまだ子供らしいや。
精神的には12歳なんだけどね。
「うん、大丈夫だよ。
ナデシコの活躍は父さんも母さんも聞いてるでしょ?」
僕は両親を安心させようとして、笑ながらそう尋ねる。
「それは、まあな・・・
私達もネルガルの社員だ、ナデシコの凄さは良く知っている。
だが、色々と危ない噂も聞いている。」
「危ない噂って?」
気軽にそう尋ねる僕。
「いや、何でもナデシコ内では謎の組織団体が闊歩してるそうじゃないか。
それに、その敵対組織も存在していて、お互いに日々戦っているとか。
お前が巻き込まれなければいいんだがな。」
・・・無理だろうな、その組織の幹部だし。
どう考えても、巻き込まれるって。
「ははは、気を付けるよ―――うん。」
内心の動揺を微塵も感じさせない、完璧な嘘をつく。
僕も穢れたもんだね・・・はははは。
「凄く虚ろな顔してないかしら、この子?」
「そ、そうだな。」
おっと、危ない危ない・・・
「でも、もう直ぐ戦争も終わりそうだし。
そうなれば、僕がクリムゾングループから狙われる可能性も無くなるんでしょ?
ナデシコに乗った理由は、僕の保護が目的だったんだし。」
今、考えると凄い建前だな〜
一応、それも事実の一つだけどさ。
まあ、7歳の子供を戦艦のオペレーターに採用するのを、両親が許すはずないもんね。
その割には―――僕のナデシコ内の扱いって・・・
今までの出来事が走馬灯の様に脳裏を駆け抜ける。
一度、幼児虐待で訴えてやろうかな?
でも・・・ルリさんとラピスに潰されるのがオチだろうな〜
苦い想い出を噛み締めている僕に、父さんと母さんが別れの挨拶をしてきた。
何時の間にか、時間は大分過ぎていたみたいだ。
「もう直ぐ戦争が終る。
そうすれば、また3人で一緒に過ごせるな。」
「帰って来た時にはご馳走を作ってあるからね。」
「うん、その時はもっと詳しく教えてあげるよ。
僕がナデシコでどんな体験をしたのか。」
そう、一生忘れらない出来事が一杯あった。
無意識のうちに、胸元にある大きな認識票を掴む。
何時か・・・カズシさんのお嫁さんが眠る地に、この認識票と一緒に行くことが僕の誓いだった。
そのためにも、絶対に無事に帰ってみせる。
優しい両親の待つこの地球に。
ウリバタケ セイヤの場合
「お〜い、先に風呂に入るぞ〜」
「待ってくれよ、父ちゃん!!」
俺の声に反応して、部屋の奥からツヨシが走ってくる。
家に帰ってきてからは、ずっと一緒に風呂に入っているのだ。
ま、コイツなりに俺とのスキンシップを楽しんでいるらしい。
カコ〜〜〜〜ン!!
ゴシゴシ!!
考えてみれば、息子に背中を洗われたのは初めてだったよな・・・
帰ってきた初日に、一緒に風呂に入ると言い出したツヨシは俺の背中を洗いたかったらしい。
俺としても断る理由はないし―――ちょっと照れくさかったがな。
「なあ、父ちゃん。
あのテンカワ アキトと知り合いって本当なのかよ?」
「あ〜ん?
何回同じ質問をしやがるんだ?
何だったら今度家に連れて来てやろうか?」
俺は笑いながら、後で一生懸命背中を洗ってくれている息子にそう言う。
「ほ、本当かよ!!」
喜びの声を上げるツヨシに向き直り、俺はツヨシの頭にシャンプーをつける。
「ああ、だがな変な想像をするなよ。
アキトはな普通の人間だ、そりゃあ素手の戦闘でもエステバリスの機動戦でも、一騎当千だがな。
普通の人間なんだ、怪我をすりゃあ血を流すし、涙もろいから名作映画を見て泣きやがる。
特技は何と料理だ。
おお、そうだな今度家に連れて来た時には料理を作らせるか?」
ツヨシの頭を強引に洗いながら、そう言い聞かせる。
そう、アキトはごく普通の青年だ。
ただ、アイツにしか出来ない事があるために―――仕方無しに戦っているんだ。
望まない力ってのは、得てしてあんな良い奴の所に転がり込むもんさ。
「じゃあ、兄貴って言っても怒られないかな?」
「勿論、OKだ!!
もし断るようだったら、俺がアキトの奴を締めちゃる!!」
「父ちゃんにそんな事、本当に出来るのかよ!!」
「お前の父親を舐めるなよ!!
俺の前ではテンカワ アキトも頭を下げるんだぜ!!」
最後に笑いながら、俺はツヨシの頭に盛大に湯をかぶせた。
「あなた―――明日には戻るの?」
「ああ、そろそろエステバリスの調整を指揮しないとならね〜
次の出航が、多分最後になるだろうな。
万全の体制で臨まないとな・・・何より、アイツ等を整備不良を理由に殺してたまるかって。」
「・・・ツヨシ、本当は凄く寂しがりなんですよ。
それが、あなたが帰ってきてから本当に嬉しそうに。」
「悪ぃ、俺も身勝手だと思う。
だがな、この和平を成功させなければ―――木連の人間は皆殺しになっちまう。
それにもし、アキトの奴が倒されれば・・・今度は地球が滅びちまう。
お互いに、元は同じ人類だったんだ。
馬鹿げた戦争で命を落とすのはもう沢山だろ。」
「あなたにそんな大義名分が必要とは思えないけど?」
「御名答。
俺はお前とツヨシとキョウカの為に行くんだよ。」
「―――珍しく素直ね。」
「ま、たまには、な。」
「絶対に生きて帰って来てね。」
「ああ、約束する。」
アマノ ヒカルの場合
・・・壮絶な風景が私の目の前に広がっていた。
そう血塗れのヤマダ君とお兄さんがそこには居た。
二人の諍いの発端は―――私の一言だった。
「いや〜、しかしジロウの奴が女性を連れて家に帰ってくるなんてな〜
・・・雪じゃなくて、槍が降っても不思議じゃないな。」
私とそんな会話をしながら、テーブルの上の珈琲に手を伸ばすお兄さん。
名前は―――予想通りイチロウさんだった。
何と言うか・・・安易過ぎる名前だ。
もしこれで、御両親の名前が’太郎’と’花子’だった日には私は脱帽するしかないね。
でも、その平凡な名前の割には個性が強すぎるよね・・・この家の人達って。
所々に見られるショットガンや鈍器の類に、私は後頭部に大きな汗が浮かぶのを感じた。
日々、これらの凶器(ドーグとも呼ぶ)に鍛えられれば・・・そりゃ、あれだけのタフネスも分かるわ。
ヤマダ君の実家に着いた日に、私は近くのホテルに泊まろうと考えていた。
何しろ急な予定だったので、予約をしている暇も無かったのだ。
ま、幸な事に給料には充分余裕があるし。
ネルガル系列のホテルなら、アカツキさんの名前を使って強引に泊まらせて貰おう。
と、考えていたんだけど・・・
「時間も時間ですし、泊まっていきません?」
と、お母さん(やっぱり、ハナコだった)に勧められ、何となくOKをしてしまった。
お父さん(本当にタロウだとは思わなかった)にも、同様に引き止められたのが理由の一つかもしれない。
まあ、実際の所一番大きな要因は・・・
「近くのホテル?
・・・面倒くさい事いわずに、泊まっていけばいいだろうが。」
この男にそんな気遣いを求める方が―――無謀だよね。
この一言で、私はご厄介になることに決めた。
少なくとも、肩肘を張る必要だけは無いみたいだし。
結局、そのまま今日まで私の宿泊は続いている。
何と言うか・・・帰り辛かったんだよね・・・どうしてか・・・
私は・・・久しぶりに、家族の団欒を味わっていた。
子供の頃にはこの団欒が日常だった、、けれどそれも殆ど思い出せない様な光景になっている。
両親の名前と顔は知っていても、想い出は何一つ無かった。
事故で両親を失い、叔父夫婦に引き取られからの事は―――あまり思い出したくない。
ただ、自分でも良くグレなかったな〜、と時々思う。
ま、別の方向には走ったけどね。
「で、これがそのイベントの限定版で―――」
「あ、あのプレミアが付いたやつ?」
「そうそう!!」
嬉しそうに自分のコレクションを見せるヤマダ君。
多分、女性を実家に連れてくる事の意味を全然理解してないと思われる。
―――だからこそ、私も気軽に訪問したんだけどね。
「おい、ジロウ!!
晩飯の準備が出来たぞ!!」
「ああ、分かった!!」
階下(ヤマダ君の部屋は二階)からの呼びかけに返事を返すヤマダ君。
そして私達は連れ立って下のリビンブに向かった。
何時もは泊めてもらってるお礼も兼ねて、料理の手伝いをしているんだけど。
今日は簡単な料理をするから、手伝わなくて良いと断られてしまったのだ。
で、暇を持て余した私はヤマダ君の部屋を訪れていた。
「今日は鍋か。」
どうやらヤマダ君の好物らしく、嬉しそうに笑いながらテーブルに着く・・・寸前にお兄さんから呼び止められた。
「おいジロウ、皿が足りね〜から取って来い。」
「何だよ、まったく。」
ブツブツと文句を言いながらも、お兄さんの言葉に従って台所に向かうヤマダ君。
兄弟の仲はそんなに悪くは無いようだ。
私は先に席に着きながら、そんな事を思っていた。
「そう言えば、ヒカルちゃんはどんな経緯であの馬鹿と付き合いだしたんだ?」
「えっ、別に付き合ってませんよ〜
それに言ってみれば職場の同僚という関係だけですし。」
突然のお兄さんの言葉に、私は笑いながらそう否定した。
そう、別に付き合ってる訳じゃ無い・・・
「でもな〜、実家に連れてくるなんて・・・あの弟の思考にそんな考えが浮かぶなんて。
よっぽど、ヒカルちゃんの事を意識してると思うけどな。
アイツがもてる事なんて、これが最初で最後なんだろうな〜」
しみじみと心情を吐露するお兄さん。
「そうでもないですよ、もう一人ヤマダ君の事を気に掛けてる女の子もいますし。」
ピキッ!!!!!!!
その瞬間、お兄さんの纏う雰囲気が激変した。
身近な例を上げれば、ウリバタケさんがアキト君が新しい獲物を堕したのを知った時の反応だ。
「ち、ちなみにその女の子って?」
震える声で私に確認をしてくるお兄さん。
「凄く可愛いですよ。
特徴はですね〜」
自分でも変な意地を張ってるな〜、と思いつつ私は万葉ちゃんの事を思い出しながら話をする。
だからだろう、お兄さんが机の下に手を入れていたのを見逃したのは。
「おい、兄貴。
考えたら幾つ皿が足りない―――」
ドゴン!!
「ぶほげ!!」
お兄さんからの返事は―――やはりショットガンの一撃だった。
ジャコン!!
そのまま無言で次弾をショットガンに装填し、床に倒れているヤマダ君に向けて躊躇う事無く引き金を引く。
ドゴン!!
「がはっ!!」
―――ジャコン!!
ドゴン!!
「ぐろば?」
―――ジャコン!!
ドゴン!!
「ぺるぽ??」
―――ジャコン!!
ドゴゴン!! (あ、お父さんが参戦した・・・)
「うどわら!!!!」
――――――ジャジャコン!!
ドドゴン!!
「いい加減にしろや!!」
「ぬう、立派になったな・・・ジロウ。」
あれだけの至近弾(ゴム弾だけど)の直撃を受けながらも、瞬時に回復をするヤマダ君に・・・
お父さんから掛けられた言葉はそれだった。
「言う事はそれだけか親父!!
それより兄貴!! いきなり何してくれんだよ!!」
「・・・お前、弟の癖に生意気なんだよ!!
貴様如きが二股など3000年早い!!」
「何を!! 軍人を舐めるなよ!!
それに俺はアキトじゃね〜〜〜〜!!」
そのまま二人は至近距離でのショットガンの撃ち合いを始めたのだった。
取りあえず、料理が冷めるので私と御両親で美味しくいただいてる間。
家の前の路地で二人は決闘をしていた。
喧嘩を始めて直ぐに、お母さんに家から放り出されたのだ。
そして、冒頭の如く―――二人は相討ちになり、アスファルトに沈んでいた。
「まったく、仲が良いんだから。」
ヤマダ君の足を引っ張って家に運びながら、私は苦笑をしていた。
お兄さんの方は・・・お父さんに任せ様っと。