< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十七日目 スバル リョーコ

 

 

 

 今度は別に問題は無いだろう。

 うん、そう思おう。

 少なくともリョーコちゃんのお父さんだ・・・聞いた話によるとパイロット養成所の教官をしているらしい。

 なら、理不尽な行動はしないだろう。

 

 せめて、ごく普通の御両親に会ってみたい。

 それは贅沢な悩みなのだろうか?

 

 

 

 

 

「初めまして、テンカワ アキトと言います。」

 

「ああ、初めましてリョーコの父親です。」

 

「初めましてテンカワさん。

 私がリョーコの母親です。」

 

 普通の御両親だった。

 

 俺の挨拶に、愛想良く応えてくれるその姿に俺は涙を浮かべて感動していた。

 リョーコちゃんが報告した、俺が複数の女性と付き合っているという話も笑い飛ばしてくれた。

 どうやら、良識ある人達らしい。

 そんな根も葉もない噂に踊らされる事はなさそうだ。

 

 何と言うか、俺は心底感動してしまった・・・

 

 

 

「おい、テンカワ・・・何涙ぐんでるんだ?」

 

「ははは、リョーコちゃんには分からないよね・・・

 うん、知らない方が良い事もあるんだよ。」

 

 

 

 

 余りの居心地の良さに、俺はついつい長居をしてしまった。

 久しぶりに寛いだ気分を満喫しつつ、俺はリョーコちゃんのお父さんと戦闘機の議論をしていた。

 どうやらお父さんは、エステバリスより戦闘機の方が好きらしい。

 まあ、俺としてはどちらも兵器である事には変わり無い。

 

 もっとも、ブローディアに関しては流石に思い入れが深いが。

 

「音速を超えて飛ぶ戦闘機を相手に、エステバリスでは太刀打ち出来ないだろう?」

 

「そうでもないです。

 リョーコちゃんの乗っているエステバリスカスタムなら、充分に対応できます。

 もっとも、リョーコちゃんの腕前があってこその話ですけどね。」

 

「娘を誉めてくれるのは親として嬉しいが、君はどうなんだい?

 『漆黒の戦神』と呼ばれるテンカワ君の腕前ならば?」

 

 さて、どう応えたものか?

 問答無用で殲滅出来ます、なんて言えないよな。

 

「ま、不可能じゃないです・・・」

 

 当り障りの無い返事をすることにした。

 

 別に自慢をする事じゃない。

 それに、目の前の男性は戦闘機乗りの自負を持っている。

 お互いに衝突する要因を作る必要は無いだろう。

 何より・・・人殺しの技能を嬉々として話す趣味は、俺には無い。

 

「なら、ついでに明日一緒に飛んでみないか?

 俺の教えている奴等も、君に凄く興味を持ってるし。

 ―――もっとも、実際には君の正体を話す訳にはいかないけどね。」

 

「いや〜、俺なんか見ても面白くもなんとも無いですよ。」

 

 お父さんの提案に、俺は頭を掻きながらそんな事を言う。

 だって、スケジュールが圧してるんだもんな・・・

 このままだと、本当に俺の休む時間が無くなってしまう!!

 せめて、サイゾウさんの店に一度は挨拶に行きたいしな。

 

 と思いつつ横を見ると―――

 

 リョーコちゃんが憮然とした表情で座っていた。

 明らかに拗ねている。

 ・・・そして、目で俺の返事を催促していた。

 

「・・・取りあえず、承知しました。」

 

 引き攣った笑いで俺はお父さんのお誘いに乗った。

 嬉しそうに笑ってるリョーコちゃんを横目に見て・・・ま、良いかと思う俺も俺だな。

 

 が、その先が悪かった―――

 

 ガラッ!!

 

「戻ったぞ。」

 

 突然、居間の襖が開き。

 一人の老人が入って来た。

 

「あ、養父さん。

 何時お帰りになられたんですか?

 京都の青山さんの家に遊びに行くと、昨日出掛けられた筈でしたよね?」

 

 老人ながら、きびきびとした動作で歩くその人物にお母さんが質問する。

 どうやら、このお爺さんはリョーコちゃんの祖父に当たるらしい。

 

「うむ、青山の家に今朝方、息子から電話があったのでな。

 君がテンカワ アキト君かね?」

 

「はい、そうですが。」

 

 座っていたソファーから立ち上がり、お爺さんに挨拶をしようとした瞬間―――

 

   ザシュ!!

 

 信じられない速度の斬撃が俺を襲った!!

 レイナちゃんとエリナさんのお父さんとは桁違いの鋭さだ!!

 手に持っていた仕込み刀をまるで意識していないため、俺の注意を引く事を防いでいたのだ!!

 

 気負いも無く必殺の一撃を放つ―――本当に達人だ、この人は!!

 

 ―――チン!!

 

 俺の目にしか止まらなかったと思われる一撃を鞘に収め、嬉しげに笑う老人。

 

「ふむ、あの一撃を避けるか・・・これでは、ケイゴの奴が手も足も出せんはずだな。」

 

 ・・・ちなみに、ケイゴさんはエリナさんとレイナちゃんのお父さんの名前だ。

 俺が知ってる人の中ではね。

 

 いや、その、まさか・・・

 

「あの、もしかしてケイゴさんって・・・」

 

 嫌な予感を覚えつつ、俺はお爺さんに質問をする。

 

「先日、君と決闘騒ぎをした男だよ。

 紹介が遅れたな、わしの名前はスバル ユウ。

 剣術道場の師範をしていおる。

 ちなみに、君が先日倒したケイゴは私の弟子の一人だ。」

 

 俺の不安はその瞬間、最大限に膨れ上がった。

 そうか、両親はまともでも―――家族までまともとは限らないよな。

 

「さて、今日はどうやら泊まっていく予定のようだな。

 わしとしても是非、英雄と呼ばれる男の戦いぶりを拝見したいものだ。」

 

 そう言って笑うユウさんの表情には―――北斗に似た、強い者に出会った喜びに溢れた笑みがあった。

 

 

 

 

 

 

 ザシュ!!

             ギン!!

 

                                ズシャ!!

 

 

「ちょ、ちょっとは手加減して下さいよ〜〜〜〜!!」

 

「何を言う!!

 まだまだ本気になっていないのは、君の方だろうが!!

 青山の奴以外で久しぶりに本気を出せる相手だ!!

 今夜は充分に堪能させて貰うぞ!!」

 

「そ、そんな無茶苦茶な〜〜〜〜〜!!」

 

「何より!!

 可愛い孫を弄んだ罪は償ってもらわんとな!!」

 

「結局あんたもそれかい!!」

 

「ふふふ、孫と添い遂げたければ、わしの屍を越えていけ!!」

 

「だから、それは誤解ですぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 

 

 

 結局、深夜になるまでユウさんの相手を俺はしていた。

 あのレベルの達人が相手だと、普通の体術で避けるのはどうしても限界がある。

 攻撃に転じればまだ余裕はあったのだが、老人相手では手加減を間違えれば大事になる。

 俺も不本意ながら途中からは『昂氣』を使用して、ユウさんの猛攻を凌いでいた。

 北斗とブーステッドマン以外が相手で、初めて戦闘に『昂氣』を使用したな・・・そう言えば。

 突っ込みとか八つ当たりとか逃亡には良く使ってたけど。

 

 それにしても、リョーコちゃんの抜刀術はお爺さん譲りなわけね―――納得したよ、まったく。

 

 

 

 

 

 次の日―――

 冬の大空は晴れ渡り、実に気持ちの良い朝を俺は迎えた。

 あくびを一つした後、大きく深呼吸をする。

 少し肌寒いが、春の空気が俺の肺の隅々までいきわたった。

 

 歯を磨き、顔を洗った後。

 俺はスバル家の廊下から顔を出し、天気を伺っていた。

 うん、良い天気だ。

 

 

「隙有り!!」

 

「何の!!」

 

 頭上から落ちてきた一撃を、俺は半歩下がる事で避け―――

 その次に繰り出された左手の一撃を、今度は踏み込む腕を掴む事で押さえ込む。

 

 ユウさんは実は二刀流の使い手なのだ。

 実に変化多彩な技を使ってくれるので、対応をするのに結構手間取る。

 

「ふふふ、流石にやるな婿殿。

 一夜にして、わしの攻撃パターンを読むとは。」

 

「・・・誰が婿ですか、誰が。」

 

 不敵に笑うユウさんを見ながら、俺は頭を抱えていた。

 どうやら、気に入られてしまったらしい・・・

 

「それはそうと朝食の準備が出来てるぞ。

 君が来なければ食事が始まらん。」

 

「はあ。」

 

 なら普通に声を掛けて欲しいよな―――多分、無理なお願いだと思うけどさ。

 老人とは思えない、しっかりとした足運びのユウさんの後ろに続きながら俺はそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

「よ〜〜〜し、皆集まれ!!」

 

 やはり、断り切れなかった俺はリョーコちゃんのお父さんと、リョーコちゃんと一緒に訓練所に来ていた。

 そこで俺の事を偽名を使って紹介するお父さん。

 まあ、後はこのままナデシコに帰るだけだし・・・それほど時間は掛らないだろう。

 

 と、予想をしていたのだが。

 

 

 

「貴様に決闘を申し込む!!」

 

「リョーコちゃん、このおむすびリョーコちゃんが作ったんだろう?」

 

 一通りの機体の説明を受け、俺はリョーコちゃんとお父さんと一緒に昼御飯を食べていた。

 リョーコちゃんのお母さんの好意で、弁当を渡されていたのだが―――

 どう見ても、おむすびだけが形がいびつだ。

 

「う、やっぱり分かるか?

 おむすびだけは、俺も好物だからまともに作れる自信があったんだがな。」

 

 俺の指摘を聞いて、顔を赤くするリョーコちゃん。

 そんなリョーコちゃんを見ながら、俺はおむすびを口に運ぶ。

 

 うん、大丈夫だ。

 少なくとも何時もの料理のような破壊力は無い。

 

「俺の言葉を無視するな〜〜〜!!」

 

「うるさいな!! 俺が誰と付き合おうと俺の勝手だろうが!!」

 

 泣き叫びだした見知らぬ男に対して、ついにリョーコちゃんがキれる。

 先程からこの手の奴が30分おきに襲撃に来るので、いい加減飽きてきたところなのだ。

 何でもリョーコちゃんは昔からこの訓練所にお父さんと通っていたらしく、この訓練所のアイドル的存在らしい。

 

 やはり、お父さんが俺を紹介する時―――

 

「こちらが娘の彼氏だ。」

 

 の、一言が未だに尾を引いているみたいだ。

 そのうち、俺も我慢の限界が訪れるかもしれない。

 

「素手の戦いでは少し遅れをとったが!!

 貴様が教官の息子になると言うのではあれば、戦闘機乗りになるのは必然!!

 今度の勝負はドッグファイトだ!!」

 

 と言われても、俺はIFS対応以外の戦闘機には乗れんぞ。

 ブローディアの高機動モードを使用してもいいのなら、喜んで受けて立つがな。

 

「くくくく、なら俺が乗ってきた機体で戦ってもいいのか?」

 

 かなりストレスが溜まっているのだろう。

 何時もなら軽くあしらうところだが、俺はその男にこんな提案をした。

 まあ、俺を外見だけで判断すればまだ20歳に満たない若造だ。

 この男も新兵卒になる前のヒヨッコでしかない。

 俺の事も何処かの訓練生だと勘違いしていてもおかしくないだろう。

 比較的早期にアジア方面は危機を脱したので、人的被害を回復する時間が持てた。

 これが危機的な状況であれば、リョーコちゃんやヒカルちゃんみたいな若いパイロットが前線に出てくるのだが。

 

 悲しいかな、今のアジア方面には余裕が有り余っているみたいだ。

 この男性にも余裕を持って訓練をさせているのだろう。

 

 なら少し相手をしてやるか・・・実戦形式でな。

 

「お、おい、テンカワ。」

 

 リョーコちゃんが俺の言葉に驚いて小声で制止する。

 

「おう!! どんな性能の機体だか知らんが。

 あんな実用性の無い、見掛け倒しの翼をつけている。

 真っ黒な趣味の悪い機体に俺が負けるか!!」

 

 ・・・今頃、ディアもブロスも激怒してるだろうな。

 絶対、俺とこの男の会話を聞いてるよな。

 

「お、お前な〜、相手が誰だと思ってんだよ?

 その上、アイツ等まで挑発するような事言いやがって。」

 

 リョーコちゃんはその場で頭を抱えていた。

 どうやら、この男はもう引き返せない道に入ったらしい。

 

「勝負方法はロックオンを5秒間されたら負けだ!!

 いいな、5秒だぞ!!」

 

「ああ、分かった。」

 

 そして、二機の戦闘機が大空に飛び立った。

 

 

 

 

 

 

「リョーコ、彼と一緒に戦う事がお前の一番星なのか?」

 

「今は分からない、けど―――テンカワの側にいれば分かるかも知れない。

 俺の心の中の大部分を占めているのはアイツなんだから。」

 

「そうか、頑張れよ。

 父さんも母さんもお爺ちゃんも応援してるぞ。」

 

「うん―――有り難う、頑張るよ。

 絶対に帰ってくるよ、テンカワを連れてさ。」

 

 

 

 

 

 結果―――俺は最高30分間もの間、男の操っている機体をロックオンし続けたのだった。

 機体性能からして次元が違うし、何より相手の技術が未熟すぎた。

 自分でも大人気ない事をしているなと思いながら、俺は男の相手を勤めていた。

 

 模擬戦を終え、機体から降りて来た時の顔は青ざめていた。

 まあ、今後は真面目に訓練に取り組むだろうな。

 

「あんた、スゲーよ降参だ。

 今度は是非、真面目な理由で俺と戦ってくれよ。」

 

「ああ、また・・・な。」

 

 俺は男と握手をして別れた。

 

 また・・・な、か。

 

 次に会う時、俺はこの男に自分の本名を名乗れる立場になっているだろうか?

 そして、地球と木連の関係は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十三話 その14へ続く

 

 

 

 

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