< 時の流れに >
二十日目 サラ=ファー=ハーテッド & アリサ=ファー=ハーテッド
サラちゃんとアリサちゃんを連れて、俺はグラシス中将の屋敷を訪れた。
グラシス中将は自宅の玄関で待っていてくれた。
どうやら、ナデシコから連絡が入ってから直ぐに玄関に移動されたみたいだ。
幾らボソンジャンプに時間が関係無いとはいえ、まだ外の空気は肌寒い。
ましては今の時刻はまだ冷え込む朝だ―――身体を壊されなければいいが。
逆に言えば、それだけサラちゃんやアリサちゃんと会える事を楽しみにしていたんだろう。
「お久しぶりです、グラシス中将。」
「お久しぶりです、お爺様!!」
「ただいま戻りました、お爺様!!」
「おお、元気そうだなサラ、アリサ。
さあ、早く家に入ろうか。
もう知っていると思うが、ミリア君は不在だがね。」
そう、ミリアさんは俺が一足先に送ったナオさんとデート中。
片手とは言え、今のナオさんの相手になる存在は少ないだろう。
それに聞いた話によると、アカツキとシュン隊長の策が成功してクリムゾンは動きを封じられたらしい。
詳しい話を聞く時間は無かったが・・・あの二人がそう言い切ったのだ、かなり確実な事なのだろう。
警戒レベルを一つ下げたが、最低限のカバーはしている。
・・・油断だけはしないようにしないとな。
同じ過ちを繰り返すわけにはいかないからな。
ナオさん達とは後で合流する予定だ。
全員で食事をとる約束をしていたし、何より行かなければならない所がある。
「さこ、これで久しぶりにサラとアリサとお茶が飲めるな。
おお、テンカワ君と茶を飲むのは初めてだったな。」
「そうですね。」
そして笑顔のグラシス中将を先頭に、俺達は暖かい空気に包まれた屋敷に入った。
パチパチ・・・
リビングにある暖炉の中の焚き木が、小さな音をたてながら燃えている。
小さなテーブルを囲むように配置されたソファーに、俺達は腰掛けていた。
グラシス中将は始終笑顔で、サラちゃんとアリサちゃんの話を聞いていた。
俺も二人の話を聞きながら、時たま相槌を打っていた。
穏やかな雰囲気が辺りを包んでいた。
「そう言えばテンカワ君、ナデシコの出航日が決まったそうだね?」
突然、真面目な顔になったグラシス中将が俺に向かってそう尋ねてくる。
俺はそんなグラシス中将に合わせるかのように、居住まいを正す。
「ええ、10日後に出航します。
木連との会合場所は―――相手の和平使節団と合流した時に教えて貰えるそうです。」
「・・・ナデシコ一隻だけを名指しで指定し、尚且つ会談場所も指定するか。
どう考えても、罠を張ってあるとしか思えんな。」
俺の返事を聞いたグラシス中将が、難しい顔で意見を述べる。
勿論、それは全員が気付いていた。
だが、ここで突っぱねれば―――地球は木連の殲滅を考えるだろう。
実際、そんな意見は政治部・軍部で多数を占めている。
自分達の暗部を隠す為には、木連の人間に生きていてもらっては困るのだろう・・・
だが―――
「もう知っていると思うが、木連の存在を政治部・軍部の関係者全員に発表する事が先日決まった。
実際、テンカワ君に教えて貰うまで私も知らなかった内容だ。
組織の下に組み込まれた者達は、殆ど知らないだろう。
だが、この発表を聞けば和平案に賛成する者も増えるだろう。」
「そうですね、一般の人にはまだ刺激が強すぎる内容ですからね。
まずは政治家・軍人に真実を明かし、今後の行動を考えてもらいましょう。
真実を明かす事は簡単です、ですがそれを人がどう受け取るかまでは予想出来ません。」
俺は既に亡くなった提督の事を思い出した。
最後には俺の手にかかって消滅した男・・・
確かに駄目な部分が目立った人だったが、精一杯に生きようとしていた。
そして、木連の正体を知った時―――壊れてしまった。
人は信じていたモノに裏切られた時、思わぬ行動に出る事がある。
誰もがナデシコのクルーの様に立ち直るとは限らないのだから。
「全ては―――和平後の話ですね。
地球と木連・・・お互いの間に軋轢がそう簡単に消えるとは思えません。
ですが、話し合いで喧嘩をするぶんには、そうそう命を失う事は無いでしょう。
何より何も知らない人達が犠牲になる事も無い。」
「そうだな・・・」
「あ〜〜〜〜、もう!! 何時まで暗い話をしてるのよ?
今日くらいは戦争の事を忘れましょうよ、アキトもお爺様も!!」
俺とグラシス中将に向かってそう怒鳴ったのは、サラちゃんだった。
口調は怒っているが、顔は穏やかに笑っている。
「そうですよ、アキトさん。
お爺様もそんな会話をアキトさんに振らないで下さい。
折角の休日なんですから。」
アリサちゃんも控えめながら、俺とグラシス中将に抗議をする。
どうやら二人を蚊帳の外にして、グラシス中将と話をしていた事が気に入らないようだ。
確かに、ちょっと無神経だったかな?
二人もグラシス中将に話したい事がまだまだあるだろうし。
「じゃ、俺は少し席を外して何か作ってくるよ。
リクエストはあるかい?」
グラシス中将の屋敷には以前ピースランドに向かう前に訪れている。
大体の間取りは把握しているし、台所の器具の配置も知ってる。
「では、何か軽く食べれる物を頼もうかな?」
「分かりました、ではサンドウィッチでも作ってきますよ。」
俺はグラシス中将の言葉を聞いてからリビングを抜け出した。
「お爺様、私もアキトの手伝いに行きますね。」
「あ、姉さん私も手伝うわ。」
「まあ待ちなさい二人共。
少し―――テンカワ君抜きで話を聞いてくれないか?」
「・・・何かしら?」
「はい、別に良いですけど。」
「先程の話は聞いていたな―――なら出航後、ナデシコがどれだけ危険な目に会うか理解出来るだろう?
それでも乗り込むのか、自分の命を賭けて?」
「仕方が無いじゃない、自分の命しか賭ける物が無いんだから。
お爺様の言いたい事は分かります、ですがここで降りるつもりはありません。」
「私も姉さんの意見と同じです。
確かに危険な目にあうでしょうね、相手にとっては最後のチャンスとも言えるのですから。
でも、以前アキトさんはこう言いました。
『これは俺達の戦争なんだ。』、と。」
「ほう・・・」
「私もそれまでは昔の人達同士のイザコザが、今も続いていると考えていた。
でも、そんな事はもう関係無かった。
今を生きている私達が、お互いに歩み寄らなければ悲劇は終らない。」
「昔に生きた人を問い詰める事も、責任を取って貰うことも出来ません。
なら、今を生きる私達が自分の手でこの問題を解決するべきです。
過去に囚われていては駄目だと・・・私はそう思います。」
「そうか・・・ただテンカワ君を慕うだけではない、か。
お前達の成長を喜ぶべきか、悲しむべきか―――複雑な心境だよ。」
「ふふふ、でも一番大きな要因はやっぱりアキトだけどね。」
「私達の先を歩かれてますから、アキトさんは・・・
何時か隣に並んでみたいんですよ、お爺様。」
「そこまで言われたら、もう引きとめはせんよ。
お前達の人生だ、自分の想いを大事に生き抜けばいい。
ただ、この老いぼれ一人を残すような真似はしないでくれよ?」
「私達は家族なんですよお爺様?
そして、ここは私達の実家―――帰って来ますよ、きっと。」
「そうですよ、お爺様が守ったこの故郷を今度は私達が守ります。
お婆様と父さんと母さんが眠るこの地を、今度は私達が・・・」
「・・・ああ、頑張ってな。」
出来たてのサンドウィッチを持ってリビングに帰って来ると、三人が嬉しそうに笑いながら話をしていた。
そこには確かな家族の絆を感じる事が出来た。
俺はこの三人が再び笑顔で出会える様に頑張ろうと、再び自分に誓った。
全ての決着が着く日は近い―――