< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二十日目 その他クルー

 

ヤガミ ナオの場合

 

 

 

 俺はミリアと二人して懐かしい街を歩いていた。

 良い思いでも・・・悪い思い出も・・・全てを内包した街だ。

 

 ミリアの生まれ故郷であり、俺とアキトが再会した場所であり、あの娘が眠る土地だ。

 

「本当にここで待つつもりか?」

 

 石畳の路地を歩きながら、俺の左腕を抱え込んでいるミリアに尋ねる。

 左腕の傷自体はこの二十日間でほぼ完治をしていた。

 激しい運動には支障をきたすと思うが、少なくとも日常生活なら問題は無い。

 

「ええ、やっぱり忘れられない街だから・・・

 それに、何時かは帰ってこようと思ってるの。

 あの娘も寂しがってると思うし。」

 

「そうか・・・」

 

 意外にしっかりとした声で返事が返ってきたので、俺は安心する。

 少なくともミリアの心の中で、一つの区切りはついたのだろう。

 

 悲しい事、辛い事、嫌な事―――そんな出来事は生きている限り必ず起こる。

 問題はその出来事に対してどう対処するかだろう。

 過ぎてしまった事は仕方が無い。

 時間を遡る事は出来ないのだから・・・

 

「あの時から5ヶ月か・・・流石に少しは復興が進んだみたいだな。」

 

「そうですね。

 和平が実現すれば・・・夏にはこの街に戻ってこれそう。」

 

 嬉しそうに街を眺めるミリア。

 生まれ故郷の立ち直る姿を見るとやはり嬉しいのだろう。

 

「私は和平が成ればこの街に帰ります。

 ナオさんは・・・どうされますか?」

 

「言うまでもないだろう。

 ま、少しの間は色々と整理をしなければいけない事が続くと思うが。

 年末にはこの街に来ているだろうさ。」

 

 俺は笑いながらミリアの質問に答える。

 そうとも、幾ら考えてもこの答えしか思い浮かばない。

 

「・・・雑貨屋の主人で良いんですか。」

 

「結構器用なんだぜ、俺ってさ。

 大丈夫、直ぐに近所に評判の旦那様になってやるさ。」

 

 その後はお互いに黙ったまま、先を急いでいった。

 サングラスで見えていないと思うが、俺の顔は真っ赤だった。

 無論、隣を歩くミリアもだが・・・

 

 

 

 

 

 暫く無言のまま時間は過ぎ。

 俺達は目的地へと辿り付いた。

 そこは―――メティちゃんが眠る墓地だった。

 

 俺は既に墓地の片隅に佇むブローディアを見つけていた。

 どうやら、アキトは俺達より先に来ていたらしい。

 もっとも、ブローディアの移動には時間は関係無いので、意外と着いたばかりかもしれないが。

 

 春半ばとは言え、墓地のある場所は高地だ。

 周りの空気はどうしても冷たいものに感じる。

 そんな場所に一人佇むアキトを見付けたのは、やはりメティちゃんの墓の前だった。

 

「・・・随分と早いな。」

 

「ええ、二人だけで少し話がしたかったものですから。」

 

「そうか。」

 

 俺の質問にアキトは閉じていた目を開き、横に移動する。

 空いた場所に俺とミリアが入り、持ってきていた花を墓前に添える。

 そこには既に、アキトが置いた花が添えてあった。

 そして、それぞれの方法でメティちゃんに向かって祈る。

 

 祈りが終わり、顔を上げたミリアはアキトの方を向き話し出した。

 

「・・・あの事件から4ヶ月。

 世の中は大きく変わりました。

 和平の為にアキトさんが全力を尽くした事は分かっています。

 ―――お疲れ様でした。」

 

 アキトはそんなミリアの言葉に無言で頷いた後、苦笑をしながら話し出す。

 

「まだ、終ってはいません。」

 

「ええ、それは分かっています。

 ただ、今日までの努力を労っているだけです。

 かなり無茶をされたのでしょう?

 ナオさんから聞いてますよ?」

 

 少し俺の方を向いて睨みつけるアキト。

 どうやら自分の身に起こった事を話したのを、怒っているみたいだ。

 だが、悪いが俺はミリアに尋ねられれば大概の事は話すぞ。

 

 ―――自慢にはならんが。

 

「その無茶ももう直ぐ終ります。

 今度、地球に―――この地に帰ってくる時には。」

 

「そうですね、楽しみにしています。

 私もアキトさんと・・・この人をこの街で待っています。

 必ず帰ってこられる事を信じて。」

 

 俺とアキトの顔を交互に見ながらミリアはそう言った。

 そして俺達はそんなミリアに対して、無言で頷いた。

 これは俺達の誓い。

 

 全てを終らせて、この地に帰ってくると。

 

 

 

 

 

 

 

リュウ ホウメイ & ホウメイガールズの場合

 

 

「ホウメイさん、さっきウリバタケさんが帰ってきましたよ。」

 

「ああ、そうかい。

 そう言えば、ヤマダの奴も帰ってきてたな。」

 

「そうそう!! しかもヒカルさんと実家に帰ってたんですよ!!

 あの二人の仲がそんなに進んでるとは思ってもいませんでした。」

 

「・・・でも、ヤマダさんだよ?」

 

「・・・ヤマダさん、だよね。」

 

「・・・ヤマダさん、だもんな〜」

 

「あんた達こそ、テンカワに散々迷惑をかけてきたんだろ?」

 

「へへへ、面白かったですよ〜」

 

「まあ、両親も色々と文句を言ってましたが。

 無理矢理説き伏せてきました!!」

 

「・・・帰って来れない可能性も高いんだよ?」

 

「だって、ここが私達の職場じゃないですか。」

 

「そうですよ、人に話す事は出来ないけれど。

 自分に誇れる仕事が出来ます。

 だから、この食堂に帰ってきたんですよ―――皆で一生懸命に話し合って、決めたんです。」

 

「そうかい、なら何も言わないよ。

 じゃ!! 早速今日の仕込みから入ろうかね!!

 最後の追い込みに入ってる分、整備班の奴等は飢えてるよ!!

 ウリバタケ整備班長が帰ってきたのなら、忙しさも倍さね!!」

 

「「「「「はい!!」」」」」

 

 

 

 

 

イネス=フレサンジュの場合

 

 

 自分で煎れた珈琲を飲みながら、私は溜息を吐いていた。

 決心が着いたと言っても、やはりその時の事を思うと胸が締め付けられる。

 孤児だった私を拾い、養ってくれた養母を見捨てるのだ。

 助ける事が出来るのなら、何としてでも助けてあげたい。

 

 だが、私の身勝手でナデシコに危機を呼ぶわけにはいかない。

 ましてや、今回は敵が万全の体勢で待ち構える場所に行くのだ。

 きっとあらゆる手を使ってくるだろう。

 そんな状態の中で下手な弱点を作るわけにはいかない。

 

 もし、養母を人質に取られれば―――

 

 私には無関係な人間だと言い切るしかない。

 アキト君にも敵の罠だと進言するしか無いだろう。

 

 それは養母も分かってくれるはず・・・

 だからこそ、悲しくやるせない気持ちになってしまう。

 

 シュン!!

 

 物思いに耽る私の耳に、医療室の扉が開く音が聞えた。

 

「あら、誰か怪我でもしたの―――!!」

 

「・・・点滴を打ってもらえないかな、イネス先生。」

 

 コクコク

 

 余りに変わり果てたその姿に、私は頷く事しか出来なかった。

 そう、医療室の扉の前には極度にやせ衰えた―――ゴートさんが居たのだ。

 しかし、その目に宿る意思の光は危険なまでに輝いている。

 

「ど、どうしたの、その姿は?」

 

「ふっ・・・昔のヨガの達人は極限状態に自分を追い込み、悟りを開いたという。

 そして俺も見た!! 神の世界を!!」

 

 突然、極度の興奮状態に陥り。

 やせ細った身体を打ち震わせながら、何やら危ない事を叫び出すゴートさん。

 

「あ、あのね?

 落ち着いて話しましょう?」

 

「そこは光輝く世界だった!!

 そして俺は遂にディア君の課題をクリアーする事が出来たのだ!!

 今の俺にはブラスターの弾でさえ見切る事が可能だ!!

 それは何故か!!

 真実は一つ!! 俺が神に選ばれた存在だからだ!!」

 

 

 

 ・・・駄目だわ、壊れてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十三話 その17へ続く

 

 

 

 

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