< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二十五日目 ホシノ ルリ

 

 

 

 あの時から、まだ1ヶ月ほどしか経っていないんだな・・・

 

 俺はピースランドの庭園にあるベンチに腰掛け、そんな事を考えていた。

 春の気持ち良い日差しを浴び、ついつい気も緩んでしまいそうだ。

 ルリちゃんを国王夫妻に送り届け、俺は親子水入らずの会話もしたいだろうと思い庭園に出ていた。

 出て行くときにルリちゃんの制止の声が聞えた気がしたが―――気のせいだろう!!

 勿論、全能力を振り絞って俺は逃げ―――いや、城内を歩いた。

 俺を追いかけていた衛兵がいたような気がするが、捕まえられなかった彼等が悪い!!

 話をしてくれない事にはどんな用事だったか分からないからな!!

 

 ・・・まあ、城の壁を跳び越えたり、池の中央を走り抜けたり、3階の窓から飛び降りたりしたけどな。

 

 決して逃げた訳では無い!!

 俺なりの心遣いと言うものだ!!

 

『でも、結果的に逃げた事には変わりがないと思いますが?』

 

「そんな事は無い!!

 確かにこの一ヶ月、皆の両親に翻弄されてきたが!!

 良く考えてみたら俺には何の非も無いじゃないか!!」

 

『あらあら、なら直ぐに謁見室に帰ってきて欲しいですね。』

 

「・・・は?」

 

 俺は何時の間にか誰かと会話をしていた様だ。

 ・・・不思議に思いつつ、背後を振り返ると。

 そこにはコミュニケの通信ウィンドウが開いており。

 綺麗な笑顔で笑うイセリア オブ ピースランドが居た。

 

『早く着てくださいねテンカワ アキト殿♪』

 

「・・・はい。」

 

 嫌な予感を覚えつつ、俺は笑顔でイセリア女王に向かって頷いた。

 はっきりと要請されてしまった以上、逃げる事は許されないだろう。

 

 無事に―――ナデシコに帰れるかな、俺。

 

 

 

 

 

「お待ちしてましたよ、テンカワ アキト殿♪」

 

「ははは、お待たせ・・・しました・・・」

 

 綺麗な笑顔が怖いと感じたのは初めてだった。

 ルリちゃん達が何時も見せている、怒りを押し殺した笑顔じゃない。

 本当に心の底からの笑顔でイセリア女王は俺を迎えてくれたのだ。

 

 ・・・・迎えてくれてるはずだ。

 

 女王の隣で気の毒そうな顔をして俺を見ている、プレミア国王の顔が嫌でも気になるけどな。

 

「ここから庭園までの所要時間約10分―――流石ですねテンカワさん。

 でも帰ってくる時は何故40分も掛ったのですか?」

 

 逃げるべきか行くべきか迷っていたからです。

 

 ―――等と正直に胸の内を言える筈が無い。

 

「ちょっと、考え事をしてまして・・・」

 

「おやおや、テンカワさんには悩み事が尽きないようですね。」

 

 沈痛な面持ちで俺の答えに返事を返すイセリア女王。

 もしかして、本当に俺の気のせいなんだろう?

 実は心底優しい女性だとか?

 

 ・・・横目でプレミア国王を見る。

 

 必死のジェスチャーで、俺に騙されるなと伝えてくれている。

 俺はそれを見て気を引き締めた。

 危ない危ない、これもイセリア女王の罠なんだな・・・

 

 内心で汗をかきつつ、俺は心強い味方に向かって微かに頷いた。

 有り難う、国王・・・あんた、だよ。

 

「実は三日後にルリの帰還した祝いを兼ねて、パーティを催すつもりなのです。」

 

「なるほど、そうなのですか。」

 

 三日後か・・・ナデシコの出航にはギリギリ間に合いそうだな。

 俺もブローディアの整備に付き合って、ついでにディアとブロスの相手もしないと駄目だしな。

 オモイカネの調整はラピスとハーリー君に任せるか。

 

「では、四日後に迎えに来ま―――」

 

「勿論、そのパーティに出席して頂けますよね?」

 

 ・・・そうきたか!!

 

 素早く視線を盟友(プレミア国王)に向ける!!

 ―――駄目だ、沈んだ顔を左右に振っている。

 くっ!! 逃げ道は無いと言う事か!!

 

「せ、せっかくのお誘いは嬉しいのですが。

 自分には、ナデシコでやらなければいけない仕事がありまして。」

 

 俺の必死の反抗に対してイセリア女王は―――

 

「今、ルリはパーティドレスの寸法合わせをしています。

 仮縫いが終ったら一度見てやって下さいね。

 親の私が言うのもなんですが、実に綺麗に育ちましたあの娘は。」

 

 全然聞いちゃいなかった

 

 盟友は同情の眼差しで俺を見ている。

 そうか、あんたも何時もこんな目にあってるんだな・・・

 

「・・・確かに、承りました。」

 

 これ以上、駄々をこねては危険だろう。

 俺はそう悟ると、イセリア女王のお誘いに乗る事にした。

 本当にこの一ヶ月、休む暇が無くなってしまったな・・・

 

「それと、国王。」

 

 横に座っているプレミア国王に顔を向けるイセリア女王。

 俺の位置からではその顔は見えない。

 

 だが、見た目でも分かる程に顔色が悪化していく盟友をみれば・・・大体の想像は付く。

 そして、プレミア国王に対して何か囁いた後。

 イセリア女王は何時もの笑顔で俺に向かい―――

 

「パーティが楽しみですね、テンカワ殿。

 前回踊れなかった分、今度はルリと踊ってあげて下さいな。」

 

「はい!!」

 

 ・・・顔は笑ってるけど、笑ってないよ・・・この人。

 俺は思わず姿勢を正して、勢い良く返事を返していた。

 

 国王、あんた良くこんな女性を妻に娶ったな。

 同じ男として尊敬するよ、いや本当に。

 

 その国王が王座に座ったまま気絶している事を俺は知っていた。

 

 

 

 

 

 

 華やかなパーティが開かれ。

 俺は約束通り、ルリちゃんと踊った。

 煌びやかな世界は―――俺には窮屈にしか感じられない。

 だが、嬉しそうに微笑むルリちゃんにはお似合いの世界なのかもな。

 あの事件さえなければ、ルリちゃんの人生はまるで違う道を辿るはずだった。

 ・・・それが良い事なのか、悪い事なのか俺には判断できない。

 

 それを判断できるのは本人―――ルリちゃんだけなのだから。

 

 

 

 

 ・・・どうでもいいが、イセリア女王の視線が痛いぞ・・・本気で。

 例えるなら獲物を狙う鷲の視線だろうか?

 どうも・・・とんでもない事を考えていそうだな・・・あの人。

 

 

 

 

 

 踊りも一段落し、俺は思い出深いバルコニーに立っていた。

 ここで俺は枝織ちゃんと初めて会ったんだよな・・・

 

 ほんの一ヶ月前の出来事を懐かしみながら、俺は背後の気配に向かって話し掛ける。

 

「いいんですか? 国王が宴から席を外して?」

 

「何、国王と言えど人の子よ。

 そして可愛い娘を持つ父親でもある。

 ―――娘の想い人と話をする権利はあると思うがね?」

 

 笑いながら俺の質問に応えてきたのは、やはりプレミア国王だった。

 

「確かにそうですね。」

 

 国王の言葉に相槌を打ちつつ、俺は国王に向き直る。

 

「一筋縄ではいかんみたいだな、和平会談は。」

 

「ええ、かなり危険を伴うでしょう。

 相手は武闘派の集まりですからね・・・

 ですが、彼等さえ説き伏せる事が出来れば和平は成ります。

 木星には和平を唱える人も多いと聞きましたから。」

 

 ・・・何回目だろう、皆の御両親に次の出航の危険性を告げるのは。

 自分の大切な娘が危険な場所に自ら飛び込もうというのだ、きっと心中は複雑に違いない。

 だが、皆は俺を信じて着いて行くと言う。

 

 責任―――重大だな、本当に。

 

 御両親や皆の期待を裏切らないように、俺は努力をするしかない。

 それほどまでに、信用されているのだから・・・

 

「それでもルリは着いて行くと言う。

 ・・・予想はしていたが、親としては複雑だ。」

 

「・・・済みません。」

 

 俺にはその言葉しか言えない。

 

「君が謝る必要は無い。

 ただ、無事に帰って来てくれる事を祈ろう。

 娘は既に私の手を離れているのだからな。」

 

「そう・・・ですね。」

 

 そして俺と国王は、広間でイセリア女王と楽しそうに笑っているルリちゃんを見詰めた。

 また、この場所にルリちゃんを連れてくる事が・・・俺と国王の約束だ。

 

 

 

 

 

 

「ルリ、やはり行くのですね。」

 

「ええ、この戦争の終わりも近いです。

 もう直ぐ、全ての枷を取り払って・・・アキトさんは自由になります。

 そして私も・・・」

 

「楽しみにして待ってますよ、ルリ。

 ですが、彼を捕まえるのは困難ですね・・・

 先日の逃走劇には、かなりの数の衛兵を使ったと言うのに。」

 

「ふふふ、母。

 アキトさんを捕まえるには鋼鉄の鎖では駄目です。」

 

「なるほど、薔薇色の鎖を使うのですか。」

 

「ええ、アキトさんは優しい人です。

 きっと決断は出来ないでしょう。

 ですが、王族には―――」

 

「愛妾はつきもの・・・」

 

「その場合、勿論正妻に選ばれる人物は・・・」

 

「「ふふふふふ・・・」」

 

 

 

 

 

 

 

 ゾクッ!!

 

 ・・・悪寒が走った気がしたが、気のせいだろうか?

 いや、なにやら首の周りが苦しいような?

 

 ・・・気のせいだろう。

 そう・・・思おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十三話 その18へ続く

 

 

 

 

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