< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日目 その他のクルー

 

プロスペクター & アカツキ ナガレの場合

 

 

 

「で、網に掛ったのが・・・これだけの人数かい?」

 

 僕はプロス君の提出した報告書を見ながら、そう尋ねる。

 ナデシコに乗船しているクルーから8人

 ネルガル本社には実に30人近い―――クリムゾンへの内通者がいた。

 今回のメインクルーを含む里帰りは、この内通者をおびき出す罠でもあったのだ。

 後顧の憂いを全て断ち、最後の和平会談に臨むための処置だ。

 

 既に、幾人かの内通者と思われる人物の目星はつけていた。

 だが、その予想を遥かに越える人数が・・・ネルガルには忍び込んでいたみたいだ。

 

 まだまだ、僕の考えも甘かった―――と言う事かな?

 

 自分の会長としての人望が足りない事が、目の前の数字に表れている。

 全く・・・つくづく、僕には向いていない職業なのかな?

 

「既に証拠を押える事に成功した人物は―――処理しました。」

 

「・・・随分と過激だね〜」

 

 パサ・・・

 

 報告書を机の上に放り投げながら、僕はプロス君を見た。

 そこには何時もの苦笑を浮かべた顔ではなく、感情を伺えない冷徹な顔があった。

 そう、ネルガルのシークレットサービスを統べる男の顔が―――

 

「一罰百戒を実施したまでです。

 報酬に釣られる様な人物ほど、自分の命を惜しがりますからな。」

 

 じゃ、連行した連中の目の前で―――誰かを処理したわけか。

 そりゃあ、内通者達も肝を冷やしただろうね〜

 

「ゴートさんには囮役を兼ねて、ディア君と一緒に訓練をしてもらっています。

 それが功をそうしたみたいですな。

 こちらには、片手とは言えヤガミさんがいますから。」

 

「ナオさんも最後の大掃除に大活躍だね〜

 片腕を吊ってる状態とは言え、腕利きなのは確かだからね。」

 

 実際、ここ最近のナオさんの腕前の上達には目を見張るものがあった。

 元々裏の世界ではかなり名前の売れた存在だったのだ。

 それがテンカワ君と共に鍛錬を積むようになって、更にそのレベルを跳ね上げていた。

 

「元々、ヤガミさんは腕前で言えば超一流・・・

 ですが何処か武闘家に似た気質が邪魔をして、諜報員としては二流止まりでした。

 今回は余程覚悟を決めてたみたいですね、久しぶりですよ―――私に恐怖を感じさせた人は。」

 

 そりゃあ・・・現場を見なくてよかったかな?

 僕は無言で肩を竦めた。

 

「こっちの方もかなり有利に進んでるよ。

 政治家連中も、近日中に木星蜥蜴―――木連の存在を発表をするだろうね。 

 やはり、あの人と手を結んだのが決定的だったようだね。

 ま、認めるのが、少し遅いか早いかの違いなんだけどさ。」

 

「おや? まるで、政治家連中が木連の事を認めるのは確実だった様に聞えますが?」

 

 おっと、これは失言・・・

 まあ、確実に彼等が木連の存在を認めると思ったのは、例の記憶のお陰なんだけどさ。

 どちらにしろ、何時かは正面から向き会わなければいけない問題だ。

 今回は時間もあった事だし、何より我が身の地位を失いたくなかったのだろう。

 

 ・・・ま、外交関係は和平の成立が確定してからだね。

 

 それより今は話題を変更しておこうかな?

 あまり深く追求されるのも、困りものだしね。

 

「でも、コミュニケの機能を少し付加すれば位置の確定なんて簡単なんだ。

 万が一の時には、直ぐにテンカワ君に連絡を入れてよね。」

 

 そう、テンカワ君のボソンジャンプの力は公然の秘密だった。

 だが、前回の事件の事を考慮して―――全員のコミュニケにナビ機能を仕組んだのだ。

 最悪の状態に陥った場合、この機能を使えばテンカワ君が本当に『跳んで』くる。

 また、自分で緊急信号を出せない状態でも、通信範囲内ならばラピス君やルリ君のサポートでジャンプが可能だ。

 そして現在、テンカワ君に係わる人物は全て地球上にいる。

 ダッシュの作り出したネッワークが確立した地球上に居る限り、コミュニケの通信範囲は地球全体と考えていい。

 

 つまり、最悪の場合でも同じ失敗を繰り返す事は無い。

 

 これが今回の囮作戦に踏み出した最大の要因だった。

 最強の保険が掛けてある以上、それに見合った働きをしないと駄目だろう。

 最早、テンカワ君も自分の能力を隠すつもりもなく、最大限に活用するつもりみたいだ。

 

「それは心強い機能ですが・・・今はそっとしておいてあげたいですな。

 一番、休養が必要なのはテンカワさんなんですから。

 このままでは、超過勤務になってしまいますよ。」

 

 そう言って、何処からとも無く取り出した電卓を叩くプロス君。

 考えてみたら・・・誰がテンカワ君に給料を払ってるんだろう?

 ネルガルの筆頭株主でもあるんだし、別に給料の振込みなんて必要ないよね?

 

 ・・・ま、僕には関係無いことか。

 エリナ君やルリ君達が切り盛りしてるだろうし。

 

「さて、頑張ってお仕事しましょうかね。

 残り時間も少ないだろうし。」

 

「そうですな。

 残りの2週間ほどで、完全に掃除をしないと駄目ですからな。」

 

 やはり、裏で動いているほうが僕には似合ってるかな?

 そんな事を思いつつ、僕とプロス君は自分の仕事に戻っていった。

 

 それぞれの責任を果たす為に・・・

 

 

 

 

 

リュウ ホウメイの場合 

 

 

 

 ま、私には会っておきたい家族がいるわけじゃあないし。

 それよりも、ナデシコの整備に疲れた整備班の奴等の御飯を作ってやるほうが有意義さね。

 ―――若い者は色々と大変みたいだけどさ。

 

 目の前で不貞腐れている5人を眺めながら、私は苦笑をしていた。

 

「ホウメイさん聞いてください!!

 アキトさん、まだ帰ってこないんですよ!!」

 

 エリが涙目になりながら私に訴えてくる。

 

「昨日は昨日で、エリナさんとレイナさん達と一緒に晩御飯まで食べてくるし!!」

 

 ミカコが怒った表情で文句を言っている。

 

「だいたい、どうして私達だけが5人一緒のなの?」

 

 ハルミも納得がいかないと、頬を脹らませている。

 

「それは・・・都合上仕方がないんじゃない。

 全員、同じアパートに家族が住んでるんだし。」

 

 サユリが年長者の風格を見せて注意をしているが・・・

 やはり、機嫌は悪そうだ。

 

「はぁ〜

 どうして皆同じアパートに住んでたんだろう。」

 

 最後にジュンコがポツリと心情を吐露する・・・

 そして、そこで全員で一斉に溜息を吐く。

 

「「「「「はぁ〜〜〜〜〜」」」」」

 

 まったく、見ていて飽きないね〜

 

 何でも5人は同じアパートに住んでいたらしい。

 学校も同じところに通っていたらしく、先輩後輩の関係でもあるらしい。

 親同士の交流があったことも、この場合は関係あるんだろうね。

 

 しかし、テンカワの奴も―――今回も修羅場を見そうだね〜

 エリナとレイナちゃんのお父さんに大変な目に合わされたと、昨日私に愚痴を言ってたけどさ。

 自業自得とも言えるね。

 

 私は帰ってきてからのテンカワの慌てる姿を想像して、一人で笑っていた。

 そんな所だけは、変わらないねあの子も。

 

「ほらほら、もう直ぐお昼時だよ!!

 さっさと調理場に入りな!!」

 

「は〜〜〜い!!」 × 5

 

 

 結果、翌日の昼に帰ってきたテンカワは更に凄い修羅場に突入していた。

 やれやれ、本当に若いね〜この子達はさ。

 

 でも、何時まで皆の笑顔がこの食堂にある事を・・・私は願うよ。

 もちろん、ナデシコが不要となり皆がこの食堂を去った後も―――その笑顔が無くならない事を。

 だから頑張るんだよ、テンカワ!!

 私はこの場所で、最後までお前の戦いを見守っててやるからさ!!

 

 

 

 

 

 

オオサキ シュンの場合

 

 

 

 届くメールは全部が全部・・・非難の嵐、か。

 それも実にバラエティに富んだ文句ばかりだ。

 もっとも、メールの表題を見ただけで、内容には目を通していないがな。

 

 まあ、自分でも予想をしていたが、揃いも揃って匿名で送ってくるとは。

 まったく、自分の主張が正しいと思うのなら名前を名乗ってもいいだろうに。

 

『逆トレースも可能ですよ?』

 

 オモイカネが俺に気を使ってそんな提案をしてくる。

 良く気が利くAIだな、こいつも。

 

「ああ、別にいい。

 陰でコソコソと批判しか出来ない奴に興味は無い。

 それより、表立って俺の非難が出来る奴の方が重要だ。

 送付者の名前を記入しているメールだけをピックアップしてくれ。

 あ、それとウィルス関連は大丈夫だよな?」

 

『ルリとラピスと、それに僕が見張ってるんだよ?

 ウィルスに対する処置は万全。

 それとピックアップの件は了解しました。』

 

 余計なお世話だったみたいだな。

 でも、マキビ君の名前が無かったのはどうしてだ?

 

 苦笑をしながら俺はそんな事を考える。

 そして、次の瞬間には今後の事について想いを馳せた。

 

 ・・・政界にも、敵にまわしておくには惜しい人物も居る事は確かだ。

 そんな人物には、逆に説得をして味方になってもらうべきだろう。

 

 俺が幾ら囮役を買って出たところで、最終的にはアキトの奴に話題は集中する。

 民主主義に乗っ取った解決方法を求めた時・・・数の力では絶対に勝てない。

 ならば、有象無象に時間を割くより、有能な人物を味方につけるべきだ。

 俺とアキトの危険性を正確に把握し、それを理論立てて非難できる人物・・・

 これは貴重な人材だ、ただ喚くだけの奴より余程好感が持てる。

 戦後は彼らの活躍に全てが掛っているからな。

 和平が成立する事も大切だが、その後の事も同じ位に大切なのだ。

 是非とも、そんな人物を味方に着けたい・・・

 

 自分の考えをまとめ上げながら、俺はテーブルの上のブランデーをグラスに注ぐ。

 近頃、少し酒量が増えてきた・・・それだけ俺もストレスを感じていると言う事か。

 

 俺の飲酒に関して煩かった奴が消え、歯止めが利かないだけかもしれないがな。

 

 持ったグラスを、何もない空中で振る。

 そこにアイツが怒った顔で俺を見ている気がしたからだ・・・

 

「ま、感傷は今は必要ないな。

 暇になったら、嫌でも浸ってるだろうさ。」

 

 気持ちを入れ替え、今後の事を再び検討する。

 

 現在、アキトの奴は和平の事だけに集中している。

 いや、和平後の事を敢えて考えていない素振りがある。

 自分の居場所が既に無いと思っているのだろう。

 

 ・・・だが、そんな事は俺が許さん。

 

 アイツが身体を張った分くらいは、長生きをしてもらわんとな。

 何より、平和な世界を見たいのはアキト自身だろう。

 

「もっとも、どの女性に捕まっているのかは俺にも予想が出来んがな。」

 

 自室で笑いつつ、俺はオモイカネが選別してくれたメールに目を通し始めた。

 意外なほど、俺の興味を引くメールがあったことは、ある意味嬉しい誤算だった。

 

 ―――それほど、世の中も捨てた物ではないと言う事か。

 

 

 

 

 

ゴート ホーリの場合

 

 

 

「うむ!!」

 

 ドゴォォォォォ!!

 

「だ・か・ら!!

 宇宙空間で巻き込み確認なんて必要ないの!!

 前を見てよ!! 頼むから!!」

 

「ぬぅぅぅぅ・・・」

 

「唸っても駄目!!

 今日中にシミュレーションレベル 5 をクリアしないと御飯抜きだからね!!」

 

「・・・むぅ」

 

「いじけても駄目。

 それに全然可愛くないし。」

 

 

 

 

 

ウリバタケ セイヤの場合

 

 

「キョウカ、久しぶりだな!!」

 

「オジちゃん誰?」

 

 ズデン!!

 

「キョ、キョウカ!!

 一応、これがキョウカのパパなのよ。」

 

「嘘、だって全然似てないよ?」

 

「・・・俺もキョウカも母ちゃん似だもんな〜」

 

「こら、ツヨシ。

 お父さんが部屋の隅でいじけてるじゃないの!!」

 

「だって本当の事だもんな〜」

 

「くううううううううう!!

 どうして俺がこんな目に会わなければいけないんだ!!」

 

「・・・言わせて貰えれば、貴方の身勝手が原因でしょ。」

 

「・・・そでした。」

 

 

 

 

 

ヤマダ ジロウの場合

 

 

「ただいま〜」

 

「あ、お帰りジロウ―――はうっ!!」

 

 パタッ・・・

 

 俺を出迎えたお袋が・・・俺の目の前で倒れた。

 

「ど、どうしたんだ母さん!!

 ジロウお前何をし―――はうっ!!」

 

 ドタッ・・・

 

 お袋の倒れた音を聞いた親父が居間から飛び出し、そしてお袋と同じ様に倒れる。

 ・・・何なんだ、一体?

 

「ジロウ!! 帰ってき―――」

 

 最後に二階の自分の部屋から降りて来た兄貴が、俺を見て―――固まる。

 親父達みたいに問答無用で気絶しないだけ、マシなんだろうか?

 それ以前に、何故俺を見て気絶する?

 

「兄貴、何をそんなに驚いているんだよ?」

 

 俺が不思議そうにそう聞くと・・・

 

「ジ、ジロウが生身の女性を連れて帰ってきただと!!」

 

 ・・・おい。

 

「こんにちわ〜♪」

 

 兄貴の叫び声に応えるように、俺の背後にいたヒカルが手を振って挨拶をする。

 

「しゃ、喋ったぞ!!

 本当に生身の人間なんだな?

 嘘だ!! ジロウが彼女を家に連れて来る日が来るなんて!!

 誰か嘘だと言ってくれ!!

 いや!! 神が許しても俺はこんな現実を許さん!!

 そうか!! これは木星蜥蜴の陰謀だな!!

 はははは!! 残念だったな!!

 ジロウは騙せても俺は騙せん!!

 だいたい、俺に彼女が居ないのにどうしてこの熱血馬鹿に・・・」

 

 何や意味不明な事を喚き出した兄貴を無視して、俺は玄関に設置してある靴箱を開く。

 

 ガラッ・・・

 

「ヤマダ君、お兄さんほっといていいの?」

 

 ナデシコで色々な怪異に対して経験を積んだヒカルは、これしきの事で動じていなかった。

 冷静な声で俺に質問をしてくる。

 

「ああ、今から正気に戻すさ。

 えっと、置き場所は変わっていないと思うが・・・お、あったあった。」

 

 そう言って俺は靴箱からショットガンを2丁取り出した。

 家の中にも複数置かれているが、玄関にはこの靴箱の中にしかない。

 

「・・・それ、本物?」

 

「おう、弾は暴徒鎮圧用のゴム弾だけどな、いいか同時に兄貴を狙うぞ。」

 

 ショットガンを一つヒカルに放り投げ、俺は錯乱している兄貴に向かって構える。

 兄貴は自分が狙われている事にも気が付かず、未だ何か奇声をあげていた。

 

「いいのかな〜? ま、ヤマダ君のお兄さんだし大丈夫でしょ。」

 

 そう言ってショットガンを受け取るヒカル。

 慣れた手付きで、装填されている弾丸がゴム弾だと確認すると俺の隣で構える。

 

 そして俺の合図を受け、二つの銃口からゴム弾が飛び出した!!

 

  ドゴォォォ!!

           ガゴォォォ!!

 

「ぶべら!!」

 

 腹と顎にゴム弾をくらい、背後に吹き飛ぶ兄貴。

 だが、廊下に倒れてから3秒後には復活する。

 

「はっ!! 俺は何をしていたんだ?

 お、ジロウじゃないか何時帰ってきたんだ?」

 

「ついさっきだよ。」

 

 親父に向けてショットガンを構えながら、俺は兄貴の質問に応えていた。

 

「・・・なんか、ヤマダ君の不死身の理由が分かっちゃった。」

 

「そうか?」

 

 ヒカルの呆れた声を聞きながら、俺は親父の腹に向かってショットガンの引き金を引いた。

 

   ドゴォォォォォ!!

 

「ごはっ!!」

 

 

 

 

 家族にヒカルの事を紹介出来たのは、それから1時間後の事だった。

 どうやら親父とお袋は、俺がヒカルを連れて帰って来た事を知って気絶したらしい。

 

 ・・・実の息子を何だと思ってるんだ、この夫婦は?

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十三話 その7へ続く

 

 

 

 

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