< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四日目 ホウメイガールズ

 

 

 

『ねえ、ディア〜

 今日はゴートさんに付き合わなくていいの?』

 

「じゃ、ブロスが代りに面倒見てよ。」

 

『・・・遠慮しとくよ、ディアの機嫌を見てたら大体現状が分かるから。』

 

 でも面倒って・・・犬や猫じゃないんだし。

 僕は鎖に繋がれたゴートさんを思い浮かべて、思わず笑ってしまった。

 

「大体、運動神経も反射神経も動体視力も人並み以上なのに!!

 どうしてスロットル一つ扱えないかな?

 今日は筐体に閉じ込めて、スペシャルコースで練習してもらってるの!!」

 

『あ・・・そうなの。』

 

 多分、ドアをロックされて振動設定も最大値で練習させられているんだろうな〜

 ミキサーの中に放り込まれた状況と一緒だよ。

 

「それに、あたしも少しはアキト兄と遊びたい!!

 この前は・・・封印されちゃってたし。」

 

『そう・・・だよね〜』

 

 前回、肝心な処で・・・僕達はアキト兄の役に立てなかった。

 アキト兄をサポートするための存在として、生み出されたと言うのに。

 

 ・・・確かに、木連の科学者や技術者達に機密を漏らさない為に、僕達を自閉モードにしたのはアキト兄だ。

 所詮、プログラムである僕達には抗い様は無い。

 だけど、この気持ちは―――ディアも感じているだろう。

 

 悔しかった

 

 一番、肝心な時に僕達は何の役にも立てなかった。

 もし、北斗さんの攻撃でアキト兄が覚醒しなかったなら?

 その時は、ダリアのDFSの一撃を受けてブローディアは、アキト兄と僕達共々宇宙の塵になっていただろう。

 あの時、僕が起動していれば・・・フェザーを展開して、危険を最小限に食い止めれたはず。

 

 僕達は、オモイカネ兄から分かれたプログラム。

 この感情も想いも、すべて幾億幾兆のパターンを重ね合わせて作られた擬似人格。

 だけど、本当にそれだけなのだろうか?

 ルリ姉は昔、僕達にこう言った。

 

「貴方達オモイカネシリーズは、もしかすると人に近い存在かもしれません。」

 

 これは僕達が火星にある遺跡を元にして作られた事を暗示していたらしい。

 実際、オモイカネ兄やダッシュ兄に勝るAIは地球にも木連にも無い。

 唯一・・・オリジナルである火星の遺跡だけが、僕達を超える存在だろう。

 数々のデータを溜め込み。

 経験を積む事で僕達は『人間』に近づいていく。

 そして、オモイカネ兄達にはそれほど組み込まれなかった、『人間』としての感情のパターン。

 それを僕とディアは優先的に組み込んである。

 

 アキト兄をいかなる時にも『一人』にしないように、と。

 

 実際、僕から見てもアキト兄は優しく強く―――脆い人だと思う。

 何事も一人で背負い込み、自分だけが傷付けばいいと考えている。

 今回の僕達の封印にしたって、木連の人達への牽制よりも、僕達を守る事が一番の目的だったんだろう。

 アキト兄とラピ姉達が捕まってる以上、僕達には攻撃手段は残されていなかったのだから。

 そしてそんな僕達をブローディアが内包している以上、アキト兄が無茶をしないとルリ姉達は考えた。

 それは僕もディアも良く分かっている・・・何より僕達もアキト兄が大好きなんだから。

 

 だから、最後までアキト兄の打ち込んだ自閉モードには抵抗した。

 だけど―――勝てなかった。

 やはり、プログラムである僕には・・・いや、僕達には命令に抗う術は無いのだろうか?

 もし、またこんな事態が起こった時も、やはり全てが終った後で後悔をするのだろうか?

 

 でも・・・何故、『後悔』なんて感情のパターンが存在する?

 

 これはルリ姉には黙っていたが、初期のプログラムにこんなパターンは無かった。

 ならば、そんな感情を何故僕は手に入れた?

 

 ルリ姉にも分からない事は多数ある。

 遺跡のオリジナルのプログラムには、まだまだ不思議な個所があるらしい。

 ならば・・・僕達が手に入れつつある、この『入力されていない感情』は何だ?

 どう考えても、ブローディアの制御上不必要な感情じゃないか。

 アキト兄の話し相手が常に不機嫌でどうする?

 ディアの焼き餅も、近頃演技とは思えない出来になってきた。

 ディア自身、自分の変化について戸惑っているのを僕は知っている。

 

 こんな考えを持つ事自体、プログラムには有り得ない事では無いのか?

 オモイカネ兄も自分の我を通す為に、反乱を起こした事もある。

 でも、『自分自身』を否定して模索をするなんて・・・

 

 まるで―――そう、まるで『人間』だ。

 

 なら僕達はやはり・・・『人間』になろうとしているのだろうか?

 

 

 

 

 

「ねえ、ブロス〜

 何だかアキト兄の悲鳴が聞えるんだけど・・・」

 

『え、またなの?

 今度はどうして?』

 

「これ、原因を映した映像。」

 

 ディアが自分の両手の間に示した映像には―――

 

 

 

 

 

『ハルミ!! 元気にしていたか?』

 

『あ、お父さん!!』

 

『ジュンコ、怪我は無さそうだな。』

 

『うん、大丈夫だよ。』

 

『危ない事は無かったかい? エリ?』

 

『全然、大丈夫だったよお母さん。』

 

『元気そうだな、ミカコ。』

 

『お父さん、それが私の良い所でしょ!!』

 

『・・・随分、大人っぽくなったなサユリ?』

 

『まあ、結構苦労してるから。』

 

 ホウメイガールズの人達が、自分達の家族と楽しそうに再会を祝っている。

 家族の人達も、自分の娘達がまさか戦艦に乗り込むとは思っていなかったのだろう。

 実は御両親にも、あまり詳しい事は話されていない。

 下手にネルガルの内部事情を知ると、余計な危険を招く恐れがあるから。

 

 でも・・・確か、ネルガルの求人広告には調理補助募集としか書いてなかったよね?

 一種の詐欺じゃないかな? これ?

 戦艦で働くとは一言も書いてないし―――

 プロスさん辺りなら、平気な顔で実行しそうだな〜

 ま、ナデシコに乗っている限りは、下手なシェルターよりは安全だと思うけど。

 

 僕がそんな感想を思い浮かべている間に、全員の視線が壁際で親子の再会を見守っていた人物に移る。

 今、ホウメイガールズとその家族の人達は、ネルガルの経営するホテルのホールに居るんだ。

 このほうが、警備も守秘管理もやりやすいのが理由。

 

 でも一番の理由は―――アカツキさんが、この方が面白いと考えたらしい。

 

 忙しい時にも遊び心を忘れない人だからね〜、アカツキさんってさ。

 ちなみに、僕がこの事実を知ったのは、全てが終った後だった。

 

『で、君は誰なんだい?』

 

 ミカコ姉のお父さんが、全員を代表してアキト兄に質問をする。

 ちなみに、アキト兄はエリナ姉とレイナ姉・・・それとメグ姉の両親の時の経験を活かし・・・

 今までの黄色の制服から、漆黒のマントを羽織った戦闘服に着替えていた。

 そう、ブローディアを操縦する時に着ている、アレ。

 

 個人用のディストーション・フィールド発生装置に携帯用DFS、それにフェザー・ブラスターまで装備している。

 勿論、顔には黒い大きなバイザーを掛けてるし。

 このまま連合軍の本部に殴り込みに行っても、無事生還出来る装備だろう。

 もう、威圧感と怪しさ大爆発って感じかな?

 戦場では畏怖の象徴のその立ち姿も、和やかな雰囲気に包まれたホテルのホールでは・・・浮きまくってた。

 

 ・・・何をそんなに恐れてるの、アキト兄?

 

 それ以前に怪しさ倍増だよ、その格好じゃ。

 お父さん’sもお母さん’sも揃って顔が引き攣ってるよ〜

 

『初めまして、自分は彼女達と同じ厨房に働いている者です。』

 

『嘘だろそれは。』 × ファザーズ

 

 アキト兄の挨拶に対して、ファザーズは声を揃えて即答した。

 

 その一撃を受け、アキト兄の身体が少し傾ぐ・・・

 

 う〜ん、家族同士で仲が良いのは本当らしいね〜

 もう、息がピッタリだ。

 

『いえ、あの・・・一応、厨房にも立ってるコック見習なんですけど?』

 

『絶対嘘ね、それは。』 × マザーズ

 

 汗を掻きながら、急いで釈明をするアキト兄に対して。

 今度はマザーズが声を揃えて否定する。

 

 アキト兄はその場で回れ右をして、壁に頭突きをしていた。

 

 ・・・だからアキト兄、その格好でコック見習と言われても誰も納得しないって。

 

『で、本当のところお前達とはどんな関係なんだ?』

 

 エリ姉のお父さんが、隣にいるエリ姉に尋ねる。

 同様に、他の両親も自分の娘に同じ様な質問をする。

 

 あ、何だかこの先の展開が分かっちゃったよ。

 

『えっとね、彼氏!!』

 

 ジュンコ姉が大声でそう宣言して。

 

『私が付き合ってる人』

 

 ハルミ姉が頬を赤くしながら断言して。

 

『同僚、兼、許婚』

 

 エリ姉が小さな声で、恥かしそうに白状して。

 

『運命の人』

 

 サユリ姉が即答をして。

 

『恋人』 

 

 ミカコ姉が満面の笑顔でそう締めくくった。

 

 あ、アキト兄がジャンプフィールドを展開してる。

 逃げるつもりだね〜、これは。

 でも一般人の前でボソンジャンプなんて披露していいの?

 ・・・背に腹は代えられないか。

 

 しかし、その行動はファザーズの意外な行動によりキャンセルされた。

 

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんんん!!

 大切な娘が!!

 こんな、こんな怪しい男に手篭めにされるなんて!!』

 

『泣くなダイサク!!

 犬に噛まれた思って・・・うっ、うわぁぁぁぁぁぁ!!』

 

『みっともないぞお前達!!

 一番傷付いてるのは・・・娘達なんだからな!!

 うぅぅぅぅぅぅ・・・』

 

『皆!! ここは歯を食いしばって耐えるんだ!!

 今、家族が支えてやらなくてどうする!!』

 

『そうだ、逃げちゃ駄目だ!! 駄目なんだよ!!』

 

 一致団結して、お互いに励まし慰めあうファザーズ。

 ・・・あ、アキト兄が床に倒れてる。

 

 そのアキト兄にマザーズが近寄り、一斉に泣き付く。

 

『どうして娘の信頼を裏切ったんですか・・・酷いです!!』

 

『何も知らない純粋な娘だったのに・・・さぞ、騙し易かったでしょうね!!』

 

『責任を取れなんて、最早言いません、だけど一言娘に謝罪して下さい!!』

 

『・・・鬼!!』

 

『あなた、どうしてそんな酷い事が出来るのですか?』

 

 何だか、凶悪犯だね・・・これじゃあ。

 アキト兄も困惑した顔で、ファザーズとマザーズの姿を見ている。

 どうやら、今までとは相手の対応が違うみたいだ。

 

『お、俺のせいですか?』

 

『当事者が何を言う!!』 × ファザーズ & マザーズ

 

 これは、当分誤解を解く為にホテルに残留だね〜

 あ、だからアカツキさんはアキト兄やホウメイガールズ含み、家族全員の部屋を予約してたのか。

 う〜ん、抜け目が無いね〜

 

 

 

 

 そこで、ディアの見せてくれた映像は終た。

 

「と言う訳なのよ。」

 

『じゃ、当分はこのホテルのヘリポートから動けないね〜』

 

「そうみたい。」

 

 僕達は他人事の様に今後の予定を予測した。

 ・・・実際、このホテルからアキト兄が逃げ出したのは、それから4日後だった。

 

 何してるんだかね〜

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十三話 その8へ続く

 

 

 

 

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