< 時の流れに >
四日目 その他のクルー
ハルカ ミナト & 白鳥 ユキナの場合
「ふ〜ん、貴方がお兄ちゃんを千沙さんと取り合ってる人なんだ?」
「い、いきなり凄い挨拶をするわね〜」
初めてユキナちゃんと出会った時の挨拶は、こんな台詞から始まった。
ユキナちゃんの私に対する第一印象は、どんな感じだったのかな?
少なくとも私は、元気な女の子と―――思ったけれど。
地球に居る間、ユキナちゃんの面倒は私が見る事になっていた。
プロスさんからも直接頼まれたし、何故かアキト君からも頼まれてしまった。
・・・何故だろう?
まあ、私としても九十九さんの妹さんでもあるユキナちゃんに興味が無かった訳じゃ無いし。
特別、断る理由も無かったので承諾をした。
でも、ユキナちゃん本人はどう思っているのかしらね?
言ってみれば敵地と呼べる地球で一人きり・・・それも隣に居るのは私一人だけ。
きっと、心細いだろうな。
「ミナトさん!! 晩御飯って何!!」
「えっと〜、今日はお仕事が忙しかったから作ってないのよね。
ホウメイさんの処に食べに行こうか?」
「うん!!」
・・・前言撤回、凄く元気だった。
現在、私はナデシコに残って操舵関連のチェックをしている。
今までの戦闘で、そこそこにガタはきていたみたい。
何時でも出航が出来るように、細かなデータ取りを手伝っていた。
ま、帰る所が無いのも一つの理由なんだけどね。
それを思えば、ユキナちゃんの存在は私にとって結構嬉しい誤算だった。
何より、話し相手が居る事は良い事だともう。
例の彼女達は殺気立っていて、気軽に話し掛けられる雰囲気じゃないしね・・・
帰還してきたエリナさんとレイナちゃん、それにメグちゃんは始終ニコニコと笑っていて、何だか近寄り難いし。
ズズズズ〜〜
ラーメンを美味しそうに食べているユキナちゃんを見ながら、私は考え事をしていた。
何故、この娘はこんなに明るくしていられるのだろう?
少なくとも、今のユキナちゃんの立場は捕虜と言っても差し支えの無いものなのに・・・
勿論、ユキナちゃん本人もその事は理解している。
「ユキナちゃん、私が聞くのも変かもしれないけど―――不安とか感じない?」
「・・・ご馳走様!!」
ドン!!
スープまで飲み干したユキナちゃんが、ラーメンの器をテーブルに勢い良く置く。
そして、私の目を真正面から見詰め―――
「不安に決まってるでしょ、そんなの。
なにより、私は貴方達ほどテンカワ アキトを信用してない。
あの姿のテンカワ アキトを見て、未だに慕ってるメグミさんとラピスちゃんの方が不思議だよ。
でもね、私はどんな窮地に陥っても生き延びてみせる。
それが、私を逃す為に犠牲になったジェイさんとの約束だから。」
強い光が宿るその瞳には、何者にも負けないと言う意思が宿っていた。
私は知らず知らず微笑みながら、そんな彼女を見詰めていた。
もしかすると、私よりも強い娘かもしれない・・・
生きるという意思において。
「そう、強いわね、ユキナちゃん。」
「当たり前よ!! 木連女子の心意気を侮らないでよね!!
・・・と言う訳で、もう一杯お代りいいかな?」
私は大声で笑いながら、そのユキナちゃんの頼みを承諾した。
アオイ ジュン & 白鳥 ユキナの場合
廊下を歩いていると―――背後から追突された。
「・・・痛いな。」
「あ、御免なさい!!」
俺に向かって頭を下げると、その少女は再び元気に廊下を走り出した。
そして俺は、その少女の事を思い出し―――顔を顰めていた。
「白鳥 ユキナ・・・か。」
チッ!!
思わず小さく舌打ちする。
今後、あの明るい少女の顔が悲しみに歪む事を俺は知っている。
いや、知ってしまった。
和平会談がこれから一ヵ月後には必ず開かれる事も・・・
そして、その席で白鳥 九十九が殺される事もだ。
テンカワは今まで多数の『死ぬべき存在』を助けてきた。
しかし、その逆に『死ぬはずの無い存在』を殺してきたのだ。
その中には、勿論―――彼女もいた。
全てを救う事は出来ない、きっと白鳥 九十九を救う事により、また何か歪が生まれるだろう。
それを身に染みて分かっていても・・・テンカワよ、お前は白鳥 九十九を助けるのか?
俺はそんな事を考えながら、射撃訓練場に向かって歩き出した。
何時にも増して、重いと感じる足を無理矢理踏み出しながら・・・
既に自分の心が壊れかけている事は―――自覚していた。
ドウゥン!!
何の為に訓練をしているのか・・・
それすらも、曖昧になっていく。
だが、訓練を止めるつもりにだけはなれなかった。
止めた所で―――何もする事が無いからだ。
連日の訓練のお陰で、俺の身体は既に疲れ果てていた。
精神に身体がついてこない・・・いや、その精神すら壊れている。
テンカワは狂気によってこの壁を越えた。
違うな、アイツはもっと高いハードルを無理矢理よじ登って行った。
血反吐を吐き、己の魂と身体を削り取りながら。
俺には―――無理な事だった。
守りたい者は消え失せ。
復讐をしたい相手も、既にこの世に居ない。
無駄な努力を積み重ねる事に対する虚無感が、俺の身体と心を蝕む。
当初は―――クリムゾン、全てを滅ぼしてやる覚悟だった。
だが、その行為が限りなく不可能であり、また意味が無い事を思い知った。
そう、皮肉にもテンカワの過去を体験する事によって。
あの追体験の中、俺は復讐に狂う『化け物』と化していた。
・・・火星の後継者を全て殺し、その組織に関連する全ての施設を壊し。
毎回、数千単位の命を躊躇い無く葬り去った。
圧倒的な破壊力、満たされていく復讐心
そしてそれに比例して、壊れていく心
血の涙すら枯れ果て・・・それでもなお、生贄を求めるテンカワ
全ての復讐が終わり、残ったモノは―――余命幾らも無い、ボロボロの身体と、壊れた心だけだった。
俺にあんな生き方が出来るだろうか?
そして、全てをやり直すチャンスが訪れてもなお・・・立ち上がる事が出来るだろうか?
その先に待っているのが、苦痛に満ちた未来だと知りつつ。
確かに、あの時・・・過去の地球に戻った事を知ったテンカワの歓喜―――
それは魂からのものだろう。
全てがゼロに戻り、目の前にはユリカが居た。
だが、テンカワの心は壊れたままだ。
既に自分が元の『自分』ではない事に引け目に似たモノを感じていた。
そう、目の前のユリカが知るテンカワ アキトという存在は死んでいると、自分で決め付けていた。
「俺に・・・あんな生き方が出来るのか。」
言う事をきかない身体を叱咤しつつ、弾丸を詰め替える。
チャキッ、チャッキ・・・
・・・テンカワの今までの活躍で、多くの悲劇が防がれ、さらに多くの悲劇が生まれた。
北辰の予想以上に早い登場、そして北斗の来襲
西欧方面への出向
サツキミドリの地球への落下
DFS、バーストモード・・・そして、ブローディア
歴史は、どこかでこの歪みを修正しようと足掻く。
それを知りながらも、テンカワは更に足掻き続ける。
シュン提督、カズシ補佐官、メティス=テア、ヤガミ ナオ、ハーテッド姉妹、レイナ・キンジョウ・ウォン
そして・・・チハヤ
前回の歴史に登場しない存在が、主にその歪みの余波を受けている。
ならば、白鳥 九十九の命を救った時・・・今度は誰が生贄となる?
「ちょっと!! 何馬鹿な事してるのよ!!」
バシィン!!
俺の思考は―――その大声と共に繰り出された後頭部への一撃により、中断されてしまった。
「まったく!! 手を血塗れにしながら射撃訓練なんてするんじゃないわよ!!」
俺の意見など、まるで無視をして手当てをするユキナ。
そう、俺の後頭部に跳び蹴りをしてくれたのは、この元気すぎる少女だったのだ。
「俺の勝手だろうが、それに手当てなら訓練が終った後で自分で出来る。」
・・・医療室には行く気になれなかった。
自分が馬鹿な事を言った自覚はある、だが素直に謝れるほど割り切れてもなかった。
昔の俺ならば一目散に相手に謝りに行っていただろうにな。
知らず知らず、苦笑をしていたようだ。
「人が親切心で手当てをしてあげてるのに。
何、苦笑してるのよ。」
「・・・悪かったな。」
そう言い残して、俺は再び訓練に戻ろうとする。
「ちょっと、そんなフラフラな身体でまだ訓練をするつもり?」
「ああ、アイツの訓練に比べれば―――生温いくらいだ。」
そう、あの時のテンカワの訓練に比べれば―――俺の訓練などままごとに等しい。
だが、俺には師と仰ぐ達人はおらず、またサポートをしてくれる人物も居なかった。
集団の中で孤独を選んだテンカワ、孤独な状態から助力を求める俺。
なんとも皮肉な関係だ。
「馬鹿じゃないの?
張り合う相手が誰だか知らないけど、自分の身体を壊しても良い事なんて何も無いじゃない。
いざと言う時に動けなければ、本末転倒でしょう。」
「煩いな・・・どうして君は俺を構う?」
「だって、寂しそうなんだもん。」
ユキナのその一言を聞いて、俺の動きは止まった。
「俺が・・・寂しそうだと?」
思わずユキナを睨みつける。
「私はね〜、言ってみればこのナデシコ・・・いえ、地球では異邦人でしょ。
どうしても浮いちゃうのよね。
でも、そんな私から見ても貴方はナデシコから浮いてる。
いえ、溶け込もうとしていない。」
真っ直ぐな瞳で俺を見詰めるユキナ。
その視線に先に負けたのは・・・俺だった。
「無理してるのが見え見えなんだよね〜
ナデシコの皆は、何故か貴方を扱いかねてるし。
こんな明るい戦艦も初めてだけど、クルーの人達もお人好しばかりよね。
あのミナトさんにしても、私の面倒を嫌な顔ひとつせずにやってくれてるし。
何より、敵の立場である私を地球の軍隊から庇ってくれてる。
なのに、そんな戦艦の中で―――貴方だけが孤立しているわ。」
追い討ちを掛けるように話すユキナに・・・俺は渋い顔しかできなかった。
「ほっといてくれ、俺は好きで一人になってるだけだ。」
「あ〜、何だか悲劇の主人公みたいな台詞〜
貴方みたいな人って、ほっとくと段々深みにハマッて自滅するのよね〜」
くっ!!
俺は奥歯を噛み締めて、ユキナに怒鳴り散らそうとする衝動に耐える!!
ここでユキナ相手に突っ掛かれば、ユキナの指摘が正しいと認める様なものだ。
「・・・ふん、いい気なものだな。
一ヵ月後には―――」
「一ヵ月後には、何よ?」
そこで俺の言葉は止まる。
・・・言える筈がない。
いや、言ったところで信じて貰えるはずがない。
この先の会談で起こる九十九の死を知っているのは、極限られた人物のみ。
今、その事をユキナに話したところで、大笑いされるか激怒するくらいだろう。
「いや、何でもない・・・」
「なに思わせぶりな事言ってるのよ。
あ〜!! もしかして、私に気があるとか?」
そう言って悪戯っぽく笑うユキナ。
この笑顔も、下手をすれば一ヵ月後には・・・
テンカワの苦痛が少し分かった。
不本意な事だが―――確かに辛く厳しい。
悲劇的な未来など、人がそうそう信じるはずが無いのだから。
そんな相手の不幸を知り、その不幸を止める為には無茶をしなければいけない。
ましてや、テンカワが挑んでいるのは地球と木連の軍隊だ。
あらゆる手を使って、和平までの道を作ったのだろう。
「・・・お兄さんの事は好きか?」
俺も挑んでみるべきかもしれない、このまま立ち止まっていても―――先には進めない。
「当たり前じゃん!!
私は元気な姿でお兄ちゃんと一緒に木連に帰るの!!
その為には不可能も可能にしてやるんだから!!」
未来を知った者として、足掻く事は必要な事なのだろう。
テンカワやルリ君達は言うに及ばす・・・
アカツキも自分に出来る事を精一杯やっている。
俺は―――オオサキ提督の言う通り、チハヤの死を掲げて甘えていただけかもしれない。
何時か、俺を誰かが助けてくれると期待して。
カズシ補佐官は何のために死んだ?
和平の実現を信じて、自分の信念を信じて、オオサキ提督を守った。
そしてオオサキ提督は立ち止まらなかった、その死を受け入れつつ先へ先へと進んで行った。
俺は―――ただ、ガキのように泣き喚いていただけだ。
前のテンカワの暴走事件の時も、おれは歴史は繰り返すだけだと思った。
だが、アカツキは絶望的な戦いに自ら赴き、テンカワの足止めをしてみせた。
その努力が、北斗の登場を間に合わせ―――結果的にナデシコの轟沈を防いだ。
俺はその時何をしていた?
ただ、迫り来るテンカワを恐怖を・・・眺めていただけじゃないのか?
今度は、俺が一歩踏み出す番だろう。
チハヤの事を忘れるのは無理だ。
だが、先に進まなければ―――何も変わらない。
俺はテンカワになれない、なれるはずがない。
あんな苛烈な生き方なんて出来ない。
なら、別の方法で先に進もう・・・俺らしい方法で。
「そうか、ならお兄さんに会うまでは俺が守ってやるよ。」
「お〜、いきなりのプロポーズ?
そんな、私達初対面なのに!!」
「あのな・・・」
まずは、この明るい笑顔を守ってみせよう。
悲劇を止める事を諦めない強さを、手に入れる為にも―――
俺は・・・少しだけ先に進む事を決意した。
「ああ、そう言えば名前を教えてなかったな。
俺の名前はアオイ ジュンだ。」
「あ、そう言えばそうね。
私の名前は白鳥 ユキナ―――って、お兄ちゃんの事を知ってるなら、私の事も知ってるか。
じゃ、私はあんたの事をジュン君って呼ぶね!!」
「頼む・・・それだけは、勘弁してくれ。」
「や!!」