< 時の流れに >
食堂にアキトの反応が落ち着いたのを確認して、私はコッソリと格納庫から抜け出した。
未だ激戦が続く4人の女性の戦いも見ていたいけど、何よりアキトの事が心配だからね。
・・・もっとも、出し抜くには難しい相手が結構いるんだけど。
「ラピスちゃん、何処に行くの?」
「・・・秘密。」
これで、ユリカが納得してくれる筈が無かった。
「ラピス、まだ通路は危ないですから一緒に行きましょう。」
笑いながらそう言ってくるルリ・・・絶対気が付いてる、アキトが食堂に居る事。
「あら、皆何処に行くの?
私も一緒に行っていい?」
「あ、それなら私も御一緒するわ。」
・・・サラとメグミさんが参加。
まあ、この二人を出し抜くには―――まだまだ私の経験値は低すぎる。
結局、話に参加してきた4人と連れ立って食堂に行く事になってしまった。
やはり、単独行動は無理なのかな?
アキトに頼んで、私も気配を消す技を教えて貰おう。
食堂に向かう途中、二度ほどナオさんを目撃。
前回の教訓を活かし、無闇に移動をせず物陰に隠れながら移動をしてるみたい。
でも、その移動方法が何と言うか・・・
ズタン!!
突然、天井から人が飛び降りてきた時には、流石に私も皆も驚いた。
「や、もう挨拶は終ったのか?」
まるで何事も無かったかの様に、朗らかな笑みで私達にそう質問をするナオさん。
そう、非常識にも天井から降って来たのは・・・
トレードマークのサングラスを怪しく光らせる、ナオさんだった。
「ええ、今は代表戦に入ってます。」
「は?」
ナオさんの質問に対して、ルリが私達の代表として返事をする。
ルリが代表で答えたのは、私達が呆然とした状態から復帰していないのが一番の理由。
先の格納庫の一件以来、ルリは確実にこんな事に対する耐性を養っていた。
・・・でも、ナデシコ以外では使いようの無い耐性だと思う。
それはそれとして・・・ルリの意味不明な返事に首を捻るナオさん。
そして、次の瞬間には―――
ヒュン!!
「あ、あれ?」
一瞬にしてナオさんの姿はその場から消え去った。
私だけではなく、他の皆も不思議そうな顔で辺りを見回している。
その時―――
シュタッ!!
「・・・ふふふ、流石ですねナオ様♪
一瞬の隙を突いたはずなのに、いち早くこの場から逃げ出すなんて♪」
・・・まあ、ナオさんが居たんだから百華がここに来る事は解る。
けど、どうしてまた天井から降りて来るのぉ?
私は他に誰も居ないのかと、思わず天井を見上げた。
そこには―――沢山の足跡があった。
・・・誰の足跡かなんて、考えるまでも無いね。
アキト、後で絶対プロスに怒られるよ?
どうせ、掃除をするのはアキトとナオさんだけだと思うけど。
でもどうやって天井を歩いたんだろう?
謎に満ちてるよね、アキトを含むあの人達って。
深く考えると、頭が痛くなるから止めたけど。
ドガッ!!
T字廊下の曲がり角―――私の目の前の壁に、一人の男性が足から着地する。
驚く私の目の前で、軽く3秒間は壁に立ったまま周囲を探る。
そして安堵の溜息を吐くと、私の目の前の地面に着地をした。
・・・もちろん、ナオさんだ。
「いや〜、確実に前回より腕を上げてるな〜
俺もかなり本気で逃げてるのにさ。
・・・戦闘能力では勝るが、諜報戦では俺が不利か。」
流石に二回目なので、驚くより呆れる私達を前にして何やらブツブツと呟くナオさん。
なんだかこの人を見ていると、人工重力が本当に効いているのか疑いたくなっちゃう・・・
「・・・今更聞くのもなんですけど〜」
今度はユリカが恐る恐るナオさんに話し掛ける。
「何だい?」
無意味なまでに爽やかな笑顔をするナオさん。
「どうやって壁に立ってたんですか?」
「秘密♪」
・・・まあ、聞いたところで私達には理解出来ない事だと思うけど。
私は後頭部を掻きながら何となく、そう悟ってしまった。
そんな事、悟りたくなかったけどね。
で、次の瞬間には―――また、ナオさんの姿は消えていた。
最早誰も驚かない。
というか、驚くのも馬鹿らしくなってきたのだ。
「まったく、良い年をして何を遊んでるんですか。」
「そうですよ、帰ったらミリアさんとの結婚が待ってるのに。
もう少し落ち着いて貰った方が・・・」
「それ―――詳しく聞かせて貰えます?」
・・・メグミさんとサラの会話に、後にいた人物が参加する。
ちなみに、メグミさん達の前には私とルリとユリカが居た。
つまり、乱入してきたのは・・・そう・・・彼女だ。
「ぱ、百華ちゃん?」
サラが驚きながら、何時の間にか背後に居た百華に向き直る。
私達も百華の普通(?)の登場の仕方に、逆に意表を突かれた。
「はぁい♪」
そして、百華の顔は笑っているが・・・その身に纏う雰囲気が全てを裏切っていた。
一言で言えば―――『殺気』
「で、ナオ様が誰と結ばれるんですか?」
ニコニコ・・・
なんか・・・ミリアさんの事を話したら、取り返しのつかない事になりそう・・・
身の危険を感じた私達は、じりじりと後ずさりながらそう思った。
残念な事に、今の私達のパーティには直接攻撃に優れている人物は居ない。
揃いも揃って頭脳戦、情報戦のエキスパートだけだ。
例えるなら、忍者対僧侶&魔法使いかな?
・・・前衛が居ないって事だね。
「き、聞き間違いじゃないのかな?
ほら、私達の会話を最初から聞いてた訳じゃないでしょ?」
サラが百華を相手に交渉に臨んだ。
ここは話術で切り抜ける作戦に出たようだ。
頑張れサラ!! 粘るんだサラ!! 最後の手段は捨て身の特攻だよ!!
「そんな事無いですよ〜
だって、ナオ様と入れ替わりにこの場に来たんですから♪」
・・・だから逃げたのか、ナオさん。
せめて、百華を連れて何処かに行って欲しかった。
何故、ナデシコ内でこんなピンチに遭遇するのか?
私はユリカの背後に隠れながら、そんな疑問を抱いていた。
私は無事に食堂に辿り付けるかな?
「さ、詳しい説明をお願いします♪」
「あうあうあうあうあう〜〜〜」
・・・取り合えず、百華の脅威から私達は逃げ延びた。
偶然、廊下を歩いていたハーリーを私が見付け。
百華の前に差し出したのだ。
「だ、だから僕も詳しい事は知りませんよ〜〜〜〜」
「あら、隠さないでいいわよ?
どうやってナオ様を、そのミリアと言う女性が陥れたのか聞きたいだけ♪」
「そんな事言われても〜〜〜!!」
久しぶりに役に立ったね、ハーリー♪
そのまま暫くは百華の相手をしておいてね。
文句は全部ナオさんに言えばいいから。
でもそれは・・・生き延びる事が出来たらだね。
ハーリーって、墓穴を掘ることに関してはトップ3に入るし。
やっと辿り付いた食堂では、何故かカグヤが枝織と対峙していた。
どうやってこの食堂まで辿り付いたんだろう?
下手なダンジョンより、危険に満ちた旅だと私は感じたけど。
通路を歩けば、怪しい人物と忍者が追いかけっこしてるし。
少し前までは人型のハリケーンとサイクロンが吹き荒れていたんだし。
ハーリー並みの再生能力の持ち主じゃないと、おちおち廊下も歩けないよ。
・・・本当に味方の乗る戦艦なんだろうか、ここ?
まあ、今は暴風の方は落ち着いてるからいいけど。
「貴方はどんな権利があって、アキト様に纏わりついているんですか!!」
「う〜、別にいいじゃない〜」
カグヤの剣幕に怯えながらも、アキトの側を離れようとしない枝織。
その隣の席に座っているアキトは、気疲れした様な顔で机に肘をつけて顔を乗せている。
「ねえ、枝織ちゃん・・・俺、食事の準備をしないといけないんだけど?」
「ぶぅ、全然アー君と遊んでないのに?」
「アキト様の仕事の邪魔をしないで下さい!!」
・・・どうでもいいけど、勇気があるねカグヤ。
相手が外見と行動がアレでも、本性は『真紅の羅刹』と呼ばれる存在なんだよ?
私達の力では唯一対抗出来ない稀な人物なんだから。
あ、もしかして枝織が北斗と同一人物だって知らないとか?
―――すっごくヤバイかも、それって。
「・・・もう、煩い人は嫌い。」
ガシッ!!
それは一瞬の事だった・・・
枝織の台詞が終った瞬間には、アキトが枝織の手刀を止めていた。
それも―――カグヤの首筋に殆ど触れ合っているかの様な状態で。
ツゥ・・・
カグヤの首筋から血の雫が流れる。
触れてはなくとも、枝織の手刀の一撃はカグヤの首筋に確実に傷を刻んでいた。
「なっ!!」
自分の目の前に起こった出来事に、一瞬呆けた後―――驚愕の叫びをあげるカグヤ。
それはそうだろう、ちょっとした注意をしただけで殺されそうになったんだから。
・・・だから、私達も下手な手出しは出来ないんだよね。
どれだけの事をすれば、枝織が反撃に出るか分からないから。
もし、枝織がその気になれば―――その場で私達の命は奪われるのだから。
「枝織ちゃん、カグヤさんは俺の大切な仲間なんだ。
だから、そう簡単に殺させはしない。
それに、彼女を殺せば―――俺は枝織ちゃんの友達を、止め無ければいけなくなるんだよ?
そしてそれはこのナデシコクルー全員にも言える事なんだ。」
「む〜、それだったら我慢する〜」
アキトにそう注意をされ、渋々ながら同意をする枝織。
それを確認してから、アキトは枝織の手を放した。
目の前で繰り広げられた攻防に、呆気にとられていたカグヤが青い顔でアキトに尋ねる。
「ア、アキト様・・・今のは一体?」
「あ、そうかカグヤさんは知らなかったんだね。
ま、色々な事情があってね・・・枝織ちゃんは、北斗と同一人物なんだ。」
枝織の言葉を信じたのか、席を立ちながらアキトがカグヤに説明をする。
どうやら厨房に入って仕込みをするつもりみたい。
今日は木連の人達の歓迎パーティも開催する予定だから、その準備が大変なんだろうね。
「なっ!! あの真紅の羅刹の事ですか!!」
カグヤはアキトの説明を聞いて、流石に固まってしまった。
でも気絶をしないだけでも、やはり大した人物だと言える。
北斗の存在は結構色々の情報として地球にも伝わっている。
カグヤの実家の経営する明日香・インダストリーなら、かなり詳しい事情を知っているだろう。
でも、流石に枝織と北斗の関係までは知らなかったみたいだね。
唖然とした顔で、改めて目の前に座っている二人の男女を見るカグヤ。
その二人の関係は、公の場では対極を意味しているのだから・・・確かに珍しい場面ではあるだろうね。
「ねぇ〜、アー君。
何か美味しいお菓子作ってよ〜」
「時間があったらね。
今は今晩のパーティの準備で忙しいの。」
「むぅぅぅ・・・」
会話だけを聞いていると、とてもじゃないけど噂に出てくる二人だとは思えないね。
だからこそ、カグヤも油断したんだと思うけど。
普通、和平使者の自分を問答無用で殺そうとする人物が居るとは、想像もしなかったと思う。
でも、そんな損得勘定に囚われないのが枝織だ。
自分の気に入らない相手に対しては、何の躊躇も無く排除してのける。
またそう言う風に教育を施されてきたのだ。
私もアキトにその事を説明された時、『人』の怖さを再認識した。
そして、環境によって人間がどれだけ『壊れる』ことが出来るのか・・・身に染みて分かった。
だって私も・・・そんな風に育てられても、おかしくない環境にいたのだから。
「・・・一時、休戦といきませんか?」
食堂の片隅に集まる私達・・・
そこで繰り広げられる会話は、決して世間話や職場の不満なんかじゃない。
いや、それ以上に切迫した問題を話し合っているのだった。
そんな中、カグヤが渋い顔で私達の会話に割り込んできた。
どうやら相手の手強さを知り、私達と共闘する道を選んだみたい。
「まあ、その気持ちは分かるけどね。
下手な刺激を与えると、その場でジ・エンドだもん。
爆発物の取り扱いをしているようなものよね。」
メグミさんが頷きながら、カグヤとの一時休戦を支持した。
私も今回に限っては反対をする理由も無いので、黙って頷いている。
他の皆も特に異論はないみたい。
「皆さんは一度はあの女性と対峙されたのですか?」
反対が無い事を確認したカグヤが、私の隣の席に座りながら私達にそう聞いてくる。
「・・・一度、ね。
常識が通じない相手だと、つくづく思い知らされたわ。」
サラが遠い目をしながらそう返事をする。
そう、私達も以前―――アキトに纏わりつく枝織に対して、何も手を打たなかった訳じゃない。
だけど、物理的手段においては最強最悪
精神的な攻撃も、枝織の精神年齢を考えると効果は薄い。
・・・何より、下手な攻撃は即死に繋がる。
言ってみれば、アキトを相手取って罠を仕掛けるようなものだもん。
私達が全力を尽くしても、大した効果は望めなかった。
それでも、あの朝帰り事件のあった日―――
流石に許せなかった私達は悲壮な覚悟を固めて、枝織に挑戦をした。
ただ、残念な事に相手がその時は枝織ではなく・・・北斗だったんだけど。
寝静まった医療室。
選りすぐりの隊員が、盾を携えて病室に忍び込む。
別に寝込みを襲うと思った訳でなく、ただ彼女の本心が知りたかったんだけど。
アキトの事を本当はどう思っているのか?
これだけはハッキリとしておきたかったから。
昼間は余計な人物が周りを囲っているので、そんな質問はできない。
でも、明日になれば枝織は木連へと帰ってしまう・・・こんな心配事は、早めに解決した方が良い。
そう考えた私達は、行動を決意したのだった。
でも、睡眠中の彼女の近づく事は・・・死を意味していた。
バギュン!!
鈍い音と共に陥没する複合ルナリウム合金製の盾!!
それを構えていたリョーコの腕にも痺れが走ったらしく、片手で支えていた盾を急いで両手に持ち直していた。
隣に控えていたアリサも、無残な姿に変貌した盾を見て顔を青くする。
エステバリスの外装でもあるルナリウム合金を陥没させるその一撃に、私達は彼女を詰問する事を諦めた。
後でリョーコに詳しい話を聞いた所・・・
「殺気とかに反応したんじゃねえよ・・・人の気配、全てに反応してやがるんだ。
それこそ子供が隣を歩いただけでも、アイツは無意識に排除するだろうな。
・・・一体どんな人生送っていやがるんだ? アイツはよ?」
と、青い顔で私達に語った。
そして全員が思い知った、彼女が私達が考えている以上に過酷な道を歩いている事を・・・
「つまり、私達の常識を当てはめる事は危険だと言う事ですか?」
難しい顔をして私達の言葉に耳を傾けるカグヤ。
どうやら、先程までの自分の態度がどれだけ危険に満ちたモノだったのかを理解したみたいだね。
「そうなるね。
アキトが一緒だったら私達への攻撃は防いでくれるけど。
それ以外の場合では、下手な手出しは止めた方がいいよカグヤちゃん。
・・・怖いほどに純粋なぶん、私達とは違う判断基準を持ってるから。」
ユリカが沈んだ顔でカグヤに忠告をする。
そしてそれは私達全員の意見でもあった。
別に枝織の事を毛嫌いしている訳じゃ無い、逆にその生い立ちに私は親近感を抱いている。
皆も敵だと知りつつも、気持ちは同じだろう。
だけど、付き合い方が・・・分からない。
笑いながら心臓にナイフを刺せる人物を相手にして、どんな言葉を掛ければいいのだろうか?
私達には武術や護身術の心得なんて無い。
あったとしても、枝織の攻撃を防げる人なんてアキトくらいしか存在しない。
話し掛ける事は出来ても、どうしても一歩退いてしまう。
枝織が相手でもそうなのだ。
・・・もし、これが北斗だったのなら?
私達には近づくことすら出来ない。
「・・・残念な事に、あの二人を理解しつつ対等に話せるのはアキトさんだけです。
それが分かっているからこそ、枝織さんもアキトさんの側を離れません。
私達の存在は・・・気に掛けていないかもしれませんね。」
「それもまた・・・悲しい事ですね。」
ルリの言葉を聞いて、カグヤは一言だけそう呟いた。