< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今更注意をする気もおきないが・・・

 

「なあ、聞いてくれよ!!

 俺のゲキガンガーに対する熱い思いを!!」

 

「ああ、分かっているさ!!

 あの名作は我々の心の拠り所なのだからな!!」

 

 ・・・この暑苦しい二人の男を巡って、複数の美女美少女が争う現実は認め難いな。

 別に顔が悪いわけは無いのだが、言動が濃すぎるぞ。

 個人の趣味に口を挟むつもりはないが、もう少し落ち着いて話は出来ないのか?

 

 ・・・考えてみたら、顔形は瓜二つなんだよなコイツ等。

 制服を着替えさせてシャッフルをしたら、ヤマダの奴はそのまま木連でやっているんじゃないか?

 いや、多分木連の方が性に合いそうだな・・・凄く。 

 ちなみに俺は面倒くさいので『ヤマダ』の事は『ヤマダ』と呼ぶ事にした。

 いざとなれば、ディア君とブロス君に頼んで名前の申請を却下させよう。 

 ヤマダ一人の精神状態より、俺とナデシコクルーの精神状態の方が余程重要だからな。

 

 そんな事を考えつつ、俺は件の男達の前の席で珈琲を飲んでいた。

 別に他の席が空いていない訳では無いだが・・・

 片方では女性陣がなにやら深刻な表情で相談をしており。

 もう片方では整備班が事態の推移を見守っている。

 俺としては両陣営に関わるつもりは無いので、一応中立らしきこの席に座っているのだ。

 ・・・後、枝織君の隣の席も空いているが。

 流石の俺も、彼女の扱いは手に余る。

 

 ちなみに、現在も例の4人の女性の戦いは継続中だ。

 イツキ君がレフリーをしながら、イネス女史と飛厘君が解説をしている。

 一種の異種格闘技戦になるのか・・・あれは?

 

「おい、アキト。

 今晩の歓迎パーティの会場はどうするんだ?」

 

 背後の厨房に居るアキトに向かって、俺は振り向きながら質問する。

 

 予想外に主賓が増えたのでこの食堂で歓迎パーティをするのは無理だろう。

 優華部隊が来訪した以上、整備班の大部分がパーティに雪崩れ込むのは自明の理だ。

 ・・・白鳥少佐だけなら、食堂だけでも充分だったんだが。

 

「展望室で立食パーティにするつもりです。

 座るより立っている方が占有面積は狭いですからね。

 それに食堂も解放しますから、大部分のクルーが参加しても大丈夫ですよ。」

 

 俺の質問に返事を返しながら、アキトは今夜のパーティの仕込をしている。

 どうやらパン生地を作るつもりらしいが・・・

 

   バン!!

            ドウン!!

                            ゴドォォンン!!!

 

「・・・何かストレスでも溜まってるのか?」

 

 よく主婦がストレス発散に使う手の一つに、パン生地を練る方法がある。

 それだけ力仕事として、パン生地を練る事は認識されているのだ。

 勿論、丁寧に練れば練るほど気泡の抜けたパン生地は、焼き上げた時に美味いモノになる。

 

 だが・・・それも相手によりけり、だ。

 

「いえ、それほどでも?」

 

「じゃあ、少し手加減しろ。

 パン生地以前に、床と台所が壊滅するぞ。」

 

 目の前にある小山の様なパン生地を粘土細工の様に扱うアキト。

 普通なら持ち上げる事も困難な大きさだ。

 その塊を片手で持ち上げ、上空で器用に反転させ―――そのまま、まな板に叩きつける。

 

 言葉にすればこれだけの作業なのだが、その速度が尋常じゃない。

 先程から俺の目には・・・パン生地が上下に飛び跳ねてる様にしか見えん!!

 しかも、時々裏拳・掌打・肘打ち・張り手・手刀・正拳・ベアクロー・etc・・・を、恐ろしい程のスピードで撃ち込んでいる。

 時たま『く』の時に変形したり、真っ二つになるパン生地がその攻撃が行なわれている証拠だ。

 現在、アキトの周囲に近づこうとする酔狂な人物は居なかった。

 

 ・・・お前、本当に料理をしてるんだろうな?

 

「いや〜、何かこうが入っちゃって、ははははは。」

 

 笑い声が枯れてるぞ、アキト。

 

「俺、今晩の歓迎パーティ参加拒否出来ませんかね?

 出来るといいな〜 

 ・・・出来無いんだろうな〜

 

 一人で提案して一人で否定して一人で納得してやがる。

 

 俺が呆れた顔で見守る中、アキトの目の前のパン生地が更に激しくシェイクされだした。

 ・・・さぞかし美味いパンが出来る事だろう。

 

 

 

 

「くぬ!! くぬ!! くぬ!! くぬ!! くぬ〜〜〜〜!!」

 

「おい、アキト!! 『昂氣』は使うな『昂氣』は!!」

 

 

 

 

 

 興奮状態のアキトを何とか宥め、冷え切った珈琲を片手にふと前を見てみると・・・

 アキトの行動を面白そうに見守る枝織君が座っていた。

 何時の間に俺の目の前の席に?

 

 ―――ま、彼女にしてみればそれ程難しい事ではないのだろう。

 

 確かに枝織君がその気になれば、その一撃を防ぐ術は皆無なのだろうな。

 実際、アキトに手傷を負わせた生身の人間を俺は彼女達しか知らない。

 枝織君と北斗・・・この二人の相手をしている時だけは、アキトの目の色が違っていた。

 それ程までに覚悟を決めなければ、あのアキトが勝てない相手なのだ。

 外見に惑わされていけないと言う事だな。

 

 そう思いつつも、机に両膝をついて面白そうにアキトを見詰めるその姿は・・・どう見ても普通の少女だった。

 綺麗な薔薇には棘がある、とよく言うが―――

 目の前の真紅の薔薇の棘は特別製の上に猛毒付き、か。

 

 しかし、俺の視線など歯牙にも掛けず枝織君は目の前で繰り広げられる料理人の戦いに魅入っている。

 まあある意味、珍しい光景ではあるよな。

 

「ねえねえ、それ面白いアー君?」

 

「いや、これは面白いとかじゃなくて・・・そこに座ってた白鳥さんとガイは?」

 

 ・・・そう言えば、俺の目の前にはあの二人が座っていたんだよな?

 

「え? 白鳥さんとソックリさん?

 私が席を譲って、って何回頼んでも無視するから寝てもらっちゃった♪」

 

 ニコニコと笑いながら地面を指差す枝織君。

 ・・・彼女の場合、『寝る』『死ぬ』に直結していてもおかしくない!!

 

「ちょっと待った!! まさか息の根を止めたんじゃないんだろうな?」

 

「そんな事しないよ〜

 さっきアー君と約束したし。

 枝織がしたのは、ちょっと心臓を止めて寝てもらっただけだよ?」

 

 その言葉を聞いて、思わず顔を見合わせる俺とアキト・・・そして。

 

「白鳥さん!! ガイ!!」

 

 俺は素早くテーブル下を覗き込み。

 ・・・床で青い顔をしている二人を発見、急いで駆けより脈を取る!!

 

「・・・止まってる!!」

 

「そうだよ。

 だって、仮死状態だもん。」

 

「あ、それなら大丈夫か。」

 

 厨房から抜け出してきたアキトだが、枝織君のその言葉を聞いてそのまま引き返す。

 

 ・・・おい、ちょっと待てぃ!!

 さすがにヤマダは何時もの事だとしても、白鳥少佐は不味いだろう!!

 

「アキト!! お前このままの状態で二人を放置しておくつもりか?」

 

 死体遺棄罪に問われかねんぞ?

 ・・・いや、まあ、正確にはまだ死んでないみたいだが。

 

「う〜ん、その方が静かと言えば静かなんですけどね・・・

 流石に白鳥さんはヤバイかな?

 枝織ちゃん、二人とも懲りたと思うから蘇生させてよ。」

 

「はぁ〜い。」

 

 何気に酷い事を言うな・・・お前ってさ・・・アキト。

 

 枝織君が二人の胸に手を当て軽く押すと同時に―――

 

    ビクン!! × 2

 

 激しく痙攣をしながら二人の顔に血の気が戻ってくる。

 どうやら蘇生に成功したようだ。

 

「う、あ・・・」

 

「ひ、酷い目にあった、ぜ・・・」

 

「おはよ♪ 白鳥さん♪」

 

 天使の笑顔で復活した二人に話し掛ける枝織君。

 ・・・君、加害者だろうが。

 まあ、君にそんな事を言っても無駄だと分かっているから言わないが。

 

「お・れ・は!! ダイゴウジ ガイ セカンだ!!」

 

「枝織様!! 自分が白鳥 九十九であります!!」

 

「・・・あれ?

 でも・・・こっちがソックリさん? あれ?」

 

 激しく抗議をする二人を前に、首を傾げる枝織君。

 ・・・俺もこの二人の服装が一緒なら、絶対に見分けはつかないだろうな。

 

「大体、皆どうして長年の戦友の顔を間違えるんだ?」

 

「そうだそうだ、千沙君とミナト殿にしか我々の判別できないとは!!

 同じ味方として悲しいですぞ、枝織様!!」

 

「だって、ソックリさんじゃない。

 もう面倒だから、二人共『白鳥さん』って呼ぶからね!!」

 

 枝織君の判定。

 

「おい!! ちょっと待て―――!!」

 

「そ、それは余りにも―――!!」

 

 その判定に同時に抗議の声を上げようとする二人・・・だがその言葉を出す事は叶わなかった。

 何故か?

 理由は簡単、枝織君が二人の喉の辺りを人差し指で軽く突いたからだ。

 

「¥#!!・!%・?!・&%&・!!!・・・???!?!」

 

「??・・・!!!・##・$&%”#!!・・¥!”#!!」

 

 声にならない声で、お互いの異常を俺に訴える二人。

 ・・・見ていて面白いと思ったのは、ここだけの秘密だ。

 

「あ〜、その方が静かでいいな?

 俺もその手を使えばよかったよ。」

 

 相変わらず厨房で激しく料理をしているアキトが、呑気にそんな感想を呟く。

 どうやら見ていなくとも、二人の現状がどうなっているのか把握はしているようだ。

 

 ・・・アキトが害が無いと判断したのなら、本当にそうなのだろう。

 俺自身、いい加減白鳥’Sの相手には疲れていたし。

 当分はこのままでいいか。

 

「ま、歓迎パーティの時にはアキトに頼んで治してもらえ。

 でも白鳥’Sの名前は多分返上出来ないと思うがな。」

 

 俺の背後では見物に来ていた整備班と女性陣が頷いていた。

 どうやら全員の意見は一致しているらしい。

 ならばここは民主主義にのっとって判断しなければな。

 

「「!!!!!!!!!!!!」」

 

 二人の肩に手を置きつつ、俺はそう最後通告をした。

 いや、俺もこの白鳥’Sのネーミングが気に入ったからさ。

 

「枝織君、ナイスなネーミングだ。」

 

「へへへへ、誉められちゃった〜〜」

 

 照れながら笑う枝織君を見て、俺は少しこの娘の事を見直した。

 ま、事情が事情だが・・・この娘に対してはそれ程構える事もないかもな。

 

 

 

 

 

 

 

 そして30分経過―――

 

 

 

 

 バッバババッ!!

 

    バッバッバッ!!  バババ!!

 

「・・・」

 

                 バッババッ!! ダバッ!!

 

    バッバッバッ!!  バ!!

 

「・・・え〜い!! 鬱陶しいから止めろ、そのブロックサインでの会話!!」

 

 目の前で怪しく踊る二人に対して、とうとう俺が怒鳴り声を出す!!

 白鳥’Sは嫌がらせと抗議を兼ねて、俺の目の前の席でブロックサイン会話を継続している。

 ・・・コイツ等は本当の兄弟の如く息の合った連携プレーで俺を困らせているのだ。

 しかし、木連にもこのブロックサインは残っていたんだな・・・余計なモノを残しやがって。

 

 バババ!!

 

 俺も軍人の端くれである、白鳥の片割れが何を言いたいのかはそのブロックサインを見れば分かる。

 一応、軍人の基礎学科に入ってる教練だしな。

 ・・・最も人気の低い教練だが。

 

「あのな・・・元はと言えば、お前等が人の迷惑を考えずに騒ぐからそうなったんだろうが?

 少しは反省でもしたら、俺もアキトなり枝織君なりに『治す』ように頼んでもやるが。

 ・・・お前等、全然自分が悪いとは思ってないだろう?」

 

   コクコクコク!! × 2

 

 

 

 ―――絶対に頼んでなんかやるか。

 

 

 

 

 その後、俺の窮状を察した枝織君が白鳥’Sを再び黙らせてくれた。

 今度は仮死状態ではなく、全身麻痺にしてくれたようだ。

 目の前の椅子に行儀良く並んで座っている。

 

 ・・・視線で俺に抗議をしてくるが、勿論無視だ。

 

 俺の中で枝織君の評価はかなり上がった事を明記しておこう。

 それにどうやら枝織君も俺にあまり害意は感じていないみたいだ・・・まあ、多分。

 

「ねえねえ、その唐揚げもう一個頂戴♪」

 

「さっきも一つ食べただろ?

 お楽しみは最後までとっておくもんだよ。」

 

  ザシュザシュザシュザシュ!!

       ザンザンザンザンザンザンザンザンザンザンザン・・・

 

 枝織君の相手をしつつも、今度は一抱えもある牛肉を素手挽肉・・・ミンチ・・・にするアキト・・・

 お前、本当に料理人としての自覚があるのか、なあ?

 

「そのお肉はなんに使うの?」

 

「あ、これはオーブンが温まるまでの暇潰し♪」

 

「ふ〜ん。」

 

 ・・・聞かなかった事にしておこう。

 

「テンカワ!! ハンバーグ用のミンチは残ってるかい!!」

 

「はい、今丁度出来たところです!! ホウメイさん!!」

 

 まて、コラ。

 

 笑顔で先程作成したミンチを、ホウメイさんの所に持っていくアキト。

 その背中に向けて俺は思わず思いっきり突込みを入れたくなった。

 ・・・ある意味、枝織君を怒らすのと同じ位に危険な行為なんだろうな。

 

 俺はナデシコ食堂の恐ろしさを垣間見た様な気がした。

 いや、恐ろしいのは一部の料理人だけか・・・そう、思う・・・思ったほうが良さそうだ。

 

「ねえ、シュンさん顔色が悪いよ?」

 

「ははは、大丈夫だよ枝織君・・・」

 

 崩れ行く世界を必死に再構築しながら、俺も遠くにきたもんだ・・・と何故か悟ってみたりする。

 目の前の白鳥’Sを見ると、深く考える事の虚しさを実感してしまうが。

 

 カズシがいれば、いろいろと遊べるんだがな〜

 

 最後にそんな感想を漏らしつつ、俺は珈琲のお代りをするべく席を立った。

 

 

 

 

 

 ・・・そう言えば、まだ和平使者と一言も挨拶してないぞ、俺。

 

 

 

 

 

 

 ま、いいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十四話 その5へ続く

 

 

 

 

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