< 時の流れに >
騒がしい一日を過ごし・・・
私達は今、木連の戦艦―――和平会談の場へと向かっている。
結局、白鳥 ユキナ嬢はナデシコに残った。
何故かテンカワ アキトをはじめとする数人のクルーが残る事を強く勧めたからだ。
・・・別に彼等に害意があるとは思えず。
白鳥少佐はユキナ嬢の意見を聞き、本人の意思で残る事を確かめ納得した。
もっとも、去り際にアオイ ジュンを凄い目で睨んでいたが。
多分、迎えに行った時にもう一度果し合いをしてくる事だろう。
・・・私も、暇があれば付いて行こうと思う。
べ、別に用事が無くともいいだろうが!!
「万葉、そう言えば貴方の事をしきりに気にしてた科学者がいたわね?」
千沙が突然、思い出した様に私に尋ねてくる。
「あ、ああ、あの人の事か?
・・・私の容姿が、死んだ奥方に瓜二つだったそうだ。」
「そう・・・なんだ。」
そう、ナデシコの廊下ですれ違った私を不思議そうな顔で見ていた男性。
それが千沙の言っている科学者―――タニ コウスケさんだった。
彼が言うには、私の姿が死んだ奥さんにそっくりなんだそうだ。
・・・そんな事を言われても、私には関係の無い事なんだがな。
まあ、その後色々と質問をされたが。
残念ながら、私が木連の兵士だと知ると肩を落として何処かに行ってしまった。
その後も何度か視線を感じたが、私は無視をしていた。
どちらにしろ、そんなに興味深い話ではない。
私は私だし、彼の奥さんとはなんの接点もないのだから。
「しかし、ナデシコ側の使者は豪華だな。」
私は話題を変える事を目的にし、背後の騒動について千沙に話し掛ける。
「アー君!! アー君!!」
「え〜い!! 気安くアキト様の名前を呼ばないで下さい!!」
「・・・アキト、お前も少しは注意をしろよ。」
「・・・しても・・・どうせ誰も聞いてくれませんよ。」
「まだまだ修行が足らんな、アキト。
目標は、『口』ではなく『視線』で言う事を聞かせるようにする事だ。」
「・・・オオサキ提督の言葉ではありませんが。
ヤガミさんも片手に百華さんをぶら下げた状態では、全然説得力がありませんな。」
「るんるん♪」
「ふっ、神をも恐れぬ所業だなお前達。」
「なあゴートさん、一体俺が実家に帰ってる間にナニがあったんだよ?」
「九十九さん、お茶を煎れたんですけど。」
「あ、どうも済みませんミナト殿。」
「飛厘さん、その箱はなんですか?」
「ふふふ、それは秘密よ零夜ちゃん。」
私と千沙を除く残りの優華部隊とナデシコクルー達が後部で騒いでいるのが聞えてくる。
「そうね、テンカワ アキトに始まって和平使者のカグヤ オニキリマル。
ヤガミ ナオ、ゴート ホーリ、プロスペクター、オオサキ提督、ヤマダ ジロウ。
・・・それに、ハルカ ミナト。」
・・・最後の女性の名前を言う瞬間、底冷えをする殺気を感じた。
現在、千沙とハルカ ミナトの関係は冷戦状態だ。
何時、爆発してもおかしくないが・・・流石に和平会談に向かっている現在は、大人しくしているみたいだ。
白鳥少佐も早くハッキリすればいいものを。
もっともハッキリすれば、それはそれで血の雨が降りそうだが。
「まあ、万葉は良かったわよね〜
あのヤマダ君が護衛の一員に選ばれてさ。」
「な、何の事だ千沙!!」
連絡船の操縦桿を握る腕が微妙に揺れる。
「・・・今更慌てる事じゃないでしょうが。
皆知ってるわよ、貴方の気持ちくらい。
―――肝心の相手は、アレだけど。」
「うっ・・・」
それから暫くの間、千沙に遊ばれてしまった。
勿論―――何時か仕返しをしてやると、私は心の奥底で深く決意した。
和平会談のセッティングをされた戦艦に到着したと同時に、ナデシコクルー達は身体検査を受けた。
もっとも、テンカワ アキトとヤガミ ナオに関して言えば、素手でも充分に脅威となりうるのだが。
というか、テンカワ アキトを止め得る相手は北斗殿だけだろう。
と・・・そんな事を言っていては話は始まらない。
武器の携帯をしていない事を確認された彼等は、緊張した表情の一般兵に連れられて姿を消した。
周囲の兵士達が騒がしいのは仕方が無いだろう。
伝え聞いただけの存在―――我等木連の最強の敵「漆黒の戦神」が艦内に乗り込んできたのだから。
そう、草壁閣下が乗るこの木連の旗艦 嵯峨菊(さがぎく)・・・花言葉は「高潔」を意味する。
だが、この艦の元の名前がナデシコ級四番艦シャクヤクだと、一体何人の人間が知っているだろうか?
そして、奪い取った戦艦を改名し、またその戦艦に元の持ち主と呼べる人物を呼び込む。
当初の外見より艦内外共にかなり手は加えられているが・・・彼等が見ればその正体は一目瞭然だろう。
・・・私達が信じてきた『正義』とは、一体なんなのだろうか?
暫くその場で考え込んだ後、私は首を左右に振ってその場から離れた。
今後は、草壁閣下と舞歌様達・・・それと地球の和平使者達の戦いだ。
私には手の出しようは無い。
戦場と呼ぶには余りに狭く。
しかし、この場での戦いに木星に残された同胞達の命運が掛っているのだ。
・・・会場の一言で、数千万の同朋の命が消えるかもしれない。
私には、本当に向かない戦場であり。
出来れば生涯を通して体験をしたくない戦いだ。
「どうして枝織は入ったらいけないの?」
「し、枝織ちゃん!!
テンカワさん達は中で大切なお話をしてるんだから、我儘言っちゃ駄目だよ!!」
テンカワの後を付いていこうとした枝織様は、零夜にその行動を止められて不機嫌そうだ。
枝織様の行方を阻もうとした兵士達も、零夜の行動に感謝の意を表している。
・・・それはそうだろう、実力ではどうやっても抑える事が出来ない相手なのだから。
しかも、相手は躊躇いも無く味方の命すら奪うのだ。
彼等からすれば、枝織様も北斗殿も危険度から言えば大差は無いと思っているのだろうな。
「別に〜、アー君の隣に居るくらいならいいじゃない。」
「・・・あのね、枝織ちゃんがテンカワさんと仲良くするのは良いんだけどね。
周りに木連の兵隊さんが居る時は駄目なの!!」
ズルズル・・・
私の目の前を、枝織様の襟首を掴んで零夜が引きずって歩く。
仲が良いだけに、零夜の行動は自分を思っての事だと枝織様は知っている。
だからこそ、あのような運搬方法にも文句を言うが反抗をしない。
こういう所を見ると、この二人の付き合いの長さと信頼の深さが良く分かる・・・
ちなみに最後までヤガミ ナオの側を離れる事を嫌がった百華は。
私と千沙の説得(連続攻撃とも言う)により気絶した後、千沙が部屋に連れて行った。
「だから、どうして〜〜〜」
「枝織ちゃんは木連の象徴、テンカワさんは連合軍の象徴。
和平成立も重要問題だけど、枝織ちゃん達二人の仲を変に誤解されると困るの。」
もし、私が何も知らずにテンカワ アキトと枝織様の並び立つ姿を見たら・・・
「・・・だから、どうしてよ〜」
「・・・枝織ちゃん達はね、何時でも全てを壊せるの。
それだけの立場にいるんだよ、望まずとも、ね。」
和平に疑問を持つだろう。
自分達の存在に疑問を持つだろう。
そして・・・今までの戦いに疑問を持つだろう。
二人の存在はそれぞれの陣営の心の支えであり、自分達の信じる『正義』の象徴なのだから・・・
ズルズル・・・
「何時になったら・・・枝織は自由になれるのかな・・・」
「もう直ぐだよ・・・そう、もう直ぐ・・・」
遠ざかる二人に、私が掛ける言葉など無かった・・・
複雑に絡み合う現実は、枝織様の素朴な疑問にすら答える事を許さないのだから。
枝織様が和平会談に参加する訳にはいかないとは言え、誰かが舞歌様を守るべきだろう。
北斗殿は別の理由で和平会談に参加は出来ない。
和平の場に、あれほど似合わない人も珍しい。
他に参加者として白鳥少佐と氷室殿が居るが・・・・
「相手を信じる事から和平は始まる。」
これは和平会談での護衛を申し出た私達への、舞歌様の返事だった。
確かに言葉としては正しい・・・そしてナデシコクルー達を私も信じてはいる。
だが、彼等だけが敵とは限らない。
そう、内憂外患という言葉が存在するのが・・・人間社会なのだから。
人間社会・・・木連の社会は弱者に厳しい。
それは苦しい生活環境下で暮らす上で仕方が無かった事だろう。
何時も、私は自分の居場所を選べなかった。
物心が付いた時には孤児院にいたし。
10歳になると直ぐに武術の師匠の元に引き取られた。
だが、別に恨み言を言いたい訳じゃない。
確かに少しは不自由な生活だったが、強さの段階を得ていく充実感が好きだった。
そんな風に、流されれるように転々と人生を重ねてきた。
ただ、唯一自分で決めた事は優華部隊の入隊だけ。
自分の両親を知りたいと思う事も一時期あったが、今では些細な事だ。
『今』を生きている私に、不確かな『過去』はいらない。
この充実した時間を、駆け抜けるのみだ。
幸にも全力でぶつかれるライバルには事欠かないしな。
現在の所は眼鏡を掛けたアイツが俺の・・・色々な意味でのライバルだ。
そして、そんな日々を過ごす為にも・・・和平は成って欲しい。
何も戦争だけが、二人の決着に必要な方法ではないと知っているから。
初めて、何時までも共に居たいと思う友人達と―――人を見付けたから。
「万葉、少しお願いがあるんだけど?」
「・・・飛厘?」
物思いに耽りながら、通路を歩く私にそう言って声を掛けてきたのは真剣な顔をした飛厘だった。
「・・・やはり内容は変わらない、か。
この状況下でも、随分と強気だな草壁中将殿。」
震える手で掴む紙には、信じられない内容の言葉の列・・・
自分の目を疑うことしか俺には出来なかった。
俺の隣に座るテンカワ君の声が落ち着いている事が、逆に不思議で仕方が無かったが。
「ほう、我々が提示した内容が不満かな、テンカワ アキト君?
和平交渉を円滑に進めるために折角用意をしたのだがな。」
テンカワ君の視線を正面から受け止め、微動もせずにそう返事をする草壁閣下。
その視線の威力を知る身としては、やはり閣下の胆力の凄さを再認識する。
「草壁閣下!!
これが・・・これが対等な和平を望む相手に提示する内容ですか!!」
舞歌様が席を立ち上がり声を荒げて。
草壁閣下に意見を申し上げるが・・・草壁閣下からの返事は痛烈だった。
「東君、君の発言は私に対する反逆と考えていいのかね?」
「くっ!!」
その一言により、再びその場に座りなおす舞歌様。
しかし、顔には不満がありありと浮かび上がっていた。
「地球圏の武装放棄、財閥の解体、政治理念の転換・・・ときましたか。
どちらかと言うと、和平の提案と言うより降伏勧告ですな〜」
プロスさんが和平の条件を呼び上げながら、呆れた声で感想を述べる。
俺としてもその意見に異論は無い・・・悔しい事に・・・
「いやはや、嫌がらせの一つ二つは覚悟をしていたが・・・ここまで露骨とはね。」
「・・・むぅ。」
ヤガミ殿とゴート殿も厳しい顔をしている。
「冗談・・・じゃないわよね、この場合。」
俺の隣に座るミナト殿も青い顔をしている。
「これが木連の総意だとおっしゃるのですか?
我々、地球の人間は過去の過ちを認めると言うのに。」
カグヤ殿が凛とした声で草壁閣下の真意を尋ねる。
それは俺も是非とも知りたい事だった。
「最初に我々の差し出した手を跳ね除けたのはそちらだ。
百年前の大虐殺の恨みを乗り越え、共存の道を選んだ我々を拒んだのだ。
ならば、それなりの誠意を見せるのが筋というものではいのかね?」
「お言葉ですが、今貴方がなさろうとしている事が過去の繰り返しだと気付いてられますか?
既に先の火星大戦では、ユートピアコロニーの人達が数万単位で亡くなりました。
その他にも地球で無人兵器に殺された人は多数に上ります。
その事を承知の上で・・・この和平案を承諾しろと言われるのですか?」
決して声を荒げるわけではなく、ただ淡々と地球の犠牲者の事を語るカグヤ嬢。
その姿は、決して草壁閣下の威圧感に屈する事は無いと物語っていた。
「そうだ、それが私の掲げる『正義』である。
不当に扱われ、存在すら消された我々の受けてきた仕打ちを考えても見ろ。
和平の場を持っただけでも感謝をして欲しいものだ。
そして問おう、君にとって『正義』とは何だ?」
「貴方ほど大した事は考えていません。
ただ、失った時間を大切な人と友人と一緒に取り戻したいだけです。
身近な友人が亡くなるのは、お互いにもう嫌でしょう?
戦争によって得られものなんて・・・悲しみしか有りません。
和平が成った後に、お互いの主張を正々堂々と論議すればいいじゃないですか?
自分の考えに絶対の自信を持たれているのなら、どんな場所ででも人は着いて来る筈です。」
「・・・甘いな。」
カグヤ嬢の言葉に対しての、草壁閣下の返事はその一言だった。
「閣下!!」
「草壁閣下!! 何故それほどまでに和平を拒むのですか!!」
思わず声を荒げる俺と舞歌様―――
「クリムゾン然り、ネルガル然り、そして明日香・インダストリー然り!!
全ての思惑は空間跳躍に集まっておる!!
例え和平が成ったとしても、それは所詮かりそめよ。
我々木連を木星に追いやり、地球の連中は火星を・・・星々の航行法を手に入れるだろう。
そうなれば、物量において劣る我々が滅ぼされる事は目に見えておるわ。
そう!! 我々が生き残る道は唯一つ!!
木連の手によって空間跳躍を管理する事しかない!!」
「!!」
草壁閣下の宣言に、その場に居た全員が震え上がった。
木連の存続を願うが上に、和平案を受け入れる事を厭う草壁閣下。
ならば、この戦争は本当に・・・互いの陣営が滅ぼされるまで行なわれるのだろうか?
そんな悲劇の道を辿る事しか、道は残されていないのだろうか。
「・・・何も独占に拘る必要はあるまい。
空間跳躍自体、本来ならば人類には過ぎたる技術だ。
ならば―――封印すればいい。
和平後にお互いの代表者の合意の元で、な。」
そんな意見を言ったのは・・・やはり、テンカワ君だった。
「人類の宇宙への進出を止めろと言うのか?」
「別に外宇宙への興味を止めるつもりは無い。
ただ・・・オーバーテクノロジーに頼る必要は無いんじゃないのか?
今までの様に『人』の速度で歩めばいい。
お互いに誤解や喧嘩や仲直りを繰り返して、手を取り合って進めばいいんだ。
人を不幸にするだけの技術に拘る必要など無い。
そうだろう、草壁中将殿?」
軽く笑いながらそう尋ねるテンカワ君を、草壁閣下は目を細めて見ていた。
自分に比べて、明らかに年下だと言える相手を・・・閣下は不思議そうな目で見ていた。
そして暫しの沈黙―――
「確かに理屈ではそうかもしれない。
だが―――」
「だが?」
草壁閣下とテンカワ君の視線が絡み合う。
その苛烈なまでの意思と意思の対決に、俺達は黙り込んだまま見守る事しか出来なかった!!
「君の存在はやはり危険過ぎる。
和平を結ぶ最重要条件として提示しよう・・・君を木連へ拘束する事を。」
「・・・その条件を連合側が飲むと思ってられるのですか?」
草壁閣下の言葉に一番に反応したのはカグヤ嬢だった。
「そう、私の意見が通る事はまず有り得ないだろうな。
君はあらゆる意味において『中心』に成りすぎた。
私の存在すら霞ませる程に。」
「草壁閣下、ですがこの先の戦いに何の意味があると言うのですか!!
木星の人達の疲弊振りはご存知の筈です!!
我々の存在を既に地球側は無視できないはず・・・
ならば、一度矛を収めても問題は無いではないのでしょうか?」
舞歌様の必死の進言に、俺も同じ様に意見を述べる。
「閣下!! 我々は自分達の『正義』を充分に世に知らしめました!!
地球人も我々を疎かに扱う事は無い筈です!!」
俺の言葉を聞いて、草壁閣下が視線を向ける。
そして、目を細めると一言・・・
「・・・だからこそ、だ。
絶対の『正義』は私の元にある。」
次の瞬間、俺の体は空中にあった・・・
いや、気が付かないうちに移動をしていたテンカワ君が俺の服の袖を引きながら投げ飛ばしたのだ。
「なっ!!」
空中で俺は見た。
自分が立っていた場所が凄い勢いで陥没するのを・・・
そして―――
「お許し下さい、舞歌様―――」
「な、氷室君!!」
ドギュゥゥゥン!!
青ざめた表情の氷室殿が、舞歌様に向かって拳銃の引き金を引くのを目撃した。
全ては、俺が空中に投げ飛ばされている間に起こった事だった・・・
そう、誰も―――動けなかった。