< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは初めての経験だった。

 何時なら、押さえつけられた意識が解放される様な感覚で目覚めるのだが。

 ・・・今回は心の奥底で眠っている俺を、無理矢理に引きずり出す。

 本来ならば自分の自我を最後まで保とうとするため、相手の意識を自ら呼び出すことは無い。 

 勿論、俺もそうなのだ。

 なのに、逆に俺を呼び覚まそうとする意思を感じる。

 

 そう、初めての経験だ―――アイツが自ら俺に『体』を譲るなど。

 

 

 

 

 

「枝織ちゃん!! 枝織ちゃん!!

 しっかりして!!」

 

「・・・煩いぞ、零夜。」

 

「ほ、北ちゃんなの?」

 

 起き出した俺に向かって不思議そうに零夜が聞いてくる。

 確かに、何の細工も無く俺とアイツが突然入れ替わるのは初めての事だからな。

 普段はお互いの精神力が尽きた場合・・・つまり就寝時に交代する事が常だ。

 もしくは忌々しいあの『笛』を使った強制的な入れ替え。

 

 ・・・どちらにしろ、現在の俺の状態は珍しいと言える。

 

「何があったんだ?

 俺を無理矢理呼び出すなど―――」

 

 ビー!! ビー!! ビー!!

 

『艦内の乗組員全員に告ぐ・・・我等の大切な同胞である東 舞歌殿が・・・殺された。』

 

 !!

 

 瞬間的に俺の意識は戦闘態勢に入った。

 この放送の真偽を問うまでも無い・・・

 何故なら隣で涙ぐんでいる零夜が全てを真実だと物語っているからだ。

 

 そして、何よりも・・・

 

『私は・・・私は舞歌様の副官として、暗殺を防げなかった事を猛烈に後悔をしている!!

 本当ならば我が身を盾にして守るべき人だったのに!!』

 

 あの氷室がそう言っているのだ・・・舞歌は殺されたのだろう。

 氷室の舞歌に対する忠誠心は俺もよく知っている。

 舞歌自身、何かと頼りにしていた事も・・・

 

『現在、舞歌様を殺した犯人―――

 テンカワ アキトとその仲間のナデシコクルー達は艦内を逃走中である!!』

 

 その瞬間、俺の身体を駆け巡る血が燃え滾った!!

 

 

「零夜ぁ!!」

 

 

「た、多分・・・本当だよ北ちゃん。

 氷室さんがそんな嘘を言うとは思え無いし。

 そうだよ・・・そうとしか、思えない・・・グスッ・・・」

 

 俺の怒声を受け怯えながらも、零夜は自分の意見を述べる。

 涙を溜めたその目には、現実を信じたくないとう思いと。

 

 ・・・裏切られたと言う、思いが混ざっていた。

 

 口に出せば、全てが終ってしまうと言うかの様に。

 

「アイツ・・・逃げたのか・・・アキトの前に立つのが嫌だったんだな?

 アキトを前にして何を言っていいのか分からないから・・・逃げたんだな!!

 良いだろう!! なら俺がアキトに真実を聞いてやる!!」

 

 全てが終ったのかも知れない。

 絶対に裏切られるはずが無いと思っていた相手に・・・裏切られた。

 アイツのショックも分かる。

 だが、それは俺も同じだ。

 

 アキトだけは俺を利用しないと思っていた。

 

 アキトだけは俺の全てをぶつける事が出来ると信じていた。

 

 アキトだけが・・・俺とアイツの関係に終止符を打てると予感していた。

 

 その全ては―――虚像だったのか?

 

 何時もと同じ様に、俺は裏切られ利用されただけなのか?

 俺達が共に過ごしたあの時間は、全て偽りのモノだったのか?

 初めて手に入れた、あの充実感は全て自己満足にも満たないものだったのか?

 

 アキトにとって俺は・・・そんな存在でしかなかったのか?

 

「もし、そうならば・・・許さん・・・許さんぞ、アキト!!

 舞歌は俺にとって零夜に並ぶ家族と呼べる者だった!!

 それを奪った罪!! 生半可な事で許されると思うなよ!!」

 

 無意識のうちにも、身体に朱金の『昂氣』を纏い。

 俺は『四陣』に命令をして格納庫への道を急ぐ。

 アキトの奴は必ず格納庫から脱出をするはずだ・・・そして待ち構えているだろう、俺の事を。

 

 悔しいほどに分かるんだ、アキトの考えている行動は。

 そしてアキトが舞歌を殺すはずが無いと、何故か思っている。

 なのに・・・それなのに、俺の中の猜疑心はアキトを疑う事を止めない。

 

 常に裏切られてきた反動が、今もなお俺を縛る。

 

 そう、たとえアキトと言えども・・・それは逃れられない俺の業の一つだった。

 

 最後には裏切られるという―――脅迫観念。

 

 

 

 

 

 

『やっと会えるのね、あの「漆黒の戦神」に♪

 北斗や優華部隊の皆は一度は生身で会ってるけど、私は今回が初めてなのよね〜♪

 凄く楽しみだわ〜♪』

 

『別に話をして面白い奴じゃないぞ。

 まあ、俺と同じ様に戦いに喜びを見つけるつもりなら、期待通りの相手だと思うが。』

 

『・・・あのね、貴方と違って私はか弱いの!!

 どう考えたらあのテンカワ アキトに、私が戦いを挑むと思うのよ。』

 

『和平会談といえど、戦場には変わりあるまい。

 是非とも俺も参加をしたいものだが・・・』

 

『冗談でしょ?

 和平会場に貴方ほど場違いな存在は居ないわよ。

 それに、下手をしたらテンカワ アキトに決闘を挑みそうだしね。』

 

『・・・チッ

 

『・・・本気、だったんじゃないでしょうね?』

 

『何の事だ?』

 

『もう、テンカワ アキトと戦いたいのなら和平後に思う存分に戦いなさい。

 少なくとも、彼は貴方の申し出を断る事は無いでしょう?』

 

『まあ、な・・・だが、命を掛けた戦いをする事は・・・最早無くなるんだろうな。』

 

『それが平和の有り難味よ。

 生きていてこそ、世の中は楽しめるんだからね。』

 

『まったくだ。』

 

 

 姉の様に俺に接していた舞歌・・・

 最後に俺が舞歌と交わした会話。

 和平の成立を願い、自分の立場の危うさを知りつつも尽力をしていた。

 何よりも、誰よりも・・・自分自身よりも、俺とアイツの事を心配していた

 アイツにとっては本当の意味で『姉』にして『母親』にあたる存在。

 そして、それは俺にとっても―――

 

 だが、その舞歌は死んだそうだ。

 それも興味の尽きなかった相手―――テンカワ アキトの手によって。

 俺が自分の目で、舞歌の死を確認した訳では無い。

 ・・・だが、嘘だと言う証拠も無い。

 それを知るためにも、俺はアキトと会わなければいけなかった。

 

 

 

 

「・・・どけ。」

 

「あら、相変わらす無愛想ね?

 でも私も遊びでこの場に立ち塞がってる訳じゃ無いのよ。」

 

 格納庫に向かう俺の前に立ち塞がったのは・・・あの女。

 

「言った筈よね、私のことを『人形』呼ばわりした事を後悔させてあげる。

 ってね、お嬢ちゃん。」

 

「俺もあの時に言ったはずだ。

 俺の事を『お嬢ちゃん』と呼んだ事を後悔させてやるとな!!」

 

 エル・・・それが俺の前に立ち塞がった敵の名前だった。

 俺達はお互いに睨み合いながら、静かに戦闘態勢へと移っていった。

 だが悔しい事に、俺の心は目の前の敵ではなく―――

 

 既にアキトの元へと向かっていた。

 

 それが危険な事だと知りつつも。

 

 

 

 

 

  ギュイン!!

 

                    ガン!!

            キンキン!!

 

「ちぃ!!」

 

 上下左右から襲い掛かってくる鋼線を、何とか回避する。

 単純な戦闘能力で言えば、今の俺の実力は目の前のエルを凌駕している。

 服装が女物のスカートだからといって動きに支障は無い。

 だが、エルもその事を承知の上で襲い掛かってきただけに・・・準備は完璧だった。

 

 そう、俺は今―――エルの仕掛けた罠に囚われていた。

 

「ふふふ、どうかしら私の仕掛けた罠の居心地は?」

 

「・・・ふん、蜘蛛の巣に引っ掛かった様な気分だ、な!!」 

 

   ドン!!

 

 左手の壁を切り裂いて襲い掛かってきた鋼線を、寸前の所で体を開いて避ける。

 

           ツゥ・・・

 

「ちっ、既に結界内と言う事か。」

 

 浅く切り裂かれた頬から、少量の血が流れる。

 その流れ出た血を舐めとりながら、少しずつ俺の身体は高揚感に包まれていく。

 

 ・・・面白い。

 

 ここまで用意周到に俺に仕掛けてくるとは、覚悟は出来ていると言う事か?

 ならば最後まで付き合ってやるさ。

 ・・・アキトにはエルを倒してからでも充分に追いつける。

 それに例え追いつけなくとも、俺はアキトを追って何処までも行くつもりだ。

 そう、最早俺を止める事が可能な人物は―――居ない!!

 

「この狭い通路内でその動き・・・流石と言うしかないわね。

 でも私の張り巡らせた『糸』の結界を抜けるのは、まだまだ先よ?

 ―――何時まで、その動きが持つかしらね?」

 

「ふん、避けるのにも飽きたところだ。

 ・・・逃げるのではなく、前進をしてお前を倒す!!」

 

      ダンッ!!

 

 その言葉を合図に、俺はエルに向かって突進をする!!

  

           ガバッ!!

 

 捲れあがった前方の床から、複数の鋼線の輝きが何とか確認出来る!!

 前方に網の目の様に広がるその鋼線の束を避ける為、右手の壁に向かって・・・蹴りを放つ!!

 

     ドゴッ!!

 

 通路の壁を破壊しつつ、隣の部屋に飛び込み素早く体制を整える。

 その瞬間にも床下からは微妙な振動―――くる!!

 

         ドガガガガガガッ!!

 

 一斉に俺を中心にして床から飛び出してくる鋼線の山!!

 未だエルの張った鋼線の結界内なのは分かっていた。

 だが、これほどまでに広範囲の罠を用意していたとは!!

 誤算はもう一つある。

 俺自身、初対決からレベルアップを果たしてはいるが・・・エル自身の能力もアップをしている。

 鋼線で絡め取り引き裂くだけでなく、貫く事も可能になっているのだ。

 その能力を使って網の目の様な広範囲の結界を作成したのだろう。

 

「ちっ!! つくづく相性の悪い相手だな。

 正面から戦えない分、俺には不利か!!」

 

 次々に襲い掛かってくる鋼線を避けつつ、自分とエルの戦闘スタイルの違いにほぞを噛む。

 俺が正面からの戦いを望む近距離タイプに対して、エルは周到な罠を仕掛け遠距離から敵を倒すタイプだ。

 『昂氣』という切り札を俺が持つ以上、エルはそうそう自分の姿を晒さないだろう。

 先程姿を見せたのも、俺の動揺に付け込んだ行為だ。

 実際、俺はあの時冷静な判断が出来ていなかった。

 その為、誘き出される様にエルの張った結界に囚われたのだ。

 

 俺に残された手は、何処かに隠れているエルを見つけ出し倒すか・・・一旦この結界を脱出する事だ。

 

 ・・・気配を探ってみるが、どうやらエルの奴もその事は心得ているらしく見事に気配を断っている。

 それに俺自身、エルの攻撃を避け続けているので気配を探る集中が出来ない。

 

 罠の存在を察知できず、携帯用DFSを所持していなかったのが俺の苦戦の原因だ。

 

「・・・こんな時に、アキトから手渡された武器を思い出すとは、な。」

 

 自嘲の笑みを浮かべつつ、俺は覚悟を決めつつあった。

 エルに無傷で勝つ事は無理だろう、アキトとの対決を考慮に入れて戦っていたが・・・それも止めた。

 

 そうだ、俺の邪魔をするものは正面から叩き潰す!!

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

    ゴウゥゥゥゥゥ!!

 

 爆発的に膨れ上がった俺の『昂氣』が、床を粉砕し俺の周囲を取り囲んでいた鋼線ごと吹き飛ばす!!

 そして一瞬感じた動揺の気配―――逃がしはしない!!

 再び迫り来る鋼線に身体を浅く裂かれつつも、俺は反撃の一撃を繰り出す!!

 

「そこか!! エル!!」

 

              ドウゥゥゥゥンン!!

 

 床に叩きつけた右手から走る朱金の衝撃波!!

 それは前方の壁と俺を絡めとろうとしていた鋼線を蹴散らしつつ・・・

 距離をとろうとしていたエルを壁ごと吹き飛ばす!!

 

「くっ!! 相変わらず非常識な女ね!!」

 

 素早く身体を起こしつつ、前方から迫る俺を睨みつけるエル。

 その体の所々に見える傷には・・・血は流れておらず、なにやらオイルの様なモノが漏れている。

 だが俺自身、技を放つ瞬間に受けた鋼線での攻撃により少なからず傷を負っていた。

 しかし戦闘状態の俺には多少の傷など関係は無い。

 何より、体内を巡るナノマシンが急速に傷を癒していく。

 この能力も『昂氣』に目覚めた時に得た能力だ、きっとアキトの奴にも・・・

 

 くっ!! 今はそんな事を考えている場合ではないだろう!!

 

「・・・決着を着けるぞ。」

 

 目の前で俺を憎々しげに睨みつけるエルに向かって俺はそう言い放った。

 

「良い考えね、私もそう思っていたところよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

  ヒュンヒュン!!

 

 正面から迫る次々と襲い掛かる鋼線を避けつつ、俺は静かに歩を進める。

 冷静さを取り戻した今の俺には、エルの攻撃が見える。

 それは視覚による確認だけではなく、音とエルの鋼線に込められた殺気・・・それらを感じ取り俺は前進する。

 

      ゴバッ!!

 

 左右の壁を裂いて現れた鋼線を、左右に広げた腕から噴出す朱金の『昂氣』が弾き返す。

 同時に床下に感じていた鋼線が俺の背後に回り込む前に、『昂氣』の噴出により捲れあがった床に絡め取られる。

 

 その俺の攻撃の余波を受けて通路内に微細な亀裂が走る―――

 

 そして、目の前には俺の踏み込みの間合いに捕らえたエルが居た。

 

「・・・正面からではやはり勝てない、か。

 悔しいわね、本当に―――」

 

 唇を噛み締めながら、俺に向かってそう言い放つエル。

 最後の一撃を放つために構えを取りつつ、俺はエルに疑問に思った事を聞く。

 

「何故、貴様が俺の邪魔をする。

 クリムゾンにとって何の益も無かろう。」

 

 俺の質問の答えは・・・エルの嘲笑だった。

 

「ふふふふふ・・・あはははははははは!!

 本当に何も知らないのね、お嬢ちゃん?

 いいわ教えてあげる。

 テンカワ アキトはクリムゾンと手を結んだのよ。

 そして、木連を滅ぼす事を決めた―――」

 

「戯言を!!」

 

   ドゴォォォォンンン!!

 

 俺の放った『昂氣』の一撃より、エルの体が更に吹き飛ぶ!!

 床に倒れたエルを引き起こし、壁に叩きつけながら俺は更に問い詰める!!

 

「アキトが木連を滅ぼすだと?

 何の為にそんな嘘を付く!!」

 

「ふ、ふふふ、だから言ったでしょう・・・何も知らないのね、て。

 テンカワ アキトは地球の統合に成功したのよ。

 そしてクリムゾンと手を組んだ以上、テンカワ アキトの枷になるモノは何も無いわ。

 今日の和平会談も木連のトップを始末するのが目的よ。

 まあ、それも失敗してしまったから―――私がお嬢ちゃんを足止めをしているんだけどね。

 テンカワ アキトだけなら問題無いけど、他にも地球のお偉いさんが居るからね。」

 

     ゴスゥ!!

 

 嘲笑を浮かべるエルの身体を壁にめり込ませつつ、俺はうめく。

 

「・・・嘘だ!!」

 

「・・・でもお嬢ちゃんは心の何処かで納得してるでしょう?」

 

 エルのその言葉に、一瞬俺の心臓が跳ねる!!

 

「違う!! アイツはそんな奴じゃない!!」

 

「本当にそう思ってる?

 疑っていたんじゃないの、『裏切られた』ってね!!」

 

 瞬間、膨れ上がったエルの殺気を感じ取り攻撃を避けるために周囲に気を張り詰める!!

 

「お嬢ちゃん!! 所詮、私も貴方も利用されるだけの『人形』なのよ!!

 覚えておくといいわ!! 信じれば最後には・・・裏切られると!!」

 

    ドバッ!!

 

 エルの胸を貫いて飛び出してくる複数の鋼線!!

 最後に捨て身の攻撃をするために、俺の接近を許していたのか!!

 

 俺は咄嗟に差し出した左手にその鋼線を貫かせ、左腕を強引に動かす事で軌道を顔から逸らす!!

 切り裂かれる左手の痛みより、心を占める怒りと猜疑心が全てを凌駕する!!

 

「それが・・・真実だと言うのか!!!!」

 

       ドウッ!!

  

 踏み込みながら放った、右手の『昂氣』の一撃によりエルの心臓の辺りが陥没する。

 一瞬―――目を見開いたエルは、最後に俺を嘲笑いながら・・・

 

「貴方が羨ましかった・・・『女』としての美しさも、『戦士』としての強さを兼ね備えた貴方が・・・

 最後の忠告、自分の中の『女』を否定した所で現実は変わらないわよ・・・

 でなければ・・・何時までも『人形』から・・・抜け出せ・・・・・・」

 

 最後まで話す事無く、エルは事切れた。

 後には・・・猜疑心に満ちた心を抱え、苦悶する俺だけが残されていた。

 

 

 

 

 俺の中で微妙に積み上げられていた、心のバランスは―――

 

 

 

 

 この時を境に、崩壊の一途を辿る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十四話 その8へ続く

 

 

 

 

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